« 2020年7月 | トップページ | 2020年9月 »

2020年8月

2020年8月31日 (月)

リモートは、言いたいことの何%くらいを口にしているんだろう・・・

さて、今日は総会。

会合はリモート続きだったけれど、今日は、メンバーが一堂に会しての総会。

ソーシャルディスタンシングが保たれたなかで、今年2月以来の集合。

もともと出席率の高い仲間たちだけれど、今日は対象者全員参加。

開式前の挨拶が尽きない (^-^)

リモートで面しているから、久しぶりという!というほどの感覚はないけれど、やっぱり会うとホッとする。

「私は人と会うのが苦手なので、リモートって楽だなって、最初の頃は思っていました。だけど、リモートも数回すると苦痛になってきて、みんなに会いたいなって思っちゃってたんですよ。やっぱり、会うのっていいですね」(^∀^)
という人も☆

どうなるかわからない現状だけれど、できることを、できるかたちで、やっていけばいい。

そんなことを共有できた総会でした。

執行部の皆さん、会処のお寺さま、ありがとうございます。お疲れさまでした。

さて、これから9月の寺報作りです💦

南無阿弥陀仏

2020年8月30日 (日)

ゆでがえる

8月も終わりますね。

暑い、熱いといいながらも、夕方になると気温が下がります。

北海道は、いきなり10℃前後まで気温が下がっているとか。

熱中症に気を付けて過ごしていましたが、これからは気温の変化に気を付けなければいけませんね。

 ☆

夏のある日、高圧洗浄機で、境内の敷石の泥汚れを落としました。

すると、泥汚れの奥から きれいな敷石が表われました。

年月を経て 徐々に汚れを重ねていったものですから、泥汚れと言っても それほど気にはなりません。

「こういうものだろう」と思っていたものが、高圧洗浄機で汚れを落としてはじめて、その汚れに気づきました。

さて、「カエルは、いきなり熱いお湯に入れると驚いて跳びはねて逃げるけれど、ぬるま湯に入れて徐々に温度を上げていくと、熱くなっていることに気付かず、やがて死亡する」という、警句としての例え話(つまり、カエルの話自体は嘘なのです)を聞いたことがあります。

急な変化には気が付いて対応できるけれど、徐々に変化している場合は、その変化に気が付きません。

自分たちの思いを通すため、数の力にものを言わせて突き進んできた某国の某政府。

その無理矢理さに、党内からなぜ異論が出ないのだろう? と、疑問に思うのですが、内部にいると気がつかないのでしょうか。声を挙げられないのでしょうか。

まるでゆでがえる状態です。

そのことは、国民も同じかもしれない。

気づいていない人、気づいている人、それぞれいたけれど、同じぬるま湯のなかに身を浸し続けてきました。

それにしても、心地よい水温から熱湯に変化させていたトップが辞意を表明したとたん、いろいろな人が声を挙げ始めました。

え、そんなに思っていたなら、もっと早くから言わないと! ゆであがってしまう前に💦

トップの顔色をうかがっていたのは、内部や周辺の人間だけでなく、結局この国(あ、某国か)に住む人びとだったのかな・・・。

さて、体調を心配するコメントを出しながらも、後継者の話題で持ちきりです。

ぬるま湯のなかで・・・

後継者は、ほとんどが世襲。

若手などと決して言えない年齢にもかかわらず「若手」と称される年齢構成。

先輩に意見することがはばかられる環境。

政界の話をしているつもりが、はて、どこかの業界にとても似ています。

無自覚に同じ体質に埋没してしまうのではなく、人びとの声に耳を澄ませる場に身をおかなければいけないと思います。

南無阿弥陀仏

2020年8月29日 (土)

良薬は口に苦し 良友は耳に痛し

2020年8月28日(金) 安倍首相辞任表明の会見

尽くしていない審議を、審議は尽くしたと強行採決でいくつもの法案を可決させてきた。

時には、国会を通さずに閣議だけで決定してきた。

お友だちの私腹を肥やすために、表でも裏でも手を回してきた。

都合の悪い文書は改竄(かいざん)、隠蔽、無かったことにしてきた。

昨日の辞任表明の会見以後、多くの方が、安倍首相の、政府与党の、周りの官僚のしてきたことを書き挙げ、散らかしっぱなしで退陣するのか!という旨書いている。

ブログでも、気になるとき、おかしいと思うときは、その旨綴ってきた。

私がブログで書き綴るとき、その根底にある疑問は、首相には人間が見えていないのだろうか?ということだった。

首相の病気のことは、第一次政権が頓挫したときから話題になっていた。

「潰瘍性大腸炎」という指定難病のひとつを患っている。

国による指定難病を患っているということは、国から(つまりは国民から)、医療費が助成されるということ。

首相の立場にあるから、たとえ難病指定されていない病気を患っていたとしても、手厚い医療を受けられるのだろう。

それにしても、「病を患うと、同じ病を患う他者(ひと)の痛みが感じられる、忸怩たる想いに共感できる」というのは幻想なのだろうか。

痛みを感じ、想いを共感するところまではいかなくても、「人は、誰かしらの助けを受けながら生きていくんだなぁ」ということに想いがいかないだろうか。

東日本大震災からの復興よりもオリンピック・パラリンピックに重きを置き、

福島第一原発の放射能汚染が収まっていないのに避難解除をする。

広島・長崎の平和記念式典で、コピペしたかのような原稿を読み、今年に関しては歴史を振り返ることをやめた。

広島の「黒い雨」訴訟は、国からの言い分で控訴している。

沖縄の辺野古基地は、誰のために建設しているのか。

建設にあたり、データを改竄し、税金を湯水の如く投入している。

その立場にいる人にしか分からない問題・事情・都合というものは、確かにあると思う。

けれど、それでも、あなたは痛みを感じませんか? と思うことが多々多々あった。

そういうことを指摘してくれる人が、身の回りにいないことの不幸も想う。

自分がやろうとしていることに文句を言われることは、誰だって嫌だろう。

けれど、言われないと分からないこと、気づかないこと、「あ、言われてよかった💦」ということって、たくさんある。

私腹を肥やさせてあげるための友だちはたくさんいたみたいだけど、「それはおかしいよ」って指摘してくれる友だちはいなかったんだなぁ。

病気はつらいこと。そのつらさ 悲しさは、ご自身が一番感じていること。ご自身にしか分からないこと。

自分の悪い点を指摘してくれる友(朋)がいないことも、つらいこと。しかも、そのつらさ 悲しさは、自身で気づいてないかったりする。自分でも分かっていなかったりする。

病気の治療に専念し、そこで出会った人びととの縁が、これからの大切な友(朋)となりますように。

2020年8月28日 (金)

いつの時代(とき)も、日は昇る

法務のため、朝6時に寺を出発🚙

下り方面だったにもかかわらず、けっこうな車の量。

反対の上り方面は既に渋滞が🚗🚗🚗

運送の車も多い。長い距離を走ってこられたんだなぁと思う。

6時30分には気温も上がり始め、陽射しも強く、道行く人がまぶしそうにしている。

その時間にしてすでに お店やマンションの前を掃除する人、犬と散歩をする人、お子さんを保育園に連れていくヒトの姿が。

進行方向と反対方面(都心)に向かう電車には、すでに人の姿が。

朝6時過ぎ、境内の掃除はしていても、寺の外から移動に出ることは滅多にない。

あぁ、すでに世界は動いているんだなぁと感じた。

ひとり一人の動きが、尊く感じられた。

南無阿弥陀仏

 ☆

昨日、“新しい”について投稿した。

このコロナ禍で、「新しい生活様式」を求められても、はなはだ不本意なことも多いのではないだろうか。

けれど、身近な人の死を通して、私たちは生活を、生き方を新たにすることを積み重ねてきた。と、綴った。

昨晩、寝る前にふと思い返した。

そういえば、日本人の多くは “新しい” を好意的に迎えたばかりではないか、と。

平成から令和へ。

元号の改変、つまり天皇の代替わりを経験した。

天皇の、生前の代替わりだったため、そこに天皇が崩御したという悲しみが介入されることはなく、元号の改変が好意的に行われた。

“新しい”元号を迎えたばかりではないか。比較的、好意的な意味で。

個人的には、「西暦に統一されればいいのに💦」と考えるので、元号が変わることや、なんという元号に変わるか、ということにまったく興味がなかった。

けれど、元号の改変や、天皇の代替わりに、これほど多くの日本人が関心を持つんだ!ということに驚いたりもした。

いや、元号や天皇に関心が有るならば、それにともない戦争に関することや、日本で流行した疫病などに関することが話題になってもよさそうなものだけれど、そういう話題はほとんど出ない。

“新しい”といっても、そこに “それまでのこと” が内包されないから、なんとなく好意的に受け止められたのかな、とふと思い返した。

また、“平成”という、どこか閉塞した時代から、新しい元号“令和”になることによって、少しは良い時代になってほしいという“希望”が込められていたのかもしれない。

“新しい”ことのは、不安と共に希望が宿る。

けれど、ゼロから始まる“新しい”ではなく、積み重ねてきたものの上に“新しい”が始まる。

積み重ねてきてできた“今”を知ることなく、見つめることなく、無視して “新しい” はない。

太陽は、いつの時代(とき)も、いつもと同じように昇る🌞

2020年8月27日 (木)

“新しい”

新型コロナウイルスの騒動が始まって、「新しい生活様式」という言葉が生まれた。

たとえ新型コロナウイルスが収束しても、コロナ以前の生活には戻れない。

このコロナ禍において身に付いた「やってみたら、できたね」「やってみたら、こっちの方がいいね」という行動様式・習慣・システムを、コロナ収束後にも引き続き活かそう!ということだと思う。

たしかに、2019年と2020年とでは、生活が変わった、と思う。

新型コロナウイルスの影響は多大だ。

今までにない生活様式が生まれても不思議はない。

で、思った。

生活がガラリと変わるということを、未曽有(みぞう)の事として語るけれど、生活がガラリと変わる経験って、実は多くの人がしている。

その最たるものは、身近な人、親しい人、敬愛する人との死別。

亡くなった人との距離が近ければ近いほど、その人の死は、私に今まで経験したことのない悲しみを生み、こころにぽっかりと穴を空け、これからについて考えさせる。

その人がいたときには、経験し得なかった感情であり、思いもしなかった焦燥感が押し寄せる。

けれど、ただ単に悲しみや焦燥感に襲われるだけならば、人間は、それに耐えられないだろう。

そこでこそ、阿弥陀(お釈迦さまの教え)に出会った人びとがいる。

そこでこそ、人生について真剣に考えた人びとがいる。

そこでこそ、私の存在や生き方が、後を生きる人へと続いていくことを感じる人がいる・・・

ひとりの人の死は、私に新しい感覚・思考・生き方を呼び覚ます。

ひとりの人の死は、多くの“私”に影響を及ぼす。

身近な人、親しい人、敬愛する人との死別は、私に新しい生き方を模索させる。

“新しい”といっても、「今までにない」という意味ではない。

たとえ生活は、習慣は、システムは、その人の死の前と後とで変わらなくても、私自身の想いが変わると、同じことをしていても その内容はガラリと変わる。

人の死を通して、私たちは(今までを知る)新しい生き方を積み上げてきたのだ。

人間を生きるって、いのちを生きるって、そういうことではないだろうか。

でも、人の死が日常から遠ざかってゆく。

死は、決して“非日常”のことではない。

限りあるいのちを生きているのだから、“日常”のことのはずだ。

けれど、このコロナ禍において、家族の死を看取れない方がいる。葬送の場も人数の制限を求められるので、葬送に立ち会えない人もいる。

という現状ではあるが、コロナ禍以前から、死は、日常から非日常となりつつあった。

死を通して、(今までを知る)新しい生き方を積み重ねてきたのに、そこの部分がスッポリ抜けてしまったら、人間は 節目を失ってしまう。

年を重ねるとともに、節目が大きく、節目が増えてゆく。

そのことが、そもそも“新しい”ことだったのに、そこが抜けてゆく。

節目もなく、ただ伸びた竹は、しなることができず、ポキッと折れてしまうことだろう。

節目を失い、ただ年を重ねてゆくヒトは、果たしてどのようになってゆくことだろう。

「新しい生活様式」などと言われなくても、人間は常に新しい生活様式をアップデートしながら生きている!と想い、綴りました。

南無阿弥陀仏

2020年8月26日 (水)

無言館

8月8日、NHK日曜美術館で「無言館の扉 語り続ける戦没画学生」が放送されました。

坊守(母)が放送を見て、「“無言館”ってところがあるのね! 私、知らなかった・・・」と言いました。

「無言館」は、長野県上田市にある美術館です。

第二次世界大戦で戦没した、画学生たちが描かれた絵が展示されています。

絵を描くこと、彫刻を施すこと、芸術の道を歩むこと・・・現代(いま)では許されることも、戦争が起きると、戦争の利とならないことは切り捨てられてゆきます。文化・芸術の道も断たれるかもしれません。

第二次大戦に出兵し、夢を断たれた学生がいました。

その人びとの絵や作品を集め、館主 窪島誠一郎さんのもと、1997年5月2日に「無言館」は開館しました。

私は、「無言館」へはまだ行ったことがありません。

けれど、「無言館」という美術館がある話を初めて聞いて、行ってみたいと思っているときに、たまたま入った本屋さんで『無言館を訪ねて』(講談社)という画集を見つけ、購入しました。

母が「無言館」の話をしたので、その画集を見せてあげました。

涙を流しながら見ていました。

描かれた絵が、ものごとを語ることはありません(無言)。

ですが、その絵が描かれた背景には、ひとりの若者がいます。

その若者の生活には、多くの人々が関わっていました。

一枚の絵、ひとつの作品の背景には、数えきれない人のほどがいます。

作品は、多くのことを伝えています。

見ている方も、多くを語る言葉は出てこないでしょう(無言)。

けれど、さまざまなことを感じ、想い、考えるはずです。

今後、戦地に赴いて亡くなる人を出さないために。
戦地とされてしまう土地には、そこに住んで生きている人がいる。
絵を描けるということは、争いが起きていないから出来ること。

今日は、子どもたちが夏休みの自由研究で、作品を作っていました。

がんばって 作品を作りました。

夏休みの自由研究については、
「夏休みの自由研究っていらなくない?」「何をやったらいいかわからない」「作っていったものを比べてしまうから嫌だ」という声が聞こえてきます。

でも、本来自由研究って、一枚の絵でも、ひとつの作品でも、思ったことや感じたことをしたためた一枚の紙でも、なんでもいいはずです。

大人も、それに連なって子どもも、出来上がったものに対して評価する習慣がついてしまっています。

それゆえに、自由研究で研究したもの作ったものに対してだけ評価をしてしまいがちです。

けれど、研究とは、ゴールがあるものではなく、スタートが、その道程が大切でワクワクするのではないでしょうか。

・作品を作れることそのもの

・作品を作るための材料や道具を揃えられる

・自分のなかで疑問に思ったことを調べてみる

・疑問に思えること、そのこと自体がすでに大事で尊い

・学びはマネから来ています。字や絵の書写もまた、学びです。

自由研究に取り組むこと、そのことがすでに研究の、知ること考えることの一歩です。

「無言館」について関心を持つことは、絵の学びにもなります。戦争や平和について考えることにもつながります。

「無言館」のHPもありますので、ご覧ください。

私も、いつか子どもたちと「無言館」を訪ねたいと思っています。

2020年8月25日 (火)

蚊? 禍?

朝晩は、暑さが和らいできました。

外掃除の際にTシャツがビショビショになることはなくなりました。

とはいえ、まだまだ日中の暑さは尋常ではありませんが。

しかし、暑さ和らいで 30℃を切るくらいになると、蚊が出てきます。

今朝も、「からだが楽だぁ♪」と外に出て喜んだとたんに、3ヵ所蚊に刺されて気分が沈みました⤵

 ☆

蚊といえば、こんなニュースを見ました。

アメリカフロリダ州では、遺伝子操作した7億5000万匹あまりの蚊を 2021年~2022年に、フロリダ州キーズという地域に放つことが承認された、と。

感染症を媒介するネッタイシマカの駆除が目的という。

蚊を遺伝子操作し、幼虫の段階で死ぬ子孫しか生まれないようにするらしいです。

その“実験”が成功すれば、血を吸う成虫になる前に蚊はなくなるので、感染症を媒介する機会も減ります。

しかし、遺伝子操作した蚊が、食物連鎖のなかでどのような影響を及ぼすのか、人間への影響は未知のことです。

環境保護団体や地域の住民は反対運動を起こしてもいます。

 ☆

人間は、いろいろなことを思いつくなぁと感心(寒心?)してしまいます。

作業中や遊んでいる途中に蚊に刺されると、気分が凹みます。

寝ようとしている時に、耳元で蚊のプ~ンという音が聞こえると、寝られなくなります。

人間にとって蚊は天敵ですね。

人間を、一番殺している生物は “蚊” だと言われています。

マラリアを媒介し、2016年のデータで、830,000人を殺しているそうです。

ちなみに、人間を殺している生物の第2位は、人間です。580,000人殺しているというデータが出ています。

日本では、「蚊に刺されちゃった💦」で済んでいる話が、世界規模で見ると、直に生命にかかわることなのですね。

しかし、蚊といえど、すべての蚊が感染症を媒介するわけではありません。

受粉をしたり、鳥や魚のエサとなっている蚊もいます。

特定の蚊、ネッタイシマカの駆除を目指してのことでしょうが、遺伝子操作した後の現実は、まだ誰も知りません。

そういう意味では、ワクチンもそうですね。

新型コロナウイルスのワクチン開発が進んでいるようですが、日本も、海外のメーカーと取り決めをして、ワクチン完成の折には、日本に規定の数を融通してもらう約束ができているそうです。

けれど、その効果や副作用についての責任は薬剤メーカーにはない、ということを了解したうえでの融通です。

人間にとって良かれと思って進めていることも、どのような結果を導くのかは分かりません。

何事もないに越したことはありませんが、無から何かを生み出す(生物や食物の遺伝子操作をする、薬を加工する、電気を発生させる)ということは、そもそも無理のある話です。

その無理のある話を現実化してきた素晴らしさもあります。しその恩恵に、今、現に預かっています。

私たちの身の回りで起きていること、なされようとしていることを知る努力を、怠ってはいけないと思います。

2020年8月24日 (月)

コロナ禍福

今年に入ってから(専門家の皆さまの間では、昨年末から問題視されていましたが)、新型コロナウイルス狂騒曲を「コロナ禍」という表現で目にすることが増えました。

私も、今回の新型コロナウイルスで起きている様々な問題・出来事・現実を、「コロナ禍」という表現をしてきました。

問題・出来事・現実を、ひとつひとつ書き著さなくても「コロナ禍」と書けば話が通ってしまうので、ある意味便利な言葉です。

けれど、「コロナ禍」では、すべてを表わせません。

「コロナ禍」では、新型コロナウイルスを悪役にするだけの言葉です。政治家が、コロナ禍を(こんな感じでですね)「戦争状態」と言ってしまうのと同じです。

「コロナ禍」では、反省も、今後の道筋も見えてきません。

「禍」とは、「災い」という意味です。

確かに、新型コロナウイルスは災いではあります。

けれど、「新しい生活様式」などという言葉が出てくる背景には、「今までと同様の生活はできない」という側面もあれば、「今まで不必要だけど何の疑問も持たずにしてきたこと」「今まで必要と思っていたけれど無くても差し支えないと分かったこと」「今後必要だろうと思ってはいたけれど、なかなかその次の段階に踏み切れずにいたこと」などが浮き彫りになったという側面もあると思います。

つまり、「災い転じて福となす」事柄が見えてきました。

あるいは、「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄の如し」という諺もあるように、物事は「災い」だけではやってきません。

禍のなかにありながらも、手を差し延べてくれる人がいた。

禍のなかに身を置くことによって、今まで有り難味を感じてこなかったことの有り難さが身に染みてわかった。

禍のなかで行動が規制されながらも、なんとかしようとする気持ちが湧いてきた、なんとかできることがわかってきた。

そういうこともあるのではないでしょうか。

禍と共に福があるのです。

ということは、福と共に禍もあるのですが・・・

つまり、「禍」の渦中において、ただ「禍」ばかりではない。「福」と共に、我が身はあります!ということです。

現実は、「コロナ禍」では表現され得ないのです。

南無阿弥陀仏

 ☆

なんてことを思っていたら、一楽真先生と海法龍先生も「コロナ“禍”」についてお話されていました!

ご聴聞ください(‐人‐)

〇一楽 真先生 「世人、実に̪爾なり(せにん、じつに しか なり)」(2020年8月1日 大谷祖廟 暁天講座にて)

〇海 法龍先生 「お盆とコロナウイルス」(2020年8月15日 浄土真宗live より)

2020年8月23日 (日)

敬いの気持ちを持って接すると、多くのものが見える 大きなものにふれる

今朝は気温も上がらず、掃除が楽でした。

暑さのピークは過ぎましたかね。

それでもまだまだ暑いので、お気をつけて👋

なんて書いていたら、雨がザっと降ったあと、また気温が上がってきました。蒸し暑いです💦

 ☆

昨晩、見るともなくテレビをつけていたら、日本テレビの24時間テレビで、マラソンの高橋尚子選手が金メダルを獲ったシドニーオリンピック(2000年)のマラソンのシーンが映っていました。

映像を見ていて、妻と声を揃えて驚いたのが、「マラソンの解説、増田明美さんだねぇ!」ということでした(高橋選手の走りではなくて(^∀^)。

高橋尚子さんの走りも素晴らしいのですが、増田明美さんの解説は、変わらず素晴らしいんだなぁ、ずっと聞いてきたんだなぁと感じました。

彼女は、解説する際、出場する選手に直でインタビューして回るそうです。

選手ひとり一人に寄り添って(当然、全選手というわけにはいきませんが)解説をする。

選手に対する敬いの気持ちが、マラソンへの愛情が伝わってきます。

一昨日の投稿で、将棋で二冠を獲た藤井聡太さんへのコメントとして、加藤一二三 さんの言葉を紹介しました。

「この先 AI研究ががいかに隆盛を誇ろうとも、藤井聡太二冠には、人間の探究心と求道心のさきにある芸術的な一手により、盤上での感動を追求し 将棋界を湧かせていただけることを願っております」

聡明で美しいメッセージだと感じたので、ブログで取り上げました。

将棋に関して語る際、加藤一二三 さんの言葉からも、将棋や棋士に対する愛情や敬意を感じます。

引退した方々ですから、現役の選手や棋士は、当然自分より年下です。

けれど、年下に対して、後輩に対してという目線ではなく、今第一線で頑張っている人たち、私たちに力を与えてくれる人たちという敬意を抱いていらっしゃることが、言葉の使い方やその内容から溢れています。

自分の好きなものへの愛情 相手に対する敬意・・・忘れてはいけないなと思うわけです(‐人‐)

2020年8月22日 (土)

伝えたい気持ちが、人を動かす

2020年8月22日(土) 「サワコの朝」視聴

ゲスト 岡田晴恵先生(白鷗大学教授)

旧家の出である母に厳しく育てられた岡田晴恵先生。
学校のテストは100点を取るのが当たり前で、家でテレビを見たり 音楽を聴いたり という自由はなかったとのことです。
お婿さんに来てもらって跡取りとして家を継ぐように言われていたけれど、キャリアを持つことを進める母の声もあり、学者の道を歩まれました。
大学院で免疫学を学び、国立感染症研究所に就職。ワクチンの有効性や安全性を確かめる国家検定の仕事などをされていました。
日本人は、感染症やワクチンについて関心が薄いですが、感染症やワクチンについての知識を知ることは、予防にもつながります。
普通の人に分かるように、子どもたちに伝わるように、感染症やワクチンについて知ってもらう活動を、今までも されていました。
子ども向けの絵本・高学年から読める小説・カルタなどを出版されています(カルタは自費出版で作られました)。
感染症やウイルスについて知ってもらいたい、意識を持ってもらいたい、という思いで、テレビに出て、情報を発信されています。
(ここまでが、番組の内容をかいつまんで)

新型コロナウイルスが蔓延し始めて、今年に入ってから毎日のように・テレビで岡田晴恵先生の顔をお見掛けします。

はじめの頃は、話していることも多岐にわたり、出演者からの質問にバタバタして、正直聞きづらいことが多々ありました。

テレビに出ることに慣れていないから仕方ないことだと思っていました。

でも、あるころからガラッと変わった印象を持っていました。

テレビに出慣れてきたのかな? でも、それにしては急に聞きやすくなったなぁ・・・と感じていました。

その答えがわかったよう話がありました。

岡田先生は、完璧を求める母に育てられました。また、自分の持っている以上の力を注がなければいけない環境で研究をしてきました。

伝えたいこと、知ってほしいこともたくさんあります。

だから、伝えたいことのすべてを、限られた時間内で伝えようとして、いっぱいになっていたようです。

その姿を察知したTBSの井上貴博アナウンサーから、「岡田先生、伝えたいことを60%に抑えて、その分 こころを込めて伝えましょう」と声をかけていただいたそうです。

今まで、100%、120%の力で頑張らなければいけない環境できたので、“60%の力で”という声は、岡田先生の気持ちを楽にしたそうです。

そのころから、聞いていても分かりやすく感じられるようになったのかもしれません。

当然、岡田先生に限った話ではなく、60%の力で相手に伝えるという意識が大切だと思います。

そもそも、“伝えたい”という気持ちが、人を動かすのだなぁと感じました。

2020年8月21日 (金)

人間の探求心と求道心のさきにある芸術的な一手

「この先 AI研究ががいかに隆盛を誇ろうとも、藤井聡太二冠には、人間の探究心と求道心のさきにある芸術的な一手により、盤上での感動を追求し 将棋界を湧かせていただけることを願っております」(加藤一二三)

2020年8月20日 将棋の第61期 王位戦で 木村一基 九段に勝ち、棋聖と王位の二冠と 八段昇段を達成しました。

藤井聡太二冠への、加藤一二三さんからのメッセージが上記のもの。

今朝、加藤一二三さんのメッセージを読みました。

藤井聡太二冠が 木村一基九段から4連勝を飾った対局も、ミスのない美しい対局だったと評されていますが、

加藤一二三さんのメッセージも、「なんて聡明で 美しいメッセージなんだろう!」と感嘆しました(朝から気分スッキリ)。

探求心と求道心から芸術的な一手が生まれる。

芸術の背景には、人間の探求心と求道心がある。

藤井聡太二冠は、AIを駆使して将棋の研究をされています(今は誰もがされているのでしょうが)。

けれど、AIが指した手を自分のなかで説明できなければ、道理付けできなければ、それは研究したことにはならない。

自分の血肉にはならない、というようなことを言っています(正確な文言ではありません)。

 ☆

現代人は、すぐに答えを求めます。

けれど、答えを提示されて、「あ、そうか!」「なんだ、そんなことか!」「なるほどねぇ」で終わってしまいます。

「どうしてそうなるんだろう?」「知らなかった、覚えとこう!」「自分で確かめてみよう!」と、自分の頭や手の動きを通さないと、次の瞬間には、もう忘れています。

クイズ番組が多い昨今、違う番組で、たまに同じ問題が出ます。

子どもたちは「わかんない」と言いますが、その問題が前に出たことを覚えている いやらしいパパやママは、「それ、前も出た問題だよ~」と言います(必ずしも、その問題の答えまで覚えているわけではありませんが  (^∀^;)  )。

呆然と見ているだけでは、身に付かないものです。

 ☆

将棋だって、囲碁だって、アートだって、スポーツだって、私たちの日々の勤め(家事や勉強や仕事)もまた、芸術的な一手があり感動を追求しうるものです。

探求心と求道心

加藤一二三さんも、今でも持ち続けていらっしゃるのですね。

木村一基九段も、より探求と求道を深めて、高い勝率で将棋を指し続けられることと想います。 

2020年8月20日 (木)

自分で気づく以上に、人びとの手によって生きているわたし

夕方は秋の気配が・・・などと書きましたが、日中はまだまだ危険な暑さです🌞💦

境内では、植木屋さんが仕事をしてくださっています。

肌は日に焼けて真っ黒です。

ありがとうございます(‐人‐)

植木屋さん、石屋さん、大工さん、お寺に仕事に入ってくださる職人さんは、自分の技術と体力と思い遣りで仕事をしてくださっています。

朝早くから仕事を始められます。

何時にお家を出てくるんだろう。

お子さんと「おはよう」の挨拶を交わしてから来るのかなぁ。

朝ごはんを一緒に食べている時間は、ないよなぁ・・・などと想像しています。

職人さんのお仕事の内容に頭が下がります。

けれど、お仕事の内容と共に、決まった時間にしっかり休憩をとられるところが凄いなぁと感じます。

10時 12時 15時・・・決まった時刻に、決まった時間だけ休憩をとる。

そのことが、その日の仕事の内容の良し悪しにつながるのだと思います。

休憩は、きちんととらないとダラけてしまいます。

休憩の時間になったけど もう少しやろうか、 ちょっと早いけど休憩にしようか、 ではダメなのでしょうね。

そういう意味でも、決まった時刻に決まった時間だけ休憩をとることって、なかなか難しいことだと思います。

 ☆

夏になり、海、川、湖に行って水着だけになり、このときとばかりに日焼けしようとする人はいませんか。

とても危険ですからやめましょう。

日焼けは火傷ですから、からだへの負担が大きすぎます。

特にこの暑さです。日焼けして、見ている方も痛々しく感じるほどの火傷をしている方もいます。

私もかつて、湖で思いっきり遊んで日焼けして、その後数日 ベットに横になることもできないほどの火傷をしたことがあります。

おバカでした。

普段そんなに外に出ない人が、急に焼こうとするのはやめましょう。

外でお仕事をされる職人さんは、日々 外に出ておられるから、急な火傷状態になることはありません。

植木屋さんは、真っ黒に日焼けしています。

朝、「おはようございます」と声をかけると、「おはようございます」(*´▽`*)と、白い歯を見せて挨拶を返してくれます。

職人さん、かっこいい✨

体調に留意して(言われなくても してますね)、お仕事よろしくお願い致します。

 ☆

植木を剪定してくださっていますが、きれいになったところって、人は気づかないんですよね。

植木がうっそうとしていれば、掃除が行き届かず散らかっていれば、墓石が倒れていれば、
手入れがなされていませんねん、汚いですね、危ないですね、などと言われますが、

剪定されてスッキリしていると、掃除してきれいになっていると、墓石等が片づけられていると、何も言われません。

気になることにはすぐクレームを言いますが、気にならないところ(つまり 手をかけられているところ)に感謝を感じる人は、そう多くありません。

何も感じずに生活できるということは、それだけ人の手が込められている、気持ちが込められているからなのかもしれません。

この夏、ポテトサラダや餃子をお店で買っている人に、「店で買わずに自分で作れ!」と罵声を浴びせるヒトがいると、話題になりました。

食事の用意をするということは、大変なことですよ。

お店で買ったものも、それをお皿に移して 野菜を加えたり、味を加えたり、手を加えて違う料理を作る方もいます。

そもそも、お店で売っているものも、それを作ってくださっている人がいます。

始めから お店にある形をして存在している食べ物なんてありません。

ご飯を、食材を作ってくださっている方々のことを忘れない。

クレームをつけるところなんて、どこにもありません。

私が生きているなかで、どれだけの人の気持ちが、手が込められていることか。

そのことに想いを馳せる。

そんな夏でありたい。

南無阿弥陀仏

2020年8月19日 (水)

忘れない

今日も暑い日を迎えています🌞

けれど、昨夕は気温も下がり、からだの動きも楽になり、ツクツクボウシの鳴き声も聞こえ、夕暮れの雰囲気も秋めいてきました。

夏も折り返したかのような夕刻でした。

 ☆

終戦(敗戦)の日を迎えるまでの数日は、テレビも新聞も、戦争の特集を組まれます。

8月15日は、いくつも戦争に関する番組がありました。

8月15日頃に集中して番組を流さなくても、普段から放送すれば(戦争を知る機会を作れば)いいのになぁと思いました。

とも思いましたが、視聴者の側も、“終戦の日だから見る”という意識が強いのかもしれません。

普段から放送していると、「見たくない」「不安を煽るだけ」「ホントか嘘か分からない」という感想と共に、見る人も減っていくのでしょうね。

今の新型コロナウイルスに関する報道と同じです。

 ☆

とはいえ、戦時中に起きたこと(起こしたこと)は事実としてあるわけで、決して忘れてはいけないし、後世に語り継いでいくべきことです。

実際にあったこと、してきたことを、なかったことにしようとする動きが気になります。

2020年8月15日の全国戦没者追悼式で、安倍首相の式辞から「歴史と向き合う」趣旨の言葉がありませんでした。

何事においても、加害の立場に身を置くことを嫌う方ですから(確かに、好きな人はいませんが)、日本がしてきたアジア諸国への加害責任を口にすることも嫌なのでしょう。もしかしたら、「そんなことしていない」と思っているかもしれません。戦後75年が経ち、権力を持つ立場の人が歴史認識を誤ったり、故意に変えてしまったりすると、後世に誤った歴史・歴史観が伝わってしまいます。それは、戦争でしてきたことと共に、大きな過ちとなります。

安倍首相は、新型コロナウイルスの対応についても、「新型コロナ特別措置法の改正について、コロナ収束後に検討する」と語っています。
今対応を迫られていることに向き合わない人(人たち)が、しかも、歴史をないがしろにする人(人たち)が、「コロナ収束後に検討する」事柄って何だろう? 何を検討する気だろう? 結句、「コロナはアンダーコントロールしています」なんて言い出すかもしれない💧

「私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆さまの尊い犠牲の上に築かれたものであることを忘れない」
と、毎夏 耳にする文言。常套句の如く聞いているから、なんの疑問も持たずに聞いてしまうけれど、あらためて読み返してみると恐ろしくて、悲しい文言。
現代(いま)、日本は一応 “平和と繁栄” のなかにあると言えるかもしれない。また、戦後、“平和と繁栄” を現実に築いてきたと思う。けれど、“平和と繁栄”がなければ、戦没者は“尊い犠牲”と位置付けられないのだろうか? 否、戦後、“平和と繁栄” が築けなかったとしても、尊い犠牲であることに変わりはない。この文言は、今“平和と繁栄”だから、感謝する、と言っているように聞こえる。戦争を顧み、戦時中の辛く悲しい世を生きた人びとがいる。そういうことに想いを馳せることをとおして、亡き人への敬意が湧いてくるのではないだろうか。戦争でなにがあったのか、なにをしてきたのか、なにがいけなかったのか、などを振り返ることなくして、戦争で亡くなった人びとへの想いも湧いてこないし、どうして戦争をすべきではないのか?という現代を生きる私たちが考え続けなければならない問題も、我がこととしてしみてこない。
それに、一国の首相が、“尊い犠牲”と表現することも、責任転嫁・他人事の臭いがしてしまう。戦争は、国が起こすもの。つまり、戦争で亡くなった人びとは、巻き込まれて いのちを終えていったことになる。にもかかわらず、“尊い犠牲の上に築かれた”と言うのは、自分たち(国)には責任はありません、と言っているようなもの。
そのような考えが根っこにあるから、たとえば、広島地裁が、放射能を含む「黒い雨」を浴びて健康被害を受けた人々を被爆者と認め、被爆者健康手帳を交付するように命じた判決に対して、国は控訴したのでしょう。「黒い雨の範囲を科学的知見から見直す。そのことによって、対象者を的確に捉える(より多くの人が被爆者健康手帳を交付される対象とする)」というような解説がされていますが、本当にその方向(救済の対象を広める)を見ているのでしょうか。であるならば、先ずは原告の皆さんへの交付を決めたうえで、さらに救済の対象を広げることに尽力すべきではないでしょうか。

 ☆

現代(いま)、私たちが忘れていはいけないことは、なんなのか。

戦争で亡くなった方々の“尊い”犠牲だけでしょうか。

戦争の起きた(起こした)背景・理由・状況、戦時中の出来事・人びとのしてきたこと、戦時中と戦後の人びとのこころの移り変わり、今後 犠牲者を出さないための日々の歩み・・・

そういうことではないでしょうか。

夏も過ぎ、戦争に想いを馳せることもなくなって・・・ではなく、日々想うこと(忘れないこと)が、行動へとつながり、“平和と繁栄”へとつながるのではないでしょうか(決して、“平和と繁栄”を目的として動くということではなくて)。

南無阿弥陀仏

(追記)

人間って、ややこしい。

人間って、悲しい。

“平和と繁栄”を求めて、争うのだから。

2020年8月18日 (火)

時は、確実にうつろうている

今日も暑いですね🌞

でも、ここ数日の暑さから比べると、少し楽になったような・・・

って感じたけれど、35℃‼

慣れって怖いですね(決して慣れたわけではないけれど)。

お盆が終わりました。

暑い中、大勢の方がお墓にお参りに見えました。有り難いことです(‐人‐)

お墓にお供えされた お仏花ですが、これだけ暑いと、午前中に挿したお花も夕刻にはしなっとしてしまいます。

翌日には、カラカラに乾いてしまいます。

お盆期間中は挿しておいてあげたいな、とも思うのですが、さすがにカラカラに乾いてしまったお花は回収しています。

今朝も、袋を持って墓地を一周しました。カラカラに乾いたお花にもかかわらず、45㍑の袋がパンパンになりました。

先に親せきがお参りに来ていることを知っていて、それなのにお花がない!という方もいるかもしれませんが、お花と相談しながら回収しておりますので、ご理解・ご了承ください。

 ☆

本堂内では、切子灯篭(きりことうろう)の片づけをしました。

どういうわけか、子どもたちは切子灯篭の設営と片付けが好きで、手際よく手伝ってくれます。

あっという間に片づけ終わりました。

 ☆

お盆も終わりました。

夏も終わり・・・そうもないですね。

世田谷区の公立小学校は、8月いっぱい夏休みですが、区によっては、昨日(8月17日 月曜日)から2学期が始まっているところもあります。

教室はクーラーが利いているようですが、この暑い中、子どもたちは登下校しているのですね💦

登下校の折、熱中症にお気を付けください。

楽しい2学期になりますように(‐人‐)

2020年8月17日 (月)

あなたの知らないところに

今日も暑かったですね🌞

静岡県浜松市では、41.1℃‼

京都も39℃近くまで上がったとか。

京都に住んでいた最後の夏も、とてもとても暑かった日があるのですが、あのときは何℃あったんだろう?と、こんな暑い日には思い出します。

天気情報番組で言われているよりも、実際の気温はもっと高いですね。

皆様、お気をつけください。

今日は、境内の植木の剪定のため、植木屋さんが作業をしてくださいました。

今日は、墓石に名前を刻むために、石屋さんが作業をしてくださいました。

今日は、注文の品を運んで、生協さんが来てくださいました。

暑い熱いなか、お仕事をしてくださり、ありがとうございます。

植木屋さん、石屋さん、生協さんと話をして、そのお顔を見ているとき、それぞれの方にご家族がいることも想い浮かびました。

お子さんの姿も想像しました。

はたらくということは 自分のためでもあるけれど、それとともに、“この人のために”ということがあると、より動ける、ということもあります。

焼けつく暑さのなか、みんな誰かの顔を思い浮かべながら はたらいているんだなぁと想いました。

「いのちは尊い」ということが言われます。

特に、終戦と結びつく夏には、「いのちの尊さ」が語られます。

でも、その尊さは、決して犠牲になったから尊いわけではありません。

戦地で亡くなった人びとには、家族がいます。

「戦地で亡くなった」のは、この国から戦地に赴いた人びとを想うかもしれませんが、その地に住む人々もまた、戦地で亡くなった人びとです。

戦地に赴き、亡くなった人がいる。その方の家族や有縁の人びとがいる。

戦地にされてしまった地に生きていた人びとがいる。自分たちが生きた地で、戦争に巻き込まれ、殺された人びとがいる。

私たちの知らない人びとが、大勢いる。

その大勢の人それぞれに、家族や有縁の人びとがいる。

亡くなった人が生きていたら、生まれていたかもしれない いのちもある。

あぁ、私たちは知識を得ているようで、何も知らない。

何も知らないということも、知らない。

私の知らない人がいる。その人に家族がいる、大切な人がいる、その人自身も意識していない 多くの人との縁がある。

そういうことを想う。イメージする。

目の前のひとりの背景に、数えきれないほど多くの人がいる。

もしかしたら、目の前の人とわたしは、つながっているのかもしれない。

いのちの尊さは、いのちの不思議

南無阿弥陀仏

Dsc_5157

あなたの知らないところに
いろいろな人生がある
あなたの人生がかけがえのないように
あなたの知らない人生も また かけがえがない
人を愛するということは
知らない人生を知るということだ
  灰谷健次郎『ひとりぼっちの動物園』

2020年8月16日 (日)

南無阿弥陀仏 合わさる私の手のなかに、どれだけの罪業があることだろう

おはようございます

朝6時に掃除に出たら、すでに猛暑でした🌞💦

掃除を終える頃、お盆の入りの日にお参り見えた方(8月13日の投稿で書いた方)がお参りに見えました。

ご両親をお送りに来たそうです。

本堂でお焼香の準備をして、お参りいただきました。

お参りを終えて、「スッキリしました。これで来年のお盆まで、こころ安らかに過ごせます」と言ってお帰りになりました。

こころ安らかなお手伝いが出来てよかったです。

南無阿弥陀仏(‐人‐)

 ☆

感ずるに、お墓参りというと、供養というと、一般的には、亡き人の霊を慰める行為なのですね。

亡き人が帰ってくる。亡き人をお送りする。丁重に送り迎えする。

先往く大切な人と出会い直しているのですから、お盆期間は大切な時間だと思います。

コロナの影響で、帰省を控えている方も多くいらっしゃいます。

故郷に住む両親・祖父母に会えなくて、心配を募らせている方もいます。

旧友との親交ができなくて、淋しい想いをしている人もいます。

故郷のお寺へ、お墓参りに出かけられず、気持ちの落ち着かない方もいます。

お墓参りは、お盆の帰省の折に欠かせない行事だという方も、たくさんいらっしゃいます。

そのお墓参りとは、先往く方の霊を慰めるためのものなのか、それとも他に意味があるのか。

こういう書き方をするということは、他に意味があるということを言わんとしているのですが・・・。

お盆のお墓参りが、もし先往く方の霊を慰める行事ならば、今夏、多くの方がお墓参りに行けないということは、霊が慰められないことになります。

でも、霊は、先往く人は、自分の子孫や、後のいのちに迷惑をかけるようなことはしません。

つまり、霊を慰めるつもりでやってきたことが、実は霊を、先往く人を、迷いの対象とする行為になっています。

当然、そんなつもりは全くないわけですが。

浄土真宗は、ただ念仏、生涯聞法の歩みです。

お盆やお彼岸、報恩講や永代経法要、日々の生活。そべて私が念仏申すため、聞法の生活(人生)を送るためにあります。

先往く方は、私に念仏を伝えてくださいました。教えに出会うご縁をくださいました。

だから真宗では、コロナ退散の祈願法要などしていません。そうではなく、法(教え)をお伝えする工夫を、全国各地の僧侶がしています。

昨晩(8月15日 19:30~)も、浄土真宗liveで法話生配信がありました(いつでも聴聞できます)。

講師は、西蓮寺報恩講でもお話しいただいています 海 法龍先生(横須賀 長願寺住職)です。

タイトルは、「お盆とコロナウイルスー終戦(敗戦)の日に憶うー」です。

海先生もお話されていましたが、
お盆とは、「お盆→ウランバナー→倒懸(とうけん)→転倒→逆さまに吊るされたような苦しみ→餓鬼道に堕ちた苦しみ」が由来となり、
「餓鬼の苦しみから救ってあげる」ことがお盆という行事の意味になっていますが、親鸞聖人の眼、浄土真宗の眼から見ると、「餓鬼の苦しみから救ってあげる」という考え方はしません。亡くなった方も人間、生きている者も人間。人間という存在は、餓鬼的なものをそもそも持っている。餓鬼とは何かというと、貪欲と嫉妬の者です。死んだ人が貪欲・嫉妬の人ではありません。我々も、貪欲・嫉妬の者なんですね。

と、餓鬼道に堕ちた人を救うのがお盆という行事ではなく、私もまた餓鬼であった(私こそ餓鬼であった)と教えてくださっています。

我が身の気づきをいただくのが、仏法聴聞するということです。

折に触れ、教えをいただく。
教えをいただくことをとおして、我が身を知る。
我が身を知ることをとおして、亡き人を知る、つながりを持つ。
亡き人からいただいたご縁によって、教えに出会う。
亡き人との関係性があるから、私がある。
いろいろな気持ち・感情・表情を持つ私であることを知る。
そこからまた、亡き人と出会い直し、私に向き合い、教えに聞きつづける。
そういう循環が人生となる。

仏法聴聞、亡き人との出会い直し、我が身との出会い、念仏申す生活を送る身となることが、“供養”となります。

2020年夏、お墓参りに出かけられなくれも、仏法聴聞してお過ごしください。

◎浄土真宗live 海法龍先生 「お盆とコロナウイルスー終戦(敗戦)の日に憶うー

◎真宗会館 お盆オンライン法話 花園一美先生 「無量寿に生きる

2020年8月15日 (土)

終わらない戦

今日も暑い、いや、今日は熱いですね💦

お朝事中に意識が遠のきました。

ここ数年の夏の暑さは記録的だと、天気予報では言います。

けれど、終戦の夏も暑かったと聞きます。

終戦の夏の、実際の暑さは分かりません。

けれど、原爆が投下され、被ばくされた人びとのお話をお聞きしたり、史料や資料を読んだり、原爆資料館に行って記録を読んだりすると、1945年の夏の、異常な暑さに思い至ります。

南無阿弥陀仏

 ☆

2500年ほど前、仏陀が教えを説かれました。

それから(それ以前から) こんにち に至るまで、地球上で争いのやんだ時代(とき)はありません。

「仏教が説かれながら(宗教がありながら)、どうして世の中から争いが無くならないのですか?」といった問いをいただくことがあります。

率直な問いだと思います。

仏教は、争いを無くす術(すべ)を説いた教えではありません(争いや災いを無くす術を説く宗教もあるのかもしれませんが)。

「争い」は、人間の「貪り(むさぼり)」や「怒り」の感情のみによって起こるのではありません。

「愛情」や「大切に想う気持ち」もまた、「争い」を起こす種になります。

「貪り」「怒り」「愛情」「大切に想う気持ち」等々、人間は様々な感情や表情を持ちます。

それらの感情は、決してそれぞれ単独のものではなく、すべてが結びついています。

誰かに「愛情」を注ぐ、「大切に想う気持ち」ゆえに、その人のために何かを欲する、何かをしてあげたいと欲する「貪り」の感情が湧きます。

そのために、自分の欲しいものを手に入れたい、けれど手に入らない、邪魔をする人がいる、といったときに「怒り」「憎しみ」の感情が湧いてきます。

仮に、欲するものが手に入ったとき、それを「愛情」を注ぐ人に渡します。

けれど、その人は喜んでくれない、お礼を言ってくれない、他の誰かに渡してしまう、という態度をとったとき、その人を「大切に想う気持ち」は「怒り」へと転化します。

「愛情」を持ちさえしなければ、その人に対する「怒り」も「憎しみも」湧かなかったことでしょう。

「人を愛する気持ちを大切にしましょう」「みんな仲良くしましょう」という言葉は、大切なことですし、そうできれば悩みもありません。

「人を愛する気持ちを大切にしましょう」

 けれど、愛するがゆえに憎悪に転化することがあります。

 家族間・友人間・仲間とのすれちがい・口論・喧嘩・仲たがいなど、誰もが経験済みでしょう。

 でも不思議なもので、それらの争いは、出会っているからこそできることです。

 出会ってもない人と、喧嘩になどなりません。

「みんな仲良くしましょう」

 みんなと仲良くあろうとしても、そこから外れる人は必ずいます。

 「〇〇ファースト」というとき、同時にそこから除外されている人がいます。

 実は、除外されている人の方が多いものです。

さて、ここまで、争いがやむことがない身も蓋もない理由を書いたのではありません。

たとえそれが憎悪に転化することはあろうとも、誰かを愛する、何かを大切に想う気持ちを持つことができることは、とても素晴らしいことです。

誰かの顔が思い浮かぶことって、私を生かすはたらきだと思う。

その気持ち無くして、人間と言えるでしょうか。

でも、悲しいかな、愛憎は表裏一体です。切っても切り離せません。

そのような、複雑に入り組んだ気持ち・感情・表情を持って生きているのが人間(わたし)です。

だからこそ、争いも止まないし、苦悩も尽きない。

争い(憎悪)が止むときというのは、愛することもなくしたときかもしれない。

苦悩がなくなるときというのは、嬉しい・楽しい・今が最高の時だ!という気持ちすら起きないかもしれない。

様々な感情が入り混じり、多くのいのちが混とんとした世の中を生きるとき、私を支える教え(はたらき)がなくては、生きられません。

ひとつ ひとつ の なみだ に背景がある、

ひとり ひとり に あみだ がはたらいてある。

仏教は、阿弥陀のはたらきに支えられてある私を 教えています。

南無阿弥陀仏

 ☆

(追記)

「どうして戦争がなくならないんだろう」と真剣に考えている方にとって、上記の投稿は納得いかないものでしょう。

私は、こんなことを思います。

「平和を、争いのない世の中を望む人はこんなに大勢いるのに、どうしてトイレはこんなに汚されるんだろう」って。

関係ないことを言っているように聞こえるかもしれませんが、私のなかでは真剣に結びついています。

後の人が使うことも考えずに用を済ませて出てゆく、

こんな状態のトイレに入ったら、自分は嫌な気持ちになるのに、その状態で出てゆく。

他者(ひと)のことに想いを馳せずに、どうして平和を、どうして争いのない世の中を思い描けるのだろう・・・と、外トイレの掃除をするときはいつも考えています。

平和を望むなら、「どうして争いがなくならないんだろう」と口にして他人事として終わってしまうのではなくて、自分が使った後にトイレを使う人がいる・・・ということに想いを馳せることが肝要だと思います。

私以外の人がいる。現在(いま)も、過去も、未来も

2020年8月14日 (金)

かなかなかなかなかなかなかなかな

今日も暑いですね🌞

とはいえ、今朝は(ほんの少し)楽でした。

ここ数日のうちでは、気温が少し低かった気がします。

朝掃除の折、吹き出すほど出ていた汗が、今日はそんなには出ませんでした。

でも、そうなると、蚊の出番です。

ここ数日、朝の掃除で蚊に襲われることはありませんでしたが、今朝は、掃除をしながら10か所以上刺されました。

もしかしたら人間以上に、虫や動物は、気温の変化に敏感なのかもしれません。

セミの鳴き声は、ずっとアブラゼミが大勢でしたが、ここのところミンミンゼミの声も増えてきました。

ところが、数日前の夕刻、山門を閉めるときに ヒグラシの鳴き声が聞こえていました‼

「もうヒグラシ!?」と思いましたが、8月7日に立秋を迎えています。

暦の上では秋です。夏も終わりです。

(もはや、暦と実際の季節感とにかなりのズレが生じてはいますが、そうはいっても秋の気配も漂っています)

わずかですが、夕刻にはヒグラシの鳴き声が聞こえるようになり、朝の掃除に出ると、アブラゼミやミンミンゼミの亡骸が目につくようになりました。

朝、懸命に生きた姿を目の当たりにします。

時の移ろい、生命の移ろいを、セミの鳴き声や姿から感じさせていただいている夏です。

南無阿弥陀仏(‐人‐)

2020年8月13日 (木)

夏、お盆

2020年8月13日(木) 8月盆入りの日 今日も暑かったですね💦

東京は、7月盆のお勤めが一般的ですが、全国的には“お盆”というと8月のイメージがあるのではないでしょうか。

西蓮寺でも、8月盆にお墓参りに見える方も多くいらっしゃるので、準備をしています。

今朝も、西蓮寺にお墓のある門徒さんたちが、お参りに見えました。

南無阿弥陀仏

 ☆

その中でおひとり、初めてお目にかかる方がいました。

お話を伺うと、

田舎が〇〇で、菩提寺もお墓も そちらにあるんです。今年はコロナの影響を考えて帰省をやめました。でも、今日はお盆の入りの日だから、お参りをしたくて、お迎えをしたくて。どうしたら、いいですか?

とのことでした。

そのお話をお伺いして、

「あ、そうか! 帰省を控えるということは、お墓参りができないということなんだ。この方と同様に、お参りしたいけどできない方もいるんだ」と思いました。
(その方のお話を伺うまで、そんな当然のことに思いが至りませんでした。申し訳ないことです)

せっかく 訪ねてきてくださったのですから、本堂にあがりませんか?」とお誘いしました。

本堂の阿弥陀さまの前で、お焼香の準備を整えて、「どうぞお参りください」とすすめました。

お焼香して、合掌して目を閉じて、ゆっくりとお参りして・・・

ありがとうございます。お迎えが出来ました」と言って、少し言いにくそうに

あの、16日の朝もお参りさせてもらっていいですか? お送りしたくて」とおっしゃるので、

えぇ、どうぞお参りください」と応えました (^-^)

 ☆

真宗では、迎え火 送り火の習慣はありません。

でも、この夏の暑い盛りの時期にお墓に出かけ、汗をかきながらお墓の掃除をして、お花とお線香をあげて、手を合わせて、先往く人と向き合う。大切な意味があるんだなぁと思います。

お盆という宗教行事は、人間が本能的に動く習慣であり、先往く人との接点となる季節(とき)なのだと感じます。

その方の宗旨はお尋ねしませんでしたが、毎年8月13日にお墓に行ってお参りをし、16日の朝にまたお墓に行ってお別れをされているのでしょうね。

今年お参りできなかったら、きっと、ずっと気になったことと思います。

例年同様、先往く方をお迎えすることができてよかったです。そのご縁の一助になれてよかったです。

暑い日が続きます。

皆様、おからだお大事に(‐人‐)

南無阿弥陀仏

2020年8月12日 (水)

いま、ここ、わたし

今日も暑いですね🌞

朝、6時30分に外掃除に出る段階で、かなりの暑さでした。

昨日は、子どもたちからホースで水をかけられてビショビショになりましたが、

今朝は、吹き出す汗でTシャツもズボンもマスクもビショビショになりました。

元々汗っかきではありますが、ここまで汗が吹き出すことも珍しく、桁外れの暑さを味わいながらの掃除でした。

今朝は、「リンゴ日報」の黎智英氏はじめ、周庭さんらが香港警察から保釈されたことが報じられ、とにかくホッとしました。

黎氏、周庭さんらの身の安全を願わずにいられません。ですが、彼らの身に起きていることは、彼ら自身の問題なのではなく、私自身が、我が身に起こり得ることとして受け止めなければいけないことです。自分の住む国の権力者の動向に関心を持ち、それを支持しようと おかしいと思おうと それは個々の主義主張の話だけれど、民主主義とは何か? 何をするのが民主主義なのか? 平和とはどういう状態を言うのか? 平和のために私は何をすべきか? といったことを、常に考え続けることが大切なことです。黎氏や周庭さんの願いも、そういうところにあるのではないかと思います。

昨日の、重たい気持ちを背負いながら書いた投稿の後、シモーヌ・ヴェイユ(1909年~1943年)という哲学者の言葉に出会いました。

彼女は彼女の両親はユダヤ系です。1932年にドイツではナチスが第一党になっています。ナチスの政策に対する違和や問題点を感じていたことと思います。

『自由と社会的抑圧』(1934年著)
 現代とは、生きる理由を 通常は構成すると考えられているいっさいが消滅し、すべてを問い直す覚悟なくしては、混乱もしくは無自覚に陥るしかない、そういう時代である。権威主義的で国粋主義的な運動が勝利して、およそいたるところで、律儀な人びとが民主主義と平和主義に託した希望がくずれさっているが、これもまた、われわれを苦しめる悪の一部にほかならない。悪は、はるかに深く、はるかに広く根をめぐらせる。(冨原眞弓訳)

まさに、現代社会を言い当てている文章のようにも感じられて、驚きました。

今まで当然と思っていた事柄が、ことごとく崩れ去る世の中にあって、“今までと同じ”を求め続ける者には、現状は混乱を招いています。あるいは、現状に不満や不安を抱く者は、自分の意に反する者への嫌悪感を強く抱き、攻撃的になります。そのことに対する恐怖は、攻撃的になった人間の攻撃性そのものよりも、攻撃的になっていることの無自覚性にあります。“私は正しい”という思いが他者に牙をむくとき、“私”のやっていることに対する疑問や葛藤や逡巡はなく、無自覚です。無自覚の攻撃性・凶暴性ほどやっかいなものはありません。そんな時代は、権力に対する帰依心や、偏狭で根拠のない “日本ってすごいでしょ” “日本人ってすごいよね” という考え方が多数派となり、民主主義って本当はどうあることを言うんだろう? 平和主義って、そうあるために私たちは何をするべきなんだろう? と一所懸命に願い、考え、共にあろうとする人びとを蹂躙し、傷つけていきます。すべての人々とともにありたいという希望を、その“すべて”に入っている者が否定・破壊しているのです。このような現在の人びとの動向が、自身を、すべての人びとを苦しめている悪の根っことなっています。この悪の根っこは、深く、広く張り巡らされています。

そのように読めました。

離れた地、香港の話ではなく、

ナチスがドイツで権力を持っていた頃の話ではありません。

現代(いま)、日本(ここ)、わたしの身に起きている話です。

2020年8月11日 (火)

現在(いま)、世界で起きていること

今日も朝からお暑うございます💦

昨日も暑い一日でしたが、夜寝る前にふと思い、娘に尋ねました。

「ねぇ、今日、外に出た?」

「ううん、出てないよ」(^▽^) (^▽^) という返事💧

う~ん、いくら暑いといっても、境内をひと回りするとか、掃除するとか、ちょっとは外に出すべく声をかけるべきだったと反省。

私は、夕方に植木の剪定をしていたので、そのときに声をかければよかった。

で、今朝は、「ホースを出すから、植木に水をあげてください」と誘って、一緒に外に出ました

朝から暑い暑い💦

子どもたちが水やりをしているとき、私は植木の剪定や本堂の欄干の掃除を。

子どもたちがホースをつかって水やりをしていたのは瞬間で、すぐに水鉄砲を持ってきて水遊びが始まりました。

当然、私も水をかけられ、Tシャツもズボンもビショビショになりました。

グジュグジュのTシャツ・ズボンに気持ち悪さを感じつつも作業を進めていると、恐ろしいことにTシャツもズボンも乾いてしましました‼

なんて暑さでしょう🌞

皆様、おからだお大事に👋

 ☆

昨日、香港のメディア「リンゴ日報」創業者の黎智英氏が、香港警察によって逮捕された。

昨晩寝る前には、民主活動家の周庭氏逮捕のニュースが入ってきた。

ふたり(ふたり以外にも逮捕されている)の逮捕容疑は明らかにされていないが、「国家安全維持法」違反容疑で、外国勢力と結託して国家の安全に危害を加えたことなどとされている。

周庭氏は、「国家安全維持法」制定前に民主派団体を脱退し、活動のツイッターもやめていました。

にもかかわらず、逮捕されました。

ということは、「国家安全維持法」制定前の、過去の行いにさかのぼって容疑がかけられるということです。

気に食わない人間をいくらでも逮捕できることにつながります。

また、メディアに対しても、政府の批判をしてはならないという無言の圧力をかけたことになります。

香港から自由が、民主が、奪われた日。昨晩、想いを巡らせました。

 ☆

島根県内の高校サッカー部で、部員など複数の方が新型コロナウイルスに感染していたことがわかりました。

例によってSNS上で、サッカー部や高校を非難する声、感染者を割り出そうとする動きが出ています。愚かです。

感染者も、高校も、悪くはありません。一日も早い快復を念じています。

これだけSNSを利用した人権無視の行動があからさまになると、規制へ、厳罰化へ、という声が挙がります。

法によって規制され、法によって処罰される。そのことに抑止を期待する。

さて、果たしてそのような国でいいのですか? 

そういうことでもしないと、他者を傷つけるということがやまない生き物ってなんなんですか?
(そういうことをしても、他者を傷つけるわけですが)

他者を傷つける行為に対し、さまざまな法制化がなされてきました。

そのことによって助かった人も、現実にいることと思います。そのことはよかったと思います。

けれど、法が整備されるということは、それだけ私たちの生活が規制だらけになるということです。

蜘蛛の巣の目が徐々に徐々に細かくなっていき、しまいには身動きがとれなくなっていきます。

他者(ひと)を人と見ない態度が広まり、法による支配が強まり、人が人として生きていくことに汲々(きゅうきゅう)とする世の中。

為政者は、社会のため民衆のために法を整備していくわけではありません(と感じます)。

自分たちに都合のいいように、法を整備していきます。

だから、抜け道が用意されていたり、都合の悪い者の動きを封じようとしたりする。

もちろん、私たちの生活のためになっている法律もありますが、本当は法によって縛られるのではなく、自制していくものではないでしょうか。

戦争は、かつては国盗り合戦(陣地の奪い合い)でした。

現代(いま)、戦争を起こすとしたら、なんのためだろう?と考えました。

なおも領土拡大もあるでしょう、権力誇示のためもあるでしょう、悲しいかな宗教の対立もある。

けれど、戦争そのものが目的ではない場合もあるのでは?と考えました。

自分たちに都合のいい法律や憲法やルールを作るために、戦争をちらつかせるという、いち手段としての戦争。

昨日、Eテレの「ハートネットTV 優生思想と向き合う 戦時ドイツと現代の日本」を見ました。

ヒトラーのナチス政権化において、ポーランド侵攻とほぼ時を同じくして、いわゆる「断種法」が制定されました。

障害をもった者は国のためにならないと、障害者を安楽死させる法が制定された。

日本においても、第二次大戦後、過剰な人口増抑制のためと、優良な子孫を残していくことを目的として「優生保護法」が制定されました。

香港の「国家安全維持法」のことを書きましたが、これもまた日本においてはかつて「治安維持法」があり、表現の自由や結社の自由が制限されていた歴史があります。

法は、悪いことをする人間を捕まえたり罰を与えたりするものではなく、時の政府の思惑によって制定される恐ろしい側面があります。

ただし、恐ろしい計画をそのまま表に出しても、民衆の反対を受けます。

あたかも必要なもの、是があるものとして喧伝し、制定してしまいます。

制定されてからは、遅いのです。

過去にさかのぼって逮捕されることも起こり得ます。

理由を付けて安楽死させられることも起こり得ます。

現在(いま)実際に起きていることは、香港での出来事、中国国内における中国共産党の思惑・・・ではありません。

同じ時代(とき)を生きている、同じ大地を生きている、同じ人間の身に起きていることです。

黎智英氏と周庭氏の逮捕の報道を受けて、身の毛がよだつ想いがしています。

2020年8月10日 (月)

終息なき争い

このコロナ禍において、その“しゅうそく(収束・終息)”について書いたことがあります。

新型コロナウイルスが収束に向かっても、このコロナ禍において傷つけ合った人間関係が修復されることはない。

人間と人間が傷つけ合った痛みが消えることはない。そういう意味において、新型コロナウイルスが“終息”することはない、と。

8月6日の広島市 松井一美市長、8月9日の長崎市 田上富久市長の「平和宣言」を読みかえしていて、戦争もまたコロナ同様 “終息” は有り得ないのだな、と感じました。

戦後〇〇年という言い方を、します。

あたかも戦争が終わって〇〇年と言っているように聞こえますが、実は、戦争は終結していないかのようです。

戦争とは、一度始めてしまったら終わりのないもの・・・なのかもしれません。

戦争は、自分の住む国(生まれ育った国)と、敵国との間の争いかもしれませんが、自分の住む国のなかにおいても、戦争に賛同しない態度をとったり、戦争を否定する態度をとったりすれば、「非国民」と言われて攻撃を受けました。

それが、終戦(と言われるとき)を境に、180度変わったという話を、戦争を経験した人たちから聞きました。

戦争賛美していた上官が、近所の誰々が、終戦と共に国に文句を言い出した、「私は戦争反対だったんだ」と言い出した、と。

終戦を迎えても、攻撃を受けた人のこころに刻まれた痛みや悲しみは消えません。

攻撃した方の人(他者を責めた方の人)、戦争が終わった途端に戦争賛美から戦争否定に変わったような人は、他者を責めた痛みの記憶もないのかもしれませんが。

国と国との関係においても、戦争の事実を良くも悪くも引き合いにだして、政治利用することが現代(いま)もなお続いています。

そういう意味では、戦争の延長線上に国際関係があるのは、消せぬ事実です。

軍事産業は、お金を生み出します。それゆえに、政治を司るヒトたちは、そこから手を引くことができません、手を引こうとしません。

自分が生まれ育った国以外の人びとへの差別意識も、戦争に根源がある側面もあります。

戦争も、新型コロナウイルスだって、人間が生きているなかで生じたもの。

人間が生じさせたもののなかで、さらに人と人とが傷つけ合う。

その、傷つけ合った歴史の延長線上を生き、さらに傷つけ合っている、傷つけ合おうとしている。

目に見えぬ形での争いが収まっている“収束”はあり得るけれど、こころのなかに傷は残り、水面下での駆け引きは続き、あわよくばまた争ってでも・・・と考えるヒトがいて、戦争は終息していません。

新型コロナウイルスが、やがて収束しても、今、人と人とが傷つけ合っている現実は、終息することはない。

そのことを、戦争が教えてくれている。

 ☆

今日(2020年8月10日)と来週月曜日(8月17日)、Eテレで放送の「ハートネットTV」は、「優生思想と向き合う 戦時ドイツと現代の日本」が放送されます(午後8時~8時30分)。

2020年8月 9日 (日)

“当事者”として連帯する

1945年8月9日 午前11時2分 長崎市に原爆が投下される。

原爆の投下が、第二次世界大戦の終結に結びついたのだから、原爆投下は必要なことだったんだ、という論調がある。

原爆の投下と、戦争の終結は関係がない。

“関係がない”というのは言い過ぎかもしれないが、そこを結びつけて考えることは、原爆の肯定であり、戦争が起きた原因・理由・背景というものを薄めさせれしまう。

戦争が起きなければ、戦争において死なずに済んだ多くのいのちがある。原爆投下・爆発による被ばくで苦しまなくても済んだ人びとがいる。

戦争が起きるということは(戦争を起こすということは)、傷つけ合い、殺し合いする必要のない いのちどうしが、いのちを奪い合うことになる。

戦争は、負けた方が傷つくのみならず、勝った方もまた苦しみを背負う。

「原爆落下によって戦争の終結が早まり、もし戦争が続いていた場合に亡くなったであろう人びとのいのちが救われた」と言っているうちは、忘れてはいけないこと、目を逸らしてはいけないことを避けることとなる。

戦後75年というが、私たちは、忘れてはいけないことを忘れ、目を逸らすべきでないことから目を逸らし続けている。

戦争の果てに、平和は訪れない。

戦争を大前提にして、政策を考えてないけない。

この国の首相は、核廃絶について語らず、敵基地攻撃能力保有に関しては否定しない。そのことは、現在の日本政府のスタンスを表わしている。私たちの未来を表わしている。

2020年8月9日(日)長崎市 田上富久市長「長崎平和宣言」

 私たちのまちに原子爆弾が襲いかかったあの日から、ちょうど75年。4分の3世紀がたった今も、私たちは「核兵器のある世界」に暮らしています。
 どうして私たち人間は、核兵器を未(いま)だになくすことができないでいるのでしょうか。人の命を無残に奪い、人間らしく死ぬことも許さず、放射能による苦しみを一生涯背負わせ続ける、このむごい兵器を捨て去ることができないのでしょうか。

 75年前の8月9日、原爆によって妻子を亡くし、その悲しみと平和への思いを音楽を通じて伝え続けた作曲家・木野普見雄さんは、手記にこう綴(つづ)っています。

 私の胸深く刻みつけられたあの日の原子雲の赤黒い拡(ひろ)がりの下に繰り展(ひろ)げられた惨劇、ベロベロに焼けただれた火達磨(ひだるま)の形相や、炭素のように黒焦げとなり、丸太のようにゴロゴロと瓦礫(がれき)の中に転がっていた数知れぬ屍体(したい)、髪はじりじりに焼け、うつろな瞳でさまよう女、そうした様々な幻影は、毎年めぐりくる八月九日ともなれば生々しく脳裡(のうり)に蘇(よみがえ)ってくる。

 被爆者は、この地獄のような体験を、二度とほかの誰にもさせてはならないと、必死で原子雲の下で何があったのかを伝えてきました。しかし、核兵器の本当の恐ろしさはまだ十分に世界に伝わってはいません。新型コロナウイルス感染症が自分の周囲で広がり始めるまで、私たちがその怖さに気づかなかったように、もし核兵器が使われてしまうまで、人類がその脅威に気づかなかったとしたら、取り返しのつかないことになってしまいます。

 今年は、核不拡散条約(NPT)の発効から50年の節目にあたります。この条約は、「核保有国をこれ以上増やさないこと」「核軍縮に誠実に努力すること」を約束した、人類にとってとても大切な取り決めです。しかしここ数年、中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄してしまうなど、核保有国の間に核軍縮のための約束を反故(ほご)にする動きが強まっています。それだけでなく、新しい高性能の核兵器や、使いやすい小型核兵器の開発と配備も進められています。その結果、核兵器が使用される脅威が現実のものとなっているのです。
“残り100秒”。地球滅亡までの時間を示す「終末時計」が今年、これまでで最短の時間を指していることが、こうした危機を象徴しています。

 3年前に国連で採択された核兵器禁止条約は「核兵器をなくすべきだ」という人類の意思を明確にした条約です。核保有国や核の傘の下にいる国々の中には、この条約をつくるのはまだ早すぎるという声があります。そうではありません。核軍縮があまりにも遅すぎるのです。

 被爆から75年、国連創設から75年という節目を迎えた今こそ、核兵器廃絶は、人類が自らに課した約束“国連総会決議 第一号”であることを、私たちは思い出すべきです。

 昨年、長崎を訪問されたローマ教皇は、二つの“鍵”となる言葉を述べられました。
一つは「核兵器から解放された平和な世界を実現するためには、すべての人の参加が必要です」という言葉。
もう一つは「今、拡大しつつある相互不信の流れを壊さなくてはなりません」という言葉です。

 世界の皆さんに呼びかけます。

 平和のために私たちが参加する方法は無数にあります。

 今年、新型コロナウイルスに挑み続ける医療関係者に、多くの人が拍手を送りました。被爆から75年がたつ今日まで、体と心の痛みに耐えながら、つらい体験を語り、世界の人たちのために警告を発し続けてきた被爆者に、同じように、心からの敬意と感謝を込めて拍手を送りましょう。

 この拍手を送るという、わずか10秒ほどの行為によっても平和の輪は広がります。今日、大テントの中に掲げられている高校生たちの書にも、平和への願いが表現されています。折り鶴を折るという小さな行為で、平和への思いを伝えることもできます。確信を持って、たゆむことなく、「平和の文化」を市民社会に根づかせていきましょう。

 若い世代の皆さん。新型コロナウイルス感染症、地球温暖化、核兵器の問題に共通するのは、地球に住む私たちみんなが“当事者”だということです。あなたが住む未来の地球に核兵器は必要ですか。核兵器のない世界へと続く道を共に切り開き、そして一緒に歩んでいきましょう。

 世界各国の指導者に訴えます。

 「相互不信」の流れを壊し、対話による「信頼」の構築をめざしてください。

 今こそ、「分断」ではなく「連帯」に向けた行動を選択してください。来年開かれる予定のNPT再検討会議で、核超大国である米ロの核兵器削減など、実効性のある核軍縮の道筋を示すことを求めます。

 日本政府と国会議員に訴えます。

 核兵器の怖さを体験した国として、一日も早く核兵器禁止条約の署名・批准を実現するとともに、北東アジア非核兵器地帯の構築を検討してください。「戦争をしない」という決意を込めた日本国憲法の平和の理念を永久に堅持してください。

 そして、今なお原爆の後障害に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、未だ被爆者と認められていない被爆体験者に対する救済を求めます。

 東日本大震災から9年が経過しました。長崎は放射能の脅威を体験したまちとして、復興に向け奮闘されている福島の皆さんを応援します。

 新型コロナウイルスのために、心ならずも今日この式典に参列できなかった皆様とともに、原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、長崎は、広島、沖縄、そして戦争で多くの命を失った体験を持つまちや平和を求めるすべての人々と連帯して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることを、ここに宣言します。

 2020年(令和2年)8月9日 長崎市長 田上富久

2020年8月 8日 (土)

朝飯前♪ 朝飯前♪

外山滋比古先生の『思考の整理学』を読み返していて・・・


人間は、いつの頃からか夜行性になってしまった。夜の信仰とも言うべきものをつくりあげてしまった。勉強は夜でなくてはできないと思い込んでいる。
夜考えることと、朝考えることとは、同じ人間でも、かなり違っているのではないか。
夜、寝る前に書いた手紙を、朝、目をさましてから読み返してみると、どうしてこんなことを書いてしまったのか、とわれながら不思議である。

旨書かれています(「朝飯前」のエッセイ)。

私も中学生の頃からずっと夜型でした。中学・高校・大学の学び(予習・復習)も夜。寺に入ってからの聴聞の復習や法話の組み立て、原稿執筆も夜。寺報作りも夜(今まで作った寺報の9割以上が夜中に書いたものです)。9年間の教導時代も、法話・資料作り等々、ほとんど夜の仕事。
一日の睡眠時間が4時間くらいでも平気でした。効率も悪くないし、内容も悪くない。
けれど、40歳を超え、半ばを過ぎてからは、完全に仕事の効率も落ち、完成度も低く、何よりも睡魔に襲われる。あぁ、これが年を取るということか、と思った。
「夜の信仰」信者だったので、“夜こそ仕事の時間”と心身共に思い込んでいるので、40歳を超えて効率が落ちたからといって、簡単に昼型には変えられません(昼は昼でやることがあるので、机上での学びや仕事は夜に行ってしまうのです)。
50歳手前にして、さすがに睡眠時間を優先するようになりました。からだは正直です。

で、外山先生も夜の信者でしたが、夜中にうまく行かなかった仕事が、朝起きて挑んでみると、するすると片付いてしまった。そんなことが続いて、やがて朝の頭の能率のよさに目覚め、夜型の生活を朝型に切り替えられたそうです。

「朝飯前」という言葉を引用して、次のように解釈されています。

 “朝飯前”ということばがある。手もとの辞書をひくと、「朝の食事をする前。『そんな事は朝飯前だ』〔=朝食前にも出来るほど、簡単だ〕」(『新明解国語辞典』)とある。いまの用法はこの通りだろうが、もとは少し違っていたのではないか、と疑い出した。
 簡単なことだから、朝飯前なのではなく、朝の食事の前にするために、本来は、決して簡単でもないことが、さっさとできてしまい、いかにも簡単そうに見える。知らない人間が、それを朝飯前と呼んだというのではあるまいか。どんなことでも、朝飯前にすれば、さっさと片付く。朝の頭はそれだけ能率がいい。

という、疑問から生じて自分の中での論理を導き出し、朝型の生活に転換された外山先生。

そこから面白いのは、普段の朝ごはんの時間前では、朝早く起きなければならない。けれど、そんなに早くは起きられない。

ということで、いわゆる朝ごはんを抜いて朝昼兼用にしたこと。

ブレックファスト(朝食)とランチ(昼食)がくっついて“ブランチ”(昼食兼用の遅い朝食)という言葉があるのだから、そもそも異常なことではないと解説しています。

そうして、昼食までの時間を、“朝飯前”の時間として、朝起きてから仕事・勉強の時間に充てられました。

さらに面白いのは、一日中自由になる日は、昼食をとったら、布団を敷いて本格的に寝るようにしたとのこと。

午後の3時頃に目が覚めれば、そこからまた夕方6時か7時頃の夕食の時間まで、午後の“朝飯前”の時間ができるわけだ‼

仕事をするのに能率的な“朝飯前”が、一日の二度もできた!と書かれています。

とても魅力的な一日の過ごし方です(^-^)

ここ数年、残業をするのではなく、朝早い時間(電車が混む前)に出社して、始業時間前にメールチェックや資料作りなどの仕事をしてしまう人が増えたと聞きました。

そういえば、仕事のできるパパ友たちからは、早い時間に出社している話を聞きます。

夜型ではなく、朝飯前型。

能率・効率ということを考えたとき、必然的に導き出される時間の過ごし方ですね。

私も、数日前の朝5時40分の救急車・消防車騒ぎで早起きして以降、起床時間を少し早くしているのですが、私の場合は、朝の掃除からルーティンが始まるので、仕事・勉強には充てられません。でも、朝飯前に掃除はほぼ終わります。あ、この過ごし方いいなぁと感じています。

夏、体力温存のためには睡眠時間の確保も大切です。

生活のリズムを考えてみてはいかがでしょうか。

2020年8月 7日 (金)

外山滋比古先生ありがとうございます

今日も暑いですね🌞

妻が、お座敷のレースカーテンを全部洗濯していました。真夏の恒例行事です。

洗濯してレールにかけなおしたカーテン、開けてる窓から入ってくる風になびくカーテン。ほのかな洗剤の薫り。

夏の暑さと風で、レースカーテンは瞬く間に乾いてゆきます。

2020年7月30日 外山滋比古(とやま・しげひこ)先生が亡くなりました。

『思考の整理学』(ちくま文庫)からご教授いただいていました。

 ☆

学校で学ぶ生徒を、グライダーと飛行機に例えられた文章が、『思考の整理学』に書かれています。

グライダーは、飛ぶ姿は優雅で美しい。けれど、悲しいかな、自力で飛ぶことができない。
学校は、グライダー人間の訓練所となっている。
学校は、自力で飛び回れる飛行機はつくらない。
勝手に飛び回る飛行機ではなく、教えられるままについて行く従順さを求めて、教育がなされてきた。
優等生と呼ばれる生徒は、グライダーとしての成績が優秀ではあるけれど、自分の好きなように論文を書きなさい、となると途方に暮れてしまう。
言われた通りのことをするのは得意だけれど、自分で考えてテーマを持てと言われることを苦手とする。

と、指摘されています。そして、

こどもというものは実に創造的で、詩人であり、小発明家である。

ところが、学校で知識を与えられるにつれて、散文的になり、人まねがうまくなる。

人間には、グライダー能力と飛行機能力とがある。

受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発見、発明するのが後者である。

両者は、ひとりの人間の中に同居している。

グライダー能力をまったく欠いていては、基本的知識すら習得できない。

何も知らないで、独力で飛ぼうとすれば、どんな事故になるかわからない。

しかし、現実には、グライダー能力が圧倒的で、飛行能力はまるでなし、という“優秀な”人間がたくさんいることもたしかで、しかも、そういう人も“翔べる”という評価を受けているのである。

学校はグライダー人間をつくるには適しているが、飛行機人間を育てる努力はほんのすこししかしていない。

学校教育が整備されてきたということは、ますますグライダー人間をふやす結果になった。

お互いに似たようなグライダー人間になると、グライダーの欠点を忘れてしまう。

知的、知的と言っていれば、翔んでいるように錯覚する。

と、教育の現場の現状を(人間自身を、かな)嘆かれています。

『思考の整理学』は、1986年4月24日に第一刷が発行されています。

34年前には既に、上記のようなことを感じていたのですね。

似たような人間ばかりになれば、そのなかの欠点を、欠点とすら感じない。欠点が普遍性を持ち、おかしい点を当たり前のこととしてしまう。

現代(いま)の様相・雰囲気が、言い当てられています。

思考がきちんきちんと整理されていく、という指南書ではなく、思考を重ねることをとおして、新しい発見や気づきがあり、思考と発見・気づきが合わさって発酵して、あらたな思考が生み出されてゆく。そんな、人間が本来持っている思考の柔軟性を、外山滋比古先生自身の体験・実感をとおして綴られている書『思考の整理学』です。本棚にいつまでも並ぶ書だと思います。

2020年8月 6日 (木)

連帯

暑いですね🌞

朝起きて、カーテンを開けたとき、もう既に殺人的な陽射しが飛び込んできました。

掃除のため外に出ると、このステイホーム期間中に知り合ったバングラデシュ人の彼と出会い、挨拶を交わす。

出会いとは、不思議な縁だなぁと想います。

相手がどこの国の人であろうと、個人と個人として出会うと、挨拶や会話を交わせます。

けれど、組織と組織、国と国のように、規模が大きくなると、いがみ合い、駆け引きをし、貶め、争うということにつながります。

当然、個人と個人の関係においても争いは起こり得ますが、より冷静であらねばならない国どうしが、武力や核兵器をちらつかせてけん制し合っているのですから、よりたちが悪いです。

物事はつながっていて、戦争は戦争だけのこと、感染症は感染症のこと、だけでは収まりません。

新型コロナウイルス感染症のワクチンや特効薬ができた際、全世界中の為に使うと決断するのか、権力争いの強力なカードとして使うのか。

国と国との枠組みを超えて、全人類、すべての生きとし生けるもののことを視野に入れて考えなければ、結果、自分のため(自国のため)と思っていても、その自分(自国)すら生命として危うくなることでしょう。

2020年、私たちが今、肌で感じている陽射しの暑さだけでも、厳しいものです。

75年前、照り付ける陽射しの暑さとは別の、原爆による火傷(やけど)の熱さや痛みに苦しみながら、のどの渇きから人々は水を求めました。

また、繰り返していいのでしょうか。

核爆弾のボタンが押されてからでは、もう遅いのです。

1945年8月6日 午前8時15分 広島市に原爆が投下される。

2020年8月6日 広島市 松井一実市長 「広島平和宣言」

 1945年8月6日、広島は一発の原子爆弾により破壊し尽くされ、「75年間は草木も生えぬ」と言われました。しかし広島は今、復興を遂げて、世界中から多くの人々が訪れる平和を象徴する都市になっています。


 今、私たちは、新型コロナウイルスという人類に対する新たな脅威に立ち向かい、踠(もが)いていますが、この脅威は、悲惨な過去の経験を反面教師にすることで乗り越えられるのではないでしょうか。
 およそ100年前に流行したスペイン風邪は、第一次世界大戦中で敵対する国家間での「連帯」が叶(かな)わなかったため、数千万人の犠牲者を出し、世界中を恐怖に陥(おとしい)れました。その後、国家主義の台頭もあって、第二次世界大戦へと突入し、原爆投下へと繫(つな)がりました。
 こうした過去の苦い経験を決して繰り返してはなりません。そのために、私たち市民社会は、自国第一主義に拠(よ)ることなく、「連帯」して脅威に立ち向かわなければなりません。
 原爆投下の翌日、「橋の上にはズラリと負傷した人や既に息の絶えている多くの被災者が横たわっていた。大半が火傷(やけど)で、皮膚が垂れ下がっていた。『水をくれ、水をくれ』と多くの人が水を求めていた」という惨状を体験し、「自分のこと、あるいは自国のことばかり考えるから争いになるのです」という当時13歳であった男性の訴え。

 昨年11月、被爆地を訪れ、「思い出し、ともに歩み、守る。この三つは倫理的命令です」と発信されたローマ教皇の力強いメッセージ。そして、国連難民高等弁務官として、難民対策に情熱を注がれた緒方貞子氏の「大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分だけの平和はありえない。世界はつながっているのだから」という実体験からの言葉。これらの言葉は、人類の脅威に対しては、悲惨な過去を繰り返さないように「連帯」して立ち向かうべきであることを示唆しています。
 今の広島があるのは、私たちの先人が互いを思いやり、「連帯」して苦難に立ち向かった成果です。実際、平和記念資料館を訪れた海外の方々から「自分たちのこととして悲劇について学んだ」、「人類の未来のための教訓だ」という声も寄せられる中、これからの広島は、世界中の人々が核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて「連帯」することを市民社会の総意にしていく責務があると考えます。

 ところで、国連に目を向けてみると、50年前に制定されたNPT(核兵器不拡散条約)と、3年前に成立した核兵器禁止条約は、ともに核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に「継続」すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。世界の指導者は、今こそ、この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべきではないでしょうか。
 そのために広島を訪れ、被爆の実相を深く理解されることを強く求めます。その上で、NPT再検討会議において、NPTで定められた核軍縮を誠実に交渉する義務を踏まえつつ、建設的対話を「継続」し、核兵器に頼らない安全保障体制の構築に向け、全力を尽くしていただきたい。
 日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。また、平均年齢が83歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。
 本日、被爆75周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。
令和2年(2020年)8月6日
広島市長 松井一実

2020年8月 5日 (水)

聞くべきこと

今日もお暑うございます。

「コロナ罹患者に対する差別が酷いですね。病気は、誰もがかかる可能性があるのに。」ということを、このブログで常々書いてきました。

今朝もテレビで、コロナ罹患者に対する差別を取り上げていました。

見ていてつらかったです。

アンケートで、「新型コロナウイルスに感染したら、それは本人が悪いと思う」と答える人が、諸外国に比べ、日本はダントツに多いそうです。

数日前、ニュースで、夏休みの旅行に出かける家族にインタビューしているシーンがありました。

そのご家族のお子さんが、「コロナにかからないように気をつけたいと思います」と答えていました。

あぁ、親がそういう会話をしているんだなぁと思いました。

かからないように気をつけることも当然ですが、自分が罹患していて、他者(ひと)にうつす場合だってありうるわけです。

でも、自分たちの立場は、感染していない人、罹患していない人、です。

つまり、うつす立場に身を置かず、うつされる立場にだけ身をおいているわけです。

「(病気を)うつされないように、(病気に)かからないように、気をつけようね」とだけ親から言われていれば、

子どもは当然「かからないように気をつけたいです」と答えます。

コロナの件に限らず、自分は被害を被る方、自分が他者に被害を与えることはない、ということが根付いているので、

日本人は、「新型コロナウイルスに感染したら、それは本人が悪い」と思うのでしょうね。

その考え方が蔓延した世の中では、他者(ひと)への思い遣りも欠如します、自分自身が病気になるという想像力も欠如します。

だから、何かあったときに、「どうして私ばっかりこんな目に遭うんだ」という発想になります。

誰もが、こんな目に遭うかもしれないし、遭わないかもしれない。そういう縁を生きています。

滋賀のお寺さんから寺報が届きました。

住職が、「このコロナ禍において、不安はなくならないものです」ということを、どこかで一筆書いたら、「厳しすぎる」「優しい言葉が欲しいです」という意見が届いたそうです。

この住職は、優しさで現状をごまかすのではなく、現状にきちんと向き合う中で生きていくしかない、生きていきましょう!という想いを綴られたのだと察します。

現代は、優しい言葉、厳しくない言葉、不安にさせない言葉が溢れています。

どうやらそれに慣れすぎてしまったようです。

耳を傾けるべきこと、しっかり聞くべきことを聞く体力がなくなっています。

自分の意に沿わない人に対する憎悪は強力です。

結果、コロナに感染するような奴は、自分が悪い!自分のせいだ!ふざけるな!俺にうつすな! という、正義という名の“自己の思い”に覆いつくされ、実は自分で自分を傷つけています。そんなことに、気づくことなく。

安田理深先生の言葉を思い出しました。

私たちはもっともっと悩まねばなりません。

人類のさまざまな問題が私たちに圧(の)しかかってきているのです。

安っぽい喜びと安心にひたるような信仰に逃避していることは出来ません。

むしろ そういう安っぽい信仰を打ち破っていくのが浄土真宗です。

南無阿弥陀仏                     

 

 

2020年8月 4日 (火)

冷静に、生きましょう

こんばんは

今日はとても暑い一日でしたね。

7月、ずっと雨が降っていたため、境内の地面が苔むしていました。

かなりの量の雨水がしみ込んだのに、8月に入ってからの暑さで、境内の地面はカラカラに干上がってしまいました💦

掃除といっても、乾いてめくれ上がった土を集めている状態です。

今朝は、消防車と救急車のサイレンで目覚めました。

ちょうど夢を見ていたのですが、夢の中で消防車と救急車がサイレンがけたたましくなり始めて、ぼんやり目覚めて窓の外を見たら、寺の前に実際に消防車と救急車が停まっていました😲

時計を見ると、午前5時40分⏰ 寝てしまうより・・・起きちゃえ!って、起きました。

いつもより早い時間から掃除して、いつもより広い範囲を掃除して、汗びっしょりかいて屋内へ。

朝食食べて、いつも通りの仕事して・・・

お昼ごはん食べて、テレビ見て、午後の仕事をしようと机に向かったらフラフラしてきました。

いつもより早く起きて、暑くて、汗かいて、お朝事で大きい声出して、思い返してみればコーヒーばかり飲んで・・・

う~ん、脱水症状だったのかもしれません🌞

水分とって、少し横になって、なんとか快復しました。

皆様もお気を付けください👋

 ☆

お昼ご飯を食べた後のことです。

テレビを見ていたら、ちょうど大阪府の吉村知事の会見が始まりました。

そしたら、「ポピドンヨードがコロナに効果がある」って言っちゃったじゃないですか‼

一緒にテレビを見ていた妻と、

(私)「あ~ぁ、言っちゃったね」

(妻)「うん、言っちゃったねぇ。イソジン売り切れちゃうねぇ」

(私)「そだね」

なんて会話をしていました。

で、その後で横になって、快復した後、夕刻に出かける用事があったので、出かけました。

好奇心から、通りすがりのドラッグストアへ入ってみました。

そしたら入口に「ポピドンヨードのうがい薬は売り切れました」と書いた紙が貼ってありました‼ (*_*)

言ったら売り切れるって、かつての みのもんたさんの昼の番組みたいだなと思いました。

人間は、かくも滑稽で、かくも愚かで、かくも愛おしい。

(付記)

ちなみに、イソジンは医薬品なので、転売すると薬事法違反で、売った方も、もしかしたら買った方も処罰されます。

転売や買い占めはダメですよ🙅

2020年8月 3日 (月)

中心地から遠く離れた場所で、文化は生き残る

「東京新聞」〔2020年8月1日(土)朝刊〕 コラム「筆洗」

解説書を手に挑戦した覚えがあるが、難しかったこと以外に思い出せない。西田幾多郎の哲学は、日本の思想の中でも難解な部類に属しているだろう。台湾の李登輝元総統はこれに心酔し、深く理解していただけではない。政治家として出処進退が問われる場面で西田哲学をよりどころにしたのだと語っている▼〈松島や 光と影の 眩(まぶ)しかり〉。10年あまり前、松尾芭蕉ゆかりの松島を訪ねた際の句である。芭蕉が松島で句作していないことに触れて、「私は詠んだ」と周囲を笑わせていた。しみこんだ日本の思想や詩情は日本びいきの域をはるかに超えている。日本人以上とも思わせた人だ▼日本の統治下に生まれ、日本の教育を受けて育った。戦後、台湾の民主化の尽くすことになるが、新渡戸稲造の『武士道』の精神や夏目漱石の「則天去私」の思想などが血肉として生きたと語っている▼明治、大正生まれの日本のエリートとはこのようであったかとも思わせた。最後のエリートであったかもしれない。97歳で、亡くなった▼中心地から遠く離れた場所で、文化は生き残ることがあるだろう。戦前の日本の価値に対して、否定や批判の波が及ばなかった台湾から、日本をずっと見詰めてきた▼何を捨て、何を変えてきたのか。戦後の日本にとっては、鏡のように思えた人でもある。喪失の思いは、台湾だけではないだろう。

2020年7月30日 台湾の元総統 李登輝氏が亡くなられました。

「親日家として知られている」ことを、各メディアは付しています。けれど、日本の統治下にあった、あるいは日本に限らず、どこどこの国の統治下にあったということは、その統治時代と統治後時代で、まるで別の国に生きているような感覚もあったことと思います。複雑な思い、揺れる思いを抱きながらも、学んだ事柄のなかの真髄に触れ、よりどころとし、生き抜かれた姿を示された方のように感じます。

コラム中の「中心地から遠く離れた場所で、文化は生き残ることがあるだろう。」という一文を読んで、思い返されたことがあります。

1997年9月8・9日 和田稠(わだ・しげし)先生の講義にて(先生81歳のときのお話、かな)

「東本願寺のハワイ別院で、ハワイアン(ハワイ先住民族)の方々にお話をしてきました。通訳の方を通しての話になるのですが、私が日本語で日本の人にお話をしているときよりも、ハワイアンの方々に私の話がすっとしみ込んで行くのを感じました。あぁ、ハワイに真宗門徒が残っている!ということを感じました。ここで、本当の真宗門徒に出遇えるんじゃないかなぁという気がしました。
ハワイに行ったらハワイのことが分かるのではななく、日本のことが見えてきました。同様に、真宗のなかにいたら、真宗がわかるようになるのではなく、真宗がわからなくなっていきます。真宗は聞法会や学習会が多く開かれますが、家が代々真宗だからという真宗門徒だけが集まって有り難がっているだけじゃないかなぁ。
親鸞聖人の教えは、日本人だけのもの、真宗門徒だけのものではない。一切の生きとし生けるもののためのものです」
(私のノートより。一言一句正確に先生の言葉というわけではありません)

和田先生のお話を聞いていて、思いました。
「こうやって机上の勉強しているけれど、それでは得られないことがある。でも、私たち(日本人)はそのことに気づいていなくて、懸命に懸命に、自分の知識のための学びをしている。そういう人に向かってお話をしていても、“あぁ、今、この人たちに、私が話していること、つまり親鸞聖人の教えが伝わっている”という感覚はないのだろうなぁ」と。

「ハワイアンの人びとに教えがしみ込んでいると感じました」言われたとき、先生がとても嬉しそうな顔になったことを覚えています。

親鸞聖人の教えが、時代を経て、場所を変えて、しっかりと伝わっている。親鸞聖人がここにいる!と感じられたのだと思いました。

教えは、言葉は、生き物です。形(言語)を変えて遺ります。伝わっているのであれば、場所が変わるのも当然です。

考えてもみれば、インド・ネパールから始まったゴータマ・シッダールタの教えが、現代ではインドよりも日本において色濃く残っています。

中心地から遠く離れた場所で、文化は生き残る

けれど、発祥の地から文化や思想が失われている、ということでもある。

外国の方を「日本人以上の日本人」という形容をすることがある。その方に対する敬意として、そのように表現するのだろうけど、日本人自身が日本人として大事なことを見失っていませんか?という意味も含まれているように感じます(「日本が優れている」とか「日本人は素晴らしい」などということではなくて)。

「だから〇〇人は」という言い方をしますが、どこに立ってそう言ってるのだろう? と思います。

自分の立脚地を見失って、他者(ひと)に文句を言っていないだろうか。

よりどころとなる大地は、時代を経たところ、遠く離れたところにあるのかもしれない。

2020年8月 2日 (日)

特定の誰かに対して「かわいそうだから」という見方は、慈悲とは言わない。

「東京新聞」〔2020年7月31日(金)〕 「本音のコラム」より

慈悲という名の殺人 北丸雄二(ジャーナリスト)

 京都のALS患者嘱託殺人は「切腹の苦しみを救う介錯(かいしゃく)の美徳」だと元都知事がツイートしました。ALSを「豪病(ごうびょう)」と呼ぶなど、ナチスの「慈悲死(Gnadentod)」と通じる短絡でしょう。
 慈悲死政策は心身障害のある少年の父親がヒトラーに息子の殺害を訴えたことで始まります。それはやがて狂気のホロコーストにまで発展する。六百万ユダヤ人の殺戮(さつりく)のリハーサルとして、まず「不治の病者」たちの大量殺害があったのです。
 「かわいそうだから殺してやる」対象は、精神病や遺伝病者からやがて「生産性のない」労働不適格者、路上生活者、同性愛者らに拡大します。処分場と呼ばれた毒ガス施設で処分された人は終戦までに二十万人を超え、次に不要・不浄な人種や思想の抹殺にまで進みますー人間の愚かさとはそういうものです。
 元都知事のみならず、今回の嘱託殺人が「なぜ悪いのかわからない」とする声があります。反ナチス運動家のドイツの牧師の言葉が残っています。
 「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった/私は共産主義者ではなかったから」で始まる詩は、様々な人々が排除された時に自分は彼らとは違うからとタカを括(くく)っていたことを悔やみます。なぜなら「彼らが私を攻撃したとき/私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」からでした。

ALS患者の嘱託殺人事件の後、上記の元都知事の発言があった。ここに書くこともためらわれる内容だったが、彼の差別的思想・優生的思想を背景とした発言は、今までも度々なされてきた。今更驚きもしないが、そのような思想の持ち主が4期にわたり東京都知事を勤めた(4期目は途中で都知事を辞し、国政に向かう)、つまり、選挙に当選してきたことが、今もって驚かされる。

病を持つ当人にしかわからない苦痛は、たしかにある。けれど、そこで当人以外の人が、「耐え難い苦しみを感じているのだから、本人が死を望むならそれに応えるべきだ」と言うのは、それは理解者でも優しさでもないと思う。

医療・医学・介護の現場の進歩により、いろいろな選択肢があると思う。法整備が進めば、本来はそのような呼び名がありもしない、安楽死・尊厳死ということも、世間の常識になる日が来るのかもしれない。

そのような日(じだい)とは、どのような人間関係が築かれる世の中なのだろう。

北丸雄二さんのコラムにあるように、ひとりの少年への慈悲死政策が、やがてユダヤ人の殺戮へとつながってゆきます。

ひとつ 事がなされると、次々に事が進むことがあります。

事柄によっては良いこともありますが、事柄によっては殺戮へとつながる恐怖もあります。

ある一人の人(あるいは少数の人)がクローズアップされて、安楽死・尊厳死を!という議論が起きて、議論を尽くして、結果、事がなされた後、

果たして同様に議論が尽くされるだろうか。徐々に世間の関心が薄れていき、誰も知ることなく、慈悲の名のもとに、安楽死・尊厳死がなされていくのではないでしょうか。

脳死判定についても、あれだけ注目されて報道でも取り上げられていたのに、最近はあまり耳にしません。

自分に関係ない話の時は、結局のところ、安楽死・尊厳死や脳死移植に賛同しようが否定しようが、他人事になってしまいます。

けれど、自分に関係ある話になったときには、時すでに遅し、なのかもしれません。

当事者とそうでない者との間の壁自体は、取り払うことができません。

けれど、「自分には関係ないこと」「(病を抱えて)大変な人もいるんだね」というところで立ち止まるのではなく、思いを馳せる、考える、感じる、何かを感じたなら言葉に出す、誰かと話し合う・・・そういう経過・経緯・経験は大切なことだと思います。

ドイツの牧師の詩の一節が紹介されています。

自分が当事者となって声をあげたとき、助けてくれる人も賛同者もいないということはあり得る話です。

けれど、助けてくれる人や賛同者の確保のために、普段から声をあげるわけではありません。

それでは、自分さえよければいい、ということです。

誰もが病を抱えるし、マイノリティ(少数者)に位置することもある。

人間を見つめると、

こういう人がいて、他にああいう人がいて・・・と、いくつかに分類できるわけではなく、

こういうふうにもなるし、ああいうふうにもなる。

それは、誰もがみんな一緒。

そういうことが、見えてくる。

誰もが皆当事者。

そこから、あらためて考えてみたい。

南無阿弥陀仏

2020年8月 1日 (土)

2020年8月のことば

2020年も8月を迎えました。
「令和2年7月豪雨」はじめ、各地の豪雨で被災された皆様にお見舞い申し上げます。
被災地の一日も早い復旧を念じております。また、体調を崩しやすい折り、被災された皆様も、ボランティア活動をされている皆様も、おからだお大事にお過ごしください。

7月、東京で雨が降らなかったのは19日だけと聞きました。7月中に梅雨が明けることもなく、ジメジメした日々を過ごしていました。お座敷の畳にカビが生えないように換気したり、扇風機回したりしていました。
なんて7月が嘘のように、8月1日はとても暑い日を迎えました。洗濯日和でした。
とはいえ、コロナ禍のため喜んでばかりもいられません。母(長崎)も妻(秋田)も、今年の帰省は諦めています。子どもたちも、今年の夏休みはどこにもいけないことを、頭では理解しているのですが、気持ちでは「どこか行きたいなぁ」という雰囲気が出ています。どこか連れて行ってあげられたらなぁ…。
コロナもあり、気温差も激しく、熱中症も気を付けなくてはならない夏🌞 お気をつけてお過ごしください。

 ☆ ☆ ☆

2020年8月のことば

Dsc_5104

 

恩徳あれば 今、ここ、わたしを 生きている

足下をみつめる

7月に入り、新型コロナウイルス感染者が再び増え始めました。これから先の様子も見通せず、不安や恐怖に覆われてしまいます。誰もが、一日も早い収束を望んでいます。

このような状況に身を置き、ふと思ったことがあります。
先が見通せない現実は、ウイルス騒動があろうとなかろうと変わりありません。誰もが、先の見通せないなかを生きてきました。でも、先が見通せないとはいっても、たとえば春に新入生となったり、新しい仕事に就いたりしたとき、希望やワクワク感を抱いているのではないでしょうか(当然、不安もありますが)。だけど、コロナに関しては不安や恐怖などマイナスの局面ばかりが気持ちを覆います。感染症ですから不安や恐怖に覆われるのは当然のことですが。

「ふと思ったことがあります」というのは、誰もが先の見通せないなかを生きてきました、予定通り・希望通りにはいかない未来を迎えながら生きてきました。そのようななかを既に生きてきたうえで、「今、ここに、わたしが生きている」んだなぁということです。

コロナの収束を願うということは、未来に対する願いです。「今すぐに収束を」という願いも、ちょっと先の未来であることに変わりありません。

いのちは、過去を経ての今を生きています。未来のことは分かりません。私たちは、経てきた今を疎かにして、分からぬ未来に重きを置いて、結果、振り回されてはいないでしょうか。

南無阿弥陀仏をとなうれば

外出自粛期間中のある朝、お朝事(朝の読経)で、親鸞聖人の「現世利益和讃」という和讃を読みました。

南無阿弥陀仏をとなうれば
堅牢地祇は尊敬す
かげとかたちとのごとくにて
よるひるつねにまもるなり

(意訳)

南無阿弥陀仏を称え、生きる人を、
大地の底にまします神々は尊び敬い、
影と形となるものとが不離であるのと同様に、
夜も昼も護り続けてくださいます。

傍らで聞いていた若坊守(妻)から、「お念仏は除災招福のためのものではないのに、親鸞聖人はどうして “南無阿弥陀仏をとなうれば” の和讃をたくさん書いてるの?」と質問を受けました(「南無阿弥陀仏をとなうれば」という言葉の入った和讃は10首あります)。

「南無阿弥陀仏をとなうれば」の響きは、「念仏を称えたならば」、つまり「もし念仏を称えるという条件を満たしたならば」と、条件や仮定の話として聞こえるのではないでしょうか。ですから、南無阿弥陀仏を称えるという条件を満たしてから得られる、念仏のご利益を詠っているかのように聞こえます。でも、そうであるならば、「南無阿弥陀仏をとなえれば」という表記になります。親鸞聖人は「となうれば」と書いています。

「南無阿弥陀仏をとなうれば」は、条件や仮定としての「ば」ではありません。「~してみて、ふりかえってみれば」とか「~するときは、そのようになっている」という、確定の意味を持つ「ば」なのです。

たとえば、「住めば都」という言葉がありますが、「もし住んでみたならば、都(住みやすいところ)となる」という仮定の話ではありません。「住んでみたら都だった」という確定を表わしています。未来の話ではなく、もう既に住んでいる話なのです。

「南無阿弥陀仏をとなうれば」も、もう既に称えている話なのです。

「私は念仏を称えたことないよ」と言う方もいることでしょう。けれど、阿弥陀如来は、すべての生きとし生けるものに向けて、念仏を与えてくださいました、念仏称えるものを救うと誓われました。実際に念仏称えたものを対象とするということではありません。生きとし生けるものすべてが、既に念仏のなかに、阿弥陀の慈悲のなかにいます。

親鸞聖人の説かれる現世利益とは、「お念仏称えたら、こんないいことがあるよ」ということではありません。「念仏称えるご縁をいただいたこと、そのことがご利益です。すでにご利益をいただいているからこそ、念仏称えることができるのです」ということです。

親鸞聖人は、阿弥陀如来を信じ、ただ念仏申せと説かれましたが、「阿弥陀以外の諸神諸仏は信じるに値しない」と言ったり、私を惑わせる悪鬼を追い払えと言ったりということはありません。それら諸神諸仏、悪鬼もまた、念仏申すご縁をくださった阿弥陀如来に収まるものとみておられました。

さるべき業縁のもよおせば

「ば」について、もうひとつ、親鸞聖人の言葉が思い起こされました。

さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし

「そうなるべき縁がもよおすならば、どのような振る舞いでもしてしまうのがわたしです」という、『歎異抄』(第13章)に書かれている言葉です。

この「もよおせば」も、「もよおしたならば」と、条件や仮定など、未来のことを語っているように聞こえます。「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」と耳にしたとき、まだいかなる振舞いもなしていない未来のことだと受け止めがちです。しかし、であるならば「さるべき業縁のもよおさば」という表記になります。

さまざまな縁が重なり合って、今、ここに、わたしが生きている。つまり、今に至るまで私は「さるべき業縁のもよお」して、「いかなるふるまいも」してきたのです。未来ではなく、既に、の話です。

親鸞聖人の言葉は、「よりよい未来のためにどうあるべきか」「理想的な未来のために何をすべきか」を説かれているのではありません。既にご恩をいただいて、「今、ここに、わたしが生きている」ことを語っています。ご恩をいただいてある身であること。その目覚めが、南無阿弥陀仏のご利益です。

 ☆ ☆ ☆

(付記)
と、上記の文章を書きました。
けれど、『歎異抄』の西本願寺蔵蓮如上人書写本は「もよおさば」になっています。
より考察が必要かもしれません。

 ☆ ☆ ☆

掲示板の人形
イルカと、クジラと、チンアナゴ (^∀^)
京都水族館に行ったときに、買いました(クジラはダイソーだったかな)。
Dsc01315

« 2020年7月 | トップページ | 2020年9月 »

フォト
2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

西蓮寺ホームページ

無料ブログはココログ