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2020年7月12日 (日)

声に出せることの有り難さ

夕刻のニュースにて・・・

【「香港国家安全維持法」の撤回訴え 東京でデモ行進】のニュースを報道していた。

香港における反政府的な活動を取り締まる、中国による「香港国家安全維持法」。

中国への反政府的な言動が監視され、香港においては逮捕される可能性もあり、外国に滞在している間の活動も監視・マークされ、香港や中国に入った場合には逮捕されることもある。

ニュースでは、

『香港国家安全維持法では「香港以外で行った犯罪にも法律が適用される」』と、サラッと紹介していた。

え!? 「香港以外で行った“犯罪”」と言ったけれど、

その“犯罪”は中国政府への反政府的な態度を指している。

つまり、中国政府批判が、もうすでに“犯罪”であると、日本のニュースがサラッと言ってしまったのだ。

政府への批判は、“犯罪”ではない。

「おかしい!」と思うことに対しては、思ったことを述べていいはずだ。また、述べなければいけない。

(「述べる権利がある」というような、“権利”を使う言い方は好きではないので、上記の表現に留めます)

にもかかわらず、中国政府批判は=犯罪であると認めてしまっているかのような報道。

「そうではありません」ということを、日本の報道はすべきではないか。

しかし、香港で今起きていることは、他国の出来事として済ませられることではない。

たとえば、コロナウイルスの自粛が解除され、ニュースでは新宿・池袋・品川など、人の出入りの変化を当然の如く解説している。

それを聞いて、「人の動きが激しくなると、感染者数が増えるね」などと当然の如く感想をいう私たちがいる。

人の動きは、スマートホンのGPSから読み取られている。

つまり、日本に住んでいる私たちも、ある意味すでに監視されている。

今は、ルールを守ってビックデータを活用することになってはいるが、実際は分からない。

日本政府が、「国家安全維持法」やそれに準ずるものを施行しようとする日もくるかもしれない。

そうすると、「おかしい!」と思うことに、私たちだって声を挙げられない世の中になってしまう。

香港で起きている出来事としてみて、「気の毒だね」「中国はひどいね」「香港から出て行けばいいんじゃない?」などという感想で済ませていいのだろうか?

近々私たちが言われる日がくるかもしれない。

香港の、中国の、日本の動静を知ることは、大切なこととなる。

 ☆

そして、そのニュース番組では引き続いて、「アイヌ文化の発信拠点「ウポポイ」オープン 北海道 白老町」というニュースを発信した。

北海道白老町でアイヌ文化の発信拠点となる国立施設「ウポポイ」が、12日、オープンしました。オープンした「ウポポイ」には、北日本で初めての国立博物館などが整備され失われつつあるアイヌ文化を復興。発展させる拠点としての役割が期待されています。
「ウポポイ」が、アイヌ語で「大勢で歌うこと」という意味で、明治時代以降に本格化した、いわゆる同化政策の影響で差別や偏見に苦しんできたアイヌの人たちにとって重要な施設となります。

との報道。

ここでもサラッと「同化政策の影響で・・・」と述べ、先に進んでいきました。

ゾッとしました。

「ウポポイ オープン」のニュースの前に、香港のニュースを報じていたわけです。

大きな国、大きな権力からの一方的な圧力によって、民衆の、発言や集会の自由、そして生命そのものが脅かされている現状を報じました。

次に、「同化政策の影響で差別や偏見に苦しんできたアイヌの方々」について触れました。

で、あるならば、現代(いま)中国がしていることを、日本政府もしてきた過去があるという目線があってもよかったのではないでしょうか。

日本政府がしてきたといっても、政府の一部の人間がしたこと、という受け止めではなく、「私たち自身の過去として」という記録・記憶が大切なことです。

また、アイヌの方々だけでなく、他国を統治し、そこに住む人々の言葉や名前を奪い、人を人として見てこなかった歴史もあります。

そのことは、消すべき過去ではなく、心に刻み続けるべき記憶です。

でなければ、せっかく「ウポポイ」がオープンしても、「アイヌの方々は大変な苦労をしてきたんだね」と、他人事で終わってしまいます。

他人事の目線では、大切なことを見失います。忘れてしまいます。

だから、「アイヌの人たちにとって重要な施設となります」という報道になってしまうのです。

アイヌの人たちにとって、ではない、私たちにとって重要な施設です。

過去を知ることは、現代(いま)にとっても、未来にとっても大切なこととなる。

看過できない報道だったので、一言書きました。

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