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2020年6月27日 (土)

嫉妬心や、他を羨む(うらやむ)気持ちは、私が私を認めていないところから生じる

常々面白いなぁと思っている表現・・・

「〇〇さんは、最高の人物の一人です」

「〇〇さんは、第一人者の一人です」

「〇〇さんは、最も優れた人の一人です」

という表現。

最高なら、第一人者なら、最も優れているのなら、一人に決まってるのではないだろうか。

でも、複数人いるんだなぁ(^▽^)

言葉のあや なんだろうけど、表現としておもしろいなと思っていました。

でも、あぁ、決して間違った表現ではないんだなぁと、ふと思いました。

たとえば、同じ研究をしている人でも、別々の優れた成果をあげることがあります。

どちらが優れているかを比べる必要もない。

たとえば、同じスポーツで鍛錬し続けている人でも、優勝して讃えられる人もいれば、優勝はできなかったけれど素晴らしい技術を魅せて賞賛される人もいる。

両方とも、私たちに感動する何かを与えてくれました。

たとえば、書道や華道など、未知を極めようとしている人がいて、基本に忠実な美しさを表現する人もいれば、新しい発想で人びとを魅了する人もいる。

感嘆の声は、いくつ挙がってもいい。

そんなことを思ったら、

最高の人、第一人者、優れた人が何人いても不思議ではない。

いや、たくさんいた方が、私たちの感覚が豊かになる。

本当に最高の一人が選出される世の中なら、それはとても気持ちの悪いことだ。

世間は〇〇さんを支持しても、世の中でたった一人、私だけが△△さんに素晴らしさを感じるならば、△△さんもまた最高の人。

「最高の人物のひとり」

「第一人者のひとり」

「最も優れた人のひとり」

って、実はとても豊かな発想なのだと思いました。

けれど、〇〇さんの方の立場に立つような わたしであったとき、

「私こそ、他を寄せ付けない最高の人物だ」と思うようならば、自分の周りにいる人の優れた点・努力する姿・自分には気づき得ぬ点を見落としてしまうだろう。

他者から教えてもらう、感じさせられる、気づかされることって、たくさんある。

いや、そんなことばっかりだろう。

そんなこととの出会いがあるから、わたしは、頑張れたり、発見したり、新しい道を見つけ出すことができる。

他者を見ると、最高の人のひとりが、いっぱいいる。

自分を見るときも、周りにいる ひとり ひとり のなかの わたし であることを見失わずに。

嫉妬する必要もない、羨む必要もない。誰よりもまず、私が私を褒めてあげればいい。

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