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2020年6月 2日 (火)

2020年6月のことば

6月2日(火)東京都内の新型コロナウイルス感染者が30名を超えた。
人の動きが出だすと、感染される方が増えてしまう。
まだまだ気を緩めるときではないのだな、と思う。
皆様もお気をつけてお過ごしください。
掲示板、6月のことばは、この非常事態宣言下でのことを踏まえながら、感じたことを書きました。
他者(ひと)のせいにするのは、簡単。
でも、「自分のせいかもしれない」と思うことは、とても大切な気づきです。
そんなことを思いながら、6月の寺報を書きました。

 ☆ ☆ ☆

2020年6月のことば(以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」6月号の文章です)

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 温
  
今を忘れないから、(ふる)きを温(たず)ねられる。

温故知新(おんこちしん)

新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から出されていた緊急事態宣言が解除されました。とはいえ、新型コロナウイルスが終息したわけではありません。今後は、ウイルスとの共存を模索しながらの生活となります。

政府の専門家会議からの提言を受けて、政府は新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」への転換を呼び掛けています。

「新しい生活様式」という言葉を聞いたとき、「温故知新」という故事を思い出しました。
故(ふる)きを温(たず)ねることは、新しきを知ること。
「昔のことから学んで、新しい知識や道理や習慣を見出していくこと」という意味です。

さて、「故きを温ねる」といったとき、どれくらい古いときのことを思い浮かべますか?

新型コロナウイルスの渦中にある今、約100年前に流行したインフルエンザから学ぶことが多くあります。

過去の自然災害の教訓から学ぶべきことも多々あります。
避難の方法や防災の準備が整えられ、ボランティア意識も高まっているのではないでしょうか。

人類の歴史において争いが止んだことはありません。
争いごとに関しては、故きを温ねても、それが教訓として生かされることはないのでしょうか。

「故き」とは、「今」である

「故きを温ねる」というと、時間の離れた昔を思うのではないでしょうか。

けれど、私は思います。「故き」とは、「今」であると。

現代(いま)のコロナ禍における外出自粛期間中の私たちのありかたをたずねること。それが、「故きを温ねること」です。

このコロナ禍に、罹患(りかん)された方、医療従事者やその家族、マスクが店頭にないドラッグストアなどに対する差別やバッシングが起きています。

新型コロナウイルスに罹患して亡くなられた著名人がいます。亡くなられて「残念だ」「悲しい」「コロナウイルスを許さない!」など、逝去を悲しむ声が多数聞こえました。反面、罹患して快復した著名人に対しては、「気が緩んでるからだ」「反省しろ」などという非難を浴びせます。それらを考え合わせると、亡くなられた著名人が、もし快復されていたならば、恐らくバッシングを浴びせていたのではないでしょうか。

新型コロナウイルスと直接関係はないけれど、ある番組に出演されていた方が、ネット上での誹謗中傷を受けて亡くなりました。気に食わない人に嫌悪感を抱くことは、誰にでもあります。今までは家族や友人との会話の中で済ませていた悪口が、このネット社会に、世界中に拡散するようになってしまいました。想像してみてください。たった一人から傷つくことを言われただけでもなかなか立ち直れないのに、それを世界中の不特定多数の人から言われるのです。あなたは平気でいられますか?

このコロナ禍の、ほんの一端、ほんの一側面に過ぎませんが、私たちは今、このようにして過ごしています。

『「故き」とは、「今」である』と言いました。けれど、「今」と言っても、言った瞬間に、その「今」は過去となります。過去とは、時間の離れた昔の出来事ではなく、今の行いです。今の行いをたずねることなく、新しきを知るということはありません。

小笠原登さん

ハンセン病患者の治療に尽力された 小笠原登さんという医師がいます(1888~1970)。小笠原さんは、真宗大谷派の僧侶でもあります。

かつてハンセン病には、「不治の疾患、遺伝病、強烈な感染症」という三つの迷信があり、その迷信のもと、ハンセン病患者の終生・絶対・強制隔離という国の政策が行われました。

らいは治る病気であり、遺伝性はなく、感染力も弱いことは世界の医学界では常識で、隔離の必要性もないことが分かっていました。にもかかわらず、日本は「らい予防法」を廃止することもせず隔離政策を続けました。真宗大谷派もまた、国の政策に従い、隔離が保護であるかのように説く慰問布教という関わり方で、迫害に加担した歴史があります。

その渦中にありながらも、小笠原登氏は、らいは治る病気であるという知見をもって、病気の治療のために患者と向き合い、患者と共に生きる道をたずねられた方でした。

1998年に提訴された「『らい予防法』違憲国家賠償請求訴訟」を受け、2001年に熊本地裁は「国の隔離政策の継続は違憲である」と判断しました。これを受け、当時の小泉純一郎首相は、政府は控訴しないことを表明し、謝罪しました。しかし、それでハンセン病に関する問題が解決したわけではありません。隔離政策が廃止されても、ハンセン病に関する誤解や無知から生じる差別の闇は根深く、本名を名のれない方、故郷に帰れない方は、今も多くいます。ハンセン病元患者だけでなく、その家族もまた、世間から迫害を受けています。

小笠原登さんの言葉です。

現在癩(らい)患者が苦痛としてゐるものは、癩そのものでは無くして、癩の誤解に基づく社会的迫害である。従って救癩事業の急務は、社会の誤解を除いて患者を迫害より脱せしめるにある。
(「癩患者の断種問題」『芝蘭』12号1938年)

病気の苦痛もあるけれど、それ以上に、病気に対する誤解や無知、「自分さえよければいい」という考えが差別を生み、病気以上の苦痛を受けている方々がいます。苦痛を与えている私たちがいます。

小笠原登さんの言葉は、このコロナ禍における私たちの姿をも言い当てています。

今を忘れて、故きを温ねるということはありません。今を見つめることが、故きを温ねるということになります。故きを温ねるからこそ、新しいことを知ることができる。新しい道筋を見出すこととなります。

南無阿弥陀仏

 ☆ ☆ ☆

掲示板の人形

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Dsc00272 寺報作成にあくせくしているとき、娘たちに人形チョイスと撮影を任せています。
今月はパンダと、カピバラです(^▽^) 仲良しです

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