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2020年6月

2020年6月30日 (火)

1年の折り返し 我が身を振り返る

2020年6月30日(火)

いろいろありますが、2020年も折り返しですね。

いつもありがとうございます。

今日のブログを書くつもりでパソコンに向かったら、ニュースが2つ入ってきました!!

①昨日ご紹介した門首退任及び門首就任の儀式ですが、中止となりました。

宗務所(東本願寺の事務所)職員1名、新型コロナウイルスの感染が確認されたため。

詳しくは、真宗本廟(東本願寺)のサイトをご確認ください。当然、中継もありません。

尚、罹患された職員は、参拝者に接する業務はしていませんでした。

過日、真宗本廟をお参りされた皆様もご安心ください。

真宗本廟(東本願寺)の参拝は、いつも通り行えます。

「真宗大谷派の人権担当部署でパワハラ 職員けん責処分」(京都新聞)

朝から②の情報が入ってきました。直接確認はしていませんが、宗派からのコメント「人権尊重を推進すべき解放運動推進本部において、このような事案が発生したことは誠に遺憾であり、大変重く受け止めている」が載っているので、事実のようです。

自分の内面を見つめ、自分事とすることの難しさを思います。

事実は事実として、両方の情報を投稿させていただきました。

宗務所内、バタバタですね。

昨日の話。「門首交代の儀式に行きたいなぁ」という雰囲気を(ダメもとで)漂わせていたら、妻が「行きたい?」というので、「!え、いいの!?」という会話をしていました。

結局、今日も明日も仕事が入っているので京都行きは断念しましたが、行ってたらより残念なことになっていました💦

 ☆ ☆ ☆

(2020年7月1日 追記)

大谷暢顯前門及び大谷暢裕門首の挨拶文

2020年6月29日 (月)

念仏相続

暑い日を迎えていますが、エアコンをいれるほどではなくて、

窓を開けて仕事をしていたら、心地よい風が吹き込んできました。

冷蔵庫を開け、アイスコーヒーをいれて、ちょっと一息。

あぁ、こんな時間の持ち方を忘れていたなぁと、ぜいたくな時間を過ごしています。

 ☕

さて、真宗大谷派の情報です。

真宗大谷派第25代大谷暢顯門首が、本年6月30日をもって門首を退任され、翌日7月1日付で大谷暢裕門首後継者が、第26代門首に就任されることになりました。

門首退任及び門首就任の儀式が、生配信されます。

詳しくは、真宗本廟(東本願寺)のサイトをご確認ください。

 ☕

儀式を見に行きたかったのですが、流石にまだ東京で大人しくしていようと思います。

外出を自粛しましょうの雰囲気がまだなかった今年の2月まで、この2年ほど毎月本山に出かけていたのに、プッツリお参りの機会がなくなってしまいました。

もっとも、お役目そのものがなくなったので、本山に行かなくなったのはコロナのせいではないのですが。

配信での儀式を聴聞させていただきます(‐人‐)

南無阿弥陀仏

2020年6月28日 (日)

縁で結ばれていることを抜きにして生命観を考えると、核心を見失う

「東京新聞」2020年6月28日(日)朝刊 「時代を読む」より

営みを守り合う生命観  内山節(哲学者)

 数年前に「合成の誤謬(ごびゅう)」という言葉が流行ったことがあった。元々は経済学用語で、一人一人の判断としては間違っていなくても、全員が同じ行動をとると誤りになる、というような意味である。たとえば将来が不安だからと、節約と貯蓄に励むことにしよう。

 一人の判断としては間違っていない。ところが全員がそうするとどうなるのか。物もサービスも売れなくなって経済は不況に陥り、そのことによって収入の減少する人が続出すると、社会全体としては総貯蓄額も増えない、という現象が生まれてしまう。

 企業活動でも同じことだ。利益をふやすために低賃金で雇える人をふやすのは、一企業の経営としては合理性があるのかもしれないが、すべての企業が同じことをすれば、格差社会が広がるだけでなく市場も縮小し、最終的には各企業の経営も苦しくなる。

 新型コロナウイルスとともに暮らした、この数カ月の間に発生した現実も同じようなことだった。感染を防ごうと家に閉じこもり、自粛を重ねるのは、一人一人の判断としては間違っているとはいえない。だが全員がそれを実行すれば、私たちの社会が維持できなくなっていく。

 なぜこのようなことが起こるのかといえば、「合成の誤謬」という考え方には、ひとつの欠陥がふくまれているからである。それは人間や企業などを、社会的結びつきのなかにある存在としてとらえていないことにある。つまり、独立した単体としてみている。独立した単体としては都合のいい行動が、社会全体としては不都合な行動になるという考え方が、「合成の誤謬」という論理にはある。

 だが、本当は、個人も企業も単体では存在していない。さまざまな社会的結びつきのなかで、自らを維持している。とすれば、自然をふくめた社会の維持が、自分をふくむすべての活動の生命的基盤だということになる。

誤解を恐れずに述べてしまえば、現在よく語られている感染症防止か経済かという議論は、現実に問われている問題の核心を突いていない。大事なことは直接、間接に結ばれている社会の維持であり、感染防止も経済も核心的な目的ではないのである。もちろん爆発的な感染は防がなければいけない。なぜならそれが起きてしまえば、医療崩壊が起きるなどして、私たちの社会維持が困難になってしまうからである。経済活動も同じことで、経済を目的化してしまうと、インバウンド経済への未練から、感染初期に国境封鎖ができず、政府が対応を誤ったように、これからも失敗がくりかえされるだろうさ。私たちの目的は社会維持であり、経済はそのための道具にすぎない。社会を維持するには、いろいろなことに配慮しながらも、人々の営みを守り合うことが必要だ。それは結果的には経済活動に繋がって(つながって)いくとしても、目的は維持の方にある。

 社会を維持するとは、直接的、間接的に結び合っているつながりを維持するということである。なぜそれが必要かといえば、人間もまたこのつながりのなかで、生命をたえず再生産しているからである。

 コロナウイルスは、生命を独立したものとしてのみとらえる現代の生命観に、変更を迫っているのだろう。独立した生命の基盤には結ぶ合う世界があるという生命観に、いま私たちは立ち返ってみる必要があるのかもしれない。

 

一人一人の判断は間違っていなくても、みんながみんな 同じことを行えば、崩壊が生じる。

なぜならば、人間は、企業は、自然は、それら内部のひとつひとつが単体で生きているわけではないから。

直接的 間接的含めて、みんなつながっているから。

決して間違っているわけでも、誰かを貶めようとしているわけでも、法を犯しているわけでもないけれど、

もしかしたら、それだからこそ、

みんながみんな同じ方向に走り出して、道が陥没したり、狭い空間に詰まってしまったり、空気が薄くなったり・・・そんなことが起きているのかもしれない。

コロナウイルスに罹患した人への差別、黒人差別、難民差別、民族差別、現代(いま)、差別が横行している。

(いまに始まったことではないけれど)

自分の身分や地位や優位性を守るために、他の誰かを貶めるのだけれど、

つながりあって生きているいのちを貶めるということは、自分自身を貶めていることでもある。

差別は、他者(ひと)を傷つけるだけでなく、実は自分自身の尊厳をも傷つけている。

そのことに気づかないで、自身の優位性を保とうとする矛盾。

 ☆

「現在よく語られている感染防止か経済かという議論は、現実に問われている問題の核心を突いていない」

今日、内山先生の文章を紹介させていただいたのは、この一文に感銘を受けたから。

専門の知識を持った人が、けっこうな人数集まり、時間をかけて話し合っている。

現代(いま)は、二者択一的な議論をしがちだ。

そもそも正解などないなかで、100点満点を目指そうとして0点を取ってしまうようなものだ。

感染防止も経済も大事だ。医療崩壊は避けなければならないし、経済も回さなければならない。

けれど、感染防止、あるいは経済を「目的」にしてしまうから、「どちらを選ぶか?」という議論に終始してしまう。

内山先生は「社会の維持」と表現されている。

「社会の維持」も、目的化してしまうと、水掛け論にひたってしまう。

これからのための「社会の維持」ではなく、

今、私がいるのは「社会の維持」が為されてきたからである。という、これまでの視点を忘れてはならない。

「さまざまな社会的結びつきのなかで、自らを維持している。とすれば、自然をふくめた社会の維持が、自分をふくむすべての活動の生命的基盤だということになる」

この文章も、そうだなぁとうなづいた。

こういう感覚の欠如が、差別へと結びついてしまうのだと思う。

 ☆

営みを守り合う生命観

守り合いながら営みを続けてきたことを忘れずに

南無阿弥陀仏

2020年6月27日 (土)

嫉妬心や、他を羨む(うらやむ)気持ちは、私が私を認めていないところから生じる

常々面白いなぁと思っている表現・・・

「〇〇さんは、最高の人物の一人です」

「〇〇さんは、第一人者の一人です」

「〇〇さんは、最も優れた人の一人です」

という表現。

最高なら、第一人者なら、最も優れているのなら、一人に決まってるのではないだろうか。

でも、複数人いるんだなぁ(^▽^)

言葉のあや なんだろうけど、表現としておもしろいなと思っていました。

でも、あぁ、決して間違った表現ではないんだなぁと、ふと思いました。

たとえば、同じ研究をしている人でも、別々の優れた成果をあげることがあります。

どちらが優れているかを比べる必要もない。

たとえば、同じスポーツで鍛錬し続けている人でも、優勝して讃えられる人もいれば、優勝はできなかったけれど素晴らしい技術を魅せて賞賛される人もいる。

両方とも、私たちに感動する何かを与えてくれました。

たとえば、書道や華道など、未知を極めようとしている人がいて、基本に忠実な美しさを表現する人もいれば、新しい発想で人びとを魅了する人もいる。

感嘆の声は、いくつ挙がってもいい。

そんなことを思ったら、

最高の人、第一人者、優れた人が何人いても不思議ではない。

いや、たくさんいた方が、私たちの感覚が豊かになる。

本当に最高の一人が選出される世の中なら、それはとても気持ちの悪いことだ。

世間は〇〇さんを支持しても、世の中でたった一人、私だけが△△さんに素晴らしさを感じるならば、△△さんもまた最高の人。

「最高の人物のひとり」

「第一人者のひとり」

「最も優れた人のひとり」

って、実はとても豊かな発想なのだと思いました。

けれど、〇〇さんの方の立場に立つような わたしであったとき、

「私こそ、他を寄せ付けない最高の人物だ」と思うようならば、自分の周りにいる人の優れた点・努力する姿・自分には気づき得ぬ点を見落としてしまうだろう。

他者から教えてもらう、感じさせられる、気づかされることって、たくさんある。

いや、そんなことばっかりだろう。

そんなこととの出会いがあるから、わたしは、頑張れたり、発見したり、新しい道を見つけ出すことができる。

他者を見ると、最高の人のひとりが、いっぱいいる。

自分を見るときも、周りにいる ひとり ひとり のなかの わたし であることを見失わずに。

嫉妬する必要もない、羨む必要もない。誰よりもまず、私が私を褒めてあげればいい。

2020年6月26日 (金)

他者(ひと)を傷つける善意

蒸し暑い日となりました。体調崩されませんように。

また、大雨に見舞われている 長崎の皆様はご無事でしょうか。ご無事を念じております。

 ☆

外出自粛が解禁され、人の出も少しずつ戻ってきているようです。

このコロナ禍、何が正しいのか分からない中でも、出来得る限り罹患しないように罹患させないように、多くの方がお仕事や旅行・買い物等の移動を自粛していました。

すると、営業を自粛していない店舗、営業している店舗に対して攻撃を行う、「自粛警察」なる人々が表われました。

自分はこれだけ我慢しているのに、こいつらは我慢していないという不公平感や嫉妬心から攻撃心が湧いてくるようです。

意識的に敵意を剥き出しにしている「自粛警察」もいるでしょうが、中には何の疑いもなく、私が正しいという正義感から他者をとがめる人もいます。

最近では、マスクをしていない人に「マスクをしろ!」という「マスク警察」なる人も現れたそうです。

注意するだけならまだしも、暴力をふるう人もいると聞きます。

マスクをしていない小学生が殴られたという事件もありました。

それって、どうなのでしょう?

自分の正義を疑わず、自分の正義の枠から外れる人を取り締まる。それゆえ、「〇〇警察」と言われるようになったのでしょうが、

ここまでくると、「警察」に対する揶揄のようにも聞こえてきます。気の毒ですね。

ただ、「自粛警察」「マスク警察」に限らず、誰もが自分の正義を中心として生きています。

決して、「自粛警察」「マスク警察」けしからん! という話ではなくて、

果たして自分の意に反する者を攻撃していないか

結局、自分のストレス発散でやっているのではないか

そういうことを、他者への攻撃として表出する前に、自分自身で考えないといけません。

自分の正しさが生み出すものは、決して世間の平和ではありません。

なんてことを、いろいろと考えながら、不定期に貼り変えている第2掲示板に、このようなことばを掲げました。

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「“私は正しい”という心が 善意という衣を纏(まと)っている」

「地獄への道は 善意で敷き詰められている」

こういう ことばを掲げるときって、やはり自分自身を正義に置いているんだよなぁという棘(とげ)が刺さるので、とても痛いです。

南無阿弥陀仏

2020年6月25日 (木)

人と出会って生きるということ

【天上天下 唯我独尊(てんじょうてんげ ゆいがどくそん)】

 天にも地にも、ただ私はひとりにして尊し。

【身自當之 無有代者(しんじとうし むうたいしゃ)】

 私はこの身を生きています。私のいのちと代わる者は、誰もいません。

【独生 独死 独去 独来(どくしょう どくし どっこ どくらい)】

 人は、生まれるときも独り(ひとり)
 人は、死ぬときも独り。

 ひとり生まれ、ひとり死に往く。

 ☆

上記3つとも、お釈迦さまのことば。

わたしは、ただ一人のわたし。誰も代わる者はいない。尊いいのちを生きている。尊いいのちを尽くして生きる。

お釈迦さまのことばをいただき、「ひとり」という身の尊さを教わる。

けれど、その「ひとり」とは、「ひとりだけ」ということではない。

わたしは、ただ一人のわたし。誰も代わる者はいない。この人も、あの人も、その人も、みんな誰も代わる者のいないいのちを生きている。生まれ、生き、生きているなかで多くの人に出会い、そして死に往く。その出会いがなかったならば、誰も代わる者のいないいのちだなどと知ることもない。ひとり生まれ、ひとり死ぬなんてことも考えもしないだろう。わたし以外の誰かがいるから、わたしを知ることができる。わたし以外の誰かも、わたしがいるから、私を知ることができる。

ひとりだから尊いのではなくて、同じひとりだから尊い。

ひとりだと何も知り得ないけれど、同じひとりがたくさんいるから、ひとりを知り得る。

生きているということは、他のひとりと交わりながら生きているということ。

楽しいこと、嬉しいこともある

面倒くさいこと、悲しいこともある

それが、ひとり ひとり と交わるということ

この人も あの人も その人も 私との交わりを通して、わたしを感じているかもしれない

お釈迦さまは、ひとりを説きながらひとりだけを説いたのではなく、ひとりを説きながら生きとし生けるもののことを説いたんだなぁ

今日のお朝事中、そんなことを ふと想う

どんなに謝ったって、どうしようもないけれど、

ごめん ありがとう

「ごめん」と「ありがとう」って、みんなが「ひとり」を生きているからこそ出てくることばなのだと知った

南無阿弥陀仏

2020年6月24日 (水)

肝苦りさ

6月23日は「沖縄慰霊の日」

戦争の事実を風化させてはいけない。

けれど、どんなに戦争の話を、沖縄の方々の苦しみを聞いても、その場に現実に身を置いていた人ほどの痛み苦しみを感じることはできない。

戦後75年、第二次世界大戦の記憶が薄れていくなか、それでも、戦争の悲惨さを伝えていかなければならない、戦争を起こしてはならないと声を挙げてくださっている方々がいる。

同じ痛み 苦しみを感じることはできないけれど、戦争があった事実、戦争で苦しめられた事実、戦争で人が人でなくなった事実がある。

そのことに想いを馳せることはできる。

沖縄の言葉「肝苦りさ(ちむぐりさ)」を知った。

「かわいそう」という意味だが、「かわいそう」とは全然違う。

「かわいそう」と言うとき、言う方と言われる方の間に距離がある。壁が出来るときもある。

(「かわいそう」と言うとき、距離や壁を作っているつもりはないけれど)

「肝苦りさ」は、他者の苦しみ痛みであるにもかかわらず、我がことのように苦しいこと。

…内臓が、五臓六腑が…この私自身がしいということ。

肝臓にダメージを受けたときの苦しみは、想像を絶する。

他者の悲しみを我がこととして受け止めることを「肝苦りさ」というと教えられた。

新型コロナウイルスが収束したわけでもないのに、都道府県を超えての移動ができるようになった。

出張も増えた。 旅行者も増えた。

移動したい、旅行したい、押さえつけられていた苦しみもまた分かる。

けれど、旅行で訪れる場所の歴史や、そこに住む人々の身に起きたことを、学んでから 知ってから その場に足を運ぶということも大切なことではないだろうか。

訪れる場所に対する敬いの気持ちを持つならば、戦争の歴史が風化することもない。

移動できない苦しみ、抑圧された苦しさを味わったのだから、移動できること、訪れる先があるということの意味を考えたい。

そういうことも、新しい生活様式ではないだろうか。

南無阿弥陀仏

2020年6月23日 (火)

クスリのリスク

私は、普段目薬を差す人ではないのですが、

新型コロナウイルス予防のためとか、目がショボショボしてきたとか、スッキリするかなとか、

いろいろ思って、珍しく目薬を買いました。

ドラックストアに、ものすごい種類の目薬があって ビックリしました。

普段目薬を差す人ではないので、とても迷いました。

で、なんとなく「これでいいかな」と思うものを買ってきました。

帰宅して、買ってきた目薬を差したら・・・

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

じゃないけど、ものすごい刺激でした。

痛みで目が開きませんでした。

洗面所に行き、目をジャブジャブ洗いました。

それでも刺激と異物感が残りました。

刺激のないものを選んだつもりが、刺激を謳っている目薬でした。

妻に話したら、「説明書きをちゃんと読まないから! だから〇型は!(自主規制)」と言われました。

(「ちゃんと見たつもりだけどなぁ💦」)←こころのつぶやき

一週間経ち、ようやく普段の状態に戻った気がします。

薬は、自分に合わないと怖いですね。

薬は、自分に合わないと怖いですね。

薬は、自分に合わないと怖いですね。(3回繰り返したことに意味はありませんが)

皆様もお気を付けください👋

今日は、こんな話で申し訳ありません (-人-)

2020年6月22日 (月)

君たちがいて、僕がいる

「法話も、聞く人がいてこその法話。

聞く人がいなければ、お釈迦さまがどんなに素晴らしいお話を説かれても、現代(いま)に教えが伝わっていない。」

と、昨日の投稿。

昨日は、父の日。

夕飯にピザを頼んで(持ち帰りは半額♪)、みんなで食事。

子どもたちが「美味しい」😋😋と言いながらピザを食べている。

あぁ、この子たちがいるから、私が“父”として生きているんだなぁ。

この子たちが、私を“父”にしてくれているんだなぁと、あらためて感じる。

説く人だけでは説法ではない。

私だけでは父ではない。

それは、たとえいのち終えても、父と子、母と子、父と母、夫婦・・・関係は変わらない。

思えば、父とか母とか、兄弟姉妹とか、関係が結ばれているから出てくる固有名詞。

夕食時、住職(私にとっての父)が私の前に座っている。

坊守(私にとっての母)が私の左側に座っている。娘たちからすれば、ジィジとバァバ。

食事をしながら、昔話になる。

西蓮寺は、今でこそ家族みんなで寺を護り、門徒さんみんなが支えてくださっている。

けれど、暗黒の時代があった。

住職と坊守は、まさにいのちがけで西蓮寺を護ってきた。門徒さんたちの先祖を護ってきた。

住職と坊守でなかったら、西蓮寺はつぶれていただろう。

孫と一緒に食事をして、坊守はホッとしてつぶやく。「今はとても幸せだわ」

ピザを食べ終えてテレビを見ている娘たちに、

「ちょっとおいで~。ジィジとバァバにハグして‼」と促す。

「ジィジ~」「バァバ~」と、ハグし合うジィジと孫、バァバと孫。

孫がいて、ジィジがジィジに バァバがバァバとして生きている。

私は私だけでは、私にすらなりえない。

でも、誰かがいてくれるから、私が私として生きている。 

ふと、父の日に感じた。

みんな、ありがとう♡の日だ

2020年6月21日 (日)

説法は、説く人と聞く人がいて、成り立つ

法話配信のピンチヒッターを頼まれ、明日収録。

流石に1回通しで話しておこうと思い、本堂でリハーサル。

誰もいない本堂で、法話開始。

思っていたよりも・・・緊張する。

緊張は、誰かが居るから、見てるから、聞いているからするものだと思っていたけれど、誰もいなくても緊張するんだなぁ。

 ☆

2020年のプロ野球が開幕した。

当面 観客を入れずに試合が行われる。

気が抜けるだろうなぁと思っていたけれど、いやいや、今まで味わったことのない緊張を感じているのではないだろうか。

この雰囲気に慣れた選手から、成績が上がっていくだろう。

この雰囲気に馴染めなかったら、たとえ昨年まで主力であった選手でも、成績を残すのは難しいだろうなぁ。

観客がいようがいまいが関係なければ、わざわざ “無観客試合” であることを書き立てる必要もない。

“無観客試合” であることが注目されるということは、試合する側と見る側(観客側)は本来一体であることの表われ。

見る人がいての試合なんだなぁ。

選手の皆さん、お怪我ありませんように。

 ☆

法話も、聞く人がいてこその法話。

聞く人がいなければ、お釈迦さまがどんなに素晴らしいお話を説かれても、現代(いま)に教えが伝わっていない。

世が世なら、お釈迦さまも、親鸞聖人も、ユーチューバーになっていただろうか。

南無阿弥陀仏

2020年6月20日 (土)

起悪造罪 一生造悪の私

昨日は「五濁」の話をしました。

お朝事で『正信偈』を読んでいて「五濁悪時群生海」のところで、「五濁」について考えました。

すると、繰り読みの和讃が「道綽和讃」で、次のように出てきました。

「末法五濁の衆生は/聖道の修行せしむとも/ひとりも証をえじとこそ/教主世尊はときたまえ」

末法の時代を迎えた時、そこに生きる衆生は、自力修行によって悟りを得ようと努めても、誰一人として悟りを得る者がいないだろうと、仏教を説かれた釈尊は仰っています。

修行しても無駄だと仰っているのではありません。今は末法五濁の時代であるという自覚こそ大切なのだと説かれています。

濁世の起悪造罪は/暴風駛雨にことならず/諸仏これらをあわれみて/すすめて浄土に帰せしめり」

五濁悪世において、悪心を起こし罪を造ることは、暴風や激しい雨が急に沸き起こるのと同じように、とどめようのないことです。十方の諸仏は、このような衆生を憐(あわ)れんで、阿弥陀如来の本願力を頼りとするとうにと、おすすめになられたのです。

「縦令一生造悪の/衆生引接のためにとて/称我名字と願じつつ/若不生者とちかいたり」

縦令(たとい)一生を造悪に費やす衆生であっても、阿弥陀如来は衆生を浄土に引接する(導く)ため、我が名を称えよ(南無阿弥陀仏と念仏申せ)と願を起こし、若し阿弥陀浄土への往生が叶わないことがあれば、この私自身も仏とはならないと誓われました。

道綽和讃ではありませんが、
五濁悪世の衆生の/選択本願信ずれば/不可称不可説不可思議の/功徳は行者の身にみてり」で締めます。

五濁悪世を生きる衆生が、阿弥陀如来から賜る本願を信じて念仏を申したならば、人間の知恵では称(たた)えがたく説明しがたく思議しがたい功徳を、この私の身にいただくのです。

6首読むうちの4首を書きました。

「五濁」とは、自分の外に見るものではない。

悪心を起こし、罪を造っているのは・・・この私自身。

そんな私の姿を暴風駛雨と表わされています。昨日は一日強い雨が降っていましたが、あの尽きることなく強く降っていた雨は私自身でした。

けれど、縦令(たとい)強い雨が降り続けていようとも、太陽は、あの真っ黒い雲の向こう側でこの私を照らし続けています。

どんなに強く、長い時間雨が降っていようとも、太陽そのものがなくなっているわけではありません。

太陽はあり続けます。太陽は私を照らし続けます。黒雲という壁を作っているのは、私の方なのかもしれません。

そのような私を、倦(あ)くことなく(諦めることなく)、阿弥陀如来の大悲は照らし続けています。

「五濁」とはなにか? 「五濁」とはこの私自身だった! そう気付いたとき、阿弥陀の大悲も感じる。

毎朝毎夕お勤めし続けていても、その時々の想いによって、新しい気づきや感じることがある。

五濁の世、私に出来ることは、法に触れ続けることだけしかない。

南無阿弥陀仏

2020年6月19日 (金)

何を守りたい 誰を守りたいのか

小中学校の登校が始まって、子どもたちが学校に通い始めました。

はじめは分散登校の学校も多く、クラスの半数ずつが登校して、密にならないように工夫されています。

けれど、そろそろ分散登校での様子見も終わり、全生徒が従来通り学びの場に集まるようになってきました。

他の人と実際に会いながら、会話をしたり、授業を受けたり、登下校したり、大切な時間が戻ってきました。

「三密を避けるように」など、大人目線で決めたルールは、子どもたちに押し付けられるものではありません。

もちろん、新型コロナウイルスに感染しないために気を遣うことは、子どもたち自身もしなければなりません。

けれど、密を避けて! 他の子と2メートル距離をとって! 〇〇をさわらないで! 〇〇を触ったときはその都度手を洗って! 等々、子どもたちにそこまで強要できるでしょうか。果たして大人もそれほど気を遣っているでしょうか。

どうも、新型コロナウイルスに罹患することが悪いことであるかのような思いが植え付けられているような気がします。

罹患は悪ですか?

病気に罹ることに対する恐怖以上に、罹患した時の周りの目に対する恐怖心が勝っているのではないでしょうか。

岩手在住の友人も、「県内初の感染者になったら、何を言われるかわからない」と、そのことを恐れていました。

疫病の流行る時代は、人類史上 度々起こっています。

親鸞聖人の頃も、蓮如上人の頃もありました。

お朝事で「正信偈」を読んでいて・・・

「五濁悪時群生海」と、「五濁(ごじょく)」という言葉が出てきます。

「五濁」とは、「世の濁り」のことを言います。

「劫濁(こうじょく)」「見濁(けんじょく)」「煩悩濁(ぼんのうじょく)」「衆生濁(しゅじょうじょく)」「命濁(みょうじょく)」の五つです。

「劫濁」は「時代の濁り」…疫病・飢饉・戦争・動乱など、世の乱れです。

「見濁」は「ものの見方や考え方が濁っている」ということ。濁ったものの見方・考え方が世にはびこっていることです。

「煩悩濁」は「煩悩による濁り」。貪り(むさぼり)や憎悪の感情がむき出しになる状態です。

「衆生濁」は「衆生(人びと)の濁り」。人びとのこころのあり方が、心身共に濁っている状態です。

「命濁」は命そのものの濁りではなく、「命を軽んじるものの見方」です。

説明のため5つをれぞれの説明をしましたが、「違いがよく分からない」「これとこれって似てない?」と思われたかもしれません。

重なりあう濁りもありますから、「5種類の濁りがある」ということではなくて、人の心身の濁りが、こうも見えるし、ああも見えるということと思ってください。

それにしても、「五濁」の世というのは、その濁りの元を生じているのは、人間だということを表わしているのですね。

「劫濁」は疫病・飢饉・戦争・動乱などによる時代の濁りと書きましたが、疫病・飢饉・戦争・動乱によって濁っているわけではありません。

疫病が流行ったときに、罹患した人や医療従事者を差別する・・・正に群生(人びと)の濁りです。

飢饉も、物が不足すれば買いだめ買い占めに走るのが私たちです。その姿もまた、このコロナ禍に目の当たりにしました。

戦争・動乱の種も、人間がまいています。

中国とインドの国境付近での衝突。朝鮮半島の情勢悪化。政治に携わる者が、コロナ禍の対応に対して責任追及される非難の矛先を変えるため、コロナだけでも大変なこのときに紛争をしかけています。理由はひとつではないのでしょうが、争いというのは、政治家が自分への非難を他に目を向けさせるためにも起こすこともあるのですね。恐ろしいことです。

つまり、五濁というのは、人間の姿です。

五濁の世と、世の中が平穏な五濁ではない世がある・・・のではなくて、「人の生きる世」は常に「五濁の世」です。

 ☆

新型コロナウイルスに限らず、人びとが罹患しないために作られたルール。

そのルールを守ることは大切ですが、ルールも万能ではありません、ルールを守っていても罹患することもあります(ルールを守らなくても罹患しない人もいます)。その人の意識の問題とは別に、ルールを守れない人、守れる状態にない人もいます。

ルールあるがゆえに罹患者を貶めるようなものの見方(「あの人はルールを守らなかったんだ」)をしてしまうのであれば、ルールがあってもなくても同じです。

新型コロナウイルスが流行り、マスクや除菌スプレーやティッシュなどの買い占めが起こり、罹患者や医療従事者を貶めるような行動が横行し、今まで積み重なってきた差別心がコロナ禍のイライラと重なって爆発している。

五濁の世が分かりやすい形で見えています。

病気に罹らないことを目的にすると、病気に罹った人、そういう場を作った人への憎悪を生み出してしまいます。

誰もが病気に罹りうるという前提を私たちが忘れているならば、どんなに完ぺきなルール・約束事・条例・法律を作っても、他者を叩く材料にしてしまいます。

南無阿弥陀仏

2020年6月18日 (木)

現実は多面的だけれど、真実はひとつ

昨日、難民の問題について書いた。

難民の方々の受け入れに反対する方が多いことも知った。

ひとつの現実を見つめても、

人の数だけ感想がある。人の数だけ思いがある。人の数だけ(その人にとっての)正義がある。

主体の側に立つと、知ってほしい、分かってほしい、助けてほしいとメッセージを発するけれど、

傍観の側に座り込むと、メッセージを発する者を否定しだす(傍観しているだけなら、ただ座っていればいいのに)。

メッセージを発するのは、小さな声でも、とてもエネルギーを必要とする。

人を叩くときの声は、なぜかとても大きい。それでいてなぜかエネルギーも充填される(気分転換になるのだろうか)。

自分がある立場に立つか、自分が傍観者でいるか、どこに立つかで、見えるものも変わってくる。

見たくないものを見ざるをえなくて悲しい想いをする人もいれば

見なくてもいい人が見たがりもする。

誰もが、自分の立ち位置から物事を眺める。

ちょっと立ち位置を変えるだけで、見え方はまったく違ってくるのだけれど、その、ちょっと立ち位置を変えるということが、とても難しい。

法然上人や親鸞聖人、南無阿弥陀仏にこころ救われた方々は、阿弥陀の眼をいただいた。

阿弥陀の眼といっても、実際の阿弥陀さんの眼をいただくわけではなく、その、ちょっと立ち位置を変えるというものの見方を、阿弥陀さんから教わった。

南無阿弥陀仏と称えるときに合わさる私の手の中に、たくさんの罪業性があることを、教わった。

ネットやテレビや新聞などから流れてくる情報。

ただ鵜呑みにして、自分のいいように解釈するのではなく、手を合わせてみて考えてほしい。

これは、私のことなんだ!

そんな眼を、阿弥陀さまから賜っている

南無阿弥陀仏

2020年6月17日 (水)

他人事(ひとごと)は、つまり自分事

今朝(2020年6月17日)、TOKYO MXの「モーニングCROSS」で日本の難民申請の認定率の低さについて取り上げていました。

来日した難民の方々が難民申請をしてもほとんどの方が難民としての認定を受けられません。

平成30年のデータですと、難民認定率は 0.4%(人数にして42人)。

難民を受け入れないと言っているトランプ大統領のアメリカでも、難民認定率は35.4%(人数にして35,198人)です。

紛争の地から逃れてきた本当の難民と、日本で働くために来た偽装難民とがいるため、審査が厳しくなるのは当然ですが、それにしても日本の認定率の低さは気になります。

紛争の地から、いのちからがら逃れてきた方々に対して、「出来得る限り受け入れる」姿勢ではなく、「受け入れない」前提でいる日本の姿勢が見えてきます。

受け入れる 受け入れないだけで済む話ではありません。日本での住環境や仕事の話、語学を学ぶ場、法整備、日本に住む私たち自身の意識の問題…難民受け入れに関することだけでなく、人の世の様々な事柄は いくつものつながりを持っています。このブログを書くのに、難民やその受け入れについてちょっと調べただけでも、その複雑さ、表とウラが見えてきます。それだけ、この難民問題(決して“難民”が問題なのではなく、難民を生み出す状況の問題です)の根深さの一端を知りました。

で、番組中、画面の下に出てくる、視聴者からのツイート。・・・「うろうろしている外国人増えたよね。」「日本語を話せない人が日本に来ても働けないでしょ。」・・・難民受け入れに否定的な意見が多かったように感じました。

紛争の地に身を置く人びと、言葉が通じない国であっても そこに一縷の望みを託す人びと・・・それは、難民として逃れる人びとの話ではなくて、誰もが皆、の話。

想像する力が、あれば・・・

 ☆

「モーニングCROSS」の途中で、小学校の通学路での誘導のため出発。

私の顔を覚えてくれた新一年生が「おはようございます!」って言ってくれるようになって、嬉しい時間を過ごさせていただいています。

ひとりの子が、「落とし物」と言って、髪飾りを手渡してくれました。

髪飾りはふたつ ひと組で売ってある物。その片方でした。

けれど、かなり汚れていて、昨日今日の落とし物ではありません。

大人の感覚だと、「この髪飾りを探している人はいないだろう」という思いが先立ち、落とし物とは認識しません。

でも、「落とし物です」と言って渡してくれた子は、「この髪飾りを探している子がいるに違いない!」と思ったことでしょう。

大切な髪飾りを落とした子のことを、大事な髪飾りを探している子のことを想像したはずです。

もしかしたら、探し物が見つからない悲しさを共有していたかもしれません。

ひとつの物から、他者(ひと)のことを想う。

想像する力が、人と人とを結びつけます

南無阿弥陀仏

2020年6月16日 (火)

マイストーリー と アナザーストーリーで この世はできている 

NHK 朝の連続テレビ小説、今朝(6月16日)の「エール」を見ていて…

今週はアナザーストーリー(別のお話)企画で、本編のストーリーとは違うエピソードが放送されます。

昨日と今日は、10年前に亡くなった(ヒロイン、音の)お父さん 安隆が、あの世でのクジに当たって、この世に一泊二日の約束で還ってくるというお話。

新聞の予告で、昨日今日のあらすじを読んだときは、荒唐無稽な話を入れたなぁ!と思いました。今放送している「エール」は、実話を元にしているわけですから。

でも、こころ動かされるお話でした。

この世に還れることになって、お父さんは、長女 吟、次女(ヒロイン) 音を訪ねます(昨日のお話)

今日のお話・・・お父さんは、妻 光子と、一緒に暮らす三女 梅の前に姿を表わします。

梅は、文学大好きな現実的少女。自分が文学を教えてあげた、幼いときからの親友が、小説で新人賞をとります。表向きは受賞を喜びますが、内心は悔しい思いでいっぱいです。感情を表に出さない梅ですが、お母さんは娘の悔しさを感じています。

その話を聞いたお父さんは、「梅と話して来るわ」と言い、梅の前に姿を現わし、語り合います。

「俺は今日あの世に帰らなければならない。明日にはこの世にいない人間だ。誰にも言わない。思っていることを話してくれないか」と言う父に、梅は胸の中の悔しさを語ります。

「よく聞かせてくれたな。敗けを認めるということはつらいけれど、次への歩みにつながるんだぞ」と、父は語ります。

馬具造りの職人だった父は、自分の仕事に誇りを持っていました。けれど、自分の元で働く職人の腕前を見て、自分以上の仕事をする者の存在を認め、自身は馬具造りから退き、営業に専念した過去があります。

その姿を覚えている梅は、父の「敗けを認めるということはつらいけれど、次への歩みにつながるんだぞ」という言葉がスッと入ってきました。

「お父さんありがとう☺️」

その話を聞いて妻は「夕御飯食べてから還りなさいよ」と言いますが、安隆は「食べてると還れなくなるから…往くわ👋」と言って去って往きます。

そのときの光子(薬師丸ひろ子さん)の表情を見ていて、大粒の涙をこぼしてしまいました。

以上、昨日今日の大雑把で、私の記憶に則したストーリー(え、そんなだった?と思う方もいるかもしれませんが、そこは人それぞれの見方ということでご容赦ください)。

 ☆

「悔しい」とか、「悲しい」とか、「淋しい」とか、あまり口に出すもんじゃないなぁという意識が働くことがあります(よく、「日本人の美意識ゆえ」という人がいるけれど、そうなのかなぁ…)。

でも、誰かに向かって、「悔しい」「悲しい」「淋しい」って言うことができたとき、その悔しさ、悲しさ、淋しさは、今まで私が抱えていたそれとは、違うものとなる。

悔しいこと、悲しいこと、淋しいことに変わりはないのだけれど、口に出すことができたときに、まったく別の悔しさ、悲しさ、淋しさになる。

“誰かに向かって” 言うことができなくても、たとえ自分ひとりのときでも、口に出せたとき、やっぱり それらの内容は変わる。

弱い自分を認めるかのようだから、悔しさ、悲しさ、淋しさは表に出したくないのかな。

でも、悔しさを抱えている私、悲しさにあふれている私、淋しさに覆われている私であることを知っている私って、本当は強いのだと思う。

だからこそ、悔しい想いと共に、悲しい想いと共に、淋しい想いと共に生きられる。

自分が悔しいんだ、悲しいんだ、淋しいんだって、自分で分からなかったりする。

誰かに指摘されたり、誰かに言うことができれば、悔しくていいんだ、悲しんでいいんだ、淋しくたっていいじゃないか、って、自分で自分を認められる。

 ☆

アナザーストーリー(本編とは違うお話)を放送するのって、前回の「スカーレット」からだろうか。

「スカーレット」のときにアナザーストーリーが放送された際、「なんで?」「見たくない」「ネタが尽きたのか?」など、あまり評判がよくなかったような記憶があります。

今週放送のアナザーストーリーも、それぞれに感想はあることでしょう。

私は、このアナザーストーリーが大切だと、「スカーレット」のときに感じました。

ドラマが、主人公中心に描かれるのは当然です。

けれど、主人公が悩んだり 苦しんだり 楽しんでいたりしながら生きているそのとき、他の登場人物もまた、楽しんだり、迷ったり、苦しんだりしながら生きています。

主人公と同様に悩んでいる人もいます。

主人公が悩んでいることを、いい気味だといってほくそ笑んでいる人もいます。

主人公と膝を突き合わせて悩んでいたけれど、家に帰れば、またその人にはその人の苦楽が待っています。

主人公が家族と一緒に食卓を囲んでいる時に、ひとり泣きながらお酒を飲んでいる人もいます。

同じ瞬間(とき)に、ひとり一人の人間が、それぞれの行動をし、それぞれの想いに揺れ、それぞれの生き方をしています。

アナザーストーリーは、そういう様子を描いているような気がして、本編の途中で 主人公以外の登場人物の姿が描かれるのって深いなぁと思います。

 ☆

私が悔しがったり、悲しんでいたり、淋しい想いをしているとき、

悔しい想いをしている人、悲しい想いをしている人、淋しい想いをしている人がいます。

南無阿弥陀仏

2020年6月15日 (月)

名がついて表われる現実がある。その背景には、大きな苦労がある。その苦労を強いてしまっている私がいる

「東京新聞」 2020年6月13日(土)朝刊 コラム「筆洗」

まだ知られていない子どもの病気があるーと。肩に力を入れて臨んだ発表だったが、学会に集まった人々の反応はなにもなかったという。後に「川崎病」と呼ばれることになる病気を発見した医師、川崎富作さんは50年以上前の発表の場を振り返っている▼渾身の論文を、その後書き上げている。注目はされたものの、学会の権威とされていた人物に、そでにされた。苦境に〈真理は必ず生き残る〉とむしろ研究への意欲を高めたという(海堂尊著『日本の医療 この人が動かす』)▼高熱など、原因不明の症状の子どもたちを数多くみていた。正しさへの確信と持ち前の気骨で研究を進める。海外でも評価されると、世界の小児科医の「教科書」にも書き込まれるまでになった。川崎病の名も定着した。治療法の研究も前進している▼真理に支えられて、長い道のりを歩んできた人だろう。川崎さんが95歳で亡くなった。アルツハイマー病、メニエール病など、発見した研究者らの名前を冠した病名がある。日本人では、数少ない名誉であるという▼新型コロナウイルス感染症をめぐり、欧米から川崎病に似た症状があるという報告が相次いでいる。世界保健機関(WHO)も新型コロナとの関連について、研究を強化すると表明した。感染症の解明に、役立つかもしれない▼その功績に光がまた当たっているようでもある。

 

川崎富作医師のおかげで、私にとって大事な人が一命を取り留めました。

川崎病は、特に子どもがかかり、高熱が続き、目や口内が真っ赤になる。発見が遅れると、心臓への後遺症も心配される病気です。

2020年の現代(いま)でこそ「川崎病」の名を知る人も増えたが、私がその病を知った20年ほど前は、「かわさきびょうってなに?」状態だった。

未知の病気を発見し、それを発表し、認知されるまでには数々の障害や妨害や無理解があったことと思われます。

けれど、現実に子どもたちに表われている症状をみて、子どもたちを助けなければ!という想いに駆られたことと思います。

信念を通し、研究を重ね、あきらめずに世間への公表を続けてくださいました。

そのおかげで、どれだけの子どもたちのいのちが助かったことでしょう。

どれだけの子どもたちが、心臓への負担を気にすることなく、外で遊べるようになったことでしょう。

川崎富作先生、ありがとうございます。

と共に、新型のウイルスの発生に気づき、仲間の医師たちに注意を促した李文亮医師のことも思い起こされます。

自身も罹患しながら、新型のウイルスの存在を仲間に伝えたところ、警察(か、より高次の存在か)に目を付けられ、世間に不安を煽ったとして罰を受けました。李医師は、その後亡くなられました。

医師として、未知のウイルスを世に明らかにし、多くのいのちを救うために生きたかったことでしょう。仲間に伝えることで精いっぱいだったのだと思います。

誰もが知る所となってから、感謝することは簡単です。

ただ「ありがとうございます」で済ませてしまうのではなく、誰もが知る所となる その前のご苦労を想像し、忘れないようにしなければいけません。

医師のお名前と共に。

南無阿弥陀仏

2020年6月14日 (日)

市民の誇り

「東京新聞」2020年6月13日(土)朝刊 「本音のコラム」

 市民の誇り 師岡カリーマ(文筆家)

 ロシア観光の楽しみのひとつは、チェーホフなど著名人の在りし日のまま残された住居の見学。その数は実に多く、7回旅してまだ見きれない。プーシキン美術館では、決闘で重傷を負った詩人の最後の一日を追体験し亡くなった書斎を通って最後に彼のデスマスクと対面するよう、高齢の女性係員がさりげなく導いてくれた。作曲家チャイコフスキーやスクリャービンの家では、彼らへの思いを語るスタッフの目に涙が浮かんだ。大衆が芸術文化に抱く誇りはただならぬものがあり、私も毎回素直に感動する。
 そういえばフランスのパリで作家ユゴー宅を見学した際も、入場無料に驚く私に係員は「市営だからね」と胸を張った。
 文豪ゆかりの老舗旅館「鷗外荘」が閉館と本紙で読む。コロナの影響で経営が悪化し、森鷗外の旧邸を守る余力があるうちに廃業を決めたという心意気に、ロシア人やフランス人と同じ誇りを見た気がした。古い家屋が残りにくい日本では大変貴重な史跡だ。公金で保存する価値があると思うが、一般市民の方が文化への思いは強いようだと今回のコロナ禍で感じたのも事実だし、クラウドファンディングによる保存も市民主導の日本らしくていい。以前、愛国教育が取り沙汰されたときも書いたが、この旅館のような人々がいる国民に「自国文化への誇りを」教えようなど、筋違いというものだ。

インドを旅したとき、「国立ガンジー博物館」へ行ったことがある。質素な博物館だったが、彼の書斎がそのまま残されているのが印象的だった。

東京都台東区根岸に、正岡子規の旧居「子規庵」がある。亡くなるまでの8年間を過ごした。昭和20年(1945年)に、戦火により焼失し、現在の建物は再建されたもの。とはいえ、正岡子規が結核で苦しみながらも句を詠んでいた姿が思い起こされる。屋内の写真撮影は禁止だったが、そのことがより、子規庵を維持していきたいという想いを感じさせた。

長崎の「如己堂」が好きだ。永井隆博士の家屋で、「長崎市 永井隆記念館」になっている。永井博士は、自らも被爆し、お連れ合いを亡くされた。悲しみのなか、被災者に寄り添い、その救護にあたられた。
長崎といえば、平和記念公園・原爆落下中心地・原爆資料館には足を運ばれると思うが、そのすぐ近くに「如己堂」はある。コロナ禍が収束し、県を超えての往来が気兼ねなくできるようになり、長崎に行く機会があったら、ぜひ訪れていただきたい。

師岡さんのコラムを読み、先人の足跡を尋ねられる場所を、私なりに回想してみた。
決して立派な建物ではなくても、そこに先人の息吹を感じる。感じる心は、想像する力も活性化する。そういう場所は、なくてはならない場所なのだと、そういう気持ちが自然に湧きおこる。
「プライド」と表現すると、独りよがりの自己満足の臭いがするけれど、
「誇り」というと、他者の生き方から何かを感じ、想像して得た揺るぎない決意の匂いがする。
それ(誇り)は決して、誰かから大上段に植え付けられるものではない。市民・大衆の間から、自然と沸き起こってくるものだ。押し付けられる者でも、強要されるものでもない。
誇り高き生き方は、自分ひとりで成されるものではない。人と人との出会いをとおして、紡がれてゆくもの。

酒場の「パブ」は、「パブリック」の「パブ」。
つまり、盃を交わしながら語り合う場、語り合う人々、語り合うことを意味する。
自分の生きる身近な場で、そこにつどう人びとと語り合い、語り合うことを通して、自分が住む地域、そこに根付いている文化や芸術に誇りを持つ。そのことが、私が生きることの誇りを裏支えする。

(付記)
いろいろな方のコラム・文章を読んでいるうちに、「文化や芸術をないがしろにして、人の生きるエネルギーは生まれない」という想いが湧き起こり、11日~13日、続きもののつもりで投稿しました。
13日の投稿で区切りをつけたつもりでした。けれど、13日の投稿をしたあとで、13日朝刊に目を通したら、師岡さんのコラムが目に留まり、「これだ!」と感じました。
文化や芸術をないがしろにして、誇りは生まれない。
文化や芸実をないがしろ、二の次にする政治のもとで、その国に対する誇りや愛国心など生まれるはずもない。
「愛国心」などと言ってはいるが、実は感動する心や自ら考える感性、そこから生まれた誇りなどを持たれたくないのが現代の政治を司る人たち。
感動すること、想像すること、そのことを通した誇り(権力を持つ人に扇動された根拠のない誇りではなくて)を持つこと。
そういうことを成す力が、パブリックなのだと想う。
11日~14日の投稿、「パブリック」のカテゴリーでくくりました。

2020年6月13日 (土)

コモンの解体

パブリックな人 内田樹

(前略)
 「コモン」というのは「入会地(いりあいち)」のことである。誰の所有物でもなく、誰でも利用できるひろびろとした場所のことである。昔はそういうところで人々は自由に牛や羊を放牧していた。でも、「囲い込み」が行われて(今で言う「地上げ」である)、誰でも使うことができた土地は「私有地につき立ち入り禁止」になった。行き場を失った自営農たちは貧困化して都市プロレタリアとなって、産業革命のための労働力を供給した、と世界史では習った。
 「コモン」の私有地化は資本主義を加速する。だから、私たちは「自分らしさ」を誇示し、「自分の能力」や「自分の成果」をうるさく言い立て、「自分の割り前」を要求し、「パーソナルスペース」への他人の侵入に憤激するようになった。今の人は公共財を他人と共有して、適切に共同管理する技術をもう持っていない。必要ないと思って捨てたのだ。
(後略)
 (『暮らしの手帳』第6号(2020年6‐7月号)より)

昨日 一昨日と、「東京新聞」のコラムを紹介させていただきました。
文化や芸術は、すべての人々のために平等にあるはずのもの。にもかかわらず、権力者は文化や芸術に公共性を見ず、民衆の側も、決してすべての人が受け入れているわけではない。お金の分配、ということになったら、文化や芸術は二の次にしてしまう。
本当は「文化や芸術やスポーツ」と書こうとした。けれど今は、オリンピック・パラリンピックが来夏に控えている(開催されるのかされないのか、現時点では分からないけれど)。政治に関わる者は、今はスポーツを、オリンピック・パラリンピックを大事なこととして位置付けているから助成をしてくれる。けれど、目の前に大きな大会がなければ、関心すら示さないだろう。オリンピック・パラリンピックの競技ではないスポーツに対しては、見向きもしないだろう。民衆も、特定のスポーツや選手にお金を使うことを、必ずしも良しとは思っていない。だからこそ、メダルの色という対価を求める。

無形のもの、才能に長けた人やその才能自身に対する目は、実はかなり厳しい。
恩恵を感じたときには「感動しました」「おかげで元気が出ました」「私も頑張ろうと思います」などという声が挙がるが、それは、なんらかの形で結果が出たときの話。
結果とか、恩恵とか、対価とか関係なく、共有することは、かなり難しい。

「それが人間」と言ってしまえばそれまでだが、内田樹さんの文章を読んでいて、「コモン」の喪失が大きな原因か!?と思った。
「ここは私の土地だ」などと言われることなく、本当に場を共有していたとき、場を共有する誰かが、(文化でも芸術でも体を動かすことでも)何か大きなエネルギーを発しているとき、自然に我がこととして受け入れられたのではないだろうか。

しかし、「コモン」が解体し私有地化され、支配と被支配の関係ができ、共有するものを喪失し、結果、少しでも自分の取り分を多くするための主張が始まったのではないだろうか。そこに、共有という感覚はない。

だから、

現代人の、
結果を出した英雄を讃え、
ミスを犯した人間を執拗なまでに叩く姿の原因が、コモンの解体にはじまったのだと感じた。

2020年6月12日 (金)

必要とされてきたから、今、あるのです

「東京新聞」2020年6月2日(火)朝刊 「筆洗」

作家の太宰治がある場所について書いている。「何をしても不安でならぬ時」や「心の弱っている時」にそこに飛び込みたくなるという。その場所にいれば、少しホッとし助けられる。「あんな、いいところは無い」-。どこだかお分かりか▼映画館である。世間から切り離された真っ暗な空間。そこに映しだされる物語に「観衆と共に、げらげら笑い、観衆と共に泣く」。それが救いとなる。映画は「優しい慰め」。よく分かるという人もいるだろう。終戦直後のカネのない時代にも映画館に大勢の人が詰め掛けたと聞くが、これも「心の弱っている時」と関係があろう▼「あんな、いいところは無い」場所が帰ってきた。東京都は一日、新型コロナウイルス対策の休業要請をやや緩め、これによって映画館が営業を再開した。また一歩「普通の日」に近づいた。再開に長蛇の列ができたところもあったそうだ▼不要不急の外出。映画館へ行くのもそれに該当するのだろう。けれども不要不急なものが生きていく上でどれだけ大切で欠かせぬ存在だったか。そう気付かされた自粛期間中の日々だった▼朗報の一方、コロナの影響で映画館や劇場、ライブハウスなどの娯楽施設の中には経営が厳しいところもあると聞く。存続の危ぶまれるミニシアターもある▼人を慰め、夢見る場所を守りたい。その場所は無論、「不要」ではない。

 

「不要不急」か否か

その場所が大切か否か

それは、人それぞれ。

映画館や劇場、ライブハウスなど・・・コロナ禍の前は、ほとんど行かない場所だったのに、外出自粛・営業自粛となった途端に、行きたい‼と思った場所もあるのではないだろうか。

文化や芸術に対して、なにも感じない人、低い優先順位に位置付けている人もいることだろう。

けれど、人びとに生きるエネルギーを与えるのは、文化や芸術。

文化や芸術が衰退している地域や国は、元気がない。

コロナ禍の初期、ドイツ政府は、「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」と、文化や芸術関係の職に就く方々の生計を維持することに努めると語った。

そのことが、ひいてはそこに生きる人々を元気にする。

公益性を理由に文化や芸術の必要性を貶めたならば、私たちは、不安な時、心の弱っている時に頼りとする場所を失う。

文化や芸術は、共に笑い、共に泣く潤滑油。

私たちの安心できる場所を、自ら失ってはならない。

(昨日の投稿から、続けて読んでいただければと思います)

2020年6月11日 (木)

【リバティ】さまざまな運動や闘いを通して得た自由

「東京新聞」2020年5月31日(日)掲載「本音のコラム」

 大阪人権博物館の休館 前川喜平

 大阪人権博物館(通称 リバティおおさか。以下「リバティ」)が5月31日限りで休館する。1985年大阪人権歴史資料館として開館以来、日本で唯一の総合人権博物館として170万人の来館者を迎えてきた。2017年の夜間中学生展は僕も見学に行った。
 リバティは、大阪府、大阪市、部落解放同盟大阪府連などが拠出した公益財団法人だ。所在地は市有地だが、もともと地元被差別部落の住民が大阪市に寄付した土地に建てた旧栄小学校の跡地だ。リバティの建物はその校舎を模している。
 リバティの休館に至る因縁は、08年橋下徹大阪府知事(当時)が展示内容の変更を求めたことに始まる。リバティは府教委・市教委と協議の上展示内容を改変したが、12年に橋下大阪市長(当時)が「僕の考えに合わない」と非難。「公益性がない」として13年度から市の補助金を打ち切った。14年には土地の無償貸与をやめ、年間2700万円の地代を要求。さらに15年には、土地の明け渡しなどを求めて提訴した。それから5年、リバティはついに力尽き、建物を撤去し土地を明け渡す和解に応じた。22年の再出発を期しているが、具体的なめどは立っていない。
 大阪人が世界に誇るべき人権の拠点が、大阪市によってつぶされた。大阪人の皆さん、本当にこれでいいのですか?
(現代教育行政研究会代表)

 

このコロナ禍、その対応に率先して当たっている印象の吉村洋文大阪府知事。
国の対策が後手後手で、対応が遅々として進まず、給付金の出し渋りを目の当たりにしているゆえ、吉村知事のハキハキした物言いは頼もしくも見えてきます。それだけ勉強をして、対応を協議していることの表われだと思います。
けれど、吉村知事も維新の会の方です。

橋下大阪府知事時代、大阪で学校の先生をしていた友人が嘆いていました。教育関係への予算が減り、生徒に配るプリントの数も人数分キッチリ刷らなければならないほど管理が厳しくなり、気持ちにゆとりがない、と。
また、大阪フィルハーモニー交響楽団への助成金の凍結、社会福祉協議会への交付金の凍結など、日ごろそれほど気に留めていないけれど、無くなったら、弱体化したら困る部分への助成がカットされています。
吉村知事も、IR事業への関心は強く、コロナ禍以前も今も、カジノ事業への意識は変わらないとのことです。

頼もしさに目を奪われて任せきってしまうのではなく、何をしているのか、何をしていないのか、何を考えているのか・・・コロナ対応以外に、私たちも関心を示していないと、失ってはならないものを失いかねません。気づいたときには手遅れになっていまします。

ということは、吉村知事に対してだけのことではなく、すべての政治に関わる方に対して言えることですが。

2020年6月10日 (水)

あぁ、そういう利点もあるんだ!(逆もまたしかり)

コロナ禍のなか、小中学校では分散登校が続いています(地域や学校によって、システムは違いますが)。

娘の通う小学校では、各クラスA班とB班に分け、授業時間も午前時間組と午後時間組があります。

それらを調整して、6月からの2週間、分散登校しています。

午後登校の日は、のんびりお昼を食べていると忘れてしまいそうです(^▽^💧)

で、この分散登校をしてみて、娘の感想。

「クラスの人数が半分だから、勉強に集中できる!」とのこと。

なるほど!

今は、35人学級が推奨されてはいますが、生徒数の多い学校、教室の足りない学校は、やむをえず36~40人で1クラスを構成している場合もあります。

1クラス35人でも先生は大変なのに、40人学級となると、なお大変です。

それが、17人前後の生徒に教えるとなると、生徒ひとり一人の反応を見ながら教えられます。子どもたちの距離も空いているから、ちょっかいを出し合わないし、おしゃべりもしない。

良い授業環境なんだなぁと思いました。

それに、娘が通う小学校の先生たちは、中休みに子どもたちと一緒に外で遊んでくれているらしいのです。

子どもたちの様子を見る目的もあるでしょうが、分散登校というイレギュラーな状況で、A班に教えたことを、もう一度B班にも教えるという、授業の内容や進行に気を遣う状況においても、子どもたちを第一に考えてくれて、嬉しく感じます。ありがとうございます。

17人くらいの学級、現状の半分くらいの学級というのは、教える方も教わる方も理想的な人数なのかもしれないと思いました。

そうなると、単純計算で、教室の数も、教員の数も倍必要になりますから、現実的でないことは分かっています。

このコロナ禍のなか、9月入学の推進を!ということが話題になりました。

私も、日本も9月入学に切り替えたらどうだろうと、かねてから考えていました。

でもそれは、入試の時期にインフルエンザが流行ったり、雪によって交通が乱れたりするのは、受験生にとって大変すぎる!という想いと、9月入学はグローバルスタンダード(世界基準・世界標準)なのだと思い込んでいたからでした。

けれど、9月入学は、決してグローバルスタンダードではないことを知りました。

入学の月は各国バラバラで、9月が年度初めの標準・基準となるとは決して言い切れません。

年度初めの時期をこまごまと議論するよりも、クラスの人数を減らすことや、教職員の数を増やすことを考える方が、教育の格差是正にとっては大事なことではないでしょうか。

コロナ禍によって多くの自粛や不自由が生まれましたが、そこで得たことを選択肢に含んで今後のことを考える。そういうことを忘れてはいけないと思います。

暑くなりましたね☀。

先生へ。生徒たちと一緒に遊んでくれるのはとても嬉しいですが(娘の担任はギプスをしながら遊んでくれているらしい💦)、どうぞおからだお大事になさってください。へばりませんように(‐人‐)

2020年6月 9日 (火)

おばあちゃん ありがとう

6月9日は、住職のお母さんの命日。私にとってはおばあちゃん。

祖母は、47歳で阿弥陀さまのもとへ還りました。

病床にあった祖母は、住職(息子)と坊守(お嫁さん)の結婚式を見届けられる状態にはありませんでした。

住職と坊守は、仏前結婚式の装束を着て、病床の母にその姿を見てもらいました。

祖母は、安心して往ったそうです。

私は、祖母とは会っていません。

けれど、父が大事に持っている写真を見て、

過去帳をめくっていれば必ず 毎月9日に祖母に会い、

毎年6月8日には逮夜のお勤めを、9日には命日のお勤めをして、

会ったことがない祖母だけど、ずっと一緒にいる、よく知っている人の感覚があります。

知らないけど知っている、不思議な感覚(‐人‐)

6月になると、父は、母が好きだったファンタグレープを買ってきてお供えします。

で、9日のお参りを勤め終えると、父と娘たち(ジィジと孫たち)は、そのファンタグレープを楽しそうに飲んでいます。恒例行事

今年も、6月9日を迎えました。

おばあちゃんが亡くなった年齢から、2年多く生きたことになります。

あとどれくらいのいのちかな、と考えます。

娘たちの結婚の姿が見られるまで(娘たちは小学生)、まだまだがんばらんば。

諸行無常のいのちですが(^-^)

南無阿弥陀仏

2020年6月 8日 (月)

淋しい人へ

世田谷区と渋谷区の区長宛てに、区内の学校30校に爆弾を仕掛けるという爆破予告が届いた。

爆破予告は、2020年6月8日(月)午前10時30分。

うちの娘が通う学校は、爆破予告時間前に校庭に生徒を集める対応をとるとの通知がありました。

正午を過ぎました。

どこからも爆破は起きなかったと、報告がありました。

先ずはホッとしています。

子どもたちは、学校への登校がやっと再開されたばかりです。

先生や学校の職員さんたちは、子どもたちのために教材を作ったり動画を配信したり、学校の整備をしてくださったり、外出自粛期間も学校を子どもたちを守っていました。

子どもたちが少しでも学校に馴染めるように努めてくださっているなかでの爆破予告です。朝早くから学校の点検・警備に当たられています。

何事もなくてよかったですが、

何事もなくてよかったで済む話ではありません。

今日6月8日は、附属池田小事件(2001年) 秋葉原通り魔事件(2008年)の起こった日でもあるそうです。

なんの関連もないし、関連付けることでもないが、

爆破予告犯からすると、ふたつの事件に対するリスペクトのような意味合いがあったのだろうか。

もし耳目を集めたいのであれば、尊敬されるような形での行動をされればいいのに…

2020年6月 7日 (日)

思えば、かなり長いこと声(思いや願い)を聞いてきたんだなぁ

フリーアナウンサーの久米宏さん(75)がパーソナリティを務める「久米宏 ラジオなんですけど」が6月いっぱいで終了する。

番組を終了する理由は複数あるとのことですが、久米宏さん曰く「ここ数年、自分でもあれって思うような言い間違いが多い。年齢的なものだと思うが、集中力とか根気とか、そういうものが明らかに衰えてきているのも、終了するひとつの理由」「下り坂になってからやめるのは一番良くないと思っていた。わりと調子のいいときにやめるのが聴いている人、製作している人にいい思い出になるというのが僕の持論なんです」とのこと。

75歳で「下り坂になる前に」と言えるのは、凄いことだと思う。

比べるのは甚だ失礼なことだけれど・・・私は50歳を前にして、事務処理能力や記憶力の低下を感じている。もう自分が一線に居てはいけない、と思っているのだけれど、久米さんに怒られそうだ。

さて、久米宏さんと言えば、私の中では「ザ・ベストテン」と「ニュースステーション」なのだが、「ザ・ベストテン」を辞められたときも、「え、やめちゃうの!?」と思った記憶がある。

最後の出演での挨拶で、「世の中の、音楽に対する趣味が多様化してきていて、いろいろな歌が世に出ている中で、ベストテン(一番の曲)を決めるという時代ではないと思います」というようなことを語られていたことを記憶しています(あくまで私の記憶です)。

当時、小学生だった(と思う)私は、久米さんの言っていることが分かったような分からなかったような…でも、そんな気持ち(分かったような分からなかったような気持ち)になったことを覚えています。

確か、久米さんが辞めた後、司会者を変えて「ザ・ベストテン」はしばらく続いたと思いますが、なんだかダラダラしたような気がして、番組を見なくなりました。番組もすぐに終わってしまったと思います。

それから「ニュースステーション」。

自分にとっては、ニュースを毎日気にする習慣を作ってくれた番組です。

「ニュースをワイドショー化した番組だ」という批判もありますが、ニュースをただ伝えて終わりではなく、その先(何が問題なのか、問題の根っこはなんなのか、そこから派生する問題・事柄はなんなのか)を展開してくれる番組だと思いました。

あ、今年の4月23日に亡くなられた俳優の久米明さん。「ニュースステーション」内のドキュメンタリーで、たまにナレーションをされていました。久米明さんがナレーションのときは、久米宏さんが「今日のナレーションは、父が務めております」と紹介されていたのを真に受けて、ずっと久米明さんと久米宏さんは親子なんだと思っていました(^▽^)

「ニュースステーション」も余力を残してやめられた印象があります。

久米さんのなかでの、引き際の美学があるのでしょうね。

とはいえ、ネット上での文書発信や動画配信はされるそうなので、その時代その時代で一番良い(自分に合っている)方法を選んでいることと思います。

ラジオ番組を降板する理由れからはいくつもあるとのことですが、その中に政治的圧力が入っていないことを願うばかりです。

そんな圧力に屈する方ではありませんが。

2020年6月 6日 (土)

言葉を発し、そこに返事がある・・・ということが、どれだけ温もりのあることか

昨晩は暑かったため、窓を開けて横になったら、そのまま寝てしまいました。

今朝、明け方から、窓の外から鳥たちの懸命な鳴き声が聞こえてきます。

カラスに襲われてんのかな?と思いながら外を見ました。

窓のすぐ近くに、中がほぼ空洞になった老木があり、その木にムクドリの家族が住んでいます。

ムクドリの子どもたちの飛び立ちの練習をしているようでした。

木のそばで親鳥がほぼホバリング状態で飛んでいます。木に残る子どもたちに声をかけています。

なかなか飛べません。

親鳥が声をかけています。

子どもたちも反応しています。

何か会話をしているのでしょうね。

私が朝食を食べるころには、子どもたちも飛び立ち、家族みんなであっち飛んだり、こっち飛んだりできるようになりました。

親は、子どものことを懸命に守って、

子は、親の姿を見て育って、

それは、生き物はみな同じで・・・

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2020年6月5日 横田滋さんが亡くなれました。

夜寝る前にニュースで知り、言葉にならない想いが巡らされました。

南無阿弥陀仏

 

2020年6月 5日 (金)

暑さにも皆様お気をつけて

2020年6月5日(金) 30℃近い気温 夏のようです💦

当面の原稿関係をすべて書き終え(気持ちスッキリ)、天気も良かったので、午前中は芝刈りと植木の剪定に取り掛かりました。

作業をしながらも、暑さから少しずつ疲れを感じはじめ、作業を終える頃にはクタクタになっていました。

家に入って、シャワーを浴びて、牛乳をがぶ飲みして、ブログを書こうとパソコンに向かいました・・・が、フラフラしてベットに横になりました。

気づけば1時間ほど経っていました。

娘たち曰く「ドアフォンが鳴っても気づかないで、熟睡してたよ!」

ドアフォンが鳴ると1番に出ている私が、まったくドアフォンに気づかず寝ていたので、娘たちはビックリしたようです。

軽い脱水症状だったようです。

これから暑さが厳しくなってきます。

暑さと湿気でコロナウイルスが減少するだろうと言われています。

そのこと自体は有り難いことですが、

やはり近年の暑さはからだにこたえます。

皆様もお気をつけてお過ごしください。

2020年6月 4日 (木)

トリアージ

新型コロナウイルスの感染拡大以降、「トリアージ」という言葉を聞くようになった。

「トリアージ」とは、「多数の傷病者が発生した場合に、傷病の緊急度や重症度に応じて治療優先度を決めること」。

つまり、「命の選別」ということ。

平時であればトリアージの必要性もないけれど、自然災害に発生により多数の負傷者が出た場合や、現在の新型コロナウイルスのような感染症が拡大した場合、医療の現場では「トリアージ」せざるを得なくなる。

医療従事者の方々も、「トリアージ」などしたくないはずである。それは、人命を救助したいという意志とは逆の行動なのだから。

それでも、医療の現場での人や物資が足りなければ、せざるをえなくなる。

そうならないために、私たちも感染拡大防止に努めなければならない。

医療の現場の方々に、苦渋の決断をさせてしまっていることを、知っておきたい。

けれど、「トリアージ」は医療の現場だけで起きていることではない。

 ☆

私たちは、自然とトリアージをしている。

こいつは生かしておく意味がないと、死を求む。

この人にはもっと生けていてもらいたいと、生を望む。

ひとつ一つの事柄は挙げないけれど、頭に思い浮かぶことが、誰にでもあるのではないだろうか。

他者(ひと)の死を求む私は、果たして 生きていていい私なのだろうか。

今、アメリカでは人種差別に根付いた暴動が起きている。

決して対岸の火事ではない。

意識的にせよ、無意識にせよ、私たちにもまた、人を分け隔てる心が根付いている。命の選別をしている。

そのこと自体 恐ろしいことなのだけれど、それが当たり前になってしまうことが、より恐ろしい。

トリアージする私は、トリアージされる私としても返ってくる。

2020年6月 3日 (水)

屋根の上の掃除人

2020年6月3日(水) 今日は、本来ならば「真宗大谷派 東京教区 同朋大会」の日でした。コロナウイルス感染拡大防止の観点から休会となりました。
ご講師の伊藤元先生のお話を楽しみにされている方、複数の方からお声がけいただだいていたので、先生のお話聴聞の機会がなくなり、残念なこととなりました。
「教区同朋大会」の企画会に携わり、役職上 舞台袖で先生のお話を聞かせていただいた6年間でした(6年目の今年は休会になってしまいましたが)。
「教区同朋大会」は休会となりましたが、仏法聴聞の旅(人生)は続きます。南無阿弥陀仏

 ☆ ☆ ☆

「教区同朋大会」もなく、今日は暑いくらいのいい天気で、娘たちも今日は分散登校日に当たっていなかったので、娘たちと妻と一緒に境内の掃除をしました。

今日は脚立を出して、トヨの大掃除をしました。

松葉やヒマラヤスギが溜まって詰まって大変です。

脚立に乗って、トヨに溜まった松葉やヒマラヤスギを掻き出します。

地面に、掻き出した葉が溜まります。

ひとりで作業をしていたら、掻き出しては掃除して、掃除してはまた脚立に乗って掻き出し・・・を繰り返さねばなりません。

でも、下で娘たちがホウキと塵取りを持って待ち構えているので、掃除は任せて、私はどんどん葉を落とします(妻は、墓地の掃除)。

かつて植木屋さんに聞いた話です。

植木の剪定をするだけだったら、どんどん切っていけばいいのだけれど、切った木を片付けなければならない。その、片づけの作業時間も頭に入れて、剪定作業をしているんです、と。

ひとりで作業していると、時間のロスもありますが、同時進行で作業をしていますから、“時短”です。

ひと頃、“時短”というものが求められたり、そのテクニックが重宝されたりもしました。最近はあまり聞きませんが。

ひとりで作業する場合、“時短”のテクニックもあると助かります。

けれど、同時進行で作業をしてくれている人がいて、作業をしながら思いました。

“時短”って、自分ひとりで要領よく物事こなすことではなくて、何人かで協力して物事をなしていくことなんだ、って。

作業が進むので、屋根に上りました。

西蓮寺は、建物を建て増し建て増ししているので、何か所か建物のつなぎ目があります。

すると、そのつなぎ目のところに落ち葉が溜まります。

そこは、屋根にホウキと塵取りとゴミ袋を持っていかないと掃除ができません。

地上では娘たちが掃除をしてくれているので、屋根の上の掃除に専念できました。

45㍑ゴミ袋一袋分の松葉・ヒマラヤスギがたまりました。

午後5時の鐘が鳴りました。だいぶ日が伸びましたね。まだ明るかったです。

娘たちと妻は先に家に入ってもらって、私は午後6時まで掃除して終了しました。

満足した顔で帰ってきたら妻から、「高いところ上って楽しかったんでしょ」(^▽^) と言われました。

はい、高いところ好きなので、屋根の上の掃除が楽しかったです。

でも、49歳、いつまでできるかなぁ・・・なんてことも考えながら、屋根の上の掃除をしていました。

2020年6月 2日 (火)

2020年6月のことば

6月2日(火)東京都内の新型コロナウイルス感染者が30名を超えた。
人の動きが出だすと、感染される方が増えてしまう。
まだまだ気を緩めるときではないのだな、と思う。
皆様もお気をつけてお過ごしください。
掲示板、6月のことばは、この非常事態宣言下でのことを踏まえながら、感じたことを書きました。
他者(ひと)のせいにするのは、簡単。
でも、「自分のせいかもしれない」と思うことは、とても大切な気づきです。
そんなことを思いながら、6月の寺報を書きました。

 ☆ ☆ ☆

2020年6月のことば(以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」6月号の文章です)

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 温
  
今を忘れないから、(ふる)きを温(たず)ねられる。

温故知新(おんこちしん)

新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から出されていた緊急事態宣言が解除されました。とはいえ、新型コロナウイルスが終息したわけではありません。今後は、ウイルスとの共存を模索しながらの生活となります。

政府の専門家会議からの提言を受けて、政府は新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」への転換を呼び掛けています。

「新しい生活様式」という言葉を聞いたとき、「温故知新」という故事を思い出しました。
故(ふる)きを温(たず)ねることは、新しきを知ること。
「昔のことから学んで、新しい知識や道理や習慣を見出していくこと」という意味です。

さて、「故きを温ねる」といったとき、どれくらい古いときのことを思い浮かべますか?

新型コロナウイルスの渦中にある今、約100年前に流行したインフルエンザから学ぶことが多くあります。

過去の自然災害の教訓から学ぶべきことも多々あります。
避難の方法や防災の準備が整えられ、ボランティア意識も高まっているのではないでしょうか。

人類の歴史において争いが止んだことはありません。
争いごとに関しては、故きを温ねても、それが教訓として生かされることはないのでしょうか。

「故き」とは、「今」である

「故きを温ねる」というと、時間の離れた昔を思うのではないでしょうか。

けれど、私は思います。「故き」とは、「今」であると。

現代(いま)のコロナ禍における外出自粛期間中の私たちのありかたをたずねること。それが、「故きを温ねること」です。

このコロナ禍に、罹患(りかん)された方、医療従事者やその家族、マスクが店頭にないドラッグストアなどに対する差別やバッシングが起きています。

新型コロナウイルスに罹患して亡くなられた著名人がいます。亡くなられて「残念だ」「悲しい」「コロナウイルスを許さない!」など、逝去を悲しむ声が多数聞こえました。反面、罹患して快復した著名人に対しては、「気が緩んでるからだ」「反省しろ」などという非難を浴びせます。それらを考え合わせると、亡くなられた著名人が、もし快復されていたならば、恐らくバッシングを浴びせていたのではないでしょうか。

新型コロナウイルスと直接関係はないけれど、ある番組に出演されていた方が、ネット上での誹謗中傷を受けて亡くなりました。気に食わない人に嫌悪感を抱くことは、誰にでもあります。今までは家族や友人との会話の中で済ませていた悪口が、このネット社会に、世界中に拡散するようになってしまいました。想像してみてください。たった一人から傷つくことを言われただけでもなかなか立ち直れないのに、それを世界中の不特定多数の人から言われるのです。あなたは平気でいられますか?

このコロナ禍の、ほんの一端、ほんの一側面に過ぎませんが、私たちは今、このようにして過ごしています。

『「故き」とは、「今」である』と言いました。けれど、「今」と言っても、言った瞬間に、その「今」は過去となります。過去とは、時間の離れた昔の出来事ではなく、今の行いです。今の行いをたずねることなく、新しきを知るということはありません。

小笠原登さん

ハンセン病患者の治療に尽力された 小笠原登さんという医師がいます(1888~1970)。小笠原さんは、真宗大谷派の僧侶でもあります。

かつてハンセン病には、「不治の疾患、遺伝病、強烈な感染症」という三つの迷信があり、その迷信のもと、ハンセン病患者の終生・絶対・強制隔離という国の政策が行われました。

らいは治る病気であり、遺伝性はなく、感染力も弱いことは世界の医学界では常識で、隔離の必要性もないことが分かっていました。にもかかわらず、日本は「らい予防法」を廃止することもせず隔離政策を続けました。真宗大谷派もまた、国の政策に従い、隔離が保護であるかのように説く慰問布教という関わり方で、迫害に加担した歴史があります。

その渦中にありながらも、小笠原登氏は、らいは治る病気であるという知見をもって、病気の治療のために患者と向き合い、患者と共に生きる道をたずねられた方でした。

1998年に提訴された「『らい予防法』違憲国家賠償請求訴訟」を受け、2001年に熊本地裁は「国の隔離政策の継続は違憲である」と判断しました。これを受け、当時の小泉純一郎首相は、政府は控訴しないことを表明し、謝罪しました。しかし、それでハンセン病に関する問題が解決したわけではありません。隔離政策が廃止されても、ハンセン病に関する誤解や無知から生じる差別の闇は根深く、本名を名のれない方、故郷に帰れない方は、今も多くいます。ハンセン病元患者だけでなく、その家族もまた、世間から迫害を受けています。

小笠原登さんの言葉です。

現在癩(らい)患者が苦痛としてゐるものは、癩そのものでは無くして、癩の誤解に基づく社会的迫害である。従って救癩事業の急務は、社会の誤解を除いて患者を迫害より脱せしめるにある。
(「癩患者の断種問題」『芝蘭』12号1938年)

病気の苦痛もあるけれど、それ以上に、病気に対する誤解や無知、「自分さえよければいい」という考えが差別を生み、病気以上の苦痛を受けている方々がいます。苦痛を与えている私たちがいます。

小笠原登さんの言葉は、このコロナ禍における私たちの姿をも言い当てています。

今を忘れて、故きを温ねるということはありません。今を見つめることが、故きを温ねるということになります。故きを温ねるからこそ、新しいことを知ることができる。新しい道筋を見出すこととなります。

南無阿弥陀仏

 ☆ ☆ ☆

掲示板の人形

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Dsc00272 寺報作成にあくせくしているとき、娘たちに人形チョイスと撮影を任せています。
今月はパンダと、カピバラです(^▽^) 仲良しです

2020年6月 1日 (月)

行ってらっしゃい

2020年6月1日(月)小学校再開(分散登校ながら)

通学路内の危険箇所に立ち、子どもたちの登校のお手伝い。

うれしそうな子、緊張している子、いろいろなことを思いながらの登校だったと思う。

ランドセル背負って、荷物持って、カサさして・・・一歩一歩 学校に向かう後ろ姿が尊く見えました。

休校中も、学校の先生たちは、課題作ってくれて、家庭での過ごし方を考えてくれて、授業の動画配信してくれて、

普通に学校があるときよりも大変だったと思います。

子どもたちと面と向かえれば、嬉しいことがあっても、怒っちゃうことがあっても、困ることがあっても、何とかしよう!という力になるけれど、

作るものを作って子どもたちに託して、その後の姿を見ることができないのだから、気持ちは、モチベーションは下がってしまう。

子どもたちも、机上の勉強はできても、「周りに人がいる」ということを感じることができるのと、周りに人がいない状態に身を置くのとでは、感覚や感性や想像力の伸びが変わってくる。

かつて私は、「しんどいときは学校に行かないという選択肢もある。“他の選択肢もある!”ということを知っていてね」というようなことを書いたことがある。

けれどそれは、はじめから学校に行かなくていいと言っているのではなくて、

学校生活で人と出会う経験(楽しく話したり、喧嘩したり、協力し合ったり、自分の思い通りにならなかったり)をしているという前提があってのこと。

人と会うという経験が、土台となるのだと思う。

その経験の内容が、楽しいことであっても、悲しいことであっても。

そういう意味で、新学年早々学校に行けない状況というのは、人と会うことを奪われるわけで、

それは、これから子どもたちが歩む大地を、耕していくという作業が出来ないことを表わしているんじゃないかな。

だから、とりあえず 学校が再開してよかった。

友だちに、先生に、学校で働いてくれている人たちに会おう!

会って、いろんなことを感じていこう

とにかく、ランドセルの重みを感じながら、学校に向かう一歩を踏み出せて、よかった。

行ってらっしゃい 👋(^-^)

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