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2020年5月25日 (月)

言葉を発するということの自覚と想像力

女性プロレスラーが亡くなりました。

亡くなられた理由はまだ調査中との報道ですが、出演していたテレビ番組での言行に対して、多くの誹謗中傷がSNS上に流れていたと言われています。

言葉は、人を助けることもあれば、人を傷つけることもあります。

同じ言葉であっても、救われてた気持ちになる人もいれば、傷つく方もいます。

他者の人格否定をする言葉はもってのほかですが、

言葉を発するということ そのこと自体、他者を傷つけることがあります。

そのことを自覚したうえで、言葉は発しなければいけない。

自覚があるからこそ、発する言葉を慎重に選ぶ。

SNSで、自分の想いを手軽に発信できます。

この外出自粛期間中の過ごし方を発信してくださるおかげで、いろいろなことに挑戦出来たり、マネしたり、笑える環境を作ってくださる方もいる。

この外出自粛期間中のイライラを、ネット上で見ず知らずの他者(ひと)にぶつける人もいる。

情報を発信してくださる方は、それを見た方の反応も想像して、発信していることでしょう。

イライラをぶつける人は、それを見る人の反応は想像もしないことでしょう(もしかしたら、悲しむ姿を想像して発しているのでしょうか)。

言葉を発することによって、誰かを救うこともあれば、傷つけることもある。その自覚。

発した言葉を、見る人・読む人がいる。そして、見た人読んだ人の数だけ、受け止めがある。感情がある。その想像力。

自覚と想像力を忘れずに、言葉は発したい。

南無阿弥陀仏

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