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2020年4月 4日 (土)

「元の日常」とは

昨日は、要・急の会合があり、車で移動。
片道1時間半ほどの運転中、町を歩く人の多さ、レストラン・ファストフード店に多くの車が停まっていることに驚きました。
いつもと変わりがない…。
そんな町の姿に、これから起こるであろう感染拡大への恐怖感と、反面、人の姿が見える安心感を抱きました。なんとも複雑な思いで車を運転していました。
一日も早く、元の日常に戻ることを願わずにおれません。とはいえ、「元の日常」なるものが正しいのか、美しいのか、穏やかなのか、わかりません。

このコロナ騒ぎで、働き方が変わった方も多いと思います。あれだけ「働き方改革」などと叫ばれても、たいして何も変わらなかったのに、コロナ騒ぎ以降、大きく変わったのではないでしょうか。

昨日の会合は、全員マスク着用で、青空会議で、短時間で進行しました。
今まで当たり前のようにしてきた仕事・事業・会合などが自粛・中止・休止・延期に追い込まれ、正直目の前の仕事は無くなっています。そして…無くなって困るのか、差しさわりが生じるのか、といったら、実はそれほどでもないのではないかと、つまり今までしてきたことは何だったのかと(決して無駄だとは言いません)。

世田谷区では、連休明けまで授業再開の目途が立っていません(今のところ)。
2学年ずつ3日サイクルで登校という方針だったのですが、感染者の増加に伴い、その方針は取りやめ、休校継続になりました。学童までお休みのようです。自宅が職場でもある方は、子どもを目の届くところにおいて仕事ができますが、多くの方々は出勤の形態をとられています。つまり、学校がお休みで、しかも学童まで閉じられてしまうと、子どもたちは家にいるしかありません(公園等で短時間遊ぶことはいいことだと思います)。親は出勤・子どもは家、となると、親御さんの心配ははかりしれないものがあります。そういう意味では、目の前の仕事が無くなって、困ることはたくさんあります。
お子さんも心配から不安になります。うちも、次女が心配そうにしているので、声をかけるときに一緒に抱きしめています。

「元の日常」云々書いたのは、
コロナ騒動以前の日常に戻るのが、コロナが終息したことになるのか。
コロナ騒動収束以降、働き方 生き方を見直して、今までとは違う日常を歩むのか(歩めるのか)。
そういうことを考えたからです。

当面の仕事がなくなり、決してすることがなくなったわけではないのですが、おそらく気の入り方が違うのでしょうね。仕事のはかどり方が遅いです。

青空会議するなか、桜の花びらが待っています。
空を見上げながら、空の青さと桜の花びらを観察していました。
あぁ、こんなに じっと見る ことは、あまりしてこなかったなぁと振り返りました。

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