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2020年4月29日 (水)

西蓮寺永代経法要2020 大悲無倦常照我

2020年4月29日 西蓮寺永代経法要をお迎えしました。

史上初の無参拝法要です。

住職・坊守・副住職・准坊守・衆徒ふたり、寺をお預かりしている6人で、お勤めをさせていただきました(‐人‐)

永代経法要は無参拝で行いましたが、法要の為にお送りいただいたご懇志を尊前にお供えし、お勤めさせていただきました。

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例年、西蓮寺永代経法要の法話は、私 副住職が勤めています。お仲間のお寺の永代経法要のご法話もご依頼を受けていましたが、そちらのお寺も、門徒さんに呼びかけての永代経法要は中止となりました。永代経法要の場でのお話の機会はなくなりましたが、当ブログにてお話をさせていただきます。

講題 大悲無倦常照我(だいひむけんじょうしょうが)

「悲」という漢字は、「心を両手で引き裂く姿」を象(かたど)っていると聞きました。

悲しみは、私の目の前を真っ暗にします。まさに胸が引き裂かれる思いがします。
「誰かこの悲しみを分かって!」と叫びたくなる反面、「私のこの悲しみが分かってたまるか!」とも思います。悲しみは、私をひとりの世界に閉じ込めて孤独にします。喜びは、多くの人と共有することができるのに、なぜ悲しみは私をひとりぼっちにするのでしょう。

でも、本当にひとりぼっちになってしまうのであれば、胸を引き裂かれるほどの痛みをともなう悲しみに耐えられるでしょうか。悲しみを抱えながらも、なんとか生きてきました。そこには、私を生かすはたらき、生かそうとするはたらきがあるのではないでしょうか。

悲しまれている私

悲しみの中にいると、自分自身のことを「悲しんでいる私」としてしか見られません。

浄土真宗のお勤め「正信偈」に「大悲無倦常照我」とあります。
「阿弥陀如来の大悲は、倦(あ)くことなく、常に私を照らしています」と、親鸞聖人は仰っています。
「倦く」とは、物事を成し遂げることができずに嫌になることです。「悲しんでいる私」は、「何をやってもダメだ」「どれだけ頑張っても報われない」と、すぐに倦いてします。けれど、阿弥陀如来は私を見捨てません。私が阿弥陀に気づこうが気づくまいが、念仏申そうが申すまいが、阿弥陀如来は倦くことなく私のことを照らしています(包み込んでいます)。
「悲しんでいる私」は、阿弥陀如来から「悲しまれている私」でもありました。

 

小慈小悲もなき身にて

小慈小悲(しょうじしょうひ)もなき身にて 

 有情利益(うじょうりやく)はおもふまじ 

 如来の願船(がんせん)いまさずは

 苦海(くかい)をいかでかわたるべき

       (親鸞聖人「正像末和讃」)

 

悲しみのなかにいるのならば、悲しんでいる他者(ひと)への思いやりが芽生えてもよさそうだけれど、それができません。

悲しんでいる私は、恵まれた他者、実は恵まれたように見えるだけなのですが、その恵まれた他者を嫉(ねた)みます。

私は、「悲しみが和らぎました」と語る他者に対して嫌悪感を抱き、「その程度の悲しみだったんだね」と蔑(さげす)んだりもします。

同じような境遇に置かれ、同じような悲しみのなかにいる他者に対してさえも、「私の悲しみの方が大きい」と悲しさ比べをしてしまいます。

今、私は、こんなにも悲しんでいる。それなのに、いつの日かその悲しみや悲しんでいたこと自体を忘れてしまう・・・。

悲しみそのもののつらさもあるけれど、悲しみのなかで他者を嫉(ねた)み、蔑(さげす)み、悲しさ比べをし、悲しんでいたことさえも忘れてしまう。そのことこそが悲しい。

悲しいけれど、それらはみんな私の姿です。
けれど、悲しみのなか、私が本当にひとりぼっちになってゆくならば、私のそんな姿に気づくことはありません。私の姿に気づくことができたのは、私を映し出す教えに出あえたから。私を照らす阿弥陀如来に出あえたから。

阿弥陀如来は、嫉むことなく、蔑むことなく、比較することなく、やがて私のことなど忘れることもなく、私を救うために共に悲しんでいます。阿弥陀の悲しみ、慈悲なくして、どうしてこの悲しみの海を渡ることができるでしょうか。

ひとりぼっちの世界に閉じこもって悲しんでいる私は、私のことを倦くことなく悲しみ続けている阿弥陀の大慈大悲に出あい、我が身を知ることができました。悲しみをなくすことに懸命だったけれど、悲しみも含めた私を、阿弥陀は見てくれていました。

「悲しまれている私」の自覚は、阿弥陀如来の感得でもありました。

南無阿弥陀仏

今日は暖かく、いい天気ですね。朝、掃除をしていたら、汗ばんでくるほどでした。牡丹の花が目いっぱい咲いています

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