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2020年4月 3日 (金)

一枚の花びら

昨日の強風から一夜明け、本堂へお参りに

本堂に数枚、桜の花びらが舞い込んでいた

西蓮寺に桜はないので、隣のお寺か、隣の公園の桜の花びらだろう

本堂の窓は開けておらず、柱と漆喰、柱と窓との隙間から 花びらが入ったのだろう

ほんのちょっとの隙間

やっと光が差し込むくらいの隙間から

この数枚の花びらは、本堂に舞い込んだのだろうか

何千 何万もの花びらが散っているのだろう 隙間から花びらが舞い込んでも不思議はない

けれど、ものすごい確率だ ありえないことが起こっているわけだ

法(教え)もそうなのかもしれない

宗教離れ 寺離れ 墓じまい などなど言われ、教えに触れる人が減っていたとしても、法を説く者が極端に減っているわけではない(と思う)

教えを説く者はいて ネットを見れば法をよりどころとした教えが説かれ 法を説くユーチューバーもいる

教えを説く者がいないわけでも 教えを聞く者がいないわけでもない

この先行きの見えないなか、それでも教えに出あい、教えに触れただけでも、花びらの一枚の私なのかもしれない

(本堂に舞い込んだから正解で、そうでない多くの花びらは残念ということを言いたかったのではなくて、教えに出遇うということは、この花びらのようなものだろうか、そうに違いない!という想いが、本堂に入って花びらに出あった瞬間にあったので記しました。南無阿弥陀仏)

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