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2020年4月25日 (土)

遊び

2020年4月25日(土) 「東京新聞」朝刊のコラム「筆洗」欄を読んで・・・

「ホモ・サピエンス」とは言うまでもなく、われわれ現生人類を指す。「知恵の人」などの意味らしい。古来、人類をいかに定義するか、なにが本質かについて考えた哲人、賢者は多い。いわく「社会的動物」「道具を使う動物」「笑うことができる動物」・・・▼「遊ぶ人(ホモ・ルーデンス)」と表現したのはオランダの歴史家ホイジンガである。人類の文化の形成に遊びが関係するという考察が知られる▼(中略)▼遊びとはやはり人を人たらしめる重要な要素なのであろうか。そう思わせる光景が先週末、サーフィンの名所、湘南海岸をはじめ海山にあった。遊ぶ人があふれていた。この時節としては、なかなか驚きの光景であった▼(中略)▼五感では感じられない嵐が外で吹き荒れているようなものかもしれない。想像力を働かせる知恵の人であるべき時ではないか。遊びは嵐が吹きやんでからだろう。

何をもって“人類”というか。「社会的動物」「道具を使う動物」「笑うことができる動物」等々言われている。ホイジンガは「遊ぶ人」と説いたという。遊びも、確かに人類特有の定義なのかもしれない。

“遊び”というと、レジャーやゲームや観光、飲食も広義では含むかもしれない。非日常に身を置いて日常の疲れを癒す、ストレスを発散する。遊びの必要性がそこにある。
けれど、レジャーや観光で海外からの旅行者を呼び込み、国内において観光資源に満ちている土地は観光を事業の中心において活性化させようとしてきた。海外への呼び込みで旅行者を増やしたり、祝日を月曜日に動かして連休を増やしたり、カジノの誘致を企んだり。観光も一大産業とはなった。けれど、観光はその土地土地の“事業”ではなく、そこに住まう人々の文化であり、誇りであり、当たり前の日常なのだと思う。そのことに対する敬いもなく、“観光”を産業・事業の中心に置くと、有事の際(自然災害・原発被害・ウィルスの蔓延など)に、途端に放り出されてしまう。土地の経済がストップしてしまう。その土地その土地の産業が根付いてこそ、その土地の文化や誇りである資源が観光として成り立つのだと思う。オフィスは都市部に集中し、工場は賃金の安い国々に持って生き、いわゆる観光資源だけでその土地の経済を成り立たせようとしても、支え切れない時もある。
「地方創生」ということが言われはじめ、地方創生担当大臣なるポストもできて、あ、これで地方が生きてくると思ったけれど、地方に活気が戻るどころかますます疲弊していってしまった気がする。
敬いの気持ちのないい観光への呼びかけが、今回の新型コロナウィルスにより、「ゴールデンウイークをステイホーム週間に」と呼びかけなければならなくなったのが皮肉である。

ホイジンガの意図する“遊び”がなんだったのか、書物を読んだことがないのでわからない。けれど、“遊び”と言った場合、上記のレジャーやゲームや観光の類以外に「余裕」という意味もあります。
車のハンドルには遊びがあります。もしハンドルの動きのままに車が動いてしまうととても運転しづらくとても危険です。逆に、タイヤが受ける振動・衝撃をもろにハンドルが受けとめてしまい、それもまた危険です。遊びがあるから安全な運転ができます。
写真立てのフレームにも遊びがあります。写真立て正面のガラスはカタカタ動きます。フレームぴったりのガラスだと割れやすくて危険です。空気が入る隙間も必要なのかもしれません。
「一見無駄に思われる“遊び”」に、実は大事な意味があるのです。そう考えると、ハンドルやフレームの遊びも、レジャーや観光の遊びも、無駄なことはないのですね。

外出自粛が求められ、今まで日中は外にいた人が家にいると、家にいる誰もが皆、今までと勝手が違いストレスが生じます。
そういうときこそ、“遊び”(こころの余裕)が必要です。
このブログを書いている時間帯、次女は鍵盤ハーモニカの練習をしています。「うるさいなぁ」と思うのか、「あれ?日々上手になっているなぁ」と感じるのか。
事務仕事をしているとき、娘たちが「お父さんドンジャラやろう‼」と声をかけてきます。「今仕事中なのに」とぼやくのか、「よ~し」と子ども相手でも手加減なく思いっきり勝とうとしてドンジャラに臨むのか(←大人げない)。毎日やっていると、子どもたちも要領をつかんで強くなってきます。ドンジャラを始める前に、「今日は何回戦までね」とか「何時までね」と約束をすれば、ストレスになりません。
お昼ご飯を食べた後、「浄土三部経」の読誦を始めました。ウィルス収束を願いながら(^▽^)(←親鸞聖人に笑われてしまいますね)。普段お勤めしないお経なので、下手さがハッキリわかります。毎日お勤めしていたら上達するかな。
食事も、普段口数の少ない私ですが、会話をするように心がけています(もしかしたら、家族にかえってストレスを与えているかもしれない💧)。家にいると、食事は数少ない楽しみです。楽しみながら食事しましょう。
あとは、毎朝の掃除を楽しんでいます。元々掃除好きですが、朝起きて最初にする掃除はリラックスにつながっています。
気持ちの“遊び”を心がけて生活しましょう!

とはいえ、今日は近所に出る用事があって、マスクをして外に出たのですが、けっこうな人が寺町の通りを歩いていました。
お寺巡りかな?と思いながら様子を見ていましたが、そうではなさそうです。みんなスマホに目をやっています・・・「あ、ポケモンGOだ!」。道行く人の会話で分かりました。集まって情報交換まではしていませんでしたが、バラバラとけっこうな人が歩いていました。
ちょっと、怖い光景でした。

「筆洗」にあるように、「想像力を働かせる」ことができるのも、人間だからできることかもしれません。
想像力も、こころの遊びがないと働きません。

昔、テレビでマイク真木さんが言っていた言葉を思い出しました(2003年テレビ東京「男達の風景」)。

きちんと少年をやった人がちゃんとした大人になれる。
ちゃんとした大人をやっている人は、一瞬のうちに少年に戻れる

遊ぶべき時代(とき)にきちんと遊んだ人が、ちゃんとした大人になれる。ちゃんとした大人をやっている人は、遊ぶべき時間(とき)に一瞬のうちに少年に戻れる。それができるのは、常に“遊び”があるから。そんなふうに聞こえてきました。

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