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2020年4月28日 (火)

罪の自覚

目についた新聞記事を勝手にポストに入れていく「勝手便」だから、気が向いたら読んでください👋と、お手紙をくださる方がいます。いつもありがとうございます。

最近いただいたお手紙の中に、マハトマ・ガンジーの「7つの社会的罪(Seven Social Sins)」が書かれていました。

 ①理念なき政治 (Politics without Principle)

 ②労働なき富  (Wealth without Work)

 ③良心なき快楽 (Pleasure without Conscience)

 ④人格なき学識 (Knowledge without Character)

 ⑤道徳なき商業 (Commerce without Morality)

 ⑥人間性なき科学(Science without Humanity)

 ⑦献身なき信仰 (Worship without Sacrifice)

(英語のつづりを間違っていたら、ごめんなさい。日本語訳は、見る資料によって多少の違いがあります)

ガンジーが連載を続けていた『Young India』(1925年10月22日付)に綴った言葉のようです。
(ガンジーの言葉はいろいろ見てきましたが、「7つの社会的罪」のことは知らなかったです。ガンジーの慰霊碑にも刻まれているそうです。教えていただき、ありがとうございます。)

100年ほど前の言葉ですが、今に通じる言葉です。もしかしたら、今を予言する言葉だったのかもしれません。

上記「7つの社会的罪」を読みながら、それぞれに連想した物事や顔があるのではないでしょうか。
政財界に置き換えて批判することは簡単です。
けれど、それはそれとして、自分に置き換えて読むことも大切だと思います。ガンジーも、そこを求めていたのではないでしょうか。コロナ禍収束の後、コロナ以前に戻り、また同じ生活を繰り返すのか。それとも、コロナ禍のなかで感じたこと、学んだこと、直したいなと思ったことを忘れずに生きるのか。
合わせる手の中に、どれだけの罪業があることだろう。その重さを忘れずに。

南無阿弥陀仏

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