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2020年4月 9日 (木)

強い人間なんていない。みんな弱いんだから

西蓮寺第2掲示板(本堂前掲示板)には、行事案内のポスターを貼ったり、寺の活動報告を書いたり、不定期に“ことば”を掲示したりしています。

日曜の晩、子どもたちがNHKの「ダーウィンが来た」を見ていたので、何気なく“ダーウィン”と検索。
そして、第2掲示板に只今掲示していることばに出あいました。

 生き残る種とは、
 最も強いものではない。
 最も知的なものでもない。
 それは、
 変化に最もよく適応したものである。

生物の進化を研究してきたダーウィンは、地球環境の変化に勝利してきたものは、最も強いものでもなく、最も知的なものでもなく、最もよく変化に適応したものであるということに辿り着いた。

人間は、強くあろう、知的であろうとする。
けれど、そもそも強いものも、知的なものもいない。
二項対立で物事を考えるくせがついてしまっている現代人には、強いものと弱いもの、知的なものと知的でないものといったように両極端に分けて考え、まるで二種類のものしかないかのように考えてしまう。
それゆえに、強いものが正しくて、弱いものは強いものが守ってやらねばならない(あるいは、弱いものは切り捨てられてしかるべき)などと考える。
知的なものがこの世を動かし、そうでないものはそれに従うしかないなどと考える。

けれど、人間は、生きとし生けるものは、二項対立で考えられるものではない。
弱いがゆえに強さを求め、気持ちや知力体力を鍛え、表面的な強さを身につけるものはいるだろう。けれど、内面は弱さに満ちていて、自分より強いものが現われることを恐れている。それゆえに、権力を手にしたものは、後から来るものを蹴落とそうとする。
知的でありたいがために、勉強・研究・研鑚に努め、表面的な知性を身につけるものはいるだろう。けれど、全方面に目が向けられる知性など身につけられることはなく、サイエンスの研究をしてきた人には経済は二の次になるし、政治や経済を学んできた人にはサイエンスの知識がない。
知的であろうとしても、その知性はすべてをカバーできるものではない。それどころか、知性だけでは人間を、いのちを、種を守ることはできない。知性で感情は学べないから、心の動きは感じられないから。

ひとは、誰もが弱いものであり、だからこそ強さを身につけてきた。その強さとは、弱さと共にある。
ひとは、誰もが教えられるところから出発し、だからこそ知恵をつけてきた。ひとりで生きられるならば、知恵は身につかなかっただろう、身につける必要もなかっただろう。ひとの知的な部分は、他者とともにある。

自分は強いと思っているもの
自分は知性的だと思っているもの
そう思っているものは、周りの変化に鈍感だ
気づいたら、潮の流れが変わっていることだろう
気づいたときには、もう遅いだろう

変化に適応するためには 変化に敏感でなければならない
変化に敏感なものは
「強さとは、弱さと共にある」ことを知るもの
「知的な部分とは、他者とともにある」ことを知るもの

かつて先達から言われたことばです。
「この世の中に強い人間なんていないんだよ。みんな弱いんだから」
「己の愚かさを知るものこそ、本当に賢いものである」
自分を知るものが、変化を感じうるのかもしれません。
南無阿弥陀仏



と、このブログを書いていたら、仏光寺派 西徳寺さまの寺報「えこお」2020年4月号が届きました。
西徳寺掲示板 4月のことばは、

 「強い者」はその強さがために変化に気づかない

だそうです!
今日 書いていたこととピッタリですね(^▽^)
ありがとうございます(‐人‐)

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