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2020年4月

2020年4月30日 (木)

インドアでも世界とつながっている

2020年4月30日 4月最後の日を迎えました。
学校の休校が要請され、緊急事態宣言が出され、外に出ることが減りました。
けれど、元々がお寺は在宅勤務なので「やることがなくてヒマ‼」ということもなく、日々なんらかの仕事をしています。

朝起きて、境内と近所の公園の掃除、お朝事、朝ごはん、境内の掃除、ブログ書き、寺務仕事をしているうちに午前終了
「お昼ごはんよ~」という妻の声 3食 食事の用意をしてくれて、ありがとうございます
お昼ごはんを食べてから「浄土三部経」の読誦を始めました
「コロナ収束を願って三部経読んでくるね👋」(親鸞聖人に怒られる ^▽^💧 ) と、妻に声をかけて本堂へ
1時間ほど お経を読んだら寺務仕事
子どもたちと遊んで、また寺務仕事
山門を閉める時間になったら、閉門しつつ境内と外トイレの掃除
終わってもまだ明るいです 日がのびました
戻ってお夕事して少しホッとしていると、「夜ごはんよ~」の声
(食器洗いとお風呂掃除をさせていただいています)
時間や締め切りに追われる仕事が少なくなったのと、日々寺務仕事の時間が増えたので、夜中2時まで仕事をするようなことがなくなりました
気づいてみると規則正しい生活に変わっていました
ネット会議を2回経験しましたが、慣れないせいか、元々発言の少ない私は、大縄跳びのなかになかなか飛び込めない子どもの心境でした。

子どもたちも、朝、公園に人気のない時間に遊びに行かせてからだを動かして、境内の掃除の手伝いをして、勉強の時間もしっかりとって、妻の弟が送ってくれたゲームをして、決まったルーティンで生活しています

5月6日の緊急事態宣言解除も伸びそうです
GWに遊びに出かける方のインタビューをテレビで見て、「どうして出かけちゃうかなぁ」と思いつつ、「あ、自分はインドアで家にいることが苦痛じゃないから、いられるのかぁ」とも思いました。アウトドア派の方は、苦しいでしょうね。自分も車を動かすためにドライブを、と思ったこともありましたが、故障すればJAFさんに、事故れば病院にお世話になることになるので(それは迷惑なので)、やめました。
今の楽しみも必要ですが、この先の楽しみのためにも。(収束後、果たして何人と呑む約束をしただろう?)
自分の行動が自分だけの話で完結するのではなくて、他の人も巻き込むということを肝に銘じて

南無阿弥陀仏

寺報4月号のマンガです

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2020年4月29日 (水)

西蓮寺永代経法要2020 大悲無倦常照我

2020年4月29日 西蓮寺永代経法要をお迎えしました。

史上初の無参拝法要です。

住職・坊守・副住職・准坊守・衆徒ふたり、寺をお預かりしている6人で、お勤めをさせていただきました(‐人‐)

永代経法要は無参拝で行いましたが、法要の為にお送りいただいたご懇志を尊前にお供えし、お勤めさせていただきました。

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例年、西蓮寺永代経法要の法話は、私 副住職が勤めています。お仲間のお寺の永代経法要のご法話もご依頼を受けていましたが、そちらのお寺も、門徒さんに呼びかけての永代経法要は中止となりました。永代経法要の場でのお話の機会はなくなりましたが、当ブログにてお話をさせていただきます。

講題 大悲無倦常照我(だいひむけんじょうしょうが)

「悲」という漢字は、「心を両手で引き裂く姿」を象(かたど)っていると聞きました。

悲しみは、私の目の前を真っ暗にします。まさに胸が引き裂かれる思いがします。
「誰かこの悲しみを分かって!」と叫びたくなる反面、「私のこの悲しみが分かってたまるか!」とも思います。悲しみは、私をひとりの世界に閉じ込めて孤独にします。喜びは、多くの人と共有することができるのに、なぜ悲しみは私をひとりぼっちにするのでしょう。

でも、本当にひとりぼっちになってしまうのであれば、胸を引き裂かれるほどの痛みをともなう悲しみに耐えられるでしょうか。悲しみを抱えながらも、なんとか生きてきました。そこには、私を生かすはたらき、生かそうとするはたらきがあるのではないでしょうか。

悲しまれている私

悲しみの中にいると、自分自身のことを「悲しんでいる私」としてしか見られません。

浄土真宗のお勤め「正信偈」に「大悲無倦常照我」とあります。
「阿弥陀如来の大悲は、倦(あ)くことなく、常に私を照らしています」と、親鸞聖人は仰っています。
「倦く」とは、物事を成し遂げることができずに嫌になることです。「悲しんでいる私」は、「何をやってもダメだ」「どれだけ頑張っても報われない」と、すぐに倦いてします。けれど、阿弥陀如来は私を見捨てません。私が阿弥陀に気づこうが気づくまいが、念仏申そうが申すまいが、阿弥陀如来は倦くことなく私のことを照らしています(包み込んでいます)。
「悲しんでいる私」は、阿弥陀如来から「悲しまれている私」でもありました。

 

小慈小悲もなき身にて

小慈小悲(しょうじしょうひ)もなき身にて 

 有情利益(うじょうりやく)はおもふまじ 

 如来の願船(がんせん)いまさずは

 苦海(くかい)をいかでかわたるべき

       (親鸞聖人「正像末和讃」)

 

悲しみのなかにいるのならば、悲しんでいる他者(ひと)への思いやりが芽生えてもよさそうだけれど、それができません。

悲しんでいる私は、恵まれた他者、実は恵まれたように見えるだけなのですが、その恵まれた他者を嫉(ねた)みます。

私は、「悲しみが和らぎました」と語る他者に対して嫌悪感を抱き、「その程度の悲しみだったんだね」と蔑(さげす)んだりもします。

同じような境遇に置かれ、同じような悲しみのなかにいる他者に対してさえも、「私の悲しみの方が大きい」と悲しさ比べをしてしまいます。

今、私は、こんなにも悲しんでいる。それなのに、いつの日かその悲しみや悲しんでいたこと自体を忘れてしまう・・・。

悲しみそのもののつらさもあるけれど、悲しみのなかで他者を嫉(ねた)み、蔑(さげす)み、悲しさ比べをし、悲しんでいたことさえも忘れてしまう。そのことこそが悲しい。

悲しいけれど、それらはみんな私の姿です。
けれど、悲しみのなか、私が本当にひとりぼっちになってゆくならば、私のそんな姿に気づくことはありません。私の姿に気づくことができたのは、私を映し出す教えに出あえたから。私を照らす阿弥陀如来に出あえたから。

阿弥陀如来は、嫉むことなく、蔑むことなく、比較することなく、やがて私のことなど忘れることもなく、私を救うために共に悲しんでいます。阿弥陀の悲しみ、慈悲なくして、どうしてこの悲しみの海を渡ることができるでしょうか。

ひとりぼっちの世界に閉じこもって悲しんでいる私は、私のことを倦くことなく悲しみ続けている阿弥陀の大慈大悲に出あい、我が身を知ることができました。悲しみをなくすことに懸命だったけれど、悲しみも含めた私を、阿弥陀は見てくれていました。

「悲しまれている私」の自覚は、阿弥陀如来の感得でもありました。

南無阿弥陀仏

今日は暖かく、いい天気ですね。朝、掃除をしていたら、汗ばんでくるほどでした。牡丹の花が目いっぱい咲いています

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2020年4月28日 (火)

罪の自覚

目についた新聞記事を勝手にポストに入れていく「勝手便」だから、気が向いたら読んでください👋と、お手紙をくださる方がいます。いつもありがとうございます。

最近いただいたお手紙の中に、マハトマ・ガンジーの「7つの社会的罪(Seven Social Sins)」が書かれていました。

 ①理念なき政治 (Politics without Principle)

 ②労働なき富  (Wealth without Work)

 ③良心なき快楽 (Pleasure without Conscience)

 ④人格なき学識 (Knowledge without Character)

 ⑤道徳なき商業 (Commerce without Morality)

 ⑥人間性なき科学(Science without Humanity)

 ⑦献身なき信仰 (Worship without Sacrifice)

(英語のつづりを間違っていたら、ごめんなさい。日本語訳は、見る資料によって多少の違いがあります)

ガンジーが連載を続けていた『Young India』(1925年10月22日付)に綴った言葉のようです。
(ガンジーの言葉はいろいろ見てきましたが、「7つの社会的罪」のことは知らなかったです。ガンジーの慰霊碑にも刻まれているそうです。教えていただき、ありがとうございます。)

100年ほど前の言葉ですが、今に通じる言葉です。もしかしたら、今を予言する言葉だったのかもしれません。

上記「7つの社会的罪」を読みながら、それぞれに連想した物事や顔があるのではないでしょうか。
政財界に置き換えて批判することは簡単です。
けれど、それはそれとして、自分に置き換えて読むことも大切だと思います。ガンジーも、そこを求めていたのではないでしょうか。コロナ禍収束の後、コロナ以前に戻り、また同じ生活を繰り返すのか。それとも、コロナ禍のなかで感じたこと、学んだこと、直したいなと思ったことを忘れずに生きるのか。
合わせる手の中に、どれだけの罪業があることだろう。その重さを忘れずに。

南無阿弥陀仏

2020年4月27日 (月)

私が立つ大地は、誰かの犠牲によってできている

昨日は、「物語」が人間にとって大切なものであることを書きました。ということは、「言葉」も大事です。
世の中の言葉が軽すぎやしないか?と感じる今日この頃。藤原辰史先生のメッセージに、その答えがあるような気がします。

昨日(2020年4月26日)の「朝日新聞デジタル」に藤原辰史さんの寄稿『「人文知」軽視の政権は失敗する』が掲載されています。 

 ワクチンと薬だけでは、パンデミックを耐えられない。言葉がなければ、激流の中で自分を保てない。言葉と思考が勁(つよ)ければ、視界が定まり、周囲を見わたせる。どこが安全か、どこで人が助けを求めているか。流れとは歴史である。流れを読めば、救命のボートも出せる。歴史から目を逸(そ)らし、希望的観測に曇らされた言葉は、激流の渦にあっという間に消えていく。

(中略)

これまで私たちは政治家や経済人から「人文学の貢献は何か見えにくい」と何度も叱られ、予算も削られ、何度も書類を直させられ、エビデンス(証拠・根拠など…注は私の付記)を提出させられ、そのために貴重な研究時間を削ってきた。企業のような緊張感や統率力が足りないと説教も受けた。

 だが、いま、以上の全ての資質に欠け事態を混乱させているのは、あなたたちだ。長い時間でものを考えないから重要なエビデンスを見落とし、現場を知らないから緊張感に欠け、言葉が軽いから人を統率できない。アドリブの利かない痩せ細った知性と感性では、濁流に立てない。コロナ後に弱者が生きやすい「文明」を構想することが困難だ。

 危機の時代に誰が誰を犠牲にするか知ったいま、私たちはもう、コロナ前の旧制度(アンシャン・レジーム)には戻れない。

 

言葉を軽んじ、周囲を見わたす視界も曇り、自己都合に合わせて歴史や発言を改ざんする。
そういう者に「物語」は語り得ない。「物語」とは、希望的観測ではも作り話でもない、私たちが歩んできた道であり、これから濁流と共に歩む道である。希望的観測は、濁流の排除を描いていることだろう。けれど、もはや避け得ないコロナと共に、人類はある。そのことを書かずに物語を紡ぐことはできない。
現実を見据え、周囲を見わたし、目先の利益に囚われることなく、言葉を発する。そうして出てきた言葉、物語は、人びとの耳に入り、心身に響き、そして行動の力となる。けれど、現実を見ず、周囲を見ず、利益に心を売った者の言葉は、軽く、痩せて、嘘っぽく、人びとのこころに届くことはない。

 

藤原辰史先生は、現在のコロナ禍に直面し、決して安心させるメッセージを発するわけではない。政治家への怒りと共に、私たちの姿勢をも厳しく問う。けれど、決して避けてはならない道を、決して目を背けてはいけない人間の姿を、「B面の岩波新書」に著されています。

藤原辰史:パンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチ

ネットで無料で読めます(藤原先生の意思です)。PDFでプリントアウトもできます。ぜひお読みください。

今朝の「東京新聞」朝刊 「こちら特捜部」でも「B面の岩波新書」の文章が取り上げられています。
「東京新聞」の取材に対し、藤原先生は訴えています。

「コロナの犠牲の上に認識できた問題を、決して忘れてはならない。合理化の下に人間を切り捨てることのない、新たな社会の構築に力を尽くすことは、生き残った人たちの責務だと思います」

他の誰かではない、この私自身の責務です。
言葉を駆使して新たな物語を紡ぎだすときです。今は、その準備期間なのかもしれません。言葉を胸に、物語を頼りに、激流に乗って乗り越えん。


藤原辰史(ふじはら・たつし)先生
1976年生まれ。京都大学人文科学研究所准教授。専門は農業史・環境史。

2020年4月26日 (日)

物語が、人を生かす

昨日の投稿で、「何をもって“人類”というか」ということに触れ、ひとつ思い出したことがあります。

「社会的動物」「道具を使う動物」「笑うことができる動物」、「遊ぶ人」が、昨日の『東京新聞』「洗筆」には書かれていました。ほかに、「火を使う動物」とも言われています。
私は、「物語を紡げる動物」という話をきいたことがあり、「うん、そうだなぁ!」と感動したことがあります。
人類が一番はじめに必要とした商売は「物語を紡ぐ仕事」ということも聞いたことがあります。
人類とは、ホモサピエンスとは、物語を紡げる動物である。


そのことに感化されて、
絵心(えごころ)がなくても絵は描けるけれど 
 物語(ファンタジー)がなければ人生は描けない
という言葉(自作)を掲示したことがあります(2007年5月)

宗教も、物語の延長にあるものではないでしょうか。
キリストや仏陀は実在しましたが、そのエピソードや現代(いま)に語り継がれる法(教え)は、物語の形をとっています。

今でいえばコロナ禍、かつては自然災害等で、苦しみ悲しみのなかに身をおくと、「神も仏もないものか」「神も仏もなにもしてくれないのか」という怒りにも似た声を聞きます。
それは、神や仏が、禍(災い)そのものを取り除いてくれる存在として捉えているからでしょう。申し訳ないことですが、禍そのものを取り除く力もないし、そのために拝む対象ではありません。


物語として語られる教えを通して、人びとは現実を直視し・・・
といっても、「禍の現実を直視し」という意味ではありません。禍の現実の直視は、もうすでに誰もがしているのですから。この、誰もが支え合いながら生きねばならない状況においても、人は他者(ひと)を貶めます。コロナ罹患者を悪者扱いし、医療従事者やその家族を差別し、必要以上に物資や食料を買いため、コロナの原因を誰かに押し付け、人命の見えない経済活動に執着し
・・・禍における人間の現実を直視する眼が、教えから与えられています。他者を貶める“人”とは、わたしのことでした。

そういう人(わたし)だけれども、そういう人(わたし)だからこそ、救い主と教えを説く者がいいる。
物語は、私の存在を肯定してくれる大地です。

人生における物語の必要性・重要さを描いている漫画に出あいました。
週間少年ジャンプに連載されている「Dr.STONE(ドクターストーン)」です。


【ストーリー】
ある日、世界中の人類が石化してしまう謎の現象に巻き込まれた高校生の大樹。約3700年後、目覚めた大樹は、先に復活していた親友の千空と再会する。2人は石の世界(ストーンワールド)でゼロから文明を作ることを誓うのだったー。

 

全人類が石化してから約3700年。当然過去の建造物は壊れ、石化した多くの人びとは崩れ去り、文明が作り出してきたものもありません。
食料や道具や薬や…様々なものを自然から調達して、ゼロから文明を作る中で、千空と大樹は、人類に出あいます。
その人類は、人類が石化したときに、地球にいなかった人、宇宙飛行士として地球外に飛び出していた6人が遺した子孫でした。その6人のうちの一人が、千空の父でした。
宇宙から、地球の異変に気付いて帰還してきた6人の宇宙飛行士。どうすることもできません。しかし、千空の父は前(未来)を見ていました。何年後のことか分からないが、仮に石化から解放された際、息子の千空は必ず人類のために行動を起こす‼ と、信じていました。
「いつの日か千空が目覚めた時 絶対に仲間が必要になる 繋ぐんだよバトンを 幾千年の未来に…!!!」

千空の父は子どもを授かり、子どもたちに物語を伝えます。子孫たちが生き抜くための知恵袋としての「百物語」を。
いつ石化がとけるかもわからないなか、物質を残しても、物質そのものは無くなってゆきます。けれど、人間から人間へと語り継がれる「物語」はなくならない。
食料の情報、危険回避の手段、鉱石の物語・・・百個目の物語は、父からのメッセージ。

3700年のち、石化からとけた千空は、生き残った人類の村人のなかの巫女ルリから、百物語を聞かされ、父からのメッセージを受け取る。

そのようなエピソードが挿(はさ)まれています。

何も無くなっていくことがわかっているなか、物語は語り継がれる‼

あ、やっぱり「物語」は人を、人類を生かすんだ!と思いました。
(「ドクターストーン」は、夜中にアニメを放送していました。ある晩、遅くに帰ってきて、テレビをつけたらちょうど放送が始まりました。初めて見るアニメだったのですが、ヒーローものとも違うし、化学を語り始める主人公がいて、「なんだこのマンガ!?」と思って興味を持ちました。単行本を買って読んだら、上記のエピソードが出てきて、あぁ素敵な“物語”だなぁって思いました)

2020年4月25日 (土)

遊び

2020年4月25日(土) 「東京新聞」朝刊のコラム「筆洗」欄を読んで・・・

「ホモ・サピエンス」とは言うまでもなく、われわれ現生人類を指す。「知恵の人」などの意味らしい。古来、人類をいかに定義するか、なにが本質かについて考えた哲人、賢者は多い。いわく「社会的動物」「道具を使う動物」「笑うことができる動物」・・・▼「遊ぶ人(ホモ・ルーデンス)」と表現したのはオランダの歴史家ホイジンガである。人類の文化の形成に遊びが関係するという考察が知られる▼(中略)▼遊びとはやはり人を人たらしめる重要な要素なのであろうか。そう思わせる光景が先週末、サーフィンの名所、湘南海岸をはじめ海山にあった。遊ぶ人があふれていた。この時節としては、なかなか驚きの光景であった▼(中略)▼五感では感じられない嵐が外で吹き荒れているようなものかもしれない。想像力を働かせる知恵の人であるべき時ではないか。遊びは嵐が吹きやんでからだろう。

何をもって“人類”というか。「社会的動物」「道具を使う動物」「笑うことができる動物」等々言われている。ホイジンガは「遊ぶ人」と説いたという。遊びも、確かに人類特有の定義なのかもしれない。

“遊び”というと、レジャーやゲームや観光、飲食も広義では含むかもしれない。非日常に身を置いて日常の疲れを癒す、ストレスを発散する。遊びの必要性がそこにある。
けれど、レジャーや観光で海外からの旅行者を呼び込み、国内において観光資源に満ちている土地は観光を事業の中心において活性化させようとしてきた。海外への呼び込みで旅行者を増やしたり、祝日を月曜日に動かして連休を増やしたり、カジノの誘致を企んだり。観光も一大産業とはなった。けれど、観光はその土地土地の“事業”ではなく、そこに住まう人々の文化であり、誇りであり、当たり前の日常なのだと思う。そのことに対する敬いもなく、“観光”を産業・事業の中心に置くと、有事の際(自然災害・原発被害・ウィルスの蔓延など)に、途端に放り出されてしまう。土地の経済がストップしてしまう。その土地その土地の産業が根付いてこそ、その土地の文化や誇りである資源が観光として成り立つのだと思う。オフィスは都市部に集中し、工場は賃金の安い国々に持って生き、いわゆる観光資源だけでその土地の経済を成り立たせようとしても、支え切れない時もある。
「地方創生」ということが言われはじめ、地方創生担当大臣なるポストもできて、あ、これで地方が生きてくると思ったけれど、地方に活気が戻るどころかますます疲弊していってしまった気がする。
敬いの気持ちのないい観光への呼びかけが、今回の新型コロナウィルスにより、「ゴールデンウイークをステイホーム週間に」と呼びかけなければならなくなったのが皮肉である。

ホイジンガの意図する“遊び”がなんだったのか、書物を読んだことがないのでわからない。けれど、“遊び”と言った場合、上記のレジャーやゲームや観光の類以外に「余裕」という意味もあります。
車のハンドルには遊びがあります。もしハンドルの動きのままに車が動いてしまうととても運転しづらくとても危険です。逆に、タイヤが受ける振動・衝撃をもろにハンドルが受けとめてしまい、それもまた危険です。遊びがあるから安全な運転ができます。
写真立てのフレームにも遊びがあります。写真立て正面のガラスはカタカタ動きます。フレームぴったりのガラスだと割れやすくて危険です。空気が入る隙間も必要なのかもしれません。
「一見無駄に思われる“遊び”」に、実は大事な意味があるのです。そう考えると、ハンドルやフレームの遊びも、レジャーや観光の遊びも、無駄なことはないのですね。

外出自粛が求められ、今まで日中は外にいた人が家にいると、家にいる誰もが皆、今までと勝手が違いストレスが生じます。
そういうときこそ、“遊び”(こころの余裕)が必要です。
このブログを書いている時間帯、次女は鍵盤ハーモニカの練習をしています。「うるさいなぁ」と思うのか、「あれ?日々上手になっているなぁ」と感じるのか。
事務仕事をしているとき、娘たちが「お父さんドンジャラやろう‼」と声をかけてきます。「今仕事中なのに」とぼやくのか、「よ~し」と子ども相手でも手加減なく思いっきり勝とうとしてドンジャラに臨むのか(←大人げない)。毎日やっていると、子どもたちも要領をつかんで強くなってきます。ドンジャラを始める前に、「今日は何回戦までね」とか「何時までね」と約束をすれば、ストレスになりません。
お昼ご飯を食べた後、「浄土三部経」の読誦を始めました。ウィルス収束を願いながら(^▽^)(←親鸞聖人に笑われてしまいますね)。普段お勤めしないお経なので、下手さがハッキリわかります。毎日お勤めしていたら上達するかな。
食事も、普段口数の少ない私ですが、会話をするように心がけています(もしかしたら、家族にかえってストレスを与えているかもしれない💧)。家にいると、食事は数少ない楽しみです。楽しみながら食事しましょう。
あとは、毎朝の掃除を楽しんでいます。元々掃除好きですが、朝起きて最初にする掃除はリラックスにつながっています。
気持ちの“遊び”を心がけて生活しましょう!

とはいえ、今日は近所に出る用事があって、マスクをして外に出たのですが、けっこうな人が寺町の通りを歩いていました。
お寺巡りかな?と思いながら様子を見ていましたが、そうではなさそうです。みんなスマホに目をやっています・・・「あ、ポケモンGOだ!」。道行く人の会話で分かりました。集まって情報交換まではしていませんでしたが、バラバラとけっこうな人が歩いていました。
ちょっと、怖い光景でした。

「筆洗」にあるように、「想像力を働かせる」ことができるのも、人間だからできることかもしれません。
想像力も、こころの遊びがないと働きません。

昔、テレビでマイク真木さんが言っていた言葉を思い出しました(2003年テレビ東京「男達の風景」)。

きちんと少年をやった人がちゃんとした大人になれる。
ちゃんとした大人をやっている人は、一瞬のうちに少年に戻れる

遊ぶべき時代(とき)にきちんと遊んだ人が、ちゃんとした大人になれる。ちゃんとした大人をやっている人は、遊ぶべき時間(とき)に一瞬のうちに少年に戻れる。それができるのは、常に“遊び”があるから。そんなふうに聞こえてきました。

2020年4月24日 (金)

先往く人に学ぶ

2020年4月23日 女優の岡江久美子さんが、新型コロナウィルス感染症による肺炎のため還浄されました。
入院されていた情報がなかったので、いきなりお亡くなりになられた情報を知り驚きました。
けれど、娘さんの美帆さんは、お母さんのことは伏せつつも、新型コロナウィルスの恐ろしさを訴え続けてくださっていたのですね。胸が張り裂ける想いだったことでしょう。大切な人を苦しめたくない、それは他の人も同じ。だから伝えるべきことを伝えなければ、と思われたことでしょう。

旦那さんの大和田獏さんと 娘さんの大和田美帆さんがコメントを発してくださっています。

「岡江久美子が4月23日5時20分に新型コロナによる肺炎の為、永眠いたしました事をご報告いたします。今はただ残念で信じがたく、悔しくて他は何も考えられない状態です。どうかそっと送って頂きたいと願っています。仕事関係者の方々、ファンの皆様、ご友人の皆様、長いお付き合いを感謝致します。また、全力を尽くして治療にあたって頂いた医療関係者の皆様に心から感謝いたします。ありがとうございました。皆様、コロナウィルスは大変恐ろしいです。どうかくれぐれもお気をつけください」

愛する人、大切な人を亡くされた方が、私たちのために発してくださったメッセージです。
今は、この言葉を自分事として受け止めるときではないでしょうか。

長引く外出自粛。買い物の制限。日々発表される感染者と死亡者数。誰もが気がめいってくるときです。そうすると、少しでも気持ちがホッとする情報、悪者を見つけ出して叩く情報に寄りすがりたくなります。
ネットや新聞・テレビで目にする情報が、「コロナウィルスとはこういうもので。だから行動を控えてください」というウィルス情報と罹患しないための情報から、「いついつには(近いうちに)収まるだろう」という楽観論や「外出規制してもしなくても成果は同じ(それならば外に出てもかまわない。外出自粛要請なんてナンセンス)」という反外出自粛論や「今回のウィルスは人工物であり、自然に発生したものではない(人口ウィルスを作った〇〇はけしからん」という真偽の分からぬ情報で誰かを叩く論調が目につき始めました。
ガス抜きのようです。
疫学や製薬に携わる方ですら正体をつかめ切れていない未知のウィルス。今、必死でウィルスの正体を解明し、ワクチン開発に取り組まれています。そうしたなか、ホッとするため、誰かを叩かんがために都合のいい情報ばかりを取り上げて説を作って流す人がいて、さらに、その根拠のない説をうのみにして、「そんなに気にすることない」と言ったり「〇〇の仕業なんだって」とのっかったり…。耳の痛い情報より、そういう情報の方が気持ちは楽なのでしょうね。より厳しい現実が身の回りに起きているのに。

思ったより早く収束するのか、それほど外出規制をするまでもないことなのか、誰かが人工的に作ったウィルスなのか…現状、まるで分からないことです。ということは、危機感を弱めて生活をするのではなく、危機感を持って生活をしておかなければならないのが現状です。
収束の時期や、対処法、人工物なのか自然物なのか…それは、専門の方が既に調べていることと思いますが、今のウィルス禍が収まってから検証・周知・理解すればいいことです。
結果、「あれほど騒ぐ必要なかったね」というところで落ち着けば、それはそれでよかったじゃないですか。
でも、4月24日時点で、世界中で18万人を超える方が亡くなっています。そのことは事実としてあります。

確定した情報がないなか、気持ちを落ち着かせる情報、誰かを悪者とする情報に流されるのではなく、大切な人を亡くされた方々のメッセージをしっかり受け止めることが、今、私たちがすべきことではないでしょうか。

「岡江久美子が4月23日5時20分に新型コロナによる肺炎の為、永眠いたしました事をご報告いたします。今はただ残念で信じがたく、悔しくて他は何も考えられない状態です。どうかそっと送って頂きたいと願っています。仕事関係者の方々、ファンの皆様、ご友人の皆様、長いお付き合いを感謝致します。また、全力を尽くして治療にあたって頂いた医療関係者の皆様に心から感謝いたします。ありがとうございました。皆様、コロナウィルスは大変恐ろしいです。どうかくれぐれもお気をつけください」

南無阿弥陀仏

2020年4月23日 (木)

こころのなかで閉じているものが、ひとつ ひとつ ひらいていった

境内の牡丹(ぼたん)の花が咲きました。
毎年4月29日の永代経法要の頃に花を咲かせ、お参りの方の目を和ませてくれるのですが、今年の法要は中止です。
牡丹を見ながら、その匂いを感じながら、坂村真民さんの「念ずれば 花らく」を思い出しました。
 念ずれば 花ひらく
苦しいとき
母がいつも口にしていた
このことばを
わたしもいつのころからか
となえるようになった
そうしてそのたび
わたしの花が
ふしぎと
ひとつひとつ
ひらいていった
牡丹の花が咲き、芳しい匂いも漂っています
花が咲くためには、多くの縁が必要なように
私が念ずることができるのも、多くの縁があってこそ
匂いに、姿形はないけれど、
確かに私に届いています
確かに私のこころを動かしています
縁によって念仏となえ
こころのなかの花が
ひとつ
ひとつ
咲いてゆく
私が称えることによって、
念仏の薫り漂い
また誰かの手が合わさります
南無阿弥陀仏
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2020年4月22日 (水)

戦時中にあらず

新型コロナウィルス禍にあるなか、為政者が「第3次世界大戦」だとか「戦争状態」だとか表現しだした。

「大変な状況にある」ということを言わんとしているのだろうが、為政者が言ってはいけない。

戦争状態と表現することによって、ウィルスを対悪と位置付けている。

崩壊寸前にある医療現場に対する支援の遅れ
布マスクは、どこのメーカーに頼んだのか秘密、どうしてそのメーカーになったのか経緯は秘密、そのメーカーがどこでマスクを作っているのか秘密の三密
お金の給付策も講じられない(本音はお金は出したくない)
国の動きの遅さに耐えられなくなって各行政が独自に動き始める

等々、批判を受けても仕方のない状況を自ら作り出している政府にとって、仮想敵が必要となってくる(今までも、自身の正当性を主張するために仮想の敵を作り、煽ってきた)。

戦争状態にあると喧伝することで、国民は“ほんと、ウィルスは怖いね”という意識になる。ウィルスを敵と思うわけだけれど、決して敵ではない。というか、敵と見なすことで見落としてはならないことを見落としてしまう。

確かに、ウィルスは怖いのだけれど、この地球上に生きている限り、ウィルスと対面しなければならないことは実は自明のことで、その都度懸命に対応してきた。“共存”とは言うと表現は違うのかもしれないけれど、ワクチンが出来て、抗体を持つ人が増えて、毎年気を遣いながら生きていかなければならないものだと思う。
もっとも、いろいろなウィルスと共に生きているのだけれど。

「戦争状態」という言葉に惑わされてしまうと、ウィルスを敵と思いがちだけれど、
「戦争状態」と表現したことを良いことに、外出の自粛を皮切りに国民の生活への支配や監視、マスコミの言論統制が始まるかもしれない(すでに始まっているのかもしれない)。
現に、この状態の中、「辺野古基地の設計変更を沖縄県に申請」「検察庁法改正案」「特区法改正案」「種苗法改正案」が出され、コロナの対応を理由に改憲も目論んでいる。

コロナの影響で今日という日の生命の保障すらままならないなか、政府与党にとって都合のいいように法律や憲法が改正されようとしている。

「戦争状態」と表現しえるとしたら、「対コロナ」ではなく、仮想敵の恐怖感を煽り、情報を隠し操作し、いつの間にか都合のいいように法改正・憲法改正を目論んで多くの国民の不利益を生じさせようとしている政府ではないだろうか。

そこを気を付けていないと、このコロナ騒動が終わったあとに、人為的な不利益が押し寄せてくる。そして、責任を取るべき者は、責任を取ることなく役目を終えてゆくことだろう。

2020年4月21日 (火)

刻まれている記憶

昨晩、お風呂上りにテレビをつけたら、映画「ファンシイダンス」をやってました‼
「シコふんじゃった。」から一週間、そっか周防監督作品を連続して放送してたんだ‼

ロックバンドのボーカルをつとめる主人公(本木雅弘さん)は、お寺の跡取り息子。寺を継ぐために禅寺での修行に入ります。
禅寺ゆえ、厳しい修行生活も描かれていました。

映画を見て、長女が「うちは ああいう修業はないの? パパはしたの?」と聞いてきます。

(私)「映画でやってたような修業はしてないけど、パパはべつの修行をしっかりしていますよ」

(長女)「え!? どんなの?」

(私)「ママの愚痴を聞いたり、ママから耳の痛いことを言われたり、あなたたちが小さいときは、夜眠らないときに抱っこして夜な夜な墓地を散歩したり、一緒にお風呂入ってたら気持ちよくなってあなたたちお風呂の中でウン〇しちゃったり…。パパはいろいろな修行をしてるんだよ‼」

(長女)「え~、私たち、そんなことしたの‼」(*^▽^*)

(次女)「私、おぼえてる~」 (^▽^)

(長女)「え、ほんと。私は覚えてないなぁ」

なんて会話になりました。

次女は、幼稚園に入るころまで、お母さんのお腹の中から産道を通って出てくるときの記憶があると言って、話を聞かせてくれていました。

  くらくて
  あたたかかったよ
  あかるくなったら
  はっぱとおほしさまがあったの

と言ってました。
そんなことを思い出しながら、みんなで寝ました。

布団に入り、「そういえば、私のなかでの一番古い記憶ってなんだろう!?」と思いました。う~ん、幼稚園くらいまでしかさかのぼれません。それも、あまり楽しい記憶じゃないし(-_-)
お寺の玄関の前に、雨水が溜まっている釜があります。その釜は五右衛門風呂なんですが、私が4歳のころまで入っていました。母が薪をくべて、お風呂を沸かしていました。父は私を抱っこし、五右衛門風呂の底板を踏みながらお風呂に入った記憶があります。それが一番古い記憶かなぁ。

現在(いま)の状況は、子どもたちの心にどのように刻まれるのだろう。
つらい状況だけど、それと共に人の優しさも記憶されるような世の中でなければ

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2020年4月20日 (月)

自由だ!

朝から冷たい雨が降るなか、境内の掃除をし、そしてお朝事。

雨音を聞きながら「正信偈」をお勤めし、ふと想う。

いつ収束するとも分からない新型コロナウィルスの渦中にあり、寺院関係者においてはそれぞれの法座が中止になっている。

教えを説く場、教えを伝える場が、自分の意思に反して閉じられている…。

そんな状況に身を置いていることを思いながら、恩師 廣瀨杲先生の言葉がふと思い起こされた。

「私たちね、宗教離れ 寺離れが進んで危機的状況だと申しますけれど、それが危機ですか? 法然上人や親鸞聖人は法難に遭われました。念仏も奪われ、自身のいのちもどうなるか分からない状況になり、流罪に処せられた。けれど、そうしたなかで念仏を称え、出あった人々に教えを伝え、念仏を伝えてこられたわけです。私たちは法難には遭っていません。念仏を取り上げられたわけでも、教えを説くなと言われたわけでもありません。そういう意味では、危機的状況と言う状況ではないのではないでしょうか」
(ある法座での、その景色と共にある先生の言葉を、私の記憶のままに書いています。正確な文言ではありません。けれど、このように私には聞こえ、心に刻まれている先生の言葉です)

言外に多くのことが含まれていることを想う。

多くの自粛・制約はあるけれど、念仏を称えること、教えを説くことを自粛・制約・禁止されているわけではない。

法座を開くこと(人を密集させること)は自粛せねばならないけれど、念仏称えることも 教えを説くことも“やめろ!”言われてはないじゃないか! まだまだ自由だ!

広瀬先生、ありがとう!

私たち(僧侶)は、堂々と教えを説き続ければいい! 念仏の声と共に(‐人‐)

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

(追記)
ファイルの中に懐かしい写真があった!(^-^)(13年ほど前の、とある法座の帰り道。広瀬先生と)
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(法話を求めている方へ)

○東本願寺「いま、あなたに届けたい法話

○浄土真宗live !「いまだからこその法話生配信
  5月3日(日)午後8時より 法話:名和達宣師

○東京教区 真宗会館 「日曜礼拝法話」
  4月19日(日)の法話 雲井一久師「死をどのように生きるのかー仏教と終活
   …はじめの3分ほど「ただいま準備中です」の表示が出ますが、3分過ぎからご法話が始まります。

2020年4月19日 (日)

身の回りの苦しみを見えなくすれば、それで苦しみがなくなったと言えるのか

『週刊金曜日』1277号(2020年4月17日号)
シリーズ 死を忘るなかれ02 ーmemennto moriー 上野千鶴子さんインタビュー

介護保険をやってみて、蓋を開けてみると思いがけない結果が起きたのは、施設入所のスティグマ(負の烙印)が減ったことです。それまで施設は姥捨山(うばすてやま)のイメージが強くて、親を施設に送るっているのは他人に言えないようなことだったのに、介護保険以後、利用者の権利意識が高まったことや、施設の水準が向上したこともあって、団塊世代は親をためらわず施設に入れるようになりました。そういう人たちに「あなたも将来、施設に入ってもいいですか?」と聞くと、ほとんどの人は絶句します。

この部分を読んでいて思いました。
高齢になって足腰が弱ったり、認知症が進んだりして、施設に入るということが当たり前の世の中・・・つまり、そういう方々の姿を街中で見かけなくなるということです。
そこでふと思いました。あれ?どっかで聞いた話だなぁって。お釈迦さまの四門出遊の話でした。


ゴータマシッダールタ(後のブッダ)懐妊のおり、シュッドーダナ王と王妃マーヤは、お腹の中の子のことを占い師に見てもらいました。
すると、その占い師は泣き出します。
王と王妃は驚いて尋ねます。
「なんだ! この子になにか災いが起こるのか?」
「いえ、お生まれになる皇子は、やがて世の人びとを救う人となられます。けれど、そのお姿を拝見する前に私の寿命は尽きてしまいます。世の人びとを救う皇子にあうことが叶わぬことがつらくて泣いているのです」と占い師は応えました。
それを聞いた王と王妃は、「皇子は国とこの国の民を守ってくれればいい。世の人々を救うということは、この国を飛び出すということだ。それはならない」と、考えました。
皇子がお生まれになり、王と王妃は、若くて健康で健やかに育った若者だけを皇子の身の回りに置き、世話をさせました。生きるということに悩みやつらさがあるということを感じさせないために。
けれど、皇子29歳の折、国の門を出たときに見たものが、皇子の人生の歩む方向を決定づけます。
国の東門を出ると、そこには老人がいました。年を重ねた人間の姿など、両親の他に見たことがありませんでした。
南門を出ると、そこには病人がいました。身の回りの世話は、健康な若者がしてくれました。病気ということがわかりませんでした。
西門を出ると、そこには死者がいました。死!? 今まで考えもしなかったことが皇子の胸を締め付けます。
老病死という、生きる者の当然の姿を目にして、皇子は動揺し、悩みます。
またある日、北門を出ると、そこには沙門(出家者)がいました。皇子と同じように、いのちや世の無常に疑問や悩みを持った者が修行の生活を送っていました。なかには、清らかに尊い姿の沙門もいました。
皇子は、国を出て沙門の道を歩むことを決意します。

という「四門出遊」という、釈尊出家のエピソードがあります。
人間に限らず、いのち生きるものはすべて、生老病死を生きています。
それらを無くすこと、抗う(あらがう)ことが果たして人間にとっての幸せなのか。求めるものなのか。

上野さんのインタビューを読みながら、老いが見えずらいものとなっている社会を考えました。

現在(いま)、コロナウィルスに罹患された方々は“隔離”されています。感染を防ぐ手立てとして隔離は仕方のないことかもしれませんが、罹患された方々を“忌み嫌う”という“隔離”が、人間会では起きています。病を追い払い、見えなくしようとしています。
病が見えずらいものとなっています。

死もまた隠されています。志村けんさんが荼毘に付される際、お身内の方ですら志村けんさんのご遺体に対面することも、火葬場に付き添うことも、収骨もかなわかったということが報道されました。感染しないためにということもありますが、お身内が、本当に亡くなったのかどうかも確認できず、遺族は自身の気持ちの中で納得しえないままに荼毘に付されていくことが現実に起きています(その処置を批判しているのではありません。現在はそうせざるをえない状況のあるのです、ということです)。
コロナウィルスの感染者が増え、病院の態勢がそれだけでいっぱいになれば、その他の病気や怪我などで亡くなられた方々の処置も、形式的にこなさなければならないときも来るかもしれません。
わけのわからない状態に追われ、死も見えない社会状況に向かいつつあります。

私たちは今、城壁に囲まれたなかにいます。

コロナウィルスの不安や恐怖のなかに身を置き、それすらもないことにしようとしています。何事もおきてないかのように。
「もう年だから罹って死んでもいいんです」とインタビューに応える高齢者がいましたが、罹患者が放っておかれるわけはありません。病院で必死に治療されます。あなたの分の医療関係の方々、ベットや備品などが確実にあなたのために割かれます。つまり、ひとりの身ではないということです。

老病死は現実です。無いこと、無かったことにはできません。

この未知のウィルスに立ち向かっている沙門(医療従事者や私たちの生活を支えてくださっている方々)がいます。
その方々を無視したり、感染のリスクが高いと差別したりするのか、
その方々の尊い姿を感じ取るのか。
感じたならば、私は何をすべきか。どういう行動をとるべきか。

見えていないときは、何も疑問に思いません。
人間が、いのちが見えたとき、感じること、悩むこと、他者(ひと)を想うということが生じます。

南無阿弥陀仏

2020年4月18日 (土)

東京五組同朋大会2020 (‐人‐)

2020年4月18日(土)☔
今日は、本来ならば「真宗大谷派 東京五組 同朋大会」の日でした。
尾畑文正先生と佐賀枝夏文先生にご法話をお願いしていました。
只今のコロナ騒動の為、3月頭には中止を決定していましたが、今日は大荒れの天気☔
しかも懇親会は東京湾クルーズを企画🚢という…
もし開催されていたら、どんな会になっていたことでしょう💧

東京五組の教化テーマ「いのちの声を聞く」をもとにご法話をいただくことになっていました。
先生方からは、以下のメッセージをいただいていました(同朋大会チラシに表記されています)。

尾畑文正先生(1947年三重県に生まれる。同朋大学名誉教授。真宗大谷派南米開教前監督。真宗大谷派三重教区泉称寺前住職)

「いのちの声を聞く」。この場合の「いのち」とは何でしょうか。病気の時には体の声に聞くということがあります。仏教では「いのち」に限らず、いかなるものも実体化して捉えることをしません。だから「いのち」という実体があるわけではありません。あえて言えば「いのち」とは私を私にしているすべての関わりであり、人と人、また、人と自然との関わり、そういう関わり全体を表わす言葉と受け止めるならば、仏教で言えば「縁起」です。
「いのちの声を聞く」とは、縁起として存在している私の根本的事実に心を注ぎ、目を凝らし、耳を傾け、身を据えるということです。
しかし現実の私は、その事実に背き、踏みにじり、傷つけ、壊して生きています。具体的には戦争と差別の現実に目をそらし、自己絶対化の我が身を生きています。だからこそ、存在の根本的事実である「いのち」を見失った私に、「いのち」そのものから、全ての存在と平和にして平等な関係を回復せよと呼びかけられているのです。

佐賀枝夏文先生(1948年富山県魚津に生まれる。臨床心理士。大谷大学名誉教授。真宗大谷派青少幼年センター研究員。京都・高倉幼稚園前園長)
ボクは、どちらかといえば道草と迷子の子でした。長年、真宗大谷派の社会的実践を調べてきました。その間、教員生活と相談業務など実にまとまらない歩みでした。
心理カウンセラーでしたので「傾聴」「アクティブ・リスニング」を学びました。しかし、いつのころからか「自己都合で聞いている」のではないかと考えて悩みました。今考え、実践しているのは「こころに届いている声を感じる」ことができたらいいと考えています。
「聞く」そして、「伝える」ということが大切と考えています。「聞く」というと「受け入れる」に通じるかもしれません。その前提には「相手のこころを和ます」ことができたらと考えています。
「聞く」と「尋ねる」が似ているようにも思います。悲しみの「闇のトンネル」で人は「ともしび」や「星」の輝きを求めます。この頃、このつながりを考えます。

 

今、こうして読み返して、あぁ聴聞したかったなぁと感じます。
現在のコロナ騒動のなか、日々人間のエゴが露出し始めています。
「全ての存在と平和にして平等な関係を回復せよ」という叫びは、何を呑気なことをと一笑に付されかねませんが、そもそもそういう願いが先になければ、私たちは“全ての存在”なるものに目を向けようと、考えようと、感じようとしません。
この「闇のトンネル」のなかに身をおいているからこそ、「ともしび」や「星」の輝きを求めます。なぜ“輝き”があることを知っているのか?
それは、阿弥陀如来が「全ての存在よ」と呼びかけてくれているからであり、その教えに生きて念仏申してきた方々がいてくれるおかげです。

聞法の場は、“要”であり、“急”のことであります。不要不急のことではありません。とはいえ、出かけて、三密の場に身をおくわけにはいきませんから、家にいなければなりません。
けれど、家でも聞法はできます。本を読むこと。録音していた法話を聞き返すこと。現代ならば、ネットでも仏法聴聞できますし、そのために発信されている僧侶もいます。私も、ネットスキルがないなりに、せめてブログをと綴っています。
さて、聞法といっても、読書やネット聴聞だけが仏教に触れる方法ではありません。
家族が家にいて、お互いにイライラが募っているということを聞きます。そのイライラも、ただイライラするだけではイライラが自身の中で増幅して、家族どうしでイライラして、家庭がイライラの場になってしまいます。
普段いない人がいるのだから、普段見ることのない姿・態度を目にするわけだから、イライラそのものを取り除くことはできません。けれど、そんなイライラに直面した時に、今まで聞いてきた仏法を聞きなおす(頭の中で反芻する)。「あのとき聞いて分からなかったことだけど、今の状況を言い当てているように聞こえるぞ!」とか「仏教のあの言葉って、こういうことを言っているのかな?」など、平時では気づかないことがたくさんあります。こんなときだから聞こえてくることがたくさんあります。
「イライラするから、お内仏(お仏壇)の前で「正信偈」をお勤めしよう!」でもかまいません。
現実から離れて仏法聴聞はできません。身を置いている現実に即して教えをいただいてこそ、聞こえることがあります。
イライラするときは、イライラするままに、でも他者に当たらず、自分の時間(仏法聴聞の時間)と想い、大切にしましょう。

南無阿弥陀仏 

2020年4月17日 (金)

何事も ひとつ ひとつの 積み重ね

昨日のブログ執筆中(お釈迦さまは生涯で八万四千のお話を云々) 、後ろからのぞき込んでいた妻から、「お釈迦さまは八万四千のお話を説かれたのねぇ。頑張れ‼」と声をかけられました。

(私)「毎日お話を説いたとしても、84000÷365で230年だね! 一日に3回説いても84000÷(365×3)は77年だよ。生きてないよ(^▽^)」

(妻)「閏年を忘れてるわよ!」

(私)「そんな細かいこといいから!」

(妻)「一日に5回お話すればいいんじゃない? 朝起きてからと、朝・昼・晩ご飯のあとと、寝る前」

(私)「それだと46年か! お釈迦さまがさとりをひらいたのは35歳、入滅されたのが80歳と言われているから45年。だいたい計算が合うね。一日に5回以上説法してたのかなぁ。そんなふうに数えるとすごいね(^-^)」

(妻)「でも、小学校の先生は毎日5~6時限お話して、お釈迦さまみたいね」

(私)「水曜日は午前授業だし、土日は授業ないよ!」

(妻)「そんな細かいこといいから!」

(私)「先生、ありがたいことです(‐人‐)」

なんて会話をしていました。
小学校は、首相の突然の思い付きの休校要請から、そのまま春休みに入り、新学期も休校が続いています。
小2の次女(同じ学年のみんな)が人参を個人の植木鉢に植えたまま学校に置いてあります。小学校の話になったので、

(妻)「人参見に行こうか‼」

(次女)「うん」

という話になり、次女 長女 妻と私の4人で小学校に行ってみました。マスクをして。

守衛さんに小学校の敷地に入れてもらい、植木鉢を見たら、人参の葉も出ていましたが、ペンペン草も生えていました。
大きく育っているのもあれば、ほとんど育っていないのもありました。
植えられたままの状態が、現在の世界の状況を表わしているかのようでした。

娘たちが植木鉢を見ているのに気づいて、副校長先生が職員室から出てきてくれました。
副校長は、かつて次女のクラスの担任もしてくれていたので、元気そうな次女を見て嬉しそうに話しかけてくれました。

学校からの帰り道、偶然 長女の担任の先生と会いました。新学年になってからも、引き続き担任の先生です。
先生方は基本 在宅での仕事だそうですが、自転車で通える先生はローテを組んで学校に来てくれているそうです。

副校長からも、担任の先生からも、「友だちと会ってる?」と尋ねられました。
「ううん」「ううん」
寺の隣の公園くらいにしか出していないので、クラスメイトと会う機会はほとんどありません。
「そっか、そうだよね。早く学校始まるといいね。先生も待ってるからね」

副校長とも、先生とも、少しお話してバイバイしてきました。
思いがけずホッとする時間を過ごすことができました。

お釈迦さまのお説法と、人参のおかげです。

南無阿弥陀仏

2020年4月16日 (木)

色は、にじみ出てくる

おはようございます
2004年3月31日に登録したこのココログ。不定期で投稿を続けてきましたが、今日の投稿で2000タイトルになります。
お釈迦さまは生涯で八万四千のお話を説かれたという(それほど多くの…という意味ですが)。まだ42分の1ですね。どれだけ話せば八万四千になるんだろう(^▽^) お釈迦さまの想いの大きさ、慈悲の深さを感じています(‐人‐)

昨日は、境内に咲き始めた花々の写真をアップしました。
今年は、桜を愛でる期間(とき)がなかったような気がします。いえ、桜自身は例年と同じく咲いていたのですが、こちら(人間)側の気持ちの問題なのでしょうね。

門徒さんに、桜の皮で染め物をされている方がいらしゃるのですが、きれいな薄ピンク(さくら色かな)のスカーフなどを作られています。
その色を見ると、桜の花びらの色をイメージしますが、染め物は皮から生まれます。桜の花びらを集めて、それを煮込んで色を出しているのではなく、桜の木の皮から色は生まれます。つまり、私たちが目にする桜の花びらの色は、花びらだけで表現しているのではなく、桜の木全体で作り上げている色なのです。

目に見えている部分の色は、その全身で作られている。それは、桜だけの話ではありません。
思うに人間も、表面に表われる態度や言葉は、その時々の状況によって表出するものではなく、その人自身の成長と共に培われてきた、身についているものです。この新型コロナウィル禍のなか、こころ無い言葉を他者(医療従事者やそのご家族、ドラッグストアの店員さん、罹患された方、などなど)に浴びせるヒトがいます。未知のウィルスに対する不安や恐怖からそういう態度に出てしまうんだな、汚い言葉で罵ってしまうんだな・・・と、思っていましたが、違いますね。その人自身が、今までの生活・人生のなかで培ってきたものが出てきているのです。現在の状況のせいではありません。
今、私はどんな色を出しているか。そして、今 出している色は、今現在の色ではなく、生まれてこの方の人生の色です。
振り返ってもみれば、自分の色を立ち止まって観察することもありませんでした。この外出自粛が呼びかけられ、家にいる時間が増えている今、自分の色(態度や言葉)を見つめる時間をいただいているのかもしれません。
愛でることができる色だといいですね。
自戒も込めて

南無阿弥陀仏

2020年4月15日 (水)

こんなときでも、花は咲く‼

昨日は、片づけておきたい仕事に目途がついたので、ちょっと嬉しくて夕食時にビールを呑みました(350㎖ 一缶だけだけど)。
このコロナ騒動の中、コロナにもインフルにも罹らず、風邪もひかず、幸い元気に過ごさせていただいています。と、思っていましたが、ビールを呑んだ後にからだ中に湿疹ができ、右手は急にカサついてヒビだらけになってしまいました。湿疹は寝るまでに落ち着き、手はニベアを塗ったらなんとか落ち着きました。元気だと思っていても、からだは正直。実は心身の負担を受けとめていてくれていたのですね。それが、ちょっとアルコールを呑んで、負担がかかったのかもしれません。
「不安ではあるけれど元気に過ごさせていただいています」と思っている方も、自分では気づかないながら、からだには負担がかかっているのかもしれません。どうぞお気を付けください。

一昨日の風雨☔、昨日の強風🌀が明けて、今日は久しぶりの快晴☀
境内の掃除のため外へ出ると、いろいろな花が咲いていました。

ハナミズキDsc_4738

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芍薬(しゃくやく…咲き始めました。いつもより早いかな)

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躑躅(つつじ…赤 白 ピンクが混ざっています)

Dsc_4742スズラン

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親鸞聖人像…の後ろに生えている綿毛のような花はなんだろう? 

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外出自粛して自宅にいても、季節はちゃんと移ろうています。
ときの流れのなかにいることを教えられます。

南無阿弥陀仏

2020年4月14日 (火)

シコふんじゃった。

昨晩(2020年4月13日)、映画「シコふんじゃった。」を放送していました。
公開は1992年。もう30年も前の作品なんだ、大学生の時に観たんだなぁ。懐かしさを感じながら見ていました。

大学の相撲部、団体戦出場のためには部員が足りません。部長の青木(竹中直人)と、単位修得のため一時的に部員になった山本(本木雅弘)は、留学生のスマイリーに入部の交渉をします。スマイリーは、相撲という日本の文化に理解は示しつつも、相撲はスポーツではなく見世物であると言い放ち、髷(まげ)を結うことや、お尻を大衆にさらすスタイルについては批判的に捉えています。
その意見に対して、部長の青木は、「しきたりだから」と取り繕うのですが、スマイリーは「日本人は、すぐにしきたりだ伝統だと言ってごまかす」と反論します。
家賃のかからない大学相撲部の道場に住めること、食費がかからないこと、部活の時間は2時間であることを条件に、スマイリーは相撲部員になる“契約”をします。
相撲の稽古中、道場にある神棚が、スマイリーは気になります。自分が留学している大学はキリスト教系の大学であるはずなのに、どうして神棚があるのだ!?と。部長の青木は、神聖なものだからというのですが、スマイリーにとっては日本人の優柔不断性の表われにしか見えません。
(映画のシーンはここまで)

昨日の私には、スマイリーの真っ当な疑問が突き刺さりました。
「しきたりだから」「伝統だから」「文化だから」「昔からのきまりだから」・・・そういう言葉ってよく聞くけれど(自分も言っているかもしれないけれど)、理由になっているようでまるで理由になっていません。答えになっていません。そういう言葉によって自己正当化し、思考停止に陥っている。そんなことを、現代(いま)の状況に照らし合わせて考えていました。
もし本当にそうあらねばならない、そうあってほしい、そうありたいのであれば、言葉を尽くすということ、想いを伝えるという努力をしなければならない。けれど、そういうことに労力を使うことを嫌う。立場が上なのを利用して、「しきたりだから」「伝統だから」で通そうとしたり、ワンフレーズで押し通そうとしたりするならば、それでは思いは伝わりません。
ということを思っていたから、スマイリーのセリフが突き刺さったのかな。

本木雅弘さんは、貫禄が付いてきて斎藤道三の役がハマっていますね。
柄本明さん 竹中直人さん 田口浩正さんも若いなぁ。
「シコふんじゃった。」楽しかったです(*^-^*)

学生時代、「シコふんじゃった。」大好きな先輩がいて、相撲に頷けないスマイリーのセリフや、部長の青木が緊張のあまり腹を下す仕草を何度もマネしてくれました。楽しかったなぁ。先輩、お元気ですか?(^▽^)

2020年4月13日 (月)

デイノケイルスから見る地球

冷たい雨が降っています。風も強まるそうです。体調管理にお気をつけください。

ここ2,3日、身体が冷えてる感じがして、「まさか悪寒!? 発熱!?」なんて怯えていたのですが、妻から「からだ動かしてないからだよ」と指摘されました。境内の掃除はしていても、あとは濃い目のコーヒーを飲みながら事務仕事。それはからだも冷えますね。冷えた体は免疫力の低下につながります。屋内でもからだを動かして、コーヒーは控えて、ですね。
みなさまも、行動範囲が狭まり、からだを動かすこと自体が減っていますから、意識的にからだを動かしましょう。

昨晩(2020年4月12日)、娘たちがNHKの「ダーウィンが来た!」を見ていました。昨日取り上げていたのは、恐竜 デイノケイルス
“デイノケイルス”とは、“恐ろしい手”を意味するのですが、先に見つかっていた腕の化石の大きさが2メートルもあります。腕だけで2メートルですから、全長どれくらいになるのか? ティラノサウルスよりも大きなからだではないか? と、なぞの多い恐竜でした。
そのデイノケイルス全体の化石が見つかり、全長は11mほどだということがわかりました!

という番組だったのですが、デイノケイルスのスケールの大きさや、その行動様式も驚かされますが、デイノケイルスは6600万年ほど前に生息していたのだとか。そんな昔の生き物の化石が出てきて、しかも胃の中に魚の骨やウロコがあったことから、恐竜にしては珍しく魚を食していたことも分かった!って、そういうことが分かりうることに、あらためて驚かされました。

この地球というスケールで見たとき、6600万年という時間は、そう長くはないんだなぁと想いました。
この新型コロナウィルがいつ収まるか? 今年初めには4月の新学期を迎えるころにはなんて漠然と言っていて、それが夏までには、今年中には、2年はかかるだろう…と、だんだんと延びてきています(当然、誰にも分からないことですが)。
人間のスケールで見ると、1年どころか、1か月も1週間も、ことがことだけに長く感じます。

人間の眼を通すと、「ウィルスよ、はやく収まってくれ!」「人間の英知でなんとか収束させるぞ!」と考えるわけですが、ウィルスからすれば、自然界からすれば、自然淘汰の一部に過ぎないのかもしれません。
「この地球上に生きられる生き物の総個体数は決まっている」という話を聞いたことがあります。ということは、ある特定の生き物の数が増えれば、それにともない数を減らす生き物がいても不思議はないのです。そのことは、絶滅危惧種のことを考えると、今までも身に触れてきた話です(意識するしないはありますが)。昨晩はテレビ東京で「池の水ぜんぶ抜く大作戦」も放送されていましたが、外来種の数が増え、固有種の数が減っているという現実は、この番組では毎回目にする現実です。個体数の調整という自然淘汰が、地球上では起きています。

およそ100年前にスペイン風邪が流行した当時の、地球上の人口は17億人程度だったと言われています(そのうち5億人が感染したと推定されています)。それが現代(いま)では76億人を超えています。ウィルスの増殖も恐怖ですが、人口の増え方も尋常ではないような気がします。

けれど、自然界の自然淘汰という側面だけでなく、実は人間自身が淘汰を招いてもいます。ウィルスが蔓延することは、経済優先の為にジャングルや湖沼など未開の地を切り開いていった結果でもあります。また、地球温暖化によって北極・南極などの氷がとけているニュースも耳にしますが、氷がとけていること自体も大変な出来事ですが、それとともに、氷に閉じ込められている何万年何億年前のウィルスや病原体が表出するということも起こります。今回の新型コロナウィルス騒動が収まってっも、また次のウィルスが蔓延する恐れは、目に見えているのかもしれません。

人口が増えたから、今回の新型コロナウィルスが蔓延しても当然だと言っているのではありません。
人間目線で見る見え方と、地球目線・自然目線で見える見え方は違うということと、
このコロナ騒動が収束しても、今までと同じことをしていたのでは、また同じことを繰り返してしまうということを、
「ダーウィンが来た!」を見ながら、デイノケイルスから教えてもらいました。

ちなみに、地球の年齢は45~46億年と考えられています。
そうであるならば、6600万年という時間も、そう長くはないですね。

2020年4月12日 (日)

収束と終息

新型コロナウィルに関する文章が多くなっていますが、「しゅうそく」という漢字、あれ? “収束”だっけ? “終息”だっけ? と考えてしまいました。

“収束”は、「事態が収まる方向に進むこと」で、
“終息”は、「事態が終わること」を意味します。

ですから、新型コロナウィルにの騒動が収まり始めて、規模が小さくなり始めたときに、「“収束”に向かっています」と書き、
完全に収まることを「“終息”しました」と書くことになります。

そこに則って、私も文章を書いていますし、新聞雑誌なども書かれているものと思います。

さて、気持ちとしては新型コロナウィルの一日も早い“終息”を願っていますが、本当の意味での“終息”はないことでしょう。
サーズもマーズもまだありますし、ペストや結核で亡くなる方も、現代(いま)でも皆無ではありません。新型コロナウィルだって、ワクチンが出来て“収束”に向かうことはあっても、この世から完全に消えることはありません。おそらく、今後はインフルエンザ同様、毎年気を付け続けなければいけない病気となるのではないでしょうか。

そのこと自体気の重いことではありますが、「本当の意味での“終息”はない」と書いたのは、ウィルスそのものの“終息”を意味してのことではありません。
ワクチンができて、抗体をもつ人が増えて、やがて新型コロナウィルは“収束”に向かうことでしょう。
けれど、今、人心が荒廃してしまっています。

マスクを売ってないことで、店員さんに怒鳴りつける客
自分が罹患し、他者にうつそうと考える人
大学生が集団感染し、「どんな教育をしているんだ」「そいつの住所を教えろ」などと大学に電話しまくる人
電車内で咳をしている人を殴りつける人
病院や保育所ではたらく方々やそのご家族に対する差別
配達をしてくれる方々を、病原菌扱いする人
責任は取れないから、各自で自主的になんとかしてください感満々の政治屋

不安や恐怖に覆いつくされているのは、誰もが一緒。
どんなに不安であろうとも、どんなに恐怖を感じていようとも、他者に当たっていい理由にはなりません。

いま、そんな状況で、やがて“収束”に向かったとき、光が見えてきたとき、ウィルスが流行する前の人間関係が果たして築けるのでしょうか。
他者をウィルス(悪者)と見たものは、自身がウィルス(悪者)として見られるときがくることでしょう。
見る方も、見られる方も、両方つらいいものです。悲しいものです、淋しいものです。
ウィルスが“収束”に向かっても、人間が、人間関係が“収束”に向かうことはないのではないか。そういう意味において、ウィルスが“終息”することはないと感じています。

南無阿弥陀仏

2020年4月11日 (土)

娑婆永劫の苦をすてて

今朝、お朝事の際に読んだご和讃。
この娑婆世界にあって、先の見えない辛苦困難を“すてる”とは、
正に“捨て去る”、さとりの境地に達するか、
この辛苦困難あっての娑婆世界こそ私の生きる世界だ、と“逃げ切れるものではないというところに立って生きる”ものとなるか。
そのどちらかであり、凡夫の身が立ちうるのは後者しかない。

今起きていることをなかったことにしたり、今起きていることをすべて解決させたり、そういうことはもはやできない。
今起きていることのうえ(道)を歩むしかない。
この道を、念仏と共にあゆまん(‐人‐)
そんなことを想いながら、お朝事で善導大師のご和讃をいただきました。南無阿弥陀仏

 

親鸞聖人「高僧(善導)和讃」

○弘誓のちからをかぶらずは
 
いずれのときにか娑婆をいでん
 
仏恩ふかくおもいつつ
 
つねに弥陀を念ずべし
○娑婆永劫の苦をすてて
 浄土無為を期すること
 本師釈迦のちからなり
 長時に慈恩を報ずべし
阿弥陀如来の本願力をこうむることなくして、
 
いついかなるときに、この悩み多き娑婆世界から出ることができましょうか。
 阿弥陀如来の本願力のご恩を深く長く思いめぐらして、
 つねに称名念仏するばかりであります。

いつ果てるともわからぬ娑婆世界の苦難の歩みをしながら
 阿弥陀のひらかれた浄土に生まれられることを喜ぶ身となれたことは、

 釈尊のさとりをひらかれ、法をお説きくださったおかげです。
 長きにわたり、釈尊の、阿弥陀如来の恩徳を想い、称名念仏いたします

 

2020年4月10日 (金)

「よろしくどうぞ」

2020年4月9日 かつて大洋とヤクルトの監督を勤められた関根潤三さんが亡くなられた。93歳
野村監督に続いて、関根監督も亡くなられた。

ヤクルトファンであることは以前も書いた。
元々弱いチームであることを分かっていて応援していたのだから、「優勝目指して!」なんてことは思っていなかったのだけれど、野村監督時代、チームが勝つことの喜びを教えてもらった。けれど、当時は京都に住んでいたので、神宮球場で試合を見ることはほとんどなかった。

その、常勝チームとなった野村ヤクルトの、前の監督が関根さん。野村ヤクルトを引っ張ることとなる廣澤選手や池山選手、ギャオス内藤投手などは、関根監督が辛抱強く使っていた選手。廣澤選手や池山選手がブンブンバットを振り回して三振しても使い続けた。三振してうつむいてベンチに戻ってくる池山選手に、「うつむいて帰ってくるな!」とどなったというエピソードも。
長嶋一茂選手がヤクルトに入団したときの監督も関根さん。一茂の初スタメンの試合は、神宮の外野席で観戦していました。
チームとしては弱かったけれど、ドラフトで抜群のクジ運を誇っていたヤクルトだったので、個々の選手のレベルは決して低いものではありませんでした。試合そのものは、楽しかった記憶があります。関根監督の頃は、よく神宮球場に行ってたなぁ。

プロ野球に熱中していた頃に中心選手だった方々は指導者となり、監督だった方々が亡くなられてゆく。時の移ろいといえばそうなのだけれど、淋しさはぬぐえない。
関根監督、ありがとうございます
南無阿弥陀仏

2020年4月 9日 (木)

強い人間なんていない。みんな弱いんだから

西蓮寺第2掲示板(本堂前掲示板)には、行事案内のポスターを貼ったり、寺の活動報告を書いたり、不定期に“ことば”を掲示したりしています。

日曜の晩、子どもたちがNHKの「ダーウィンが来た」を見ていたので、何気なく“ダーウィン”と検索。
そして、第2掲示板に只今掲示していることばに出あいました。

 生き残る種とは、
 最も強いものではない。
 最も知的なものでもない。
 それは、
 変化に最もよく適応したものである。

生物の進化を研究してきたダーウィンは、地球環境の変化に勝利してきたものは、最も強いものでもなく、最も知的なものでもなく、最もよく変化に適応したものであるということに辿り着いた。

人間は、強くあろう、知的であろうとする。
けれど、そもそも強いものも、知的なものもいない。
二項対立で物事を考えるくせがついてしまっている現代人には、強いものと弱いもの、知的なものと知的でないものといったように両極端に分けて考え、まるで二種類のものしかないかのように考えてしまう。
それゆえに、強いものが正しくて、弱いものは強いものが守ってやらねばならない(あるいは、弱いものは切り捨てられてしかるべき)などと考える。
知的なものがこの世を動かし、そうでないものはそれに従うしかないなどと考える。

けれど、人間は、生きとし生けるものは、二項対立で考えられるものではない。
弱いがゆえに強さを求め、気持ちや知力体力を鍛え、表面的な強さを身につけるものはいるだろう。けれど、内面は弱さに満ちていて、自分より強いものが現われることを恐れている。それゆえに、権力を手にしたものは、後から来るものを蹴落とそうとする。
知的でありたいがために、勉強・研究・研鑚に努め、表面的な知性を身につけるものはいるだろう。けれど、全方面に目が向けられる知性など身につけられることはなく、サイエンスの研究をしてきた人には経済は二の次になるし、政治や経済を学んできた人にはサイエンスの知識がない。
知的であろうとしても、その知性はすべてをカバーできるものではない。それどころか、知性だけでは人間を、いのちを、種を守ることはできない。知性で感情は学べないから、心の動きは感じられないから。

ひとは、誰もが弱いものであり、だからこそ強さを身につけてきた。その強さとは、弱さと共にある。
ひとは、誰もが教えられるところから出発し、だからこそ知恵をつけてきた。ひとりで生きられるならば、知恵は身につかなかっただろう、身につける必要もなかっただろう。ひとの知的な部分は、他者とともにある。

自分は強いと思っているもの
自分は知性的だと思っているもの
そう思っているものは、周りの変化に鈍感だ
気づいたら、潮の流れが変わっていることだろう
気づいたときには、もう遅いだろう

変化に適応するためには 変化に敏感でなければならない
変化に敏感なものは
「強さとは、弱さと共にある」ことを知るもの
「知的な部分とは、他者とともにある」ことを知るもの

かつて先達から言われたことばです。
「この世の中に強い人間なんていないんだよ。みんな弱いんだから」
「己の愚かさを知るものこそ、本当に賢いものである」
自分を知るものが、変化を感じうるのかもしれません。
南無阿弥陀仏



と、このブログを書いていたら、仏光寺派 西徳寺さまの寺報「えこお」2020年4月号が届きました。
西徳寺掲示板 4月のことばは、

 「強い者」はその強さがために変化に気づかない

だそうです!
今日 書いていたこととピッタリですね(^▽^)
ありがとうございます(‐人‐)

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2020年4月 8日 (水)

天上天下唯我独尊 人と生まれたことの意味 

「緊急事態宣言」が出されて、夜が明けた。
外に出ると快晴。空の青さが、現実の先の見えなさを一層際立たせます。

4月8日
お釈迦さまの誕生日
地元烏山仏教会の「花まつり(お釈迦さまの誕生会)」も4月4日に予定されていたのですが、中止になりました。淋しい4月8日を迎えています。
西蓮寺の坊守(母)も4月8日生まれ。ピエール瀧さんも、沢尻エリカさまも4月8日生まれ。
毎日のようにテレビでお目にかかる博多大丸さんも、DAIGOさんも4月8日生まれ。あ、なんだか賑やかになってきました(*^▽^*)

東本願寺「しんらん交流館」のHPに、「いま、あなたに届けたい法話」が配信されています。
昨晩、難波教行先生の法話を拝聴いました。
講題は「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう
この講題は、2023年にお迎えする「親鸞聖人お誕生850年 立教開宗800年 慶讃法要」のテーマでもあります。

難波先生は、
「人間が考える意味では、役立つ者 強い者だけが尊重され、そうでない者に意味はない!と、比較や序列が生まれます。ともすれば私たちは、それを人と生まれた意味と考えてしまいます。しかし、南無阿弥陀仏の呼びかけを聞くところから、人と生まれた意味をたずねることによって、社会的価値観による意味ではない、仏教的価値観をたまわるのだと思います。 南無阿弥陀仏」
とお話しくださっています(‐人‐)

お釈迦さまの誕生といえば「天上天下唯我独尊」のエピソードが思い起こされます。
「天にも地にも、我ただひとりにして尊し」
どこの国に生まれようが、どの性別に生まれようが、いつの時代に生まれようが、どの宗教を信じていようが、一人ひとりが、誰とも代わることのできないいのちを生きています。
お釈迦さまの誕生の物語は、人間の、いえ、いのちの尊さを教えてくださっています。
その尊さが、「人と生まれたことの意味」なのですが、
私たちが「生まれたことの意味をたずねていこう」とするとき、人間のものの見方は、比較や序列、差別や線引きを生じさせます。
現代(いま)このようなときにおいても、差別や偏見が生まれています。
新型コロナウィルに罹患された方が「申し訳ありません」と謝罪する姿を見かけますが、罹患しようとしてしているわけでもなく、どんなに気を付けていても罹患することもあります。罹患した人が悪くて、してない人が偉いことなど、まったくありません。罹患された方、謝罪を気にかけず、ご自身の体調を整えることに集中していただきたく思います。

意味をたずねていくこととは、自分の価値を見出すということではありません。
多くの生命がこの地球上に宿り、今、ウィルスに直接しています。
せっかくいのちを賜り、生きてゆくのですから、災いはあるよりもない方がいいです。
けれど、災いを避けて生きることはできません。
それは、多くの生命とともある我が身だからです(多くの生命のせいで災いが起こると言っているのではありません)。
今現在生きている者という意味の“生命”ではなく、過去に生き、これから先に生まれ生きるであろう すべてのいのちとともに、私はあります。
誰も代わる者のいない ただひとつのいのちですが、誰ともつながっていないことなどない いのち でもあります(ややこしいですね)。
何も支えがなければ、どこにも光明が見えなければ、誰も抱きしめてくれる者がなければ、ひとは、とても生きてはいけません。私を支え、光明を照らし、抱きしめているものが 南無阿弥陀仏です。

親鸞聖人の教えに真向かう時間をいただいています。

2020年4月 7日 (火)

強制と要請

首相は、今日(2020年4月7日)夕方にも新型コロナウィルの感染拡大に備える改正特別措置法(新型コロナ特措法)に基づく緊急事態宣言を出すという。
対象地域は東京・神奈川・埼玉・千葉・大阪・兵庫・福岡の7都府県。
期間は当面1カ月程度。
海外で行われているような都市封鎖ではないが、不要不急の外出自粛“要請”がされる。

外出自粛の強制ではなく要請。
「強制」と「要請」を口ずさんでいるうち、ラップっぽいなと感じる。
「きょうせい」と「ようせい」、あ、「き」があるかないかの違いなんだ。

海外の都市で行われている都市封鎖。都市封鎖が可能なのは、そのための法整備が為されているから。日本にはそこまでの法律はない。
法律、ルール、法規・・・「規(き)」がないから「ようせい」なんだ。

「1世帯に30万円支給検討」のニュースを見ても、支給してもらうための手間がすごくかかり、ハードルがとても高い。
問題山積のF35戦闘機をアメリカから爆買いするのに、日本に住む人への給付はケチる。
日本に住む人を助ける、救う、なんとかする!という気持ちも気概もない・・・「気(き)」のない政府は、どこを見ている、何をみているのだろう。「危機(きき)」感が欠如している。

新型コロナウィルの正体が少しずつでも分かってきて、望みが開けてくるのかなぁと思っていたら、収束に向かう時期は日に日に延びて、感染者・感染して亡くなる方の数も日に日に増えている(3月30日には世界中で33,000人だった死者数が、只今(4月7日正午)73,000人になっていました。一週間で倍増以上です)。
希望を持って生きたい!生きなければならない! けれど、舵取りを任されている人たちの“要請”(声)に、「希(き)望」が見えてこない。

2020年4月 6日 (月)

私が想われているから、私が思うことができる

昨日、お納骨法要にて「白骨の御文」拝読

拝読しながら、“死”について考える。

死は、死そのものが怖いのではなく、そこにいたるまでの道のり(痛みや悲しみ)、自分が死ぬことによって生じる別れ、まだやりたいことがあったのにという後悔など、死によって生じるものによって怖さが生じるのではないだろうか。当然、死そのものが恐怖である、という人もいることと思います。

自分の場合、自分の死を考えたとき、子どもたちとの別れが頭に浮かびます。
子どもたちとの別れは・・・つらいなぁ。
そう考える場合、自分の死を前提として考えているけれど、子どもが先に亡くなるということもありうる。それもまた、“死”というものの恐怖を増幅する。立ち位置を変えてみるだけで、いろいろな見方に気づけます。

で、子どもたちとの別れがつらいなぁと思いながら、「しあわせ」について、次の考えが浮かんできました。

わざと「しあわせ」と書きました。現代(いま)は、「幸せ」と書きますが、元々は「仕合わせ」と書いたと聞いています。
「仕が合うことが、しあわせなこと」
「仕が合う」とは、「この人に仕(つか)えることが出来た」という出会いの喜びを言います。「仕える」というと、主従関係のようですが、そればかりではないと思います。この人との出会いを通して、「私が生き生きしてきた」とか「この人のために頑張ろうと思える」とか「この人に出あうために生まれてきた」とか。
人との出あいばかりではなく、「この仕事こそ、私のやりたい仕事だ」とか「これをするために生まれてきた」とか「しんどいけど、やりがいがある」とか、仕事(為すべきこと)との出あいもまた「しあわせ」の意味するところだと思います。

ただ、人間は想いがコロコロ変わるので、ある瞬間(とき)は「この人に出あうために生まれてきた」とか「この仕事こそ、私のやりたい仕事だ」と思うことができても、時間がたてば、状況・条件が変われば、「しあわせ」の内容もコロコロ変わってしまいます。

変わらないこと、ほんとうの「仕合わせ」とは、念仏の教えに出あった者にとって「南無阿弥陀仏」と念仏申すことを意味します。
南無阿弥陀仏と念仏申すことは、「私の名前を呼んでください」という阿弥陀如来からの勅命を受けたからできることです。
阿弥陀の勅命を蒙(こうむ)り、今、私は南無阿弥陀仏と念仏申すことが出来る。
まさに、仕えるべき阿弥陀如来からの勅命に出遇えたからこそ、私は念仏申すことができます。
私だけの目線でいえば、「勅命」というと如来からの「命令」のようにも聞こえるかもしれませんが、阿弥陀が私のことを見ているという眼もあります。阿弥陀の目からは、「この人をまもりたい」という慈悲の眼が注がれています。
立ち位置を変えてみるだけで、いろいろな見方に気づけます。

信じられる信じられない、
そう思える思えない、
両方の想いがあることと思います。
ただ、
“死”について考えたとき、子どものこととか、阿弥陀さんのこととか、思い浮かぶものがあるということそのこと自体が「しあわせ」なのかもしれない。私の方が思い浮かべているようだけれど、「実は私の方が想われているから、私が思うことができる」のだと思います。

「白骨の御文」を拝読しながら、そういうことを感じていました。

2020年4月 5日 (日)

○○さん

志村けんさんの追悼番組がいくつも放送されています。
昨晩は「シムラどうぶつ園」が放送されていました。
志村さんは、ベテランであろうと若手であろうと新人であろうと、お客さんであろうと子どもであろうと、誰へだてなく丁寧に接する人であったと、その人柄が語られていました。年上・目上の人には「さん」、年下・若手には「くん」ではなく、誰に対しても「〇〇さん」と声を掛けていた、と。

志村さん自身の人柄から、自然とそうされていたことと思います。
私自身も、四十半ばを超えたころから、年上は「さん」年下は「くん」って、なんかおかしいな、という感覚がありました。
その年に至るまでの付き合い(呼び方)もあるので、従来通り「さん」「くん」で呼んでいましたが、仕事の場においては「さん」と呼ぶことが、だんだん多くなってきました。志村さんと違って、意識的にそうしはじめたところがあるので、その呼び方が徹底しているわけではありません。けれど、仕事や、親鸞聖人の教えを伝えていく朋として、目の前にいる人を「さん」と呼ぶことが当然のこととしての意識も湧いてきました。
僧職ではない職場においても、部下の呼び方は、“人材”などという資材として見るのではなく、人として接するのであれば、自然と「さん」となっていくのではないかと思う今日この頃です。
あだ名で呼んだり、名前だけで呼んだりということも、それまでのお付き合いにおいて、それもまた敬意を表してはいるのですが。

名前は、その人自身を表わします。
名前を呼ぶことは、その人自身を大切にすることを意味します。
そういう想いを大切にして、名前を呼びたいものです。

南無阿弥陀仏

2020年4月 4日 (土)

「元の日常」とは

昨日は、要・急の会合があり、車で移動。
片道1時間半ほどの運転中、町を歩く人の多さ、レストラン・ファストフード店に多くの車が停まっていることに驚きました。
いつもと変わりがない…。
そんな町の姿に、これから起こるであろう感染拡大への恐怖感と、反面、人の姿が見える安心感を抱きました。なんとも複雑な思いで車を運転していました。
一日も早く、元の日常に戻ることを願わずにおれません。とはいえ、「元の日常」なるものが正しいのか、美しいのか、穏やかなのか、わかりません。

このコロナ騒ぎで、働き方が変わった方も多いと思います。あれだけ「働き方改革」などと叫ばれても、たいして何も変わらなかったのに、コロナ騒ぎ以降、大きく変わったのではないでしょうか。

昨日の会合は、全員マスク着用で、青空会議で、短時間で進行しました。
今まで当たり前のようにしてきた仕事・事業・会合などが自粛・中止・休止・延期に追い込まれ、正直目の前の仕事は無くなっています。そして…無くなって困るのか、差しさわりが生じるのか、といったら、実はそれほどでもないのではないかと、つまり今までしてきたことは何だったのかと(決して無駄だとは言いません)。

世田谷区では、連休明けまで授業再開の目途が立っていません(今のところ)。
2学年ずつ3日サイクルで登校という方針だったのですが、感染者の増加に伴い、その方針は取りやめ、休校継続になりました。学童までお休みのようです。自宅が職場でもある方は、子どもを目の届くところにおいて仕事ができますが、多くの方々は出勤の形態をとられています。つまり、学校がお休みで、しかも学童まで閉じられてしまうと、子どもたちは家にいるしかありません(公園等で短時間遊ぶことはいいことだと思います)。親は出勤・子どもは家、となると、親御さんの心配ははかりしれないものがあります。そういう意味では、目の前の仕事が無くなって、困ることはたくさんあります。
お子さんも心配から不安になります。うちも、次女が心配そうにしているので、声をかけるときに一緒に抱きしめています。

「元の日常」云々書いたのは、
コロナ騒動以前の日常に戻るのが、コロナが終息したことになるのか。
コロナ騒動収束以降、働き方 生き方を見直して、今までとは違う日常を歩むのか(歩めるのか)。
そういうことを考えたからです。

当面の仕事がなくなり、決してすることがなくなったわけではないのですが、おそらく気の入り方が違うのでしょうね。仕事のはかどり方が遅いです。

青空会議するなか、桜の花びらが待っています。
空を見上げながら、空の青さと桜の花びらを観察していました。
あぁ、こんなに じっと見る ことは、あまりしてこなかったなぁと振り返りました。

2020年4月 3日 (金)

一枚の花びら

昨日の強風から一夜明け、本堂へお参りに

本堂に数枚、桜の花びらが舞い込んでいた

西蓮寺に桜はないので、隣のお寺か、隣の公園の桜の花びらだろう

本堂の窓は開けておらず、柱と漆喰、柱と窓との隙間から 花びらが入ったのだろう

ほんのちょっとの隙間

やっと光が差し込むくらいの隙間から

この数枚の花びらは、本堂に舞い込んだのだろうか

何千 何万もの花びらが散っているのだろう 隙間から花びらが舞い込んでも不思議はない

けれど、ものすごい確率だ ありえないことが起こっているわけだ

法(教え)もそうなのかもしれない

宗教離れ 寺離れ 墓じまい などなど言われ、教えに触れる人が減っていたとしても、法を説く者が極端に減っているわけではない(と思う)

教えを説く者はいて ネットを見れば法をよりどころとした教えが説かれ 法を説くユーチューバーもいる

教えを説く者がいないわけでも 教えを聞く者がいないわけでもない

この先行きの見えないなか、それでも教えに出あい、教えに触れただけでも、花びらの一枚の私なのかもしれない

(本堂に舞い込んだから正解で、そうでない多くの花びらは残念ということを言いたかったのではなくて、教えに出遇うということは、この花びらのようなものだろうか、そうに違いない!という想いが、本堂に入って花びらに出あった瞬間にあったので記しました。南無阿弥陀仏)

2020年4月 2日 (木)

へんしん

2020年4月2日木曜日 朝、強い風のうねりを感じて目が覚めたとき、ベットの中で自分が49歳のおっさんになっているのに気づいた。

実際に人間も吹き飛ばされそうな強い風が吹いているけれど、現在の状況に照らしてみるに、“風”はウィルスの比喩のようにも感じられる。
このような状況の中、49歳の4月2日を迎えようとは思いもしなかった。
コロナウィルスの内実がまだ把握されなかった頃(今もされてはいないけれど)、「若い人は感染しても軽症で済むけれど、年配の方・疾患のある方は重症化あるいは死に至ることもあるので注意ください」という旨、専門家や何も分かろうとしていない政治家は語っていた。
そのせいか、新型コロナウィルスは老人には厳しく、若い者には心配ない病気、というイメージが出来てしまった感がある。
けれど、日本でも0歳の赤ちゃんが重症化している報告がある。快復を念ずるばかりです。
思うのだけれど、ウィルスの側からすれば、「この国(都市)もだいたい感染させたし、次は隣の国(都市)に行こうぜ」とか「若い奴はウィルスに強いから、年寄りをターゲットにしようぜ」なんて、国境や都市の境、年齢差など加味せず猛威を振るってくるのだから、どういう人が安心で、こういう人はご注意を!というのは、安心させるどころかウィルスを蔓延させる一助となってしまう。
(今、「どういう国が安心で、こういう国はご注意を!」も書いたのだけれど、国や都市に関しては、どのような対応をとるかで罹患するしないの違いが出てくると思ったで、“人”と並列で語るのはやめました)。

テレビやネットを見ていると、新型コロナウィルスに関する知恵をつけてきた人が増えてきたので、自分の浅い知識のなかでいろいろと語り始めている(私もだけど)。そうなると、どうしたって安心する説に飛びつきたくなるのが人の心というもの。でもそれは、ことの本質・重大さを見逃してしまう。それは気を付けなければならない。

「かからないように」という意識ではなく、「かかるかもしれない」「かかっているかもしれない」「身近な人にうつさないように気を付けなければいけない」という意識に立ち位置を変えた方がいい。

昨晩、妻に「私が死んだら、子どもたちのことをお願いします」と伝えた。
妻も、「私が死ぬかもしれないし、それは誰もが一緒よ」との返信。

このやりとりは、死を悲観した暗いメッセージではなく、死ぬまで生きていくぞ‼という前向きな訴えです。

南無阿弥陀仏

2020年4月 1日 (水)

2020年4月のことば

2020年4月を迎えました。
本来なら、これからの新しい歩みにワクワクしながら、第一歩を踏み出す季節ですが、
新型コロナウィルスにより先行きの見えぬ不安とともにある門出となってしまいました。
そういえば不思議ですね。新年度・新学期・新入生・新社会人の門出も、先が見えない、先が分からないという意味では、現在の状況と変わらないのに、どちらかといえば前向きな気持ちでいられます(当然、不安な気持ちもありますが)。けれど、現在の状況は、いつかは収束するのかもしれないけれど、不安な気持ちに覆われています。同じ先行きの見えない道を歩むにしても、不安な気持ちの比重によって、ワクワクしたり、気が重くなったり、心持ちは変わるのですね。明るい兆しが見えて、現在の不安な状況が終息しますように。
4月1日、今朝の新聞には、公立学校の先生方の異動が載っていました。娘たちが通う小学校の先生も異動がありました。一言お礼を言いたかったのに言えずにお別れとなってしまった先生もいます。「お世話になりました。ありがとうございます」
新しく赴任される先生もいます。「いろいろと大変な時期ですが、よろしくお願いいたします」
南無阿弥陀仏

 ☆ ☆ ☆

2020年4月のことば(以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」4月号の文章です)

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人の世にいのちのぬくもりあれ、

人間にいのちの輝きあれ

          藤元正樹

 

ウィルスという鏡

2020年を迎えたころ、新型コロナウィルスに怯える現在の世界状況を誰が想像していただろうか。
未知の病気、新型コロナウィルスの感染拡大。それに伴い、学校の休校、活動の自粛、できうる限りの自宅待機が要請されている現状にある。先の見えない状況に、誰もが不安や恐怖を抱いている。けれど、不安や恐怖が人を突き動かすのか、マスクやアルコール消毒液は店頭から姿を消して久しく、デマが拡散してティッシュペーパーやトイレットペーパーまでもが品薄となり、都知事が会見で活動の自粛を要請すると、途端にスーパーには食糧買い出しの長蛇の列ができた。病気そのものへの不安や恐怖が生活や人生そのものへの不安や恐怖へとつながり、人間のエゴが丸裸となっている。

新型コロナウィルスが発生し、世界各地で感染者が出始めたころは、武漢を、中国を非難する声が上がり、世界のいたる所でアジア系の人が責められる事件が相次いだ。それぞれの国においても、感染者やその家族は責められ、ネット上では感染者の特定までされ、まるで犯人捜しの様相を呈している。どんなに神経を尖らせても感染し得るのがウィルスであり、しかも人類の誰も抗体を持たないウィルスが今現在蔓延している。誰もが皆、感染し得るのに、なぜ感染者に非難を浴びせるのだろうか。

名前を持った一人ひとり

病気は、ふたつのことを表出させている。
ひとつは、不安や恐怖から、人は他者を責め、貶めてしまうこと。
ひとつは、当たり前にあると思っていたものが、実はまったく当たり前のことではなく、有り難いことであったということ。

マスクやティッシュペーパーや食糧が手に入らなくなり、お店に行けば買うことが出来ることがどんなに有り難いことだったか身をもって感じている。けれど、それだけではない。今朝一緒に食事をした人、「早くこの騒動が収まってほしいね」などと挨拶や会話を交わした人、自宅待機のイライラから些細なことで喧嘩をしてしまった人・・・。身近な人が、いとも簡単に亡くなってしまう。この原稿を書いている最中、志村けんさんの訃報が入ってきた。私は「8時だョ!全員集合」世代だけれど、娘たちが「志村どうぶつ園」を楽しみにし、「バカ殿様」の面白さに目覚めて特番を見るようになり、最近あらためて志村けんさんの面白さに触れていただけに、残念で淋しくてならない。

決して、志村けんさんだけを特別視しているわけではない。3月30日現在、世界中で3万3千人を超える方が新型コロナウィルスによって亡くなっている。言葉やデータとしては「3万3千人」と、ひとくくりになってしまうが、そこには名前を持った一人ひとりのいのちがある。その一人ひとりに関係する人たち、涙を流す人たちがいる。被害者は3万3千人ではない。その何倍もの人の胸が今、締め付けられている。

非難されるいのちなどあるだろうか。
虐げられていい いのちなどあるだろうか。
死んで当たり前のいのちなどあるだろうか。

現代社会(わたし)への問いかけ

ここまで書いてきて、津久井やまゆり園を襲撃した植松聖被告のことばが思い起こされた。
「意思疎通のとれない人間は心失者であり、不幸をばらまく存在です」

彼の弁護人が死刑判決に対して控訴していたが、彼自身がその控訴を取り下げた。つまり、彼の死刑が確定した。この国は、やがて彼の死刑を執行するだろう。裁判における彼の言動を報道で知る限り、被害者やその家族に向けて意思疎通(謝罪等)をとる意識はなく、裁判官や弁護人とも意思疎通はとれていなかったものと思われる。多くの人が思っていることだろう。「意思疎通のとれない者は死ぬべきだ」と主張しているその人自身が意思疎通をとれない者だったんだ(死刑は当然だ)と。そのように彼の死刑判決を当然と考えることは、自分と意思疎通をとれない者に対する差別意識、つまり彼と同じ差別意識が私の中にあることの証となってしまう。そのことには気づかないといけない。彼の言動は決して認められるものではないが、彼を否定しても肯定しても、私の中にある正義に対して刃を突き付けるロジック(論理)が、彼の言動には含まれている。現代を生きる人間の闇が露(あらわ)にされている。

ウィルスに感染した方に対して非難を浴びせる行為は、彼と根っこの部分ではつながっている。殺人を犯した者を死刑に処して、それで終わる問題ではない。大きな問いを、彼は現代社会(わたし)に突き付けた。

熱と光

今月の掲示板は、藤元正樹先生(真宗大谷派僧侶 19292000)のことばを掲示した。

1922年(大正11年)3月、西光万吉氏を中心として、部落解放運動団体「全国水平社」が創立された。創立にあたり、「水平社宣言」が採択され、その宣言文の最後に、「人の世に熱あれ、人間(じんかん)に光あれ」とある。そのことばを大切に受け止めて、「人の世にいのちのぬくもりあれ、人間にいのちの輝きあれ」と表現された。

私たちは普段、「いのちは大切だ」「手を取り合うことが大事だ」などと口にしながら、そのことについてより深く考えたことがあるだろうか。ひとたび何か自身に不都合なことがあれば、途端にそんな想いは吹き飛ぶのではないだろうか。自分は他者を傷つけていない、自分は差別をしていない。その思いが他者を傷つけ、その思いが差別を見えなくしてしまっている。

人と人との接点に、ぬくもりが生まれる。関係性を生きているからこそ、困難な人生の中に光明が差し込む。
接点を失ったとき、ぬくもりは冷め、関係性を断ったとき、光明は儚く消え去る。現代(いま)はまさにそんな時代(とき)。

人と人との接点とは、なにも仲のいい者同士が手をつなぎ合うことだけではない。主義主張が違うならば違うままで、どうすれば少しでも良い方向に向かうのか、亡き人から何を学ぼうとするのか、目の前にいる人とはもう会えないかもしれないと思えるのか・・・非難し合うこととは違う、そのような接点の持ち方がある。

本来ならば、ウィルスが蔓延しなくとも考えなければいけないことだけれど、こんなときだからこそ考えたい。
 人の世にいのちのぬくもりあれ、
 人間にいのちの輝きあれ

 ☆ ☆ ☆

掲示板の人形
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3月、久しぶりにカッパ橋に行きました。やはり、買い物客、海外からの観光の方は少なかったです。
掲示板の人形をよく買っていたお店・・・久しく行ってなかったので、「まだあるかなぁ」と思いながら足を運んだのですが、ありました‼
よかった(*^-^*) 桜の木の下で昼寝する猫。かわいかったので買ってきました。
賑わいが戻りますように。

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