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2020年3月28日 (土)

他者(ひと)と共にある私 私と共にある他者

昨日の投稿で、
「喜ぶ人もいれな泣いている人もいる。いえ、それぞれの人がいるのではなく、ひとりの人の気持ちの中に、喜びの気持ちとつらい気持ちが同居します。」と書きました。

多くの人と共にある私。喜怒哀楽は、他者(ひと)と共にある。

私が悲しみのなかにあるとき、喜びが転がり込んでいる人もいる。
私が喜んでいるとき、その背景には悲しい思いをしている人がいる。

オリンピック・パラリンピックが延期になった。代表選考がやり直しになるかもしれない!
せっかくつかんだ代表の座を、手放さなければならないかもしれない人がいる。
代表の座を逃したけれど、もう一回チャンスがやってきた。

やっとのことで手に入れたチケットが、無効になるかもしれない(まだ分からないけれど)。
チケットが手に入らなかったけど、もしかしたら、またチャンスがあるかもしれない。

世間の人びとの為に、感染者が出たことを公にしてくださる医院がある、組織がある、個人がいる。
感染者が出たことを、まるで鬼の首を取ったかのように責める人がいる。あの病院にはいかない方がいい、あの会社は危機管理がなっていない、あいつは気を抜いているからだ。

マスクも、たまたま手に入った人がマスクを出来ているだけのこと。
していない人は、けしからんわけではなく、手に入らなかっただけのこと。
手に入れた人がいるから、その分が手に入らない人が出てくる。

どっちが良くて、どっちが悪いという話ではなくて、
多くの人と共にある私。喜怒哀楽も、物の入手可・不可も、私がここにいられるか否かも、他者(ひと)と共にある。

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