« 2020年2月 | トップページ | 2020年4月 »

2020年3月

2020年3月31日 (火)

ウィルスは目に見えないけれど、人は目に見えている

一昨日の降雪も昼間にはやみ、夕方には道路も歩道も雪がなくなっていました。
子どもたちが喜んで作っていた雪だるまも、あっけなく溶けてしまいました。
雪だるまが溶けてしみこんだ芝生にからは、青い草が生え始めています。

寺の隣の公園に大きな桜の木があります。
毎朝眺めているのですが、咲いたと思ったら、もう花びらが舞い散っています。
でも、舞い散る一枚一枚もまた美しい。

昨日、朝のお勤めをしようと間衣を着ていたら、志村けんさんの訃報が入ってきました。
「え!?」
新型コロナウィルスによる肺炎で入院されているニュースは聞いていましたが、快復されるものとばかり思っていました。「志村どうぶつ園」に出演されている姿を、また子どもたちと見られるものと思っていました。
そう遠くはないところにお住まいだったので、ワンちゃんと一緒に、あるいはおひとりで散歩をされている姿をたまにお見かけしていました。もうあの姿にも会えないのですね。
南無阿弥陀仏 お朝事は、志村けんさんのことを想いながらのお勤めになりました。

3万人以上の死者が出ている新型コロナウィルス。どの おひとり おひとりも、同じいのちを生きています。特定の誰かだからショックだというのではないけれど、志村けんさんの死は、彼の笑いに救われた人々に鋭く突き刺さりました。

新型コロナウィルスが流行し、世の中「コロナに罹らないように」することに努めているけれど、感染しても発症しない人も多いと聞く。けれど、感染はしているので、自身は発症しなくても身近な人にうつしてしまうことは考えられる。つまり、知らないうちにコロナウィルスをまき散らしているのかもしれない。ということは、罹らないように努めることよりも、「コロナをうつさないように気を遣う」ことが大事というか、そういう意識が必要だと思う。

罹らないようにすることを大事なことと位置付けると、罹った人を非難したり、感染者が出た病院を危険視したりする。そうすることがやがて自分に降りかかってくることが想像できないのだろうか。
自分も罹るかもしれない、罹っているかもしれないと思うことは、他者(ひと)にうつさないように、という意識がはたらく。

今までは他人事だったけれど、もはや他人事ではなくなったのではない。

2020年3月30日 (月)

潤いをあなたに

別目的で外を歩いていてドラックストア前を通りかかったとき、店頭に、家で使っている保湿成分の多いティッシュペーパーが積んでありました。
長女が花粉症で鼻ズルなので、普通のティッシュだとすぐに鼻と鼻の下がカサカサになってしまいます。
〔私もひどい花粉症なのですが、ここ数年 目のかゆみも鼻水も減ってきました。年をとると症状がやわらぐと聞きましたが、やはり年のせい(おかで)なのでしょうか?〕
保湿成分を多く含むティッシュはカサカサにならず助かります。そのティッシュの買い置きも間もなくなくなりそうだったので、外出先でしたが「買って帰ろう!」と思いました。


「1家族1セットでお願いします」のお願いを守って、1セット(5個パック)を持ってレジへ。

お金を払って、
「うちは長女が花粉症で、このティッシュを使っているんです。売っていただいてありがとうございます」とレジの人に言いました。
そうしたら、涙目で
「そう言っていただいて、ありがとうございます。お嬢様の花粉症が軽く澄みますように」と応えてくださいました。
「ありがとうございます。こんなときだけど、お店の皆さんもお大事に」と言ってお店を出ました。

ネットで、ドラックストアの店員さんの嘆きが載っていました。品切れでお店にマスクやアルコールスプレーが置いてないのに、「奥に隠してるんじゃないか」「早く仕入れろ」など罵声を浴びせられ、その対応に追われて疲弊されているお気持ちが書かれていました。
私が入ったドラックストアの店員さんも、少なからずそういう体験があったのではないでしょうか。会話が出来てよかったです。私の方こそ、ありがとうございます。

欲しいものが手に入らなくて、不安な気持ちに陥るのは誰もが一緒です。でも、だからといって他者(ひと)を責めていいはずはありません。他者を責める理由にはなりません。
会話をする他者がいる。そのことだけでも、どんなに有り難いことか。責める相手ではありません。責めるときではありません。

2020年3月29日 (日)

スカーレット

2020年3月29日(日)
寒さがもどった朝を迎えました。起きたときは雨が降っていたので、「あ、天気予報はずれ♪」などと思っていたのですが、朝一番のお湯を沸かしているとき、窓の外の景色は雨からみぞれ、みぞれから雪、小さな粒の雪から綿あめみたいな雪へと、みるみる変化していきました。
地面が雨で濡れていたので、積もりはしないだろうと高をくくっていましたが、あっと言う間に雪景色となりました。
親鸞聖人も雪をかぶっています。

Dsc_4650

 

 

NHK朝ドラ「スカーレット」が昨日(2020年3月28日)最終回を迎えました。

私は、朝ドラを毎朝欠かさず見ているわけではありません。妻が毎朝欠かさず見ていて、朝の掃除から戻ってきたときに妻が見ていたら一緒に見るような見方なので、全編を知っているわけではありません。にもかかわらず、感動的なシーン、悲しいシーンで私が涙すると、「たまにしか見ないのに、よく泣けるわね‼」と嫌味を言われてしまいます。

さて、今回の「スカーレット」は完全オリジナルで、主人公の実在の人物はいないと思っていました。
いえいえ、神山清子(こうやま・きよこ)さんという、女性陶芸家の草分けの方のお話だったのですね。
朝ドラ大好きな僧侶の先輩が、「白山君、あのね、朝ドラではまださわやかに描いているけど、本当はもっとドロドロした話なんだよ」と、会うたびに聞かせてくれました。神山さんの自叙伝でも読まれていたのですかね^^

最終回の放送を見終え、『東京新聞』をひらくと、「あの人に迫る」のコーナーに神山清子さんが載っていました。
本当だ、ドロドロだ(ご自身で語られています)と思いました ^^💧

でも、陶芸の世界で女性が認められていない時代(とき)、誰にもまねのできないものを作って、この作品を見れば神山清子の作品だ!と思ってもらえるものを作るという熱意を持って作品作りをされていたそうです。

同じような物が出てきたら、私が死んで消えちゃうじゃないですか。誰が見ても「あ、清子さんやな」って分かるインパクトが欲しかってん。

ドラマでは息子の武志さんが26歳で亡くなりましたが、実際にも息子さんが31歳で亡くなられています。
29歳の時に慢性骨髄性白血病が判明し、それから親子で骨髄バンク設立運動に奔走されました。神山親子の尽力により、骨髄バンク設立の動きが加速したそうです。

ドラマでは、喜美子が涙を流すシーンはなかったと思います。気丈にふるまっていました(←見てないだろう!と突っ込まれるかもしれませんが)。
神山清子さん自身も、息子さんの病気が分かってから、息子さんと約束をされたそうです。「泣かないこと。涙を落とさないこと。笑って死ぬんだ」ということを。

何もなく、泣きながら死ぬんやなくて、笑顔で「ありがとう」って言われながら死んだ方がいいじゃないですか。最後の贈り物として、みんなからの「ありがとう」という言葉をあの子にあげたかった。

そのような気持ちがあったそうです。ドラマに反映されていたのですね。
ちなみに、ドラマで、喜美子の工房に並んでいた壺や器は、神山さんの作品だそうです。再放送されるときは、そこにも注目したいです。

(引用文は、「東京新聞」2020年3月28日(土)朝刊より)

2020年3月28日 (土)

他者(ひと)と共にある私 私と共にある他者

昨日の投稿で、
「喜ぶ人もいれな泣いている人もいる。いえ、それぞれの人がいるのではなく、ひとりの人の気持ちの中に、喜びの気持ちとつらい気持ちが同居します。」と書きました。

多くの人と共にある私。喜怒哀楽は、他者(ひと)と共にある。

私が悲しみのなかにあるとき、喜びが転がり込んでいる人もいる。
私が喜んでいるとき、その背景には悲しい思いをしている人がいる。

オリンピック・パラリンピックが延期になった。代表選考がやり直しになるかもしれない!
せっかくつかんだ代表の座を、手放さなければならないかもしれない人がいる。
代表の座を逃したけれど、もう一回チャンスがやってきた。

やっとのことで手に入れたチケットが、無効になるかもしれない(まだ分からないけれど)。
チケットが手に入らなかったけど、もしかしたら、またチャンスがあるかもしれない。

世間の人びとの為に、感染者が出たことを公にしてくださる医院がある、組織がある、個人がいる。
感染者が出たことを、まるで鬼の首を取ったかのように責める人がいる。あの病院にはいかない方がいい、あの会社は危機管理がなっていない、あいつは気を抜いているからだ。

マスクも、たまたま手に入った人がマスクを出来ているだけのこと。
していない人は、けしからんわけではなく、手に入らなかっただけのこと。
手に入れた人がいるから、その分が手に入らない人が出てくる。

どっちが良くて、どっちが悪いという話ではなくて、
多くの人と共にある私。喜怒哀楽も、物の入手可・不可も、私がここにいられるか否かも、他者(ひと)と共にある。

2020年3月27日 (金)

人 為

2020年夏開催予定だった東京オリンピック・パラリンピックが、来年2021年への延期が決まりました。

これほどまでにコロナウィルスの驚異が世界中を覆うなか、オリンピックは予定通り開催する旨、IOC会長や開催国・開催都市の長は強気で語ってきました。その姿勢に対し、世界中のアスリートが「選手の健康のことを考えていない」と発信していました。

やがて、オリンピック・パラリンピックの、初の延期が決まりました。

「アスリートファースト」。選手が万全の体調・不安のない環境で競技に臨めるようにあってほしい。そのことは、誰もが願うことでしょう。

いつからだろう。「〇〇ファースト」ということが言われるようになったのは。「〇〇ファースト」を実際に行動として表わす その表わし方ははひとつだけではありません。

代表が決まっている選手・代表内定者・代表になるであろう実力の選手たちは(その選手たちに限った話ではありませんが)、およそ一年の延期により、体力的にも技術的にも精神的にもダウンすることでしょう。この、“2020年”開催のオリンピック・パラリンピックに照準を合わせて、早い方は何年も前から鍛えてきたのですから。

まだ「延期」が決まる前、その「延期」ということも、果たして「アスリートファースト」なのだろうかと思っていました。
このコロナウィルス渦中、国を超えて行き来することのリスクを、選手や関係者、観客にまでも押し付けていいものだろうか。結果、「延期」が決まり、喜ばれている方もいることでしょう。そういう意味で、今回の延期は、「アスリートファースト」を行動でしめしたひとつです。
けれど、アスリートとして最高のパフォーマンスを発揮する、魅せる、楽しむという面では、それが出来なくなったと嘆いているアスリートもいることと察します。

「あなたのためを思って」と口にするとき、それは“私”を中心に置いて言っています。

「アスリートファースト」と言えば聞こえがいいかもしれないけれど、誰もが納得すると思われがちだけれど、「この考え方こそ、この行動こそ、この内容こそ、アスリートファースト‼」という唯一の方法があるわけではありません。喜ぶ人もいれば泣いている人もいる。いえ、それぞれの人がいるのではなく、ひとりの人の気持ちの中に、喜びの気持ちとつらい気持ちが同居します。

「〇〇ファースト」というとき、〇〇のために最善の策を尽くすという意識も大事だけど、誰よりも〇〇自身の気持ちを揺さぶってしまうということを知っている方がいい。

オリンピックパラリンピックの場合、どうしても利権が見え隠れするので、地位の高い者、権力のある者が「アスリートファースト」を口にすると、白々しさや うさん臭さが付きまとうのだけれど。

2020年3月26日 (木)

落ち着いて(←あなたに言われたくない)

昨日(2020年3月25日)、仕事の為外出。
その外出先で、小池東京都知事が会見で「爆発的患者急増(オーバーシュート)を防ぐ重大局面のため、外出自粛要請」をされたニュースを知る。
事の重大さが呑み込めない中、帰路に就く。夜9時ごろのこと。

帰り道、外出先近くのスーパーの前を通ると、駐車場に入るための渋滞が出来ていた。
「ここらへんの人たちは、みんな夜に買い物するのかなぁ」くらい呑気なことを思った。

で、家の近くまで来て、普段買い物するスーパーへ。
「卵と牛乳を買って帰ろう」くらいの気持ちでスーパー内へ。夜9時30分ころのこと。

スーパーに入ると、そんな時間に経験したことないくらいの人、人、人…

「え!なんで?」と思い、小池知事の会見のニュースを、そこでやっと思い出す。

「あ、食糧確保かぁ‼」

なんとなく、ことの重大さが身近なこととなった。

危機感から買い物に来た人でごった返し、陳列棚の品物が数少なくなっている場に身を置くと、正直私もあせってしまった💧

当初の目的である卵と牛乳だけ買って帰ればいいものを、パンやカップラーメン、お肉に鮭の切身に野菜を買いカゴに放り込み、レジに並ぶ。

レジ待ちの列は、レジからお店の奥まで続いている。

その時点でカゴに入れたものだけ買えばいいものを、列が前に進むうちに、目についた品物もカゴに入れてしまう。野菜ジュースにヨーグルト。子どもたちの顔が浮かんでいた。無いと寂しがるなぁと想いながら、品物を手にしていた。

レジを済ませ、買ったものを袋に詰め、スーパーを出たのは夜10時をとうに過ぎていた。もっと早く帰れたはずだけど💧

帰宅。冷蔵庫に入れるものは入れて、入れなくていいものはひとまとめにして置いておいて、風呂に入って就寝。

起床。妻の不機嫌そうな顔#

「あなた、これはなにかなぁ?」

昨晩の、スーパーが混んでいた話をし、どうしてそれを買ったのかを自分なりに説明。

「あれもこれも家にあるし、今日の夕ご飯は牛丼を作るからねって言ったわよねぇ。雰囲気に乗せられなさんな‼」

はい、雰囲気に呑まれました…。

夕飯は、牛丼ではなく、鮭になりました。

少しでも早い時期に、新型コロナウィルスの混乱が落ち着きますように。みなさまも健康にご留意ください。

南無阿弥陀仏

2020年3月25日 (水)

無尽蔵(むじんぞう)

「これ、先代の書かれたものですよね?」

お彼岸のお参りに見えた門徒さんが、古い書を持ってきてくださいました。

「白山謙致遺書」と書かれた筒に、一枚の紙が入っていました。

白山謙致は、西蓮寺16代住職 現住職(父)の「曽祖父」になります。
(私からいうと「曽祖父」の更に父。調べたら「高祖父」というそうです。)

「遺書」といっても、遺産相続について云々書かれたものという意味ではありません。

サンスクリットと漢字で、(おそらく)「無盡(尽)蔵」と書かれたものです。

Dsc_4641

寺にも何枚か残っています。ほかの門徒さんにも差し上げていたようなので、おそらく責役・総代をお勤めいただいた方々にさし上げていたものと思われます。

「無尽蔵」
尽きることの無い蔵(大切なもの)。
つまり、阿弥陀さま(仏さま)の智慧と慈悲を表わします。

尽きることのない、大きく広い慈悲に包まれてある私。どうか仏教に、教えに、南無阿弥陀仏に出遇ってください(‐人‐)
そのような願いを込めて揮毫されていたことと思います。

大切なものをお持ちいただき、見せてくださり、ありがとうございます。

2020年3月24日 (火)

お彼岸中にいただいた桜の枝
門徒さんが、ご自宅の庭の桜を剪定して、毎春彼岸にお持ちくださいます。
例年より開花が早いですね。
いただいたときはまだ蕾でしたが、お彼岸の一週間の間に開花していきました。

お参りに見えた方々が、「きれいですねぇ」と、桜を愛でていかれました。
お花見も気のひける現代(いま)、いただいた桜が、お参りの皆さんの気持ちを和らげてくださいました。
南無阿弥陀仏

Dsc_4637

Dsc_4636

 

2020年3月23日 (月)

私の願いを仏さまに聞いてもらうのではない。仏さまの願い(私の名を呼んでくれ)を聞くのです

2020年3月23日(月) 春のお彼岸7日目、最終日を迎えました。
昨晩も、法話生配信を聴聞させていただきました。ありがとうございます。

(白山雑感)
中根信雄先生は、迷いの世界“六道”の話を時間をかけて丁寧にお話くださいました。
六道…地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天
どこか自分とはかけ離れたところにあるのが、地獄をはじめとした六道ではなく、六道を作り出しているのは私自身。存在に立ち返ることの意味を説いてくださいました
瓜生崇先生のお話、時間がなくて、どう収めようか考えながら話している最後の最後のところで、「みんなが救われる世界なんて、本当はみんな納得できないでしょ。一生懸命頑張った人が報われて、悪さした人は報われない。そういうことを望むのが私たちなんだけど、そこから私たち抜けられない。みんなが救われるって、嫌なんだわ。でも、そこんとこを分かったときに救われるんだわ」(「」内、私の記憶で書いてます)と語られているところに、昨日今日通した「こんなときだからこそ法話生配信」を願われた企画者の竹川さんの想いに応える部分だと伝わってきました。また、中根先生のお話の、六道のうちの“人(にん)”に充たるお話だと思います。
新型コロナウィルスが蔓延し、こんなときだからこそ“みんな”で協力し、助け合い生きなければならないときに、どこがウィルスの発生源だの(疫学的に、今後の為に調べなければならないことという意味では発生源をハッキリさせねばいけませんが、ののしり合いの為に発生源を調べるのではありません)、アジア系の人間が他国で批判・非難・暴力を受けたり、品薄のマスクが高値で売られたり、ティッシュペーパーの買い占めが起きたり、自分さえよければ、自分がよくあるために、身が動いてしまいます。人間の怖さ・淋しさを思います。

「わが名を称えよ」という法蔵菩薩の願いは、私が持つ根源的願いでもある。
南無阿弥陀仏称えるところに、阿弥陀仏と共にある私がいる。ひとりではない。

南無阿弥陀仏と念仏称えることは、私自身の存在の証。南無阿弥陀仏

「法話生配信」第2弾は4月15日 19時より‼

2020年3月22日 (日)

不断煩悩得涅槃

一昨日から「♪真宗大谷派ニュース♪」として宣伝しています 法話のネット配信、ご聴聞させていただきました。
先ずは率直な感想。「やっぱ、法話っていいなぁ( ;∀;)」です。

お彼岸中はいろいろとやることがあるので、睡眠時間が5時間ほどなので、お中日を過ぎるとからだもクタクタで、申し訳ない話 聴聞中に寝てしまうのではないかと思っていたのですが、しかと聴聞させていただきました。
新型ウィルスの影響で、普段とは違う生活・精神状態を強いられているなかにあって、どんなときでも聴聞を生活の最優先にされてきた先達方の想いを感じました。先達方の姿勢のおかげで、現代(いま)、私たちも仏法聴聞することができます。

花園一美先生。『歎異抄』第2章の拝読の際の声が素敵でした。
「今は立ち止まって、今までの生活を見つめなおすとき」

(白山雑感)
ティッシュ・トイレットペーパーの不足デマは落ち着いて、メーカーや品質にこだわらなければ手に入るようになりました。それは、買いだめをしなくなったからではなく(今も尚買いだめしている人はいます)、充分に国内で生産されているから。
でも、マスクはいまだに店頭で見かけません。そのほとんどが中国で生産されていて、日本まで回ってこないから。マスクに限らないけれど、海外で生産して日本に入ってくるものは、ひとたび何か起これば、たちまち品薄・品不足・品無しになることが、こうもハッキリするとは(汗)
食料に関しては、日本は食料自給率が低いから、食糧不足になることも容易に想像できます。
海外からの観光客が来ないと、観光関係のお仕事も途端に仕事がなくなってしまいます。
感情的な報道やSNSでのコメントを真に受けて、他の国や人に対する嫌悪感を抱く人もいるけれど、その嫌悪感の対象の国や人々の苦労があって、私の生活が支えられている。逆もまたしかり。
支えられてある私 共にある暮らし そういうことを、あらためて想う。

酒井義一先生。自身の出会いと経験に則してのお話。
「無理やりにでも探してみよう、プラスになったことを」

(白山雑感)
生活を、人生を見つめなおすときをいただいている。なかったことにしたいことも、それは無理なこと。起きた出来事のなかで、転じてゆく世界がある。そういう生き方を親鸞聖人は示してくださいました。
「無理やりに」とは、文字通り“無理やりに”ということではなくて、プラスのことを探してみれば、必ずある。否、現代(いま)起きている出来事を見つめれば、私自身を見つめれば、必ずなにか今まで見えなかったものが見えてくる。親鸞聖人はじめ、「南無阿弥陀仏」の教えをいただいた方々が、自分の思考の殻の中だけでは見い出し得なかった世界・生き方を見出されてきた。困難の状況に身を置き、仏法聴聞してきた方が、プラスに、阿弥陀如来に出遇われてきた。
仏法の灯は消えない‼

心強い夜でした。南無阿弥陀仏(‐人‐)

今晩も19:30より配信 
中根信雄先生と瓜生崇先生です
https://www.youtube.com/watch?v=aTcYbzlTf7U  

ぜひご聴聞を‼

2020年3月21日 (土)

当たり前が当たり前ではなくて有り難いこと

2020年3月21日(土)春のお彼岸5日目

お彼岸に入って、新型コロナウィルスの影響か、お墓参りの方が少なかった気がします。
仕方ないよなぁと思っていましたが、昨日のお彼岸中日には、例年と同じくらいの方々がお参りにみえました。

電車で来られる方は少なく、車の方が多かったようです。
「外出自粛を」と呼びかけられても、出かけたい気持ちになるのは誰もが一緒です。天気も良かったですし。
西蓮寺の門徒さんに限らず、よそのお寺の門徒さん・檀家さんも、お参りに出かけたかったのでしょうね。道路は渋滞していたそうです。車の運転手さんは、「〇時間かかりました。混んでたぁ。疲れました。お参りしたら、また運転です(;^_^A」と一様にお話してくださいました。
お疲れ様です(‐人‐)

短い時間しかお話しできませんが、少しでもお話しできて良かったです。
ネットでのやりとりを否定するつもりは毛頭ありませんが、会ってお話をするということは、そこに何かエネルギー(熱量)を生み出すものだなぁと想いました。
そういえば、ちょうど一年前、春彼岸が明けてから、「直接話をしたい人」がいたので、京都まで出かけていったことを思い出しました。話したいことを話せたし、頭の中もスッキリしたし、その後の仕事もスムーズに進みました。でも、一年前の京都はお花見シーズンで、ホテルがどこも超高値でした。なんとか見つけたホテルも、「この部屋、無理やり部屋に作り替えたんじゃない?」って狭小部屋でした。今年の京都はどんな様子でしょう(京都に限らないけれど)? 京都に住む友人が、「土日でもゴロゴロひいてる人がいなくて、京都じゃないみたいだよ」って言ってました。町もホテルもガラガラなのかなぁ? 
早く活気が戻りますように、と願う反面、当たり前に思っていたことが崩れたとき、「当たり前が当たり前ではなくて有り難いこと」と気づかされることがあります。

今日お墓参りに見えた方が、「これから同い年の友人の通夜に行くんです」とお話くださいました。その方もご友人も50歳代。それくらいのお歳で還浄されると、「まだ早いよ」「早すぎるよ」という想いが先に立ちますが、いつ亡くなってもおかしくないいのちを、誰もが例外なく生きています。私もまもなく50歳代。40代50代の方の通夜葬儀をお勤めするときには、「私もいつ死んでもおかしくないいのちを生きている」ということを想います。
日本は平均寿命の高さが話題になりますが、だからといって誰もが平均寿命まで生きられるわけではありません。それに、決して「平均」ではありません。日本における今の経済状況とか、食物の手に入る状況とか、戦争状態にないとか、そういうものを勘案して、この条件下なら、これくらいの年までは生きられる、というのが平均寿命です。平均寿命が高いということは、生活するのに適した状況であるということを表わしています。だから、新しい病気が蔓延して多くの方が罹患して、物資の輸出入が規制されて、生活状況が悪化すると、平均寿命は下がってゆくわけです。当然、株価同様、平均寿命も下がるのではないでしょうか。まさに「当たり前が当たり前ではなくて有り難いこと」を気づかされることになるでしょう。

人と会って話をすることによって生み出されるエネルギーについて書いていたのに、違う方向に話が進みました^^💧
人と会う、人と会えるということも、「当たり前が当たり前ではなくて有り難いこと」です。
現代(いま)の状況下でも、お墓参りにでかけずにおれない‼という気持ちは、亡き人との出会いのためなんだなぁと感じます。
亡き人と生前に出会えたことも、親鸞聖人の教えを受け継ぐ場(寺)との縁を通してお参りをされることも、亡き人との接点を今でも持ち続けられることも、それらすべて有り難いことでした。

南無阿弥陀仏

 

♪真宗大谷派ニュース♪

新型コロナウィルスの影響で、各式典・イベント・集会が中止になっています。お寺の法話会も例外ではありません。でも、こんなときだからこそ、法話を聞きたい、法話を聞いてほしいという願いで、真宗大谷派 願正寺 の竹川英紀さんが、法話ネット配信の企画・手配をしてくださいました。
今日と明日(21日・22日)19:30~22:00 配信
【講師】
21日:花園一実さん(圓照寺副住職)
   
酒井義一さん(存明寺住職)

22日:中根 信雄さん(明福寺住職)
    瓜生 崇さん (玄照寺住職)

YouTube live:
21日 https://www.youtube.com/watch?v=NaBZ7_M8aes
22日 https://www.youtube.com/watch?v=aTcYbzlTf7U

ぜひご聴聞ください(‐人‐)南無阿弥陀仏

2020年3月20日 (金)

いついかなるときも聞法の身

2020年3月20日(金)春彼岸中日

お彼岸中は、本堂の正面を開けて、お焼香できるようになっています(昨日は午後から風が強まったため、扉を閉めました)。
時間を決めてお勤めをすることはできませんが、お墓参りの方が少なくなってきたフッと空いた時間に、長女と読経をしています。春彼岸法要というわけではありませんが、お墓参りに来て、たまたま本堂から読経の声が聞こえてきて、それで少しでもホッとしていただけたらと思って、学校お休み(休校要請から春休みに入ってしまいました)の長女に付き合ってもらっています。一緒にお勤めしてくれるので嬉しいです。

『正信偈』『阿弥陀経』を読んでいます。
(『阿弥陀経』を読むとき、「『鬼滅の刃』の玄弥が口ずさんでいるお経だよ」と言ったら、「知ってる^^」って。娘は気づいてました^^)

お参りに見えた方と話していて、というか話をしていると、みなさんたくさんお話をされたり、嬉しそうな顔になってきたり…
外出自粛を言われたり、人との接触を控えるように言われたり、病気は怖いから報道されるままに控えてはいますが、やっぱり人間って、誰かと交流することで自分を表現したりホッとしたりするんだなぁと、あらためて感じています。

お寺参りにみえて、ホッとしていただけたら幸いです(‐人‐)

南無阿弥陀仏

 Dsc_4620

♪真宗大谷派ニュース♪

新型コロナウィルスの影響で、各式典・イベント・集会が中止になっています。お寺の法話会も例外ではありません。でも、こんなときだからこそ、法話を聞きたい、法話を聞いてほしいという願いで、真宗大谷派 願正寺 の竹川英紀さんが、法話ネット配信の企画・手配をしてくださいました。
明日と明後日(21日・22日)19:30~22:00 配信
【講師】
21日:花園一実さん(圓照寺副住職)
   
酒井義一さん(存明寺住職)
22日:中根 信雄さん(明福寺住職)
    瓜生 崇さん (玄照寺住職)

YouTube live:
21日 https://www.youtube.com/watch?v=NaBZ7_M8aes
22日 https://www.youtube.com/watch?v=aTcYbzlTf7U

ぜひご聴聞ください(‐人‐)南無阿弥陀仏

2020年3月19日 (木)

春彼岸2020

2020年3月19日(木)
2020年の春彼岸も3日目を迎えました。
3月に入り、全門徒さんに「おからだ最優先で、春のお墓参りはご無理ありませんように」旨、通知させていただきました。
けれど、お出かけの自粛を言われてはいるけれど、お墓参りには行きたい! お墓参りをせずにはおれない! という気持ちで、多くの方がお参りにみえます。有り難いことです。

学校が休校になっていますが、昨日は、すべての荷物を持ち帰るための、通知表を渡すための登校日。
小人数ずつ区切られた、限られた時間のなかで、子どもたちは久しぶりの小学校に出かけました。
次女は、提出義務のない、休校要請が出てからこの3週間の宿題の絵日記に「早く学校に行きたいです」と書いていました(涙を誘います)。なので、短い時間とはいえ学校に行って友だちと会えてうれしかったようです。
4月からは、新学年として最初から学校に通えるようになったらいいな、と思います。

小学校から帰宅して通知表を見せたら(よくがんばったね♡)、次女は風船をひたすらふくらまし始めました(ストレスかなぁ?)
東本願寺で発売している「ほとけの子風船」です。
ふくらませて、口を結んだ風船が床にゴロゴロしていたのですが、坊守(母)と妻が「外に飾ったら?」と言ったので、今日は風船記念日。
木にひとつ結び付けて、次女に「みんな木に結ぼうか?」と提案したら、嬉しそうに首を縦に振ったので、一緒に脚立を持ってきて木の枝に結びました。

Dsc_4615 Dsc_4617

お墓参りに見える方はなんとなく沈んだ雰囲気なのですが(当然ですよね)、柘植の木に風船がぶら下がっているのを見て、喜んでくださいます。あ、風船を結んでよかったなぁと想いました。次女がふくらましてくれたおかげです。

長女が小学校から帰ってきて、通知表を見せてもらって(よくがんばりました^^)、本堂で一緒に「阿弥陀経」をお勤めしました。
お墓参りの方が、お焼香をして帰られました。

風船見て心が和んで、、長女が読経している姿見てホッとしていただけたら、私も嬉しいです。

南無阿弥陀仏

2020年3月18日 (水)

すべての自然災害は人災化する

2020年3月11日(水)

『東京新聞』「本音のコラム」 足元が揺れる 斎藤美奈子(文芸評論家)

私たちの足元は、どうやら十年に一度くらいの頻度で揺れることになっているらしい。ひと月前には、東日本大震災の追悼式が軒並み中止に追い込まれるなど誰も想像しなかったはずだ。
大震災の10年前、2001年には米国同時多発テロ、約20年前の1989年にはベルリンの壁崩壊で世界中が揺れた。そのたびに私たちは平常心を失うが、やがて記憶は風化し日常に戻る。
〈感染症の流行も「自然災害」である〉と石弘之『感染症の世界史』はいう。国際災害データベース(ED-DAT)は災害を気象災害、地質災害、生物災害などに分類しており、感染症は生物災害に含まれるのだそうだ。
〈感染症の流行と大地震はよく似ている。周期的に発生することはわかっていても、いつどこが狙われるかわからない〉
同書によると、1900年から2005年までの約百年で、洪水などの気象災害は約76倍、地震などの地質災害は約6倍、生物災害は84倍に増加した。災害一件あたりの被害規模も大きくなった。大地震にともなう東京電力福島第一原発の事故はそのもっとも忌まわしき例だろう。
大地震であれ感染症であれ、すべての自然災害は人災化する。だから戦争や政治的な動乱に似るのである。権力はそこにつけ込む。緊急事態だ非常時だという文言は魔の囁き(ささやき)。注意したほうがいい。

「ここ数年、毎年豪雨の被害がありますね」という言葉を耳にするようになった。
やはり、気象災害は増えている。

以前聞いた話で、地球上に住む生き物の絶対数というのは決まっているとのこと。ということは、例えば“人間”という特定の生き物が77億人以上も生息しているということは、その分他の生き物の生息数が減るということ。絶滅する生物がいるということ(じゃぁ人間が減ればいいのか!?って、そういう話をしているのではなくて)。あるいは、“人間”という特定の生き物が増えすぎたゆえに、数を減らす活動を人間自身がしている(戦争とか殺人とか差別とか)という考え方もできる。これらの説を否定する人もいるけれど、真偽は別として、「そういうことも考えられるかもしれないなぁ」と想うことって大切だと思う。
どうして自然災害が増えるのか? 自然のせいにするだけで終わったり、災害が起きたときに自然への畏怖心を抱いたり、自分(人間)の側の問題は考えない。見て見ぬふりをする。それゆえに、政治に利用されてしまう。政治家がなんとかいい方向に持っていってくれるだろう!!と。政治家だって、自然そのものを好き勝手にコントロールすることはできないのに。

自然災害を人災化させないために…と書こうとしたけれど、それも違うな。人災が自然災害をもたらしている側面もあるのだから。
なにか事が起こって、緊急事態だ!非常時だ!と騒いでしまうけれど、常に緊急事態、常に非常時という意識が必要なのではないだろうか。

2020年3月17日 (火)

おはようございます

学校がお休みになって、ルーティンが変わった。
子どもたちの登校に合わせて外掃除に出て、毎朝挨拶を交わすおばあさんがいる。
けれど、こちらのルーティンが変わったので、彼女に会うことがなくなった。いつものルーティンのなかで彼女に会わなくなったのならば、「最近会わないなぁ。どうかされたのかな?」と気づくけれど、そうではないので、気にしていなかった。
ところが、毎朝挨拶を交わすサラリーマンの方と会い、「最近あのおばあさんの姿を見ないんだけど、どうしたかなあ?」と声をかけられ、「そういえば…」と気が付いた。

このご時世、会社から「無理して出てこなくていいよ」と言われて自宅にいらっしゃるのならいいけれど、
体調を崩されていないか、患っていないか、このご時世だから会社から「もう来なくていいよ」と言われてしまったのではないか、
いろいろと想う。ご無事を念じております。また子どもたちと一緒に会えますように。

それにしても、ルーティンが変わったからといって、毎朝お会いしていた人のことを思い出しもしない自分が嫌だった。

2020年3月16日 (月)

この地球上に生きる

物理学者の顔も持つドイツのメルケル首相が、新型コロナウイルスの感染者が、「全人口の6~7割に広がる可能性がある」と発言し、非難を浴びたという。人々に伝えなければならないメッセージと思い、発した言葉だと思う。首相としての側面も、物理学者としての側面もあるのだろう。けれど、政治家が発する言葉としては不適切であると避難を浴びた。

肩書によって発する内容は、変わるのだろうか? 変えなければならないのだろうか?

こんなこと言うと、「大人の社会ってそんなもんだよ」と一笑に付されるかもしれない。

そういえば、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんの発言や活動に対して、「彼女は経済の勉強をした方がいい」と言った大人がいた。

経済に立つのと環境に立つので、発する内容は、変わるのだろうか?
まぁ、変わるのだろう。物事は、人間は、複雑であらゆる側面を持つ。
病気にかからないため、ウィルスを広めないための側面から話せば、経済や文化や社会活動全般に影響が出ることは間違いない。
経済の話をすれば、文化や社会活動もお金に換算されてしまう。環境は二の次になる。
どれが正しいか?という話ではないから厄介だ。

でもだからといって、今グレタさんが主張していることは、間違っていることだろうか? 間違ったことを言っているわけではないと思う。
メルケル首相にしても、グレタさんにしても、決してデマを言っているわけではなく、自分が勉強・研究・研鑚・体験してきたことに則り、言うべきと思ったことを伝えている。非難されるような内容ではないだろう。非難するならば、「私は、それは違うと思う」「私はそうは思わない」と主張することから始まればいいのに。
「経済の勉強をした方がいい」という主張は、ある意味グレタさんの主張を補填することにもなるのだけど。
耳障りの言いセリフは、聞いていて気持ちがいいかもしれないけれど、嫌な情報、聞きたくない情報は入っていないわけで。ということは、後になって自身にグッサリ突き刺さるものがあるかもしれない。
はじめに危機の話を、いや、実は危機の話ではなくて現実の話なんだけど、その話をしてくれるほうが誠実だと思う。

2020年3月15日 (日)

忘れられないんです

昨日の投稿「忘れられない」を書きながら、「あ! “忘れられない”という言葉を、大切な人から聞いてるじゃないか‼」と、記憶が呼び起こされました。

「ひとりが ひとりに 出遇って生きてゆく。出遇ってしまったら、忘れられないんです。」

東日本大震災後、子どもたちのために除染活動を、福島の為に身をもって行動されている佐々木道範さんの言葉です。

本当に人に出あうということは、痛み悲しみと共に出あうということ。つらいけど、でもそれが出遇うということであり、生きるということ。だから、“忘れられない”んです。
2年前、佐々木さんと東本願寺で偶然再会したとき、(放射能の問題等々が解決したわけではないけれど、)「やっと少し落ち着いてきました」旨、語ってくれました。彼の苦しみは、彼だけの、彼の周りだけの苦しみではなくて、同じときを生きるすべての人々の苦しみであるはずなんだけれど、でも、彼のホッとした顔を見て、私もホッとしました。

「2013年11月の文章」ですが、お読みください。

2020年3月14日 (土)

忘れられない

土橋正幸さんがヤクルトの監督をされていた(1984~86年)頃からスワローズファン。
よって、勝ち負けは二の次で、個性的な選手の活躍に一喜一憂し、神宮球場に出かけては応援していました。
まさか自分の存命中にスワローズの優勝を見ることができるなんて、そんなこと期待すらしていませんでした。
それまでに唯一広岡達朗監督時に優勝(1978年)していますが、そんなことは知らずに、弱いながらも選手が個性的に活躍するチームカラーに惚れて応援し始めました。

そんなスワローズに、強者を倒すことの喜びを植え付け、やがて常勝チームに育て上げた野村克也さんが監督が就任します。
テレビ朝日の野球解説で、ストライクゾーンを9分割して解説するおじさんだ、とは思っていましたが、野村選手の経歴や監督歴など全く知りませんでした。

野村監督のもと、古田選手との運命的な出会いや、広沢選手や池山選手が中心となり、捕手失格の烙印を押された飯田選手がセカンド→センターの名手となり、現監督の高津選手がリリーフとして名を馳せ、数々の埋もれた選手たちが野村再生工場の元、スワローズを支えてきました。小早川選手の開幕戦3ホーマーは、東京ドームで見ていました。
野村監督在任時は京都に住んでいたので、実際に球場で試合を観戦する機会はなかったのですが、関西にいながら楽しい思いをさせてもらいました。

あ、前置きが長かった‼
野村克也元監督がお亡くなりになり、数々の追悼番組や追悼雑誌が世に出ました。耕してきたものの大きさをあらためて感じます。
昨日、『Number』999号 “名称 野村克也が遺したもの”を読んでいたのですが、名捕手・名監督として比較されてきた森祇晶さんの「追悼メッセージ」がありました。
その中に、「野村さんとの思い出はいろいろあるけれど、一番忘れられないのはやっぱり92年、そして93年の、僕が監督だった西武ライオンズと彼が監督だったヤクルトスワローズが戦った2年間の日本シリーズだな。」と、ありました。

ライオンズファン スワローズファンのみならず、日本シリーズの歴史を語るうえで外すことのできない あの2年間。単年ではなく、2年間の戦いが、プロ野球ファンの脳裏に焼き付いているのだと思います。

当然、当事者である森さんにとっても、おそらく野村さんにとっても、「忘れられない」2年間だと思います。

森さんの「忘れられない」というフレーズ・表現を聞いて(読んで)、昨日投稿した「忘れないことと覚えていること」の原稿を思い出したのです。
「忘れないこと」と「覚えていること」は、似ているけど全然違うなぁということを感じて書いた文章ですが、「忘れないこと」という表現では、意図的に忘れないというニュアンスもあるかなぁと感じました。
かたや「忘れられない」は、誰に言われるでもなく、自分自身で「忘れないようにしよう」と強いるわけでもなく、自然と頭に からだにしみこんできた現実だと思うのです。
森さんが野村さんのことを思い返したときに、必然あの2年の日本シリーズも付いてくるように、自分の生涯を振り返ったときに必然東日本大震災のことが思い返される、阪神淡路大震災のことが思い出される。そういうことが「忘れられない」だと思いました。被災はしませんでしたが、東日本大震災も阪神淡路大震災も、両方の揺れを体験しているので、私にとっても「忘れられない」ことです。
でも、私にとってより忘れられないのは、1982年の長崎大水害です。あと少し判断が遅れていたら、おそらく流されていたであろう雨に打たれながら歩いた記憶が、あの晩の様子が、今も私の中にあります。

東日本大震災も、忘れないこととして、悲しみと共に記憶されている方も多くいらっしゃることと思います。けれどその記憶は、「忘れないこと」として記憶しているのではなく、「忘れらない」こととして目に焼きついている、心に刻まれていることなんだ!と思います。

「忘れられない」という声から、そういうことを思いました。

2020年3月13日 (金)

忘れないことと覚えていること

ちょっと思うところがあり、『同朋新聞』(真宗大谷派発行)に連載していただいていた「時問自問」の文章を思い返しています。
以下、2018年3月号に掲載された文章です。

忘れないことと覚えていること

今年も3月11日を迎える。震災・津波・原発事故で被災された方々は、今もなお、言い表すことのできない時間の流れの中を過ごしておられることと思います。

友人が仮設住宅へ炊き出しに行き、なにを感謝されるかというと、「忘れないでいてくれること」だと聞く。私も、「忘れないでいてくれてありがとう」と言われたことがある。「覚えていてくれて」ではなく、「忘れないでいてくれて」なのだと噛みしめたものである。「忘れない」と「覚えている」は、意味は同じでも、大きな違いがある。

多くの人は、3月11日を迎え、「あれから〇年か。大変なことがあった」と思い返す。確かに「覚えている」のだけれど、「あの時」という、点としての記憶は、時の経過とともに風化してしまうこともある。

「忘れない」ということは、こころに刻まれているということ。私の人生の土台に、起きた出来事がシッカリと残っている。「あの時から」という、今につながる線での記憶。受けた傷を無かったことにして生きることはできない。起きた出来事の延長線上を生きなければならない。

「こころに刻む」とか「目に焼き付ける」という言葉がある。「刻む」とか「焼き付ける」とは、つまりは「傷」ということ。その「傷」は、被災された方々だけではなく、誰もが受けた「傷」。起きた出来事(風景)を目に焼き付け、起きた出来事に伴う痛みをこころに刻んで生きる。それが、「忘れない」ということではないだろうか。

「覚えている」ということは、記憶を重ねていくうちに埋没してしまう。「忘れない」ということは、たとえ月日を経て記憶が重なっても、常に新しい事実としてこころに残っていることなのだと、私はこころに刻んでいる。

2020年3月12日 (木)

自粛

先の見えない状態で、なにをすればいいのか、なにをすべきでないのか、なにをしてはいけないのか、誰も分からない。

春の高校野球が中止になったけれど、それも、開催すればよかったのか、今回は中止でよかったのか、正解はない。

開催して、誰か新型コロナが発症すれば、「こんなときに開催するからだ」と文句つけるし、

開催せず、このままコロナ騒動が収束でもしたら、「できたじゃないか。球児の夢をつぶしやがって」とののしる。

各業種、各学校、各家庭の催しも、規模の大小に関係なく、中止か開催か悩まれている時期です。

開催をとがめられることもないし、

休止を非難されることもない…ことなのに、

みんなピリピリしているせいか、言動も棘を持ってしまう。

「自粛」という言葉が耳に入るようになってきた。

「自粛」…東日本大震災の後もよく耳にした言葉だ。

「こんなときだから、今は開催すべきではない」と、多くの大会・イベント・催しが見送られた。

けれど、あのときは、「震災・津波・原発で苦しんでいる人がいるそのときに、助かった我々がこういうことをしては、批判を受けるのではないか」というところに立っての「自粛」だった。

それは、「自粛」、“自ら”控える行為ではない。周りの目を気にしてのこと。

たしか乙武洋匡さんが「自粛ではなく他粛だ」と表現してくださっていたような。

他(周り)の目を、声を気にして、行動を慎む。「他粛」。

現在(いま)もそうなってはいないだろうか。

「周りを気にするな」と言っているのではない(いや、そういう気持ちもあるけれど)。

周りを気にする、ということは、私自身が、誰かのすること(しないこと)に対して至極敏感になり、文句垂れているということ。

それゆえに、他者のすることが気になってしまう。いろいろ制限かけられているときだから、イライラが募って他者にぶつけてしまう。

そのイライラを他者にぶつける態度を「自粛」すればいいのに。

子どもたちが公園で遊ぶことの制限がとかれて、今日は公園で子どもたちが遊ぶ声が聞こえます。
あ、いい声だなぁと、気持ちが和らぎます。

南無阿弥陀仏

2020年3月11日 (水)

2020年3月11日

2020年3月11日(水)午後2時46分 西蓮寺本堂にて、東日本大震災追悼法要厳修。
毎年3月の聞法会は11日に開催していますが、新型コロナウィルスの影響を鑑みて休会に。家族だけでお勤めをさせていただきました。
お勤めの前まで汗ばむくらいの快晴でしたが、お勤めを始めてから雨が降りはじめました。
お勤め後に本堂の正面から空を眺めたら、西蓮寺を覆うように黒雲が立ち込めていて、その周りは快晴でした。まるで西蓮寺だけに雨が降っているような天気でした。
夕方のニュースで気象予報士さんが「今日はお天気日和ですと言いましたが、ごめんなさい」と、雨が降ったことを謝っていました。思いもよらない雨だったのですね。

 🌂

2011年3月11日に発生した東日本大震災の後、「絆」という言葉が旗印となり、人と人とのつながりを大事にしようという雰囲気が出来てきた。と感じたけれど、震災から9年、政治と民衆との距離は開き、経済は疲弊し、自己の主張により他者を傷つける行為が目に余るようになってきた。自分の理解の許容範囲内にいる人とだけつるみ、許容範囲外にいる人びとを排除する。悲しみの色合いが濃くなってきた。
つながりを求める人もいれば、少数者・弱者を排除する人もいる。あたかもそれぞれの思想の人がいるように考えてしまう。けれど、つながりを希求する者と排除の思想を持つ者、それぞれの人がいるのではなく、あい反する両方の顔を、誰もが持ち合わせている。
平和を希求するがゆえに争いが生み出され、排除を思想する者どうしでグループが生まれる。「不安や混沌に覆われた世界」などと外の景色のように語るけれど、その景色を描いているのは私自身だった。
私の外の景色として悲しみの色合いが濃くなったのではない。私(個)の想いを世の中に拡散しやすくなった時代にあって、個と個の色(想い)がぶつかり合い、入り混じっている。そうしてできた色は、決して心落ち着く穏やかな色ではない。それは、心のなかの根本の色が濁っているからというわけではない。平和を求める心、私の想いに賛同してくれる者が集まれば理想的な世界が作れるに違いないと夢見る心。出発点は、清く澄んでいたのかもしれない。しかし、平和の背景には争いがあり、理想的と描く世界の背景には排除が付きまとう。そのような心根を持ち合わせている個と個がぶつかり合い、入り混じれば、必然的に色は濃く濁ってゆく。
この濁りは、人類通じての濁り。濁りの中にいると、私のいる場所が濁っていることにも気付かない。その気付きを与えてくれるのが仏さまの眼差し。仏さまの眼差しをいただいて、過ちつつ過ごしている私自身の姿を知る。

2020年3月10日 (火)

見えないものに振り回されるよりも、見えているものから考えなければ

見えない敵、新型コロナウィルスへの対応に憔悴感が漂っています。

見えないものへの不安はあるけれど、

見えているものに対する気遣いも大切だと思う。

見えないものに怯えてばかりいても、いよいよ不安が募るだけ。

見えているものをキチンと見たい。ちゃんと考えたい。

不要不急の外出を控えるように言われて、観光業も、飲食業も、いろいろな仕事が成り立たなくて大変なことになっています。

外出する人が少なくなって、献血をされる方も減っているとのこと。

イベントもなくなっているから献血車が出かけることもなくなり、輸血用血液が足りなくなりつつあるとのこと。

競泳の池江璃花子選手が献血を呼び掛けられています。彼女自身白血病を患い、献血の重要性を感じておられます。

私の身の回りにも白血病を患い、元の生活に戻っている方がいます。けれど、治ったわけではありません。

検査も続きますし、お薬も飲まれています。それに、

「こんな元気にしているし、外見では判断つかないと思いますが、免疫力が普通の人の70パーセントくらいしかないんですよ。だから、インフルエンザとか、今回のコロナとか、とても怖いんですよね」

と、お気持ちを話してくださいました。

池江選手も、退院はされましたが、からだはしんどいことと思います。今回のコロナウィルスも、怖いことと思います。

けれど私たちは、外見で判断しますから、元気に見える人に対して気が回りません。

新型コロナウィルスは、「年配の方がかかりやすく、若い人はかかりにくい」といったことが流布していますが、ウィルスからすれば老いも若いも関係ありません。年配の方も年少の方も、元気な方も病をお持ちの方も、分け隔てなく漂っています。発症しやすい しにくい、発症する しないの違いはありますが、感染のリスクはみな同じです。罹った人(発症した人)が悪いわけでも、罹らなかった人(発症しなかった人)が健康だった・予防をキチンとしていたわけでもありません。

現在(いま)、誰もが皆新型ウィルスの驚異の渦中にいます。未知のことも多く、不安が募るのも、誰もがみなです。

そんなときにこそ、そんなときだからこそ、未確定な情報やデマに自ら振り回されるよりも、目に見えている物事と丁寧に向き合いたい。そんな気持ちを忘れてはならない。

2020年3月 9日 (月)

西蓮寺第2掲示板(2020年3月)

春のお彼岸を前に、西蓮寺第2掲示板(本堂前の掲示板)を書き換え。
いろいろな情報を載せています。

①新型コロナウィルスの影響で、各種つどいが中止になっています。
 「東京教区同朋大会」も「東京五組同朋大会」も中止になってしまいました。
 西蓮寺のつどいも、参加希望者は西蓮寺にお問い合わせください。

②春彼岸は、お寺参りの方にジャガリコをお渡ししていましたが、今回は買い出しに行けませんでした。ごめんなさい。秋のお彼岸には、買い出しに行って、皆さんにお渡しできますように。

③『仏教家庭学校』に副住職の文章が載っています。希望される方には差し上げます。

④ボランティア活動報告
 西蓮寺の浄財箱に入れていただいた御浄財は、被災地支援の活動をされている団体に寄付させていただいています。
 茨城の「ボランティアネット」さんから活動報告が届きましたので、お読みください。

という内容です。お参りの方は、お読みいただければと思います。

Dsc_4659_20200331135801

2020年3月 8日 (日)

夜半の嵐に吹かれて

新型コロナウィルスが世界規模で流行しています。かつて、親鸞聖人在世のときも疫病が流行り、聖人自身も罹患したと言われています。
寛喜31231)年、聖人59歳のとき、人口の3分の1が亡くなられたと伝わる大飢饉と疫病が流行しました。聖人は、僧侶として、苦しむ世の人びとを救いたいと願うのですが、自身も罹患し、世の人びとを救うどころか、家族に心配をかけている自身の姿に気づきます。けれど、その経験を通して自身の無力さを知り、他力(阿弥陀如来が、衆生を救うと誓われたはたらき)に支えられてある身であることをより強く感じました。自身を知ることを通して、阿弥陀をより感得されたのです。

また、本願寺8代目の蓮如上人も、延徳41492)年、上人78歳のときに疫病の流行を経験しています。その年の6月の「御文(お手紙)」に、以下のように綴られています。

当時このごろ、ことのほかに疫癘(えきれい)とてひと死去す。これさらに疫癘によりてはじめて死するにはあらず。生まれはじめしよりしてさだまれる定業なり。さのみふかくおどろくまじきことなり。

(意訳「近頃、たいそう多くの人が伝染病にかかって亡くなっております。このことは決して、伝染病によってはじめて死ぬのではありません。人と生まれたときから死ぬということは定まっております。さほど驚くことではありません。」)

人の死、いのちの終わりは、その理由はさまざまあるけれど、因はみなこの世に生を受けたことにあります。上人は当然のことを綴っています。その当然のことに目をつむりながら、つまり、この世に生を受け、限りあるいのちを生きているという根っこの部分を見失いながら生きてはいませんか?と、上人は問いかけています。いつ尽きるとも分からぬいのちを授かり、生きている。そのことを本当に受け止めたとき、私はどのような生き方をするのか。桜の咲くころ、親鸞聖人が9歳で出家得度を願われたときの和歌が思い起こされます。

明日ありと 思う心の あだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは

(「明日があると思っていると、夜中に嵐が吹き、美しく咲き誇っている桜も瞬く間に散ってしまうかもしれません。私のいのちも同じです。いつ尽きるか分からぬいのちです。どうか今晩のうちに得度させてください」)

2020年3月 5日 (木)

人手の少ないなか、予算の少ないなか、一所懸命の人たちがいます。多謝

2020年3月2日(月)

『東京新聞』「本音のコラム」 保健所の力 宮子あずさ(看護師)

「鼻水が出る。花粉症だろうけど、コロナが心配。どこの病院に行けばいいですか」
精神疾患を抱えながらひとり暮らしをしている若い女性が、心配そうに話す。熱を測ると平熱。以下は私の主な回答である。
①今は受診しても、検査の対象にはならない。検査はウィルスの遺伝子の有無を調べるので、量が少ないと陰性になる。だから、症状が出た人だけを検査している②受診する人は何らかの症状がある人が多く、中には感染者がいるかもしれない。現時点では、医療機関には行かない方が安全である③熱が出た、咳がひどくなったなど悪化の傾向があれば、新型コロナウィルス受診相談窓口に電話して相談する。
この説明で女性は納得し、以後落ちついている。一番大切なのは、いざという時の相談先で、この時参照したのは、東京都保健福祉局のサイトであった。
問題は、相談窓口の電話が繋(つな)がりにくいこと。必要なのは、悪化の兆候があればすぐに相談し、対応してもらえる確証である。これなしに受診や検査の希望を抑制せよというのは酷だと思う。
繋がらない電話に保健所の弱さを見る。フル規格の保健所は、この30年で4割以上減った。私が住む武蔵野市は多摩府中保健所の管轄で、市内には保健センターのみ。今すぐ、保健所の増強が必要である。

 

新型コロナウィルスの驚異が世を覆い、不安に包まれているなか、報道では「正しく怖がりましょう」と警告する。「パニックになる必要はありません」と言いたいのだろうが、「正しく怖がりましょう」とは、なんとも難しいことであり、なんとも奇異な文章だ。

宮子さんが端的にまとめてくださっているように、①②③を冷静に考え、兆候があれば相談窓口に電話📞を!
とはいっても、電話が繋がりにくいのは報道でさんざん伝えてくださっているとおり。
窓口が、保健所が、少ないのですね。朝、宮子さんのコラムを読んでいて、驚きとともに目が覚める。「フル規格の保健所はこの30年で4割以上減った」とのこと。お医者さんの数も、日本は人口比率でいうと少ない現実。社会保障費に回すためと大義名分かざしながら消費税を上げても、消費税は国の借金返済へと消えてゆく。この国では、生きてゆくための安心が削られてきた。これからも削られてゆく。ほんの一握りのお金持ちと、健康な人が暮らしやすければ、それでいいらしい。
そんな舵取りをしている首相が、子どもたちのことを何も考えていない人が、「子どもたちのために、学校を休校にするよう要請します」と言うのは卑怯だと思う。学校の休校要請の是非をいうつもりはない。ただ、そのセリフを言える人柄の人に言ってほしい。そういう方に、舵取りをお願いしたい。

2020年3月 4日 (水)

末法(まっぽう)

今日、墓地の掃除をしていたら、お墓参りの門徒さんがいらっしゃいました。

「こんにちは」(^▽^)と声をかけ、

「こんにちは」(^-^)とお返事いただき、しばし世間話。

当然のごとく、新型コロナウィルスの話に

「先が見えないんですから、怖い世の中ですね」と言うと、

「“末法”の世の中ですからねえ」のお返事。

そうか、末法だもんなぁ…と思いました。

“末法”とは、仏法を説いてくださった仏陀亡き後、時間が経過し、仏陀の教えをもとにしてさとりを得る者も、仏陀の教えをもとにして行を行う者もいなくなり、ただ仏陀の言葉のみが残っている時代を言います。仏陀の教えの実践者がいない、つまり、仏陀の教えに対しての真偽があやふやになる時代を言います。だから現代、仏教は残っていますが、仏陀の教えにせっかく触れるご縁をいただいたにもかかわらず、「仏陀はそういうけど、理想論だよね」とか「仏陀って、奥さんや息子さんを捨てて修行に出て人なんでしょ」とか「仏陀って、キノコにあたって死んだ人なんでしょ」など、教えの真髄に触れて自信を顧みることもしないで、仏陀や仏教について否定したり、うんちくを垂れるだけで終わってしまう人ばかりの時代をいいます。
また、まさにこの時代(いま)の状況で考えれば、「自分さえよければいい」とばかりにティッシュペーパーやトイレットペーパーの買いだめを、デマにそそのかされてしてしまします。
あぁ、末法だなぁと、門徒さんと話していて思いました。
新型の、未知の病気が流行っていることが“末法”の世なのではなく、未知の病気が流行ったときに、人間の本性がハッキリと出てくる。そういう時代を“末法”というのだと思います。

仏陀在世の頃、未知の病気が流行ろうと、悲しい出来事(大切な人との死別など)が生じようと、誰もが助け合いながら、他者のことを優先しながら生きていた。それに比べて現代は…などと言っているのではありません。
人間の本性は、いついかなる時代も変わるものではありません。こういう生き物です。
けれど、仏陀の教えをいただいた人々は、自身の内面性を知る縁をいただき、そのことによって阿弥陀のはたらきを感得するご縁をいただきました。末法以前の世は、仏陀の教えによって行じて(聞法して、念仏称えて)さとりを獲る人がいたから、その人に続いて聞法し、念仏申す人がいたのです(親鸞聖人の頃も末法に入りましたが、まだ聞法を大事にされた名残がしっかりとありました)。だからこそ、昨日書いたように「聞かずにはおれない」「聞法あっての生活」と、なにをさしおいても聞法・念仏されていたのです。
現代(いま)は、自分の都合が最優先で(「今日は〇〇があるから、聞法はしない」「今日は雨降ってるから、教えを聞きに行くのやめよう」等)、教えに納得いかなければ(自分の価値観と違うならば)文句を垂れる。
そのような、私たち自身が作りだしている態度が、“末法”なのだと思います。時代そのものが“末法”なのではなくて。

お墓参りされていた門徒さんから、現代の姿、末法の世を教えていただきました。

南無阿弥陀仏(‐人‐)

2020年3月 3日 (火)

2020年3月のことば

みなさま こんにちは
新型コロナウィルスの影響で、落ち着かない日々をお過ごしのことと思います。
学校も休校となり、どのように過ごしたらいいのか困ってしまいますよね。
不要不急の外出は避けるようにアナウンスされています。
各種集会が休会を強いられています。状況を考えると仕方ありません。
前回の投稿でも、真宗大谷派の各種集会の休会を載せました。
僧侶仲間と話していたのですが、生活の中で聞法(教えに聞くこと)を、先達は優先的にされてきました。なぜならば、「聞かずにはおれない」「聞法あっての生活」と、生活と聞法が切っても切り離せないものだったからです。そういう意味で聞法は“不要不急”のことではなく、“必要”であり、“今聞かないで いつ聞くんだ‼”ということなのです‼
それほどまでに聞法を、念仏を大切にしてきた方々の姿を思うと、各種法座が休会になること(すること)は、胸の痛む思いです。
ブログでの発信が、少しでも聞法の一端となればいいな。否、聞法と共に生活している方のために発信できれば‼と思います。
この騒動が一刻も早く収まり、平穏が戻りますように。
南無阿弥陀仏

 ☆ ☆ ☆

2020年3月のことば(以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」の文章です)

Dsc_4579

 

日々を過(す)ごす

日々を過(あやま)

 

 過      吉野 弘

日々を過(す)ごす

日々を過(あやま)

二つは

一つことか

生きることは

そのまま過ちであるかもしれない日々

「いかが、お過ごしですか」と

はがきの初めに書いて

落ちつかない気分になる

「あなたはどんな過ちをしていますか」と

問い合わせでもするようで

 

過(あやま)ちつつ過ごす日々

今月のことばは、詩人の吉野弘さんの詩「過」の一節です。

「すごす」と「あやまつ」。「過」という漢字に、一見関連性のなさそうなふたつの意味が内包されています。生きる、日々を過ごすということは、そのまま過ちであるかもしれない日々。吉野弘さんは、「過」という漢字を見つめて、人間が生きることの背景にある過ちを感じられたのではないでしょうか。

夜、子どもたちの寝顔を見ながら、ふと振り返ります。私は子どもたちとの日々をどのように過ごしているだろうか。過ちの日々を過ごしてはいないだろうか、と。

「過ち(あやまち)」というと、罪を犯すことと思う人もいるのではないでしょうか。すると、「私は罪など犯していない」と、過ちを犯した誰かのこと、つまり他人事として吉野さんの詩やこの寺報を読むことになります。

けれど、実際に罪を犯したならば、罪を犯したという自覚があります(認める認めないの違いはあるけれど)。つまり、私が過ちつつ日々を過ごしているということは、自覚が難しいのです。私が過ちつつ日々を過ごしているなんて誰も思ってもいないでしょうから。

いつか見た光景

今、世界中が新型コロナウィルスの驚異の渦中にあります。日本では、総理大臣から、全国の公立小中高の休校が“要請”され、現場の先生や保護者、誰よりも子どもたちに動揺が広がっています。

ドラッグストアにマスクを見かけなくなって久しいですが、「紙製品がなくなる!」というデマが流布し、ティッシュペーパーやトイレットペーパーまでもが、ドラッグストアの棚から姿を消してしまいました。いつか見た光景だなぁと、振り返ります。

2011年3月11日「東日本大震災」発生。食料品や生活用品、ガソリンなどが手に入りづらくなりました。あの頃も、悲しみに追い打ちをかけるようなデマが飛び交いました。

人間は反省したり、立ち止まって考えたり、軌道修正したりすることが出来る生き物です。ということは、過つたびに反省し、考えて、新たな一歩を踏み出してきたはずです。であるならば、いつも現在(いま)が一番反省修正された最良の瞬間(とき)であるはず…とも思いたいのですが。反省の内容が正しいとも限りませんし、不都合があれば隠したり捻じ曲げたりしますし、同じ過ちを繰り返してしまうのもまた人間です。二度と見ることがありませんようにと願った光景を、人間はまた映し出しています。

過失

東日本大震災発生時、「困ったときはお互いさま」と、日本のみならず世界中の人びとが、被災された方々に救いの手を差しのべられました。
けれど、今回のウィルス騒動は、世界各地で感染者が出ています。世界全体が対策・対応に追われています。そうなると、「困ったときはお互いさま」などと言っていられる状態ではありません。新型コロナウィルスの発生元とされる中国の方に怒りをぶつける様子が、世界のあらゆるところで確認されています。西洋の方から見れば、日本人もまた中国人と同じアジアの人間です。外国で、アジア系の人が差別や暴力を受ける被害も起きています。「ひどいことをするなぁ」「とばっちりだ」と思う人もいるかもしれません。けれど、振り返ってみれば、イスラム過激派によるテロ事件が起きた際、日本人も「イスラムの一部の過激派が起こした事件」という見方よりも、「イスラム教は危険だ」と、イスラム教徒全般に対する差別的な見方をしたのではないでしょうか。そして今もまた、新型コロナウィルスの感染者が確認された都道府県を冷たい目で見てはいないでしょうか。

自分自身が被害に遭ったり、被害に遭うかもしれなかったりというところに身を置くと、気持ちが犯人捜しに向かうのかもしれません。自分の優位性や安全性を確保するために他者を貶めるという過ちを、人間は繰り返してしまいます。

過去

「過ち」は時間とともに薄れてゆきます。「過ち」の事実が消えてしまうということはありませんが、日々を過ごすなかで、あらゆる事柄が上書きされてゆき、古い「過ち」は忘却のかなたに去ってゆきます。だから「過去」というのでしょうか。

けれど、たとえ新しい出来事に上書きされようとも、たとえ楽しい出来事に心奪われようとも、忘れてはいけないことがあります。「生きることは、そのまま過ちであるかもしれない日々」であるということを。

ふと振り返ります。私はこれからのいのちとの日々をどのように過ごしているだろうか。過ちの日々を過ごしてはいないだろうか、と。

 ☆ ☆ ☆

掲示板の人形
00240001

3月、ひな祭りですね。2月、あまりにバタバタと過ごしていたら、ひな人形を飾るのを失念していました。
3月2日、リビングにやっと飾ることができました。
写真の人形は、掲示板用の小さい人形です。お雛様と、かつて奈良公園で買ったシカと、2月に京都に行った際に買った豆シバの人形です。

« 2020年2月 | トップページ | 2020年4月 »

フォト
2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

西蓮寺ホームページ

無料ブログはココログ