« 身を粉にしても ほねをくだきても | トップページ | 新しい風が吹いてきた!! »

2019年11月18日 (月)

立派になる

若い僧侶と話していて、
「一生懸命修行・勉強をして、立派なお坊さんになりたいと思います」
と、力強い言葉を聞きました。

またある日、別の僧侶から、
「自分は以前、“立派な僧侶にならなければいけない!”と、自分を追い詰めていました」
という、落ちついたお話を聞きました。

「立派」・・・「非常にすぐれているさま」「不足や欠点のないさま」という意味です。
そうありたいものの、それもまた難しい。それに、仮に立派な人になれたとして、面白味のない人になってしまいそうです。

立派になるってどんなことだろう?と考えたのですが、向上心だと思うのです。
「立派な人になって出世をめざす」といったことを言います。不足や欠点のない人間となり、周囲からの評価を得て、出世する。そのように願うのが、世間における考え方かもしれません。
けれど、僧侶が「立派になる」とは、一派を立ち上げるほどに三蔵(経蔵・律蔵・論蔵)に精通した者となることを指すのでしょう。もちろん、世間の人びとから信用されるようになることも、立派なお坊さんになるということなのかもしれませんが、僧侶とは、そもそも世間から出た者、出世間した者のことを言います。そのように根本を考えると、「立派になって出世する」のではなく、「出世して、立派を目指す」のが僧侶の道です。世間とは逆ですね。
ですから、「立派なお坊さんになりたい」と決意したのであれば、名誉欲や信用を得るという意味での立派を目指すということではなく、ただひとすじに教えに聞いていく生き方(生涯聞法)をしていくということでしょう。

目指せ 立派!!

« 身を粉にしても ほねをくだきても | トップページ | 新しい風が吹いてきた!! »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 身を粉にしても ほねをくだきても | トップページ | 新しい風が吹いてきた!! »

フォト
2020年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ