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2019年11月 7日 (木)

後に生まれん者は前を訪え

昨日の投稿で、報恩講での海法龍先生のお話に少し触れました。「弔」と「訪」と「尋」について。
お話を聞いていてちょっとビックリしていました。
報恩講の支度をしているとき、妻と「訪」について会話をしていたからです。

本堂のホワイトボードに張ってある言葉を外す際、その言葉を見ながら妻が呟きました。

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「『後に生まれん者は、前を“尊べ”』 とか 『“敬え”』じゃないんだね。亡くなった人を尊びましょうとか敬いましょうっていうのは よく聞くけど、道綽大師は“訪え”って言ってるんだね。」

「そういわれるとそうだね。日本語では、「とむらい」というと“弔”の他に、この“訪”もあったから、『弔うということは、訪うこと。つまり、たずねることです』という論が成り立つんだけど、道綽大師は中国の方だから、『「弔」と「訪」は読み方も同じだから、意味も通じ合える』なんてことは考えないよね。ということは、道綽大師は、『弔うということはつまり訪ねることである』ということを感じていたんだね。」

なんてことを、本堂の支度をしながら話していました。

報恩講で海先生のお話を聞いたあとで、先生に感想をお伝えしている方もいらっしゃいました。
「道綽大師の言葉(↑写真の言葉)を思い起こしながら、先生のお話を拝聴していました」。
南無阿弥陀仏(‐人‐)

前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え。
道綽大師

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