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2019年10月18日 (金)

自然(しぜん)は、人を傷つけているだけでなく、自らも傷ついている

玄関のドアを開けて外に出ると、フワッといい匂いが漂っている。
金木犀の薫りだ。
ちょっと不機嫌な朝も、この匂いにどれだけ救われていることだろう。

金木犀の薫り、桜の姿、こころに響く花がある
今日 お墓参りに見えた方が持っていたコスモスも、微妙な色の違いが美しかったなぁ
この時期、薫り松茸味シメジと言われるけれど、松茸もシメジもどっちも美味しい
サンマの不漁がニュースになるように、秋の味覚の代表格 スーパーに行くと、ついサンマの値札に目がいってしまう
栗やミカンを剥いて食べるけど、あの剥いている感触もあって、美味しい!!と感じさせるらしい
夏から秋にかけて、空の雲の表情が明らかに移ろう あの変化も面白いなぁ
日の暮れるのも早くなったけれど、どこからともなく虫の音が 

嗅覚 視覚 聴覚 味覚 触覚
五感を使って自然を感じているんだなぁ

ストレスの発散のために、空を眺めるのもいいらしい
わかる気がする
世田谷区は高い建物が少ないので、墓地の掃除をしていて、地面を眺めていた目を ふと上に視線を上げると、広い空が広がっている。
あぁ、きれいだなぁ 澄んでるなぁ 大きいなぁ と感じる

自然は人を癒す
誰もが身をもって体験している

けれど、自然は人にも牙を剥く
台風による被害は、人間の想定をはるかに超えている
「より強固で大きい堤防を作らなければいけない」と言う人がいるけれど、人知人力では超えられないものがあるということを肝に銘じなければいけないのではないか
超えよう、超えられないものない、なんとかなる・・・という想いも大切だけど、
超えられないものがある・・・と、畏敬の念を持つことを忘れてはいないか

癒やしを自然に求め、「あぁ、金木犀のいい薫りがするね」というときは自然を享受し、
被災したときには、「よりデータを集めて」「よりお金をかけて」「よりハード面を高めて」と、自然を敵に回す

今朝、金木犀の匂いにホッとした瞬間(とき)、そんなことを思った

すべて自然(じねん)

Dsc_3702

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