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2019年10月20日 (日)

一緒にいるから、喜べるし、悲しめる

一人居て喜ばば二人と思うべし、
二人居て喜ばば三人と思うべし、
その一人は親鸞なり

親鸞聖人の遺教と伝わることば
昨晩、風呂で涙を浮かべながら、ふと頭に浮びました。

親鸞聖人は、
「一人居て悲しばば二人と思うべし、」
とは言われなかったんだなぁ

とはいえ、
喜んでいるときも、その背景には悲しくみがあり、
悲しいときも、喜びの経験が土台としてあり、
つまり喜ぶも悲しむも、それぞれ独立の感情ではなくて、すべてを含んでいるから、
聖人が「喜ばば」と言ってはいても、気持ちとしては「悲しばば」も その他の感情も含んでいるはず。
決して、嬉しいときだけ聖人がそばにいて、悲しい時はそばにいない・・・ということではない。

あ、書いていて思った。
喜ぶときも悲しむときも、喜怒哀楽感ずるときは、それに先立って「生きている」ということがあるわけで、
聖人は、「常に一緒にいますよ」ということを、ご遺教として言われたのだと思いました。
南無阿弥陀仏

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