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2019年10月

2019年10月31日 (木)

現場を知るということは、人に会うということ

2019年10月22日、国連難民高等弁務官を10年間務められた緒方貞子さんが亡くなられました。
紛争地域での映像が記憶に残っていたが、現場主義であったとのこと。
現場主義の背景には、
「『生きてもらう』ということに尽きるんですよね。いろんなやり方があっても、それが大事なことだと思いますよ。それが人道支援の一番の根幹にある」と語られています(著書『共に生きるということ  be humane』)

現場は大切だと思います。けれど、現場を大切にする想いの根底に、ひとり一人を大切にする眼がなければいけないと思います。
現場に身を置きながら、現場を見ていない人もいます。
緒方さん訃報のニュースを聞き、新聞を読んでいて、あらためて 人間を見つめられていた方なのだなぁと感じました。

緒方貞子さんの意志を、大切に生きたいと思います。

 

2019年10月30日 (水)

阿弥陀さまへと続く道

昨日の朝、小学校5年生のミシン実習お手伝い。
展覧会を前に、作品作りが遅れている子たちが、早めに集まってミシンを使うというのでサポート。
みんな自主的に作品作りに取りかかってえらいなぁ。さすが5年生
私、ほとんど何にもしていません^^

ミシンサポート終わって、帰寺。
報恩講に向けて、住職と本堂内陣の荘厳を整えました。
「おみがきの会」で仏具と本堂がきれいになって、内陣の荘厳も整って、報恩講モードになりました。

午後、東京教区同和協議会の委員さんとの懇談会のため真宗会館へ。
話している内容の方向性がひとつの方に向いてきた感じがしてから、話が進んでいった気がする。
ひとり一人の考えていることはそれぞれでも、それぞれが考えていることを口にすると、なんとなく方向性は見えてくるものだなぁと感じる。

懇談会が終わって、帰寺。
真宗会館の駐車場を出るとき、いつもは左折するのに、昨日はなぜか右に曲がりたい気分。
で、右折。
昔は右折して帰っていたなぁと懐かしみつつ、笹目通りへ。
で、大渋滞!!
なんで!?
いつも通りのコースで帰っていたら、渋滞に巻き込まれなかったのかなぁ・・・などと、今更どうしようもないことを考えながら運転していた。
先のことなんか分らないし、そのコースが間違った選択で、違うコースが正しい選択だったのか、もしかしたらより最悪な選択ということもある。
あのとき別の選択をしていたら・・・そう考えることってあるけれど、私が歩むコースって、この、今歩んでいる道しかない。
この道を歩んでいることを楽しもうじゃないか!!
なんて考えていたら、会館から左折していた場合に通る道と合流。ザッと計算して15分のロス。
渋滞にはまった!!って言ったって、15分余計にかかっただけのこと。たいした違いではないですね(懇談会が終わった後だから言えることで、懇談会前だったら焦ってますね(^∀^) )


寺の駐車場が見えてきた。
駐車場に入ると、ちょうどお豆腐屋さんが移動販売に来ていて、妻と娘が買い物をしていました。
(妻・娘)「あ、パパ、おかえり~^^」
左折して15分早く帰っていたら、この「おかえり~」には出会えなかった。
厚揚げとピーマンのオイスターソース炒めが美味しかったです♡

人生、正しい道があるわけではなくて、歩んでいる道が私の道。
なにが起こるか分からない。分らないから考える。考えるから、起きた出来事が心に刻まれる。

2019年10月29日 (火)

西蓮寺おみがきの会 開催

昨日(2019年10月28日) 西蓮寺報恩講に向けた「おみがきの会」開催
雨が多かった10月、久しぶりの快晴。おみがきの会日和でした。
9名の門徒さんが集まってくださり、賑やかな会になりました。
(西蓮寺「おみがきの会」は、聞法会・コールリンデン、定例の会に参加してくださっている方に呼びかけています)

「おみがきの会」といっても、本堂の仏具みがきだけでなく、欄干やイスや窓や床や柱や手すりや、本堂内のいたるところを水拭きしてもらいました。

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「おみがきの会」を始めて13年目。慣れたもので、1時間ほどで本堂がきれいになりました。寺の人間だけでおみがき・本堂の掃除をしていた頃を思い出すとゾッとします。長い時間をかけて、クタクタになりながらやっていたものです。
みんなが自主的に掃除場所を見つけてきれいにしてくださるので、会を重ねる毎にきれいになる範囲も広がっています。それでいて時間は短縮されているのだから不思議です。

渡り廊下の窓も、外して外側を洗うことができました。台風の雨風でだいぶ汚れていたのですが、きれいになりました。
窓枠のさんも水拭きしてもらい、きれいになりました。

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おみがき・お掃除が終わった後は、きれいになった本堂で、みんな一緒にお勤め。
おみがきの後のお勤めも、「報恩講」のお勤めだと感じます。

お勤めが終わった後は、みんなで一緒にお昼ご飯。いろいろな話をしながら、楽しい時間となりました。
お手伝いくださったみなさま、ありがとうございます(‐人‐)
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さぁ、西蓮寺報恩講は11月5日にお勤めです!!

2019年10月28日 (月)

年を重ねる 今・今・今の積み重ね 

昨日(2019年10月27日)は、住職・坊守(父・母)の50周年結婚記念日

「お祝いに外食でもする?」と、昼間に尋ねたものの、
毎土・日曜日はお寺で法事があり、法事と片付けを終えると、いつも2時や3時からの昼食になる。
結局、3時からの昼食でお腹も落ちついてしまい、外食(お祝い)は延期。

昼食を終えてから、娘とケーキを買いに行った。
「ジィジ バァバは、どのケーキがいいかなぁ」と選んできたケーキを、夜にみんなで食べた(それが夕飯になった(^∀^))。

(坊守)    「結婚して50年ね」
(長女(孫)) 「50年なの?」
(私)      「息子が48歳だからねぇ」
(妻)      「金婚式ですねぇ」
(長女(孫)) 「あと50年で100だねぇ」
(住職)    「100回忌だね」 (^∀^)
(坊守)    「私は、今が一番幸せだわ♪」

いろいろな含みのある「今」。
現在の「今」もあるけれど、
その瞬間(とき) その瞬間(とき)が「今」でもある。
今、今、今の積み重ねが今であり、「今」と言った瞬間に、その「今」は過去となる。未来においても「今」という。
現在・過去・未来を含んだ「今」もある。

(住職) 「ジィジは、みんなでケーキ食べてる“今”が幸せです」(⌒▽⌒)

次女は、大好きなチョコレートケーキを黙々と食べていました。

2019年10月27日 (日)

慶喜(きょうき)

10月20日(日)の投稿で、親鸞聖人は「一人居て喜ばば二人と思うべし、 」 とは言われたけれど、「一人居て悲しばば二人と思うべし、」とは言われなかったんだなぁ・・・と書きました。

けれど、今日 ふと思いました。
『「悲しばば」とは言われなかったけれど、「悲しばば」を含んだ「喜ばば」に違いない!』旨書いたけれど、それは、親鸞聖人を人格者として見ている証拠であり、また、救主として拝んでいることになる、と。
親鸞聖人もまた悩める一人の衆生であり、罪悪深重の凡夫にすぎない。その聖人に、「一緒に悲しんでくれている」と思い込むのは、聖人の教えを聞いていないからではないか。
聖人は、救主(阿弥陀如来)ではなく、教主(教えを伝えてくださった方)。聖人の教えに出あった者は、その教えを聞くことを通して、念仏申す身となる。聖人に教主としての姿は見ても、救主としての姿を追ってはならない。

思い出したエピソードがひとつ。
今は亡き 和田稠(しげし)先生が結婚披露宴に招かれた際、誰もが「おめでとう」「おめでとう」と祝辞を述べる中で、「皆さん、おめでとう おめでとう言ってますけど、本当におめでたいことというのは、信心を獲得したことを言うのです」と言われたというエピソードが。
私は、現場にいたわけではないし、伝え聞きというか、伝説のように語られているので、エピソードの真偽はわかりません。でも、和田先生なら「さもありなん」と思っています^^
信心獲得したことがおめでたい
おめでたい、よろこばしい出来事はいろいろあるけれど、本当に「おめでたい」ことは信心を得たときだと。

「よろこび」について、「歓喜」と「慶喜」がある。
親鸞聖人は、「歓喜(かんぎ)」について、「うべきことをえてんずと、さきだちてかねてよろこぶこころなり」と言われている。
つまり、まだ得てはいないのだけれど、この先確実に得ることができると、期待を込めて「よろこぶ」ことを「歓喜」と表現されている。
また、「慶喜(きょうき)」について、「慶とは信心を得てよろこぶ心。喜とは心の中に常によろこびのたえないこと」と言われている。
すでに我が身に得たことをよろこぶときに「慶喜」という。

和田先生のエピソードを思い出し、親鸞聖人の「歓喜」と「慶喜」の使い分けを思った時、
聖人なら「一人居てばば二人と思うべし、」と、信心獲得のよろこびを書かれるのではなかろうか?ということを考えた。

2019年10月26日 (土)

ゆるす

手紙を書いていたら、やたら長い文章になってしまいました。
手紙の最後に、「長文お許しください」と、書き添えました。
この場合の「ゆるす」は、「許す」でいいのかな?
なんて考えているときに、ふと思いました。
「許す」と「赦す」について。

天皇の代替わりに伴い、「恩赦」が実施された。
恩赦の「赦」も「ゆるす」。

「許す」は、「免許」とか「許可」という熟語があるように、ゆるす(認める)前提があって、その前提条件が満たされている間、肯定されるもの。
ゆるした内容が消えることはない。消えたときは、ゆるされる内容も却下となる(免許の剥奪とか)。
つまり、ゆるした内容・条件が、ずっとくっついて離れないことを「許す」のだと思う。
そう考えると、相手に詫びるときの「許す」は、相手に許しを請うときは、自分のしたことが消えることもないし、消えない覚悟で“許し”を請うことなのだと思う。

「もっと簡略化して書けばいいものを、思いのままに書き綴ってごめんなさいね。でも、これだけのことを伝えたいという思いがあったんです。どうか読んでください。」・・・というほどの想いが内包されているのが、「長文お許しください」かな。

「赦す」は、「赦免」という熟語があるように、ゆるされるうえに、かつてやらかした事柄が免除されるもの。
ゆるされた内容、やらかした事実が消えてしまう。それが「恩赦」。
つまり、やらかした内容が消えてしまうのが「赦す」。やらかした人が、自分のなかで背負い続けるということはあるけれど。
そういうことを考えていたら、「許す」は、許してほしい側と許してあげる側の双方が関わる言葉だけれど(「許してください」「許してあげる」)、「赦す」は、高次にいる人(赦してあげる)側からの言葉なんだなぁとも思いました(赦してあげるのだろうけど、「赦してください」とは言えない)。

ふと思っただけの文章、お許しください。

あ、「許容」という熟語もあるなぁ。みなさん、許容量・許容範囲が広くて助かります(-人-)

2019年10月25日 (金)

種をまかねば育たない

種をまかねば、一生花なんか咲かねんだ。あんたみたいに、種もまかないで 幸せの花咲かそうと思っても、無理に決まってる!!
ドラマ「同期のサクラ」(第3話 2019年10月23日放送分より)
(ドラマの中では、この部分は方言で喝破しているので、もっと感情いっぱいのセリフです。)

妻が録画していたドラマ「同期のサクラ」(主演 高畑充希)を見て、思わず涙ぐんでいた。

サクラのような、真っ直ぐな人間が馬鹿を見るような世の中は、なんか間違っているなぁ・・・

と思う反面、真っ直ぐな人間ばかりになったとき、真っ直ぐに物事が進むかといったら、そういうわけにはいかない。真っ直ぐな人間どうしがまたぶつかってののしりあい、喧嘩、争いが起きてしまう。それに、そうなることを防ぐために、人間は防衛本能として自分を隠したり、偽ったり、他人に合わせたりするようになったのではないだろうか。

「最近の子は、他人との確執を好まないから、極力人と交流を持たないようにしたり、自分を出さないようにしている」なんてことを言う人がいるけれど、それは逆で、確執が生じないための行動を、しているのかもしれない。もっとも、それもまた、声の大きな人、権力を持った人を利して、その人らが振るう暴力(ハラスメント)によって、苦しむということが起こるのだけれど。

上記の「種」の話に感動しました。
種をまくことによって、次が生まれ育ち、広がってゆく。そしてまた種が生まれ、次のいのちへと繋がっていく。次の展開へと広がりを持つ。
「種」は、誕生と、広がりの象徴なんです。
そういうことを、強く想う。
第3話のなかで、このシーン(セリフ)が一番突き刺さりました。

それから、おじいちゃんのFAXも達筆で、心がこもっていて、ほれぼれします。

2019年10月24日 (木)

二河白道の譬え(たとえ)

昨日投稿した文章で「二河白道」について触れましたが、その要約です。

(要約)

「二河白道の譬え」とは、念仏往生の姿を譬喩であらわしたものです。

西に向かって歩く旅人がいました。
旅人の行く手に、大きな河が見えてきました。南に火の河、北に水の河。河は大きく、とても深い。
火の河と水の河の中間に、白道が一筋。幅はわずか四五寸ばかり。火と水の勢いは激しく、とても白道を通って西の岸へは渡れそうもありません。
旅人はひとり。頼る人はいません。盗賊や獣たちが旅人に襲いかかります。

旅人は西に体を向けつぶやきます。
「引き返しても盗賊・獣に殺されてしまう。ここにとどまっても死んでしまう。水火の河を渡っても死んでしまうだろう。いづれにしても死を逃れられないのならば、私は西に向かって、この白道を歩む」と決心します。
その瞬間、東の岸より勧める声がします。
仁者(きみ)、決心してこの道を渡りなさい。死を逃れるであろう。もし止まれば、死を待つばかりである」。
また、西の岸より喚(よ)ぶ声がします。
「汝(なんじ)、決心してこちらへ参りなさい。私が汝を護ります。水火の川に堕ちることを畏(おそ)れることはない」。

旅人は決心して歩き出します。
その姿を見て、盗賊は呼び止めます。
「帰ってきなさい。この道は危険すぎる。必ず死んでしまうぞ」と。
盗賊が引き止める声に振り返ることなく、旅人は白道を渡り、西の岸にたどり着きます。
旅人は、自分を導く よき師よき友と出遇い、空しくない人生を送りました。

 

「東の岸」は、私たちが住む現実娑婆世界。

「西の岸」は浄土の(たと)え。

「水の河」は、(むさぼ)りのこころ。

「火の河」は、(いか)り憎しみのこころ。

水火とは、煩悩を持つこの私の姿です。水火の勢いはとても激しい。

「白道」は、そんな私の心の中に生じた「すくわれたい」という願い。

東の岸で「渡りなさい」と勧めるのはお釈迦さま。(発遣(はっけん)の声)

西の岸で「来なさい」と喚ぶのは阿弥陀如来。(招喚(しょうかん)の声)

「引き返せ」と叫ぶ盗賊の声は、目の前の幸福に惑う私。

「旅人」とは、私自身です。
この私に、勧める声、喚ぶ声(願い)が響いています。
(要約以上)

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2019年10月23日 (水)

町探検

2019年10月23日(水)
娘が通う小学校の2年生が、町探検の時間にお寺を訪ねてきてくれました。
前もって先生から 「30分ほど、質疑も含めてお話いただけますか?」とお声をいただき、本日を迎えました。
2年生全員、100名ほどの小さな人々が来寺。お寺の下駄箱が、かわいい靴で埋まりました^^

本堂は満堂。
せっかくお寺に来てくれたのだからと、先ずはみんなで一緒に手を合わせました。
本堂に入って座るなり手を合わせている子もいたので、お家でも手を合わせてるのかなぁと思いました。嬉しい姿でした。

数日前、
さぁ、何をお話ししようか・・・と考えて、とりあえず教務所から紙芝居を借りてきました。
けれど、妻が「あなた、自作の“二河白道”があるじゃない!!」と提案され、「え、あれ、いい?」と尋ねる私に「うん^^」の返事。
「そのかわり、旅人はルフィで、盗賊はカイドウね!!」という、『ワンピース』知らないと訳分からない無茶振りを受け、前に作ったものを使い回すのではなく、新しい絵を描き直しました。
(せっかく貸し出してくれた紙芝居、使いませんでした。ごめんなさい!!)

さて、本番
初めの10分ちょっと、“二河白道の譬え”を小学生2年生向けにアレンジして、子どもたちと応答しながら話を進めました。
みんな受け答えしてくれて楽しかったです。でも、ルフィとカイドウには、こちらが想定していたほど食いつきはなかったです(^∀^)

二河白道の譬えの話の後は、質疑応答
 「お寺では、普段何をしているんですか?」
 「どうしてお寺をやろうと思ったんですか?」
 「お寺で大事なものって何ですか?」
 「お寺には何人くらい入りますか?」
 「お坊さんは、何を読んでいるんですか?」
 「このお寺は、建ってから何年経つんですか?」
ドキドキしましたが、質問が初々しくて楽しかったです。

質疑応答終わって、お寺の中を見学してもらって、バイバイしました。
「また来てねぇ~」って。

町探検、子どもたちは次は駐在さんの所へ行きました。

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2019年10月22日 (火)

時間の浪費は、結局は自分が選択している

昨日、小学校にミシン実習のお手伝いに行って・・・
ミシン実習は家庭科の時間なので、専科の先生が就きます。
でも、クラス担任とサポートの先生も入ってくださって実習は進みました。

子どもたちがミシンの糸通しや直線縫いの練習をするときは、保護者がサポートして、
ちょっとざわついて緊張感がなくなったときは、担任が注意します。

実習が進みながらも、担任とサポートの先生は、家庭科室の外で子どもたちのプリントの丸付けをしたり提出物のチェックをしたり。
あぁ、学校の先生はやることが多くて大変だなぁと思いながらチラ見していました。

ちょっとの空いた時間の使い方が自分は下手で、何をするにも1時間2時間まとまった時間でないとなかなか手が付けられなくて・・・
電車の移動時間に本を読んだり、文章を書いたりするのも苦手で、そういう時間を有効に使える人になりたいなぁと思っています。
だからいつも、夜、子どもたちが寝てから仕事に取りかかっています。

先生は、そういうことも言ってられないほど限られた時間の中で仕事をしているから、ちょっとの隙間の時間を大切にされているのですね。
子どもたちを見守ってくださり、勉強を教えてくださり、ありがとうございます。

感謝と共に学校を後にしました。

2019年10月21日 (月)

上糸はあなた 下糸はわたし♪

小学校、家庭科の時間 「ミシン実習のため、お手伝いいただける保護者の方はご参加ください」とのご案内があり、参加(私が)。

ミシンの実習に先生 ひとりでは大変ですよね。
子どもたちはミシンに不慣れだし、怪我をする恐れもあるし・・・。

今日は、ミシンを使うための準備をして、直線縫い・直角縫いの練習まで。
ヒヤヒヤしながらも、みんなキチンと練習までできました。
作品作りが楽しみだね^^

娘が通う小学校は、世田谷区の中でも一番古い校舎(私が通ったときは、世田谷区で一番新しい校舎だったんだけど)。
備品も古いものが多いらしくて、「まだこんなミシンが残っていたんですか!!」と、ミシンの修理に来たメーカーの方が言ってたとか。
子どもたちが使用するものはさすがに新しいミシンでしたが、奥に古そうなミシンがいました。
「古いミシン、多分あなたが小学生のときに使ってたやつだから、そのミシンを使う場合はあなたがサポートに入っていた方がいいでしょ」との妻の機転で私がミシン実習に参加したのですが、幸い(?)新しいミシンで足りたので、古いミシンの出番はなし。
古いミシン出て来ても、私も使えるかどうか分りませんが。

誰も怪我しなくてよかった。
子どもたちと楽しい時間を過ごしてきました^^

2019年10月20日 (日)

一緒にいるから、喜べるし、悲しめる

一人居て喜ばば二人と思うべし、
二人居て喜ばば三人と思うべし、
その一人は親鸞なり

親鸞聖人の遺教と伝わることば
昨晩、風呂で涙を浮かべながら、ふと頭に浮びました。

親鸞聖人は、
「一人居て悲しばば二人と思うべし、」
とは言われなかったんだなぁ

とはいえ、
喜んでいるときも、その背景には悲しくみがあり、
悲しいときも、喜びの経験が土台としてあり、
つまり喜ぶも悲しむも、それぞれ独立の感情ではなくて、すべてを含んでいるから、
聖人が「喜ばば」と言ってはいても、気持ちとしては「悲しばば」も その他の感情も含んでいるはず。
決して、嬉しいときだけ聖人がそばにいて、悲しい時はそばにいない・・・ということではない。

あ、書いていて思った。
喜ぶときも悲しむときも、喜怒哀楽感ずるときは、それに先立って「生きている」ということがあるわけで、
聖人は、「常に一緒にいますよ」ということを、ご遺教として言われたのだと思いました。
南無阿弥陀仏

2019年10月19日 (土)

芸術とは、そもそも評価されるためのものではなかったはず

3歳の子どもが、自分の描いた絵を、恥ずかしくて人に見せられなくて泣いてしまったというお話を聞いた。
なぜ、それほどまでに恥ずかしかったのでしょう。

その子の親は気付いていないかもしれないれど、
謙遜のつもりで「〇〇ちゃんはすごいわねぇ、うちの子なんて全然ダメで」「〇〇ちゃんは絵が(字が)上手ねぇ、うちの子は絵が(字が)うまくかけなくて」という親どうしの会話を、子どもは聞いているもの。そして、傷付いているもの。
そうすると、自分の描いた絵を恥ずかしく思っちゃいます。誰にも見せたくなくなります。
〇〇ちゃんを誉めるのと同じように、誉めてあげてほしいです。

2019年10月18日 (金)

自然(しぜん)は、人を傷つけているだけでなく、自らも傷ついている

玄関のドアを開けて外に出ると、フワッといい匂いが漂っている。
金木犀の薫りだ。
ちょっと不機嫌な朝も、この匂いにどれだけ救われていることだろう。

金木犀の薫り、桜の姿、こころに響く花がある
今日 お墓参りに見えた方が持っていたコスモスも、微妙な色の違いが美しかったなぁ
この時期、薫り松茸味シメジと言われるけれど、松茸もシメジもどっちも美味しい
サンマの不漁がニュースになるように、秋の味覚の代表格 スーパーに行くと、ついサンマの値札に目がいってしまう
栗やミカンを剥いて食べるけど、あの剥いている感触もあって、美味しい!!と感じさせるらしい
夏から秋にかけて、空の雲の表情が明らかに移ろう あの変化も面白いなぁ
日の暮れるのも早くなったけれど、どこからともなく虫の音が 

嗅覚 視覚 聴覚 味覚 触覚
五感を使って自然を感じているんだなぁ

ストレスの発散のために、空を眺めるのもいいらしい
わかる気がする
世田谷区は高い建物が少ないので、墓地の掃除をしていて、地面を眺めていた目を ふと上に視線を上げると、広い空が広がっている。
あぁ、きれいだなぁ 澄んでるなぁ 大きいなぁ と感じる

自然は人を癒す
誰もが身をもって体験している

けれど、自然は人にも牙を剥く
台風による被害は、人間の想定をはるかに超えている
「より強固で大きい堤防を作らなければいけない」と言う人がいるけれど、人知人力では超えられないものがあるということを肝に銘じなければいけないのではないか
超えよう、超えられないものない、なんとかなる・・・という想いも大切だけど、
超えられないものがある・・・と、畏敬の念を持つことを忘れてはいないか

癒やしを自然に求め、「あぁ、金木犀のいい薫りがするね」というときは自然を享受し、
被災したときには、「よりデータを集めて」「よりお金をかけて」「よりハード面を高めて」と、自然を敵に回す

今朝、金木犀の匂いにホッとした瞬間(とき)、そんなことを思った

すべて自然(じねん)

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2019年10月17日 (木)

和らかなるをもって貴しとす

台風15号に続き19号も猛威を振るいました。
明日(18日)以降、全国的に雨が続くと予報されています。
気温も一気に下がり、寒くなりました。
避難されている方、家の片付けを進めたい方のことを想うと、胸が痛みます。
お風邪などめしませんように。

昨年も、強い台風が吹き荒れました(何号だったか忘れましたが)。
その際、西蓮寺境内にある大きな芙蓉の木が折れました。
毎年夏の終わり頃から幾つもの花を咲かせ、蜂が蜜を集めに来ていました。

淋しい想いをしながら、折れた芙蓉を持ち上げたとき、折れた木の外側の古い皮の割れ目から、その中に幹があるのが見えました。
折れた木(皮)の中に、やわらかな幹がしなっていました。幹は折れていません!!
古い皮を剥ぐと、若くてしなやかな幹が姿を表わしました!! 

全体を触ってみると、生きている感触がありました。
「この芙蓉、まだ生きている!! 大丈夫だ!!」と感じました。

古くて固い皮を剥ぎ、支柱でささえてあげました。

今年、その芙蓉は、葉のボリュームや花の数は減りましたが、また花を咲かせてくれました。
台風15号の際、また倒れてしまいましたが、また支柱で支え直して、花を咲かせています。
台風19号にも耐えました。

しなやかな幹の瑞々しさ
強く勢力の大きいものに対するのは、強固さや頑丈さではなく、柔軟さなんだなぁと、芙蓉から教えられました。

 

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2019年10月16日 (水)

雨ニモマケズ 風ニモマケズ⑤(了)

仏前結婚式のご縁から、感じたことをツラツラ綴ってきました。そのタイトルを「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」としたのは、台風が襲来していたからという意味ではなくて・・・

中学生の時に図書室で「宮沢賢治全集」を読みあさっていた記憶はあるのですが、内容はほとんど覚えていません。とはいえ、そんななかでも「雨ニモマケズ」は印象的で記憶に残っていますが、「雨ニモマケズ」は小学生の国語の時間に習っているんですよね。そんな程度の読書力でした。

「雨ニモマケズ」 宮澤賢治

 雨ニモマケズ
 風ニモマケズ
 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
 丈夫ナカラダヲモチ
 慾ハナク
 決シテ瞋ラズ
 イツモシヅカニワラッテヰル
 一日ニ玄米四合ト
 味噌ト少シノ野菜ヲタベ
 アラユルコトヲ
 ジブンヲカンジョウニ入レズニ
 ヨクミキキシワカリ
 ソシテワスレズ
 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
 小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
 東ニ病気ノコドモアレバ
 行ッテ看病シテヤリ
 西ニツカレタ母アレバ
 行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
 南ニ死ニサウナ人アレバ
 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
 北ニケンクヮヤソショウガアレバ
 ツマラナイカラヤメロトイヒ
 ヒドリノトキハナミダヲナガシ
 サムサノナツハオロオロアルキ
 ミンナニデクノボートヨバレ
 ホメラレモセズ
 クニモサレズ
 サウイフモノニ
 ワタシハナリタイ

 南無無辺行菩薩
 南無上行菩薩
 南無多宝如来
 南無妙法蓮華経
 南無釈迦牟尼仏
 南無浄行菩薩
 南無安立行菩薩
    (青空文庫より)
あらためて「雨ニモマケズ」を全文読んでみる。
 サウイフモノニ
 ワタシハナリタイ
そういうものになりたいけれど、なれない自分を痛切に感じている宮澤賢治。その痛みが伝わってくる。
私の記憶の中では、「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」で終わっていたけれど、その後に「南無~」が続いている。
全集を読んでいたのだから、そこまであることも読んでいたはずなのに。まったく忘れていた。
すがるような気持ち、何かを頼りにしたい気持ちがあったのだと想う。
自分ひとりの力で何事かをなそうとするのではなく、なりたい理想に近付こうとするのではなく、大いなるはたらきの中で生かされている私(私たち)である。
 ソンナコトヲ
 ワスレヌ ワタシデ アリタイ
 南無阿弥陀仏

タイトルを「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」としたのは、いろんなメタファー(隠喩)を込めながら (‐人‐)

2019年10月15日 (火)

雨ニモマケズ 風ニモマケズ④

仏前結婚式も整い、新郎新婦は披露宴の支度のため控室へ。
仏前結婚式を執り行った部屋では、ふたりの加役さんと私(司会)で仏具・結婚式備品等々の撤収作業。
作業中、披露宴にお招きを受けた後輩が、まだ時間に余裕があったので仏前結婚式を行なった部屋へやってきました。

(後輩)「あれ、白山さん、なにやってんですか?」
(私) 「あれ、〇〇ちゃん。私? 私は結婚式の司会」 (^∀^)
(後輩)「!! 白山さん、慶弔どっちもOKですね」
(私) 「もうね、なんでもまかせて!!!!」 (^∀^)v

私の苦労を見てきて知ってくれている後輩(相棒)との軽いやりとり。
7月と8月、お世話になった先輩住職と前坊守の葬儀の式司を務めさせていただき、
10月、東京教区で組を越えたお付き合いをいただいている住職の結婚式の司会を務めさせていただきました。
自分でも、こころのすみっこでチラッと思っていました。お世話になった(お育ていただいた)方々の慶弔に携わらせていただき、人と生まれたことの意味を感じていました。もうね、なんでも来い!!って感じでした(^∀^)
なので、7月と8月の葬儀に際して、お別れがつらいことに変わりありませんが、懸命に生きた人生の先輩方をお送りする務めの一端を担わせていただき、感謝と喜びを感じていました。ありがとうございます。(-人‐)

僧侶というと、葬儀のみを司るように思われているかもしれませんが、仏前結婚式もありますし、門徒さんの七五三をお勤めしたこともあります。
つまり、冠婚葬祭を司るのです。門徒さんは、お寺の住職に「初産式お願いします」「七五三お願いします」「成人式お願いします」「結婚式お願いします」「ご葬儀お願いします」って、人生の節目節目のお願いをしていいのです(決して営業ではなくて)。
お寺の本堂は、いえ、ご本尊と、教えや教えを伝える役目を担った人(僧侶)と、そこに集う人たちがいれば、そこが本堂でしたね。
本堂では、人生の節目を迎え、新しい門出を踏み出せます。

自分の、ではなくて、他者(ひと)の節目に立ち会えることの嬉しさよ!! 南無阿弥陀仏

2019年10月14日 (月)

雨ニモマケズ 風ニモマケズ③

本堂での仏前結婚式から、ホテルの会場の一室での仏前結婚式への変更

ご本尊(阿弥陀如来)は三つ折り本尊でもかまわないのですが、住職(新郎)の強い意志によりお寺のご本尊が遷座(移動)されました。
住職の人生の歩みと共に ずっと一緒にいてくださったご自坊の阿弥陀さま。その阿弥陀さまに見守られて、仏前結婚式は勤められました。

仏前結婚式もお開きとなり、金屏風の前にある阿弥陀さまを前に、司婚者と話をしました。

(司婚)「阿弥陀さまを遷座するとは驚いたけど、やっぱり違うねぇ」
(私) 「そうですね。(立像の)阿弥陀さまがいると、安心しますね」
(司婚)「阿弥陀さまがいて、場が作られた式だったね」
(私) 「阿弥陀さまがいるところが、聞法の場になるんですね」
(司婚)「だから、“本堂”って あの伽藍のことではなくて、ご本尊と教えとそこに集まる人たちがいて、そこが“本堂”になるんだね」
(私) 「そうですね。だからこの場も“本堂”でしたね。お寺とは、建物のことではなく、場のことである、と教えていただきました」

南無阿弥陀仏

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2019年10月13日 (日)

雨ニモマケズ 風ニモマケズ②

10月12日の仏前結婚式(その2)

午前10時30分 仏前結婚式開式

滞ることなく結婚式は進行し(実は、まったく進行に差し支えはない程度の予定外の出来事がいくつか起きていました(^∀^) 笑い話 笑い話)、 
司婚者の法話をいただく時間になりました。

「最大規模の台風が近付いています。台風のニュースに関して“最大”とか“最高”という表現をよく耳にします。
親鸞聖人は、法蔵菩薩が起された願を“無上殊勝の願”と仰っています。“無上”であり“殊勝”である。このうえなくすぐれた願いである、と。
私たちが“このうえない”というとき、私たちの思い計らいの中での “このうえない”と言っているのではないでしょうか。
けれど、親鸞聖人が法蔵菩薩、阿弥陀如来の願を“このうえない”と仰るのは、私たちの思いを越えた はたらき のことを仰っています。
“最大”規模の台風というとき、自然というものが、私たち人間の分別を越えた力を持っているという畏敬の念があるでしょうか。
そんなことを、今来ている台風から問われているということも、考えられるのでないかと思います。
ご夫婦共に親鸞聖人の教えを聴聞する生活を送ってください」
(私の如是我聞・・・私はこう聞きました)

仏前結婚式中に法話があるのは、このうえなくいいですね。
南無阿弥陀仏

2019年10月12日 (土)

雨ニモマケズ 風ニモマケズ①

2019年10月12日(土)
最大級の規模とされる台風19号が日本列島を襲いました。
ご無事でいらっしゃいますか?
被害にあわれた皆様にお見舞い申し上げます。

 

12日は、日頃お世話になっている先輩住職の仏前結婚式&披露宴
仏前結婚式の司会を仰せつかり、絶対遅参できません!! 朝6時前に目が覚め、出発を予定していた時間まで待っていて台風が強まってもいけないので、着替えて6時30分頃に車で都内某所へ向けて出発。まだ、ちょっと雨足が強いかな程度の降りでした。

天気予報で「最大級の台風に注意を!!」と呼びかけていたので、車も道行く人もほとんどいませんでした(時間が時間というのもあるけど)。
けれど、すでに強い雨の降る中、お仕事をしている人がいます。新聞配達の方々です。バイクで一件一軒のお家に新聞を届けてくださっています。
毎日毎日の配達も感謝の気持ちでいっぱいですが、この荒天の中でも配達をしてくださって、有り難く感じました。
みなさんご無事でしたでしょうか。どうかお怪我・事故ありませんように。

よくよく見ていると、雨の中仕事をしているのは新聞配達の方だけでありません。
「空車」のタクシーがけっこう走っていることに気がつきました。
道中、もしものときのためにコンビニにより、飲食物を少し買い込みました。もちろん店員さんがいます。
電車もまだ(もう?)動いています。
ホテルに着いたら、当然ホテルに関わる方々が働いています。

人々のおかげで、私たちの生活は、暮らしは成り立っているんだなぁという当たり前のことを、朝早い時間(しかも荒天の中)に動き出すと強く感じます。

ホテル到着! 仏前結婚式の会場に着いて、仏前結婚式の設営です!!
本来はお寺の本堂で結婚式をお勤めしてから、マイクロバスでホテル(披露宴会場)へ向かう段取りでした。けれど、天気の関係で、仏前結婚式からホテルで行なおうと、結婚式の司婚者さまからの進言で新郎が決断されました。結婚式前日、新郎と加役さんが仏具の搬入をしてくださったそうです。
前の日の準備・搬入、ご苦労様でした。おかげさまで、会場についてすぐに設営に取りかかれました。

「みんなでつくっていくもの」
そんなことを感じながら仏具のひとつひとつを手に取りました。

2019年10月11日 (金)

カ マテ! カ マテ! カ オラ! カ オラ!

ラグビーワールドカップが盛り上がりを見せ、ニュージーランド代表が試合前に舞う“ハカ”が多くの人のこころを鷲づかみにしています。
あの勇ましい踊りは、自分たちを鼓舞するだけでなく、相手に対する敬意や感謝の気持ちを表わす意味も込められています。

ハカを踊る子どもの姿や、ニュージーランド代表がキャンプを行なった千葉県柏市の子どもたちが「柏ハカ」を披露する映像がネット上で見られます。
ワイドショーでは、ネット上で「ハカ」の踊りをする子どもたちの姿が取り上げられています。「かわいいですね」「勇ましいですね」「ハカはすばらしいですね」というコメントと共に。
などとワイドショーで取り上げられているのを見ながら、かつてあった出来事を思い出していました。

1994年 高校野球 夏の大会で、沖縄代表校の応援のため、沖縄の民族衣装エイサーの衣装を着て応援していた人に対して、日本高校野球連盟が衣装を着ることの自粛を求めたことを思い出していました。理由は、「奇異」であり「華美」だからということでした。当時、ニュースを見ながら、理不尽さを感じたものでした。ニュース番組としても、そいうことがあったと、サラッと伝えただけだった記憶があります。

「ハカ」は、勇ましく、格好いい、とともに相手への敬意や感謝も込められている。民族の深い誇りが伝わってきます。
「エイサー」も同じだと思います。エイサーを着ての応援は、そこに沖縄の誇りがあり、沖縄代表校の選手達に勇気を与えたことでしょう。

1994年から時を経ているから、もう応援の自粛など求めないだろうと信じたいですが、現在(いま)はどうなっていることでしょう。
「ハカ」の踊りを見てかっこよさに感動するだけで終わらず、その背景にある歴史や文化、そして誇りを知る機会を今いただいているのだと思います。

目の前の人を知り、敬意をもって接する。
だからこそ、ラグビーにはノーサイド(「闘いを終えたら、お互い大切な仲間だ」という精神)が成り立つのですね。

2019年10月10日 (木)

聖人の御影

昨日の聞法会で「仏法不思議」のお話をした旨書きました。
「仏法不思議」のお話に入る前に、親鸞聖人像についてのお話をしました。

今夏、西蓮寺墓地入口に、親鸞聖人像が立ちました。

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そのお姿を見た門徒さんから、「聖人の立ち姿は、なにか資料があるのですか?」とお尋ねをいただきました。
立ち姿そのものの資料はない(と思う)のですが、聖人の御影としてよく知られているものが3点あり、そのお話をさせていただきました。

安城御影(あんじょうのごえい)
現在西本願寺に所蔵されている御影(正本・国宝)が、はじめ三河国碧海郡安城に伝わったことから「安城御影」と呼ばれる。
首に帽子(もうす)を巻き、黒衣・墨袈裟を着て、両手で念珠を執り、高麗縁上畳に敷皮を敷いて、斜め右向きに坐す像で、手前に火桶と草履と鹿杖が描かれているのが特色。調度品から、日常生活の中の身近な親鸞が描き出されている。
門弟の専信房専海の所望により、聖人が肖像を描かせたもの。本願寺8代蓮如上人は、2度修理している。
西本願寺所蔵のものとは別に、東本願寺に伝来する安城御影(重要文化財)もある。

熊皮御影(くまがわのごえい)
高麗縁の上畳に獣皮を敷いて斜め右向きに坐す親鸞聖人。敷いてある獣皮が、白い剛毛の混じった熊皮のように描写されていることから「熊皮御影」と呼ばれる。
首に帽子を巻き、黒衣・墨袈裟を着て、両手で念珠を執り、膝元には鹿杖が横たえられている。
「安城御影」に倣って制作されたものとみられる。ところが、火桶と草履が描かれておらず、表情も違う。壮年期の気迫に満ちた雰囲気が表現されている。親鸞像の形式化が進んだ時期の作と考えられている。

鏡御影(かがみのごえい)
親鸞聖人の崇高な風格を墨線のみで見事に写し出した「鏡御影」は、鎌倉時代の似絵の最高傑作のひとつとして著名。
斜め右を見つめる眼差しや口元の表情など、表情は繊細で丁寧に描かれ。対照的に、身体の部分は豪快な筆遣いで描かれている。
筆者は、似絵の大成者・藤原信実の子専阿弥陀仏と知られる。

(※参考資料 平野寿則先生「絵像は語る」より)

写真がなくて申し訳ありません。
聖人を直に見て描かれたのは「安城御影」だけのようです。それを模倣する形で聖人の絵像が描かれていきました。その過程で、親鸞聖人に対する想いが加わり、いろいろな絵像、立像ができていったようです。
親鸞聖人像は、多くのお寺にいらっしゃいますが、そのお姿やお顔立ちはお寺それぞれ。
同じものを見ても、その見え方はそれぞれ。見た人の数だけあります。
人の数だけ聖人像がある。南無阿弥陀仏

2019年10月 9日 (水)

仏法不思議

2019年10月9日(水) 西蓮寺聞法会

ご本山発行『真宗の生活』を拝読してお話。
今日は「10 仏法不思議」 (藤原千佳子先生著『仏さまのよびかけ』より)

親鸞聖人の和讃 3つにふれながら「仏法不思議」についてお話しました。

〇いつつの不思議をとくなかに
 仏法不思議にしくぞなき
 仏法不思議ということは
 弥陀の弘誓(ぐぜい)になづけたり
  (親鸞聖人「高僧(曇鸞)和讃」)

【試訳】
五種の不思議(衆生多少不可思議・業力不可思議・竜力不可思議・禅定不可思議・仏法力不可思議)の中でも最高の不思議は仏法力不可思議です。
なぜかというと、凡夫がたすかる弥陀の本願が説かれているからです。「不断煩悩得涅槃」が不思議なのです。
凡夫のおもいはかることのできないところで、凡夫のたすかる本願が誓われ、たすけられてもそれを知らざるほどに広大な力がはたらいている。
それを不思議というのです。

〇浄土真宗に帰すれども
 真実の心はありがたし
 虚仮(こけ)不実(ふじつ)のわが身にて
 清浄(しょうじょう)の心もさらになし
  (親鸞聖人「正像末和讃」)

【試訳】
浄土真宗に帰依しました。阿弥陀如来のすくいを頼りとしてまいります。
真実に帰依したけれど、その帰依した真実によって照らし出されたのが、真実など一点も無い私の姿でした。
阿弥陀如来は、清浄にして真実なるものである。その清浄真実なるものが私にはたらくとき、私の不実であり煩悩に汚れている姿がはっきりと見えます。
浄土真宗に帰依したおかげで、私に真実の心がなかったのだということが知らされました。

無慚無愧(むざんむき)のこの身にて
 まことのこころはなけれども
 弥陀(みだ)の回向(えこう)御名(みな)なれば
 功徳(くどく)は十方(じっぽう)にみちたまう
  (親鸞聖人「正像末和讃」)

【試訳】
慚愧(ざんき)なきを畜生と名づく」(『涅槃経』)
「慚」も「愧」も、どちらも〈はじる〉という意味です。「慚」は内に向かって自らをはじること「愧」は他者に対して自らをはじることであると釈尊は説きます。
真実の心などない無慚無愧である私に、阿弥陀如来は「南無阿弥陀仏」の念仏を回向してくださいました。
阿弥陀如来の光明は、無慚無愧の私を含め、すべての人々に行き渡っています。

ご自身の内面を見つめ、阿弥陀如来に出遇われた聖人の姿勢が強く表現されている和讃であると、あらためて感じました。

「不思議」について、
目の前にあるものが無くなったり入れ替わったりして「わぁビックリした!!」が不思議ではなくて、
衆生(人間)の思いはからいを越えて、阿弥陀如来から「南無阿弥陀仏」の念仏を回向されている(いただいている)ゆえに不思議なのです。
というようなことをお話しました・・・

で、“不思議”なことに、今日の聞法会の数日前、藤原千佳子先生から、先生のお寺の寺報「法爾」が届きました(教区同朋大会でお世話になってから、寺報やお手紙のやりとりをさせていただいています。ありがたいことです)。
その寺報に、金子みすゞさんの「不思議」という詩が載っていました。

不思議   金子みすゞ

私は不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかっていることが。

私は不思議でたまらない、
青い桑の葉たべている、
蚕が白くなることが。

私は不思議でたまらない、
たれもいじらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

私は不思議でたまらない、
誰にきいても笑ってて、
あたりまえだ、ということが。

「あたりまえ」に思っていることが、どんなに「あたりまえ」でないことか!! どんなに有り難いことか!!
藤原先生の文章をテキストにしながら、藤原先生の寺報からさらに言葉を教えていただき、不思議なご縁をいただきました。
南無阿弥陀仏

お話終わってお茶の時間
毎回参加してくださっているおじいちゃんが、お話を切り出してくださいました。
「今日は私の誕生日でして、94歳になります。正直、こんなに長く生きられるとは思っていませんでした。不思議です。しかも今日、自分の誕生日に聞法会が重なって、みなさんにお会いできて、みなさん私が今話していることを聞いて下さって、不思議で、有り難い気持ちでいっぱいです。不思議がいっぱい積み重なって、今日という日を迎えられました。みなさんありがとうございます」
その他にも、戦前・戦中・戦後の話をしてくださいました。東京の発展に勤められた人生です。一緒に聞いていた小5の娘も、おじいちゃんの熱弁を聞いていて、「大事な話をきかせてもらいました!!」と感動していました。
今日の私の話が「不思議」についてだったから、おじいちゃん“不思議”を連呼されたのではありません。お話は ほとんど聞こえていないのですが、にもかかわらず、「不思議」について語られ始めたので、ビックリしました。おじいちゃんは、西蓮寺寺報を道すがら手に取ってから、聞法会に来て下さるようになりました。
おじいちゃんの姿を見ていて、まさに「仏法不思議」を思いました。
聞法会の場で教えを語る以上に、姿そのものが教えを表わしている。だから、聞法の場とは教えに出遇う場であり、人に出会っていく場として大事にされてきたんだなぁと感じました。

嬉しい聞法会でした。

2019年10月 8日 (火)

人身受け難し、いますでに受く

つらい出来事 悲しい経験

それらを通して 今の自分となり、

なった自分に、人は出あい、

なった自分が人に出あう。

2019年10月 7日 (月)

仏法聞き難し、いますでに聞く

2019年10月7日(月)
開教(お寺を開いて教えをお伝えするお仕事)を目指す方に向けての「寺報制作講座」出講。

ご縁あって親鸞聖人の教えに出遇い、聖人の教えをお伝えしていきたいと、尊い願いを持たれた方。
その方へ向けて、寺報(お寺の新聞)作りのお話をさせていただきました。
私が伝えうる限りのことをお伝えしてきました。

「寺報」を書き続けて21年が過ぎましたが、構成は何度も変わっています。
寺報に定型などありませんから、作成される方の個性を押し出していただければと思います。
8ヵ寺の寺報をお見せして、サイズも、内容も、発行ペースもバラバラなことを味わいました。

何よりも、教えを伝えて生きたいと志された方ですから、その想いの根っ子にあるものを大事に、教えをお伝えしていただければと思います。
教えをお伝えする術は、決して寺報だけではありませんから、自分のできる形で発していっていただければ。

同じ空間でお話をさせていただき、こちらこそ尊い時間をいただきました。
ありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。
南無阿弥陀仏

2019年10月 6日 (日)

慚愧の心

二つの白法(びゃくほう)あり、よく衆生を救(たす)く。
一つには慚(ざん)、二つには愧(き)なり。

耆婆(ギバ)という医者が、苦しむアジャセに語りかけます。

「アジャセ王よ、仏陀釈尊は常にこうおっしゃっています。
『2つの尊い教えが、人を救うのです。1つは慚、もう1つは愧です』と。
慚も愧も、どちらも “はじる” という意味です。
「慚」は内に向かって自らをはじること、
「愧」は他者に対して自らをはじることだと説きます。
この慚愧の心こそが、人を救う尊い法なのだとおっしゃっています」

6人の大臣はアジャセ王に「あなたは悪くない」と慰めました。
しかし、ギバは言います。

「アジャセ王、あなたは罪を犯した。
しかし、今のあなたには慚愧の心があります。
その心があるからこそ、あなたは救われます。
どうか仏陀釈尊にお会いになってください」と。

※このお話は『涅槃経』に書かれているアジャセ王の救いの物語の一部です。
 『涅槃経』は、親鸞の主著『教行信証』にも多く引用されています。

現在(いま)、なぜか耆婆のことばが身に響いてきます。

2019年10月 1日 (火)

2019年10月のことば

2019年も10月を迎えました。報恩講をお勤めする季節となり、ワクワクしてきました。
けれど、まだ暑いですね。夏の疲れが出る頃でもあり、インフルエンザの兆しも出ています。
おからだお大事になさってください。

2019年10月のことば

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葡萄に種子があるように

私の胸に悲しみがある

青い葡萄が酒になるように

私の胸の悲しみよ 喜びになれ

                高見順

葡萄は葡萄のままに

 葡萄に種子があるように

 私の胸に悲しみがある

現代(いま)では「種なし葡萄」なるものもあるけれど、

現代(いま)といえど、「悲しみなし私」を作ることはできない。

人間の理想や欲望に応える形で科学技術や医療が発展してきた。にもかかわらず、科学や医療の発展は、必ずしも悲しみをなくすものではなかった。
人間の理想や欲望に応える形で発展する世の中は、ひとつ欲望が叶えば、それに伴って、より多くの困難や破壊が待ち構えている。その悲しみ、人間が生きることによって生まれる悲しみは、葡萄の種をなくすように消し去ることはできない。

 青い葡萄が酒になるように

 私の胸の悲しみよ 喜びになれ

葡萄の果汁が発酵して葡萄酒になる。見た目は違うけれど、どちらも葡萄。お酒になっても、葡萄は葡萄。
私の胸を締め付ける悲しみ。その悲しみが無くなって喜びが溢れるわけではない。悲しみと喜びは、まるで違う感情のようだけれど、同じ根っ子を持っている。悲しみという根っ子があるからこそ、喜びが生まれる。葡萄が酒になるように、悲しみが喜びとなる。

(高見順さん 1907年~1965年 小説家・詩人)

笑顔の中身

世の人々から差別を受け続けた方、大切な人に先立たれた方、人生の先輩から教えてもらったことばです。

人間って面白いよね。本当にうれしい時って悲しいんだよね

人は笑顔の中にどんなにたいへんなことがあっただろうか

人は、自分自身の悲しさと、人間が生きることによって生まれる悲しみを知り、喜怒哀楽すべてのパーツが揃うのではないだろうか。喜怒哀楽すべてを知った人から自然にあふれる表情が、笑顔なのかもしれない。
周囲の人々を惹きつける魅力を持つ人。その人の顔は、喜びにあふれている。けれど、その人自身の内面が、喜びで満たされているわけではない。喜怒哀楽のすべてを、身をもってした経験が、笑顔という表情で表われる。そんな笑顔の背景には、深い悲しみがある。  笑顔と涙は相容れないもののようだけれど、それぞれがきちんとあるから、本当にうれしいときに涙が出る。こころの中に涙をためた笑顔があふれる。

苦をねぎらう

最近、手紙を書いていますか?

手紙を書きながら、「ねぎらう」は 漢字でどう書くんだっけ?と思った。

調べると「労う」だった。

「へぇ~、苦労の労なんだ!」と、ちょっと驚いた。なぜなら、「苦労」とは、「苦を労うこと」「苦を労われること」と読めるから。

なんらかの越えなければならないものを背負いながら頑張っている人、努力している人、耐えている人がいる。その人の姿を目の当たりにしたとき、自ずと「労い」のことばが出る。
他者(ひと)から労いのことばをかけられたとき、私が背負っている苦しさは、「苦労」となる。
誰かに褒めてもらうために頑張っているわけでもないし、耐えているわけでもない。けれど、私が抱える苦しさを分ってくれる人がいるだけで、苦しさは「苦労」となる。
労いのことばは、私から誰かへかけるもの、私が誰かからかけてもらうもの。つまり、自分ひとりのこととしてなされることではない。「苦」を背負うと、ひとりぼっちの感覚に襲われる。けれど、誰かがそばにいてくれる、そんな安心があるだけで、「ちょっと苦労してるんだ」とためらいなく口にすることができる。「苦」と「苦労」は違う。

「若いときの“苦労”は買ってでもせよ」という故事がある。
「若いときの“苦”は買ってでもせよ」ではないんだなぁと思った。

「苦」は、ひとりで背負っているつもりにもなり、誰も助けてくれないと自暴自棄にもなるけれど、「苦労」と感じられるとき、孤独感はない。
「若いときの苦労は買ってでもせよ」という故事は、「私は自分の力でこれだけ頑張った」と、頑張った記憶を蓄積させるため、自負心を養うためのものではない。「苦しいことがあっても、けっして独りではない」と、ひとりで成り立っている世界ではないと、周りに目を開かせてくれることばだと聞こえてきた。
親鸞聖人の遺教と伝わることばが思い起こされる。

 一人居て喜ばば二人と思うべし、
 二人居て喜ばば三人と思うべし、
 その一人は親鸞なり

葡萄は葡萄のままに葡萄酒となる

「ねぎらう」だけではなく、「いたわり」も「労り」と書く。

人間は、関係性のなかに生まれ、生きている。だからこそ、関係性によって「苦」が生じる。けれど、関係性があるからこそ「ねぎらう」「いたわる」という想いも生じる。「苦労」ということばは、人の世は「苦」だけではないと感じた人が生みだしたのではないだろうか。

「苦」を労ってくれる人がいるのと同じように、「悲しみ」を受け止めてくれる人がいて、「悲しみ」が「喜び」となる。「苦」や「悲しみ」の現実がなくなったわけではないけれど、「苦労」や「喜び」になる。青い葡萄が、熟成した葡萄酒になるように。

 

~掲示板の人形~
いつの頃からかうちにいます
楽器を演奏して楽しそうです

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