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2019年9月

2019年9月30日 (月)

10%(1割)って、たしかに負担感が大きい気がする

洗剤がなくなったので、昼食を食べるついでにドラッグストアに立ち寄った。
お店は混雑!! 商品の棚はからっぽ!! レジ前は行列!!
「え!なに!?」と思ったら、明日から消費税10%の上がる前の駆け込み買い置きでした!!

少しでも安いうちにという気持ちは分るけれど、10月1日以降もいろいろな形で還元されるようなので、買い置きの意識がありませんでした。
消費税はきちんと社会保障費に回して欲しいものです。
福祉のためといいながら赤字国債の借金返済に充てられ、今回アップする2%分は、軽減税率のシステム構築や消費税増税後に還元されるお金に使われるのとほぼ同じ金額だと聞く。

消費税は社会保障にきちんと使っていれば、いろいろと姑息なことをする必要もなくなるのに。

駆け込みでトイレットペーパーやオムツや洗剤等々を買って、何袋も重たそうな袋を持って帰路につくおじいちゃん おばあちゃんの姿を見て、日本は重たい重たいものを背負っているなぁと感じた。

3件目で何とか目的の洗剤を買うことができましたが、マウスウオッシュも買い置きするものだろうか(棚がカラッポだった)・・・と思いました。

2019年9月29日 (日)

もし思い通りのストーリーになったら

朝の連続テレビ小説「なつぞら」が終わりました。9月30日(月)から「スカーレット」が始まります。

連続テレビ小説の終盤も、スタート当初も、あ、中盤もか(結局全部)!!
キャスティングが気に入らなかったり、セリフが気に障ったり、誰かが亡くなると「殺さないで(怒)」と言ったり、
いろいろな感想が出てくるものだなぁと思う。

もし自分のお気に入りのキャスティングで、当たり障り無いセリフで人々の会話がなされ、誰も死なないで病気にもならないでトラブルも起こらないドラマだったら・・・“ドラマ”にならないと思う。

そんなドラマだと、「面白くない!」「つまらない!」「こんな平穏無事な人生あるわけない!!」なんて苦情が寄せられることでしょう。

「スカーレット」の舞台は滋賀県信楽とのこと。
ちなみに、うちの隣のお寺さんは、信楽焼のタヌキがいっぱいいることで有名です。ってだけの情報です^^

2019年9月28日 (土)

生きているものとして

テレビ番組を見ていたら、初めてプールに入ったワンちゃんが、ちゃんと犬かきして泳いでいた。
(犬が泳ぐから犬かきなのだろうか? それともあの泳ぎ方を犬かきと言うのだろうか? なんて、ちょっと考えた^^)

そういえば、子どもたちも、教えてもいないのに おかしいときは笑い顔、怒ったときは怒り顔、不思議なときはどうして顔をするから、「教えなくてもそういう顔をするんだなぁ」と感心した。
笑いながら怒るようなことはしない。

それから、酸っぱいものを口にしたときは酸っぱい顔をするし、熱いものを口にしたときはアチッ!!て顔するし、美味しいもの食べたときは満面の笑みをするから、「そういうときって、そういう顔になるんだなぁ」と感動した。

親がそういう顔するから、子もそういう顔をするのではなく、教えなくても自然に出てくるものなんだなぁ。
そんなの当然じゃん!?って思った人もいると思うけど、いやいや、すごいことだと思う。

2019年9月27日 (金)

大多数の国民に属する私

秋彼岸中、本山より『真宗』『同朋』「同朋新聞」が届く。

『真宗』2019年10月号「ハンセン病はいま〈260〉」に、9月20日の投稿でも紹介させていただいた徳田靖之先生の文章が掲載されていました。

 今回の熊本地裁判決が、社会を構成する私たち一人一人に対して投げかけた課題について、私見を申し述べておきたい。
 そもそも、今回の家族訴訟が提起された趣旨(目的)の一つは、家族を差別し、偏見にさらし続けてきた社会の側の加害者責任を明らかにすることにあった。
 この点について判決は、「内務省及び厚生省等が実施してきたハンセン病隔離政策等により、ハンセン病患者の家族が、大多数の国民らによる偏見差別を受ける一種の社会構造を形成し、差別被害を発生させた」と判示している。この判決の意味するところは、差別・偏見の根本原因は、国による隔離政策にあるが、現実に差別偏見してきた直接の加害者は、大多数の国民らであることにある。
 判決を受けて、私たち一人一人には、その大多数の国民に属するのではないかということを自らに問いかけることが何よりも求められる。
 そのような形で、自らに問うことが、私たちがハンセン病問題を私の課題として把握し直すという第一歩になるのではないか。
 ハンセン病問題の当事者とは、誰のことを意味するのかということが問われて久しいが、その難しい問いへの答えを今回の熊本地裁判決は、用意してくれていると私には思われる。

(ここからは、私白山勝久の私見)
責任の所在を他者におくほど楽なことはない。最近問題になっているクレーマーや他者をあおる人々は、自分と世間・自分と他者とを切り離して、楽なところに立っているつもりなのだろう。けれど、世間や他者と切り離して私はない。すべてはつながっている、関係を持っている。
ハンセン病隔離政策によって生じた、患者やその家族への差別問題も、その人々と切り離してある私を優位に立てるがゆえに起こっている。切り離して考えると、当事者意識だって湧いてこない。
9月25日の投稿で、ニューヨークの国連本部で開かれた気候行動サミットにおけるグレタさんの訴えについて触れたけれど、グレタさんの声を自分とは切り離して聞くのか、当事者として聞くのかで、その聞こえ方は180度違うものとなる。グレタさんに対して、「言っていることがおかしい」とか「誰かそそのかしている人がいるのだろう」とか「正気でない」などという非難があるという。グレタさんは、自分のことを語っているのではなく、グレタさんもあなたも私も住むこの大地(地球)のことを語っている。つまり、私も当事者。グレタさんへの問いかけ(バッシング)ではなく、自らに問うということがなされてもおかしくない。

ハンセン病問題全国交流集会に参加した後ゆえに、なおのこと徳田靖之先生の訴えが、グレタ・トゥーンベリさんの訴えが、目の前のこととして突き刺さっている。

2019年9月26日 (木)

心地良い 秋の風

2019年9月26日(木) 秋彼岸最終日

お参りの方も少ないので、お参りにみえた方とはゆっくりお話ができます。
大病を患っておられる方が、お寺にお参りにみえる度に病状をお話くださいます。
その方とは、大病を患う以前からお参りの度にゆっくりお話してきたので、病状のお話も、今までの対話の延長線上にあるような感じで聞いていました。
けれどよく考えてみたら、自分が大病を患って、その病状を誰にでも話すだろうか。やはり話す相手を選ぶだろう。
つまり、お話できる相手として思ってくださっていたんだなぁ、ということを、お話しながら思いました。

などと考えていたら坊守が、「春秋のお彼岸にお参りされて、いつもお話聞かせてくださって、ありがとうございます」と。
同じことを感じていたのだろうか。

するとその方は、
「お話するだけで、気持ちが変わるんですよ^^ お参りできてよかった。ありがとうございます」と仰って帰られました。

自分の中に閉じ籠ってしまうよりも、思いを誰かに話すことができたら、それだけで物事の見方・考え方は かなり変わります。

秋彼岸のお参り、ありがとうございました。

日中の陽射しはまだきついけれど、吹く風は秋のにおいがします。

2019年9月25日 (水)

私がズレていました

門徒さんから球根ごと彼岸花をいただきました。

さっそく墓地の空いている所に植えました。これから花が咲きそうで、楽しみです。

さて、このブログを始めた頃、「夏がどんなに暑くても、どんなに寒くても、彼岸花はちゃんと秋彼岸の頃に決まって花を咲かせます。不思議ですね」なんて投稿をしたことを覚えています。
彼岸花は、夏がどんなに暑かろうが寒かろうが、秋彼岸を迎える前の気温が高くても低くても、律儀にきちんと秋彼岸に咲いていました。
ところがここ数年、彼岸花の咲く時期にズレが生じてきました。
今年は、秋彼岸が終わろうとしている頃になって やっと咲き始めた印象があります(もちろん、とっくに咲いている花もありますが、咲くのが遅い印象です)。

そういえば9月15日の夜、境内で羽化しているセミに遭遇しました。まだ羽化するセミがいて不思議はない時期ではありますが、子どもたちの夏休みも終わって、2学期の生活が始まっている時期に羽化するセミと遭遇すると、「お、まだ地中から出てなかったの!?」って声をかけてしまいました。
子どもたちに声をかけて、羽化するセミの観察をしました。殻から出て来て、きれいな緑色っぽい姿、透明な羽、羽がだんだん大きく広がっていく様子を見ていると、とても神秘的でした。
子どもたちも「がんばれ~」と応援していました。
飛び立つまで見届けることは出来ませんでしたが、翌朝、子どもたちはセミが羽化していた場所でセミの抜け殻を見て、「セミさん飛んでいったんだよね^^」と確認していました。

咲く時期に狂いが生じている彼岸花、暦の上では秋になっているのに羽化を始めるセミ。
注意して観察していると、もっといろいろなもののズレが生じているのかもしれません。
そういえば、台風の発生時期も規模も、数年前とは大きく変わっていますね。

2019年9月23日、ニューヨークの国連本部で開かれた気候行動サミットで、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさん(16)が各国政府の気候変動に対するこれまでの取り組みを強い口調でとがめ、対策を加速させるように訴えました。

政治や経済と相談すると、地球温暖化防止への取り組みへの必要性など感じないだろうが、
目の前の大切ないのちや自然と相談すると、地球温暖化の現状に痛みを感じる。
・・・などと書いているけれど、グレタさんのサミットでの演説を聞きながら、私自身をグレタさんの側(これからの地球に生きるいのち)に置いていました。なんて図々しい!! グレタさん言うところの、「若い人々に希望を押し付け、形だけの温暖化防止を叫び、結局何もしてこなかった」のは、この私自身でした。グレタさんたちを裏切り、「よくもそんなことを!!」と言われても仕方のない生き方をしています。

彼岸花やセミの姿に痛みを感じず、自然界にズレが生じている!なんて何か感じているふうなことを書いてきたけれど、ズレを生じさせた張本人でした。

2019年9月24日 (火)

けっきょく、生きている人間の都合なんだなぁと

秋彼岸のお墓参りに見えた方からいただいて質問

「副住職、お墓に水をかけて掃除をしてはいけないって、テレビで放送していたんですけど、ダメなんですか?」

(私)「雨が降ったとき、水かかりますよね」

「あ! そうですね!! 水かけて掃除してもいいですよね。えっと、タワシでこすっていいんですか?」

(私)「お墓の掃除道具にタワシ置いてありますよね。ゴシゴシ磨いてください!!」

「ありがとうございます!!」(^∀^)

時折、お墓参りの作法云々テレビで放送しますが、それが正しいとすると、私は思い切り間違ったことしてます。

水をかけても、タワシで磨いても、タオルでゴシゴシしてもOKです。
そういえば、私が子どもの頃、クレンザーでお墓掃除している人がいたなぁ。
先往く人に対しての思慕の念があるから、お墓の掃除をされるのですから、その想いを大切にしたいと思います。
雨が降ればお墓は濡れます。「お墓に水をかけてはいけません」って言っている人が、お墓に傘をさしに来たことを見たことありません。
いい加減なものです。

でも、お供え物は気をつけてください。お参りの際にお供えしたものは、持ち帰って召し上がり下さい。
たまに置いたまま帰る方がいますが、雨が降ればグチャグチャになりますし、カラスやネコが食してお墓がドロドロになります。今までで一番ひどかったのは、八宝菜を置いて行かれたときです。お参りの方が帰った後、カラスが荒らして、お墓が八宝菜のアンでドロドロになりました。白菜くっつきました。
西蓮寺にお墓があるお施主さん家族は、折に触れて お供え物は置いていかないで下さいとお伝えしているので、置いていく人はいません。亡くなった方の友人や亡き人にお世話になったと仰る方が置いて行かれるのですが、亡き人を想う気持ちがお墓を思い切り汚すことになります(汚れたお墓は掃除しています)。
飲み物の場合。缶や瓶を置いていくと、その跡がお墓に残ります。たまにワンカップのフタを開けて置いていく人がいますが、翌朝、ワンカップの中で大量のアリが溺死しています。お酒の中の糖分に集まってきて溺れるのでしょうね。
お供え物を置いていく人は、その後の顛末を目にすることがありませんから、そんな惨状思いもしないことでしょう。
お供え物は、持ち帰りましょう。

2019年9月23日 (月)

お疲れ様でした

2019年9月23日(月) 秋分の日 秋彼岸お中日

昨日大相撲秋場所が終わりました。
最近はテレビ桟敷で大相撲観戦することもなくなり、スポーツニュースで結果を知るだけでしたが、
GO栄道ファンの友人と知り合いになり、GO栄道LOVEな話を聞いているうちに、私までGO栄道の取り組みが気になっていました。
それだけに、結果的に優勝した力士が、GO栄道との取り組みで変化を見せたことに落胆していました。
GO栄道はじめ、力士の皆様お疲れ様でした。

大相撲は千秋楽を迎えましたが、秋のお彼岸はお中日を迎えたところです。折り返しです。
お彼岸中は、朝6時過ぎから支度を調え、夕方6時に閉門しています。閉門の後、掃除と事務仕事です。
今まではそんなに疲れを感じなかったけれど、50歳手前にして、体のしんどさが変わってきました。今まではササッと動けていたことも、瞬時に動けなくなりました。長女が手伝ってくれるので、すぐに頼ってしまいます。秋彼岸中、夜中に寺報を書いていましたが、疲れと眠さに負けて寝てしまいます。原稿、間に合うだろうか・・・。

なんて、そんな大したことない日常と比べるのも失礼ですが、大相撲の15日間の取り組みは大変です。15日間、心身共に真剣勝負をして、どんなに気をつけていても怪我もすると思います。しかも年6場所で、巡業もあって、体を治す暇もないですよね。
休息の一瞬(ひととき)があるならば、心も体も休めて下さい。
贔屓の力士(選手)がいると、スポーツ観戦も面白くなるものですね。ありがとうございます。

2019年9月22日 (日)

腹立たば

2019年 秋彼岸
お墓参りに見えた方が、お立ち寄り下さいました。

「今年の2月の掲示板のことばね、とてもよかったです」

その、2019年2月のことばとは、

 腹立たば 鏡を出して 顔を見よ 鬼の顔が ただで見られる 

です。

「パッと見たとき、おもしろいこと書いてあるなぁと思ったけど、味わってみると、あぁ、本当にそうだなぁと思いました。
2月の寺報は持ち歩いていて、家族や友人との関係で、ちょっとムッとしたときに ことばを思い返すんですよ。
鬼の顔になっているときって、相手の態度に腹立ているんですけど、
相手に腹を立てさせることって自分もしてるなぁって思うんですよ。
だから、鬼の顔をしているときって、腹を立てさせる相手がまた私の鏡でもあるわけです。
今までムッとしていたようなこともね、いやいや、今鬼の顔をしているぞ!って気付いたら、ちょっと立ち止まれるんですよ。
そうしたらね、なんだか笑顔が増えてきた気がして、友人関係に変化が起きてきた感じがしているんです。
2月のことばのおかげです。ありがとうございます^^」

ということをお話してくださいました。
素敵なお話です。ありがとうございます。

2019年9月21日 (土)

PUBで公共の、私たちの話をしよう

2019920()、ラグビー🏈ワールドカップ日本大会開幕!
昨晩は、呑みたい気分と重なって、地元のBARへ。
日本、ロシアに勝利‼️
BARに居たみんなで喜びを分かち合いました(^∀^)

お酒を呑むお店というと、日本では"BAR"という表現が馴染みです。けれど、"PUB"という言い方もあります。

近年、サッカーワールドカップ⚽️や、野球クライマックスシリーズ・日本シリーズ⚾️など、競技場・球場に来られない人・遠い地域に住んでいる人のために、パブリックビューイングという形で観戦できる場が増えました。

パブリックビューイングのパブリックは「公衆の」「大衆の」「公共の」という意味です。お酒を呑むお店の"PUB"は、パブリックの“パブ”です。公共の場で、スポーツや何らかの大会を個人宅で見るのではなく、近所の方々・たまたま集まった方々と共有する場が"PUB"です。ということは、公共のこと、私たちの暮らしのこと、スポーツを通して世界のこと、政治のことなどを話す場が"PUB"なのです。
お酒を呑む場で“野球の話と政治の話はしない方がいい”と言いますが、どんどん話して盛り上がっていいのです!!

で、“PUB”にたまたま集まった者どうしで、ラグビーワールドカップを観戦していました。
が、テレビ中継で時折、某国の首相が日本代表のユニフォームを来ている姿が映し出されました。

千葉の台風被害が長引き、政府としてまるで活動をしていない状況で(某官房長官は、国の初動体制になんら問題はない、と言っていますが・・・)、ラグビー観戦‼️ 
優先することを間違ってるよなぁ・・・
なんて憤っているときに、PUBにいた若者たちが、

「ア◯いるよ‼️」
「なにしてんねん💢」
「ユニフォーム着てるし!!」
「そんなとこ居る場合ちゃうやろ💢」
などと、腹立たしさをぶちまけていました!!

若者たちの声(叫び)を聞き、私としては、日本がロシアに勝った試合展開・試合結果もうれしかったけれど、若者たちの声に未来を感じていました。
政治について語れる場、まさに"PUB"でした。

2019年9月20日 (金)

「当事者とは誰のことか」

2019年9月13~14日
第11回 真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 富山 に参加して

会場にて徳田靖之先生の本が販売されていたので購入。
『「当事者とは誰のことか」-「らい予防法」廃止からの20年を振り返って-』
真宗大谷派奥羽教区共生研修会でのお話を起こされたものです。

徳田先生は、前回第10回大会の講師。そのときに「当事者とは誰のことか」をお話いただき、とても印象に残っています。
ハンセン病問題を考えるとき、病にかかられた方とかかっていない人、回復者と支援者、関心有る人と無い人など、ふたつの立ち位置で考えがちです。
しかし、そのような立ち位置・見方ではなく、「ハンセン病問題について考える」といったときに、果たして“当事者”とは誰のことなのか。そのような問題提起をいただきました。

差別問題というと、差別する人の“悪意”が問題となりますが、差別とは、決して悪意から生じるものだけでなく、“善意”から生じることもあります。

「救うという意識、気の毒な人たちを救ってあげるという意識の中に、この差別・過ちの根が潜んでいると思うわけです。」

「救う側にいる人間はいつまでも救う側にいて、救われる側にいる人はいつまでも救われる側にいることが前提となっていてその立場が入れ替わるということがありません。」

「日本のハンセン病問題が示している立場という問題、そこにはハンセン病問題に関わる崇高な志を抱いている方たちが、こうした気の毒な人たちを救ってあげるというそういう考え方で手を差し伸べてき続けたということにあるのではないか。」

「ハンセン病問題の当事者ということを考えていく際に、加害者とか被害者とかいう、そういう位置付けを越えてハンセン病問題を考えていく。そこに私はハンセン病問題の当事者ですという考え方が生まれてくるヒントがあるのではないかと思っているわけです。」

自分を“当事者”として考えたとき、それでもまだ自分を救う側において考えがちです。なかなか越えられない壁がある、私自身の中に。二項対立のものの見方がこびりついているゆえ、なかなか越えられない壁が私自身のなかにあります。

同じ人と生まれて、生老病死を見つめる。南無阿弥陀仏

  (「第11回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会」のカテゴリー、了)

2019年9月19日 (木)

未来の世代に伝えていくために

2019年9月13~14日
第11回 真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 富山 に参加して

今回の交流集会の案内文にこのように書かれています。

「富山県にはハンセン病療養所がありませんが、「イタイイタイ病」という公害病の被害の歴史があり、患者本人だけでなく、家族親族も苦しい生活を強いられました。それはどんな被害であるのか。ハンセン病問題とイタイイタイ病問題との重なりから見えてくる相(すがた)を思い、聞こえてくる声を聴き、共感の世界を広げたい。そして未来の世代に伝えていきたいということを願って開催します。」

ハンセン病だけではなく、イタイイタイ病、水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそくなど、病気を患うだけでも大変な想いをされているのに、偏見・誤解・無理解などから生じる差別によって、「病そのものとは別の苦しみ」を受けなければならない方々がいました。病に襲われた方々だけでなく、その家族・親類もまた、差別を受けてきました。
差別心を持つ人間のすがたは、その県に療養所があろうがなかろうが、どこの県、どこの地域においても、知り、考え、見つめなければなりません。
富山の地において、イタイイタイ病対策協議会会長のお話しを聞くことができたこと、そして、療養所がなくともハンセン病問題に向き合い、「人権の回復と差別のない社会をめざして」取り組みをされている方々の活動報告(あゆみ)をお聞かせいただけたことは、心に響き、目が覚める想いでした。
ありがとうございます。

2019年9月18日 (水)

ひとりで見る夢は夢に過ぎないが、

2019年9月13~14日
第11回 真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 富山 に参加して

2日目のリレートークの時間
ハンセン病回復者の方が力強くお話しくださいました。
「隔離政策がなくなることはない、裁判で国に勝てるわけがない、ハンセン病のことを理解してもらえるはずがない等々言われてきましたが、この20年で大きく動きました。変わりました。こうしてみなさんが集まってくださって、多くの方がお話くださっているじゃないですか!! こんなこと、20年間だったら考えられなかったことですよ」
とお話しくださり、ひとつのことばを繰り返し紹介してくださいました。

「ひとりで見る夢は夢にすぎないが、
みんなで見る夢は現実となる。」

声の力強さとともに、言葉の持つ強さ、場に人間が集う熱が伝わってきました。
ありがとうございます。

2019年9月17日 (火)

わたしと あなたと あみだ

2019年9月13~14日
第11回 真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 富山 に参加して

基調講演を聞いていたり、参加者との交流を持ったりしていて、ふと「宗教が原発問題やら死刑制度廃止について語るのは違和感がある」と言った門徒さんの言葉を思い出した。
その門徒さんからすると、ハンセン病問題全国交流集会を真宗大谷派が主催して行なうことにも違和感があるのだろうな、と思った。

親鸞聖人の教えに出遇い、教えを聞き続けていくと、阿弥陀への讃嘆と自己への懺悔が、南無阿弥陀仏として出てくる。
真宗大谷派が原発問題や死刑制度に対して踏み込んだ声明を出し、ハンセン病問題に関わるのは、深い懺悔があるから。その大地(土台)には、阿弥陀への帰依がある。
原発問題や死刑制度、ハンセン病問題等々について意思表示をするのは、なにも時の政府・権力を貶めようとして声を挙げているのではない。教えに触れて自己内省していったとき、そのとき自ずと出てくる声なのだと思う(出て来ないから聞き方が間違っているとか、出て来たから聴聞の仕方があっているとか、そんな話ではなくて)。
この世で起こる様々な出来事について、他者を責めるのでも、他者のせいにして溜飲を下げるのでも、他者を貶めて自分の地位を高めようというのでもなく、ただただ自己の問題として見つめなさいという声が聞こえてくるのだと思う。
自己を見つめたとき、周りの人々が見える。周りの人々が見えたとき、自己が顕かになる。そのとき、阿弥陀というものに手が合わさる。わたしとあなたとあみだの関係が、ある。

社会問題に顔を突っ込むのは、正義の味方ぶって、善人者ぶってのことではない。
この問題は、私自身が引き起こしたものであった、私たち一人ひとりの課題であった。
それゆえ声を挙げるのです。
と、会場に身を置きながら感じていました。南無阿弥陀仏

2019年9月16日 (月)

偏見差別の克服→私たち一人ひとりの課題

2019年9月13~14日
第11回 真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 富山 に参加して

国の隔離政策によって、ハンセン病回復者とそのご家族がいわれなき差別を受けてきた歴史がある。
2019年6月28日 熊本地裁が国の責任を認めました判決を報道で知ったとき、「よかった」と思うよりも、「知らないということの罪」を強く感じ、また申し訳ない気持ちに覆われました。
ハンセン病と診断された人々、その家族を、差別の目で見てきたのは、国と呼ばれる大きな実体なきものではなく、私の目。

国の言うこと、専門家の言うこと、権力を持った者の言うことに寸分の疑問も持たず信じることによって、どれだけ人を傷つけていることか。

隔離政策が為された当時、そのことを否定するだけの情報を得ることは難しかっただろう。けれど、ネットが普及し、情報が溢れているという今の時代においても、正しい情報を得るということは難しい。
そもそも、何が本当で何が嘘か分らない。自分が被害に遭わなければ、他の人のことはおかまいなし。自分の信じていることが間違っていた!なんて情報は知りたくない。そういう前提でネットを通して情報に接していると、情報は素通りしていく。
やはり、国や、大きな組織や、力を持った者に呑み込まれていくのだろう。

けれど、国が何を言おうが、たとえ病気の内容が伝えられている通りであろうがなかろうが、差別を受けていい人間(個人)などいるはずもなく、国策の正しい間違っているに関係なく、個が個を攻めることは、結局のところ攻めている者自身も傷つく。自分で自分を傷つけている。
6月28日の報道は、否、小泉首相が謝罪したときに既に、“私”は他者(ひと)を傷つけることを通して“私”自身を傷つけていた、という気づきをもらっていた。

今回の交流集会の基調講演で、黒坂愛衣先生(東北学院大学准教授)がお話の最後に

「偏見差別」の克服
家族の人々が、ハンセン病であった身内がいる事実につ隠さなくて済む社会を、どうやって実現できる?
→わたしたち一人ひとりの課題

と、お話くださいました。
小泉首相や安倍首相が謝罪をしたからといって、ハンセン病回復者の方々やそのご家族が、「私、ハンセン病だったんです」「うちの家族がかつてハンセン病を患っていまして」などと口にすることはできません。今でも必死で隠している方もいます。それは、偏見や誤解から差別の目で見る“私”がいるから。
偏見差別の克服は、国の仕事ではなく、私たち一人ひとりの課題なのです。

交流懇親会の場において、初めて参加された方とお話をしました。
その方は、「ハンセン病回復者の方々やそのご家族を、“差別を受けてきたかわいそうな方々”という見方をするのは違うと思うんですよ。そういう集会なのかな?とも思って参加したのですが、そうではありませんでした。黒坂先生が、“私たち一人ひとりの課題です”とお話しくださって、自分のこととして考える集会なんだっているのが伝わってきて、参加してよかったです」
と感想を語ってくれました。私も同じ思いです。そういう話し合いの場を持てて、とても嬉しかったです。

2019年9月15日 (日)

ひとり一人の身に起きた事実

2019年9月13~14日
第11回 真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 富山 に参加して

本年6月28日、ハンセン病患者への隔離政策により家族も深刻な差別を受けたとして国に損害賠償と謝罪を求めた集団訴訟の判決で、熊本地裁は国の責任を認めました。いわゆる「勝訴」と表現される判決が出て迎えた全国交流集会でしたが、お祝いムードなど微塵も漂っていませんでした。それも当然です。不当な隔離政策を受けたうえ、その方々だけでなく家族までもが差別を受け続けて“いる”事実が明らかになったのですから。

隔離政策という現実は、報道によって知ることができる。
けれど、誤った政策、誤解や偏見から生じる差別を被るひとり一人に、苦しみ悲しみ孤独といった事実がある。
その事実は、語られることがなければ、周りの者は知る由がない。
けれど、誤解や偏見で固まっている私たちが、果たして聞く耳を持っているだろうか。自分の受け止めが間違っていたんだと指摘されて、「私が間違っていました。私の誤解や偏見からつらい想いをさせていたね。ごめんなさい」と言えるだろうか。
現実は知ることが出来ても、事実はなかなか知り得ない。その事実も、一人ひとりの人生の中で実際に起きた悲しい事実。それがやっと、現実という殻を打ち破って事実として表出した。
つまり、悲しみ つらさ 淋しさが表出したということ。
私のことを知ってもらうために、私の悲しい過去・つらい過去・淋しい過去を話すだろうか。話せるだろうか。話したいだろうか。
そういう、話したくないことを話さなければならない、そんな状況に、私は回復者の皆さんを、そのご家族の皆さんを追い込んでいました。

現実を語ることはできても、事実を語ることは、覚悟のいること。
でも、語ってくださる方々のおかげで、事実を知る、感じることができます。ひとり一人の身、それぞれの家族に起きた事実を。

2019年9月14日 (土)

顔と名前の通じる関係 自分の名前を名乗ることができる人生

2019年9月13~14日
第11回 真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 富山 参加

ハンセン病回復者の方々と再会
「〇〇さんこんにちは・・・」
私が自分の名前を名のろうとしたとき、〇〇さんの方から
「やぁ、白山さんこんにちは。久しぶりだね。よく来てくれたね」と声をかけていただいた。

前回2016年4月の姫路大会以来、3年ぶりにお会いしたのに、私の顔と名前を覚えていて下さった。
とても嬉しかった。
顔と名前の通じる関係、自分の名前を名乗ることができる人生

当然と思われることを、できない人生を送らされた方々がいる。
その方々と、手を差し伸べてこられた方々と再会し、温もりをいただいて帰ってきました。

ありがとうございます

2019年9月13日 (金)

灯(ともしび)

富山への移動

吉祥寺駅から東京駅へ

東京駅から「かがやき」で富山駅へ

車窓から見える家々を眺める

所狭しとギッシリと屋根やビルが見えるのだけど、このすべての建物に電気が通じているんだなぁということを思うと(ガスや水道もだけど)、あらためてその有り難さに驚く。

 

台風一過、千葉では今もなお停電が続いている。一日も、一刻も早い回復を願うばかりです。

 

それとともに、一軒一軒の家に、ひとつひとつの建物に明かりが届けられていることの壮大さを想う。

2019年9月12日 (木)

いついかなるときも どこからも 誰からも

「パパァ」「パパァ」
子どもたちの呼び声は嬉しいのだけれど、忙しいときや切羽詰まっているときは、「あとでね」と返したり、「なに?」となぜ呼んだのか理由を応えよとばかりに催促したり(子どもたちが親を呼ぶ声に、特に理由などないものです。呼びたいから呼ぶ、呼ばずにおれないから呼ぶのです)、最悪なときは無視してしまったりする。

「南無阿弥陀仏」「南無阿弥陀仏」
いついかなるときも、どこからも、誰からも、阿弥陀の呼び声(念仏)がする。
そのすべて、ひとつも漏らすことなく、生きとし生けるもののことを想ってくださる阿弥陀さまって凄いなぁ

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

2019年9月11日 (水)

釈尊の生涯

2019年9月11日(水)西蓮寺聞法会
残暑の中、聞法会にお越しいただき、ありがとうございます。

西蓮寺聞法会では、ご本山出版の『真宗の生活』をテキストにしています。
9月は、古田和弘先生の本『現在を生きる 仏教入門』より、「釈尊の生涯」について学びました。
以下、聞法会レジュメより

お釈迦さまの生涯

誕生 ゴータマ・シッダールタ 4月8日誕生

出家 シッダールタ 29歳

 四門出遊(しもんしゅつゆう)
釈迦族の皇子であったゴータマ・シッダールタがカピラヴァストゥ城の
東門を出ると老人に会い、
南門を出ると病人に会い、
西門を出ると死者に会いました。
いのちあるものには、老も病も死もあるのだと無常を感じられました。
北門から出た時に一人の沙門(出家修行者)に出会い、世俗の苦や汚れを離れた清らかな姿を見て、出家の意志を持つようになったと言われています。

成道(じょうどう) 釈尊が覚りを開かれた日 12月8日 35歳
さとりの内容を要約することなどできませんが、特に大切なこと2点。
○釈尊は、仏教の発明者ではありません。発見者です。「物事はすべて縁による」という道理を発見され、言葉にされた方です。
○「一切皆苦(いっさいかいく)」釈尊は、苦行によって目覚められたのではありません。すべての人が平等に救われる道は、苦行にはないということに目覚められたのです。また、苦しみをなくすことがさとりではなく、人生そのものが苦しみ(一切皆苦)なのだと感得するところにさとりがあると目覚められました。私たちが生きる日常こそが、さとりを開くのに欠かせない場所なのです。

四苦八苦(しくはっく)
人生における苦しみを四苦八苦と言います。
四苦は「生・老・病・死」
八苦は、「四苦」+「別離怨憎会苦不得」を言います。

たとえば、「死苦」は死ぬ苦しみ。
自分自身の死に対する恐怖という苦しみもありますが、自身の死に対する苦しみよりも、大切な人・身近な人の死によって受ける悲しみ苦しみを「死苦」というのではないでしょうか。他者(ひと)の死を縁として、様々な想いがよぎります。そのように考えると、「老苦」や「病苦」も、自身の苦しみというよりも、人の苦しみを受けて感じる苦なのかもしれません。

「生・老・病・死」そのどれを考えても、私ひとりの苦しみではありません。

「物事はすべて縁による」…関係を持って、人と人とが生きている。だからこそ、私ひとりの苦しみではない苦があります。お釈迦さまは、その苦しみを「一切皆苦」と  言われたのではないでしょうか。

涅槃(ねはん)・入滅(にゅうめつ) 釈尊が亡くなられた日 2月15日 80歳

 自灯明 法灯明(じとうみょう ほうとうみょう)
お釈迦さまが、いまにも亡くなられようとしているとき、お弟子さんたちは悲しみます。
「お釈迦さま、あなたがお亡くなりになられたら、私たちは何をよりどころとして生きればいいのですか。どうか死なないでください」
弟子たちの声に対してお釈迦さまは説きます。
「自灯明 法灯明。私が死して後、私をよりどころとするのではなく、自らを灯(ともしび)としなさい。法(おしえ)を灯としなさい。自己を頼りとし、法をよりどころとして生きなさい。『物事はすべて縁による』『一切皆苦』の現実を見つめ、誰とも代る者のいない私のいのちを生きなさい」と。

あらためて、お釈迦さまの生涯を、仏法を、教えにつどう朋(サンガ)を学ぶ機会をいただきました。

聞法会終了後、参加者みんなで地元の居酒屋に行き、暑気払い(名目名目^^)をいたしました。
美味しい食事をいただきました。

2019年9月10日 (火)

便利な世の中になって困っているのは、他者(ひと)が見えなくなっている人です

台風の被害で千葉県では停電が続いています。お気の毒なことです。一時も早く復旧されますように。

昨日(9月9日)は、朝6時から夕方6時まで、台風一過の掃き掃除。
その間の3時間、お彼岸のための買い出しで車で出掛けましたが、電車の再開が遅れたりダイヤが乱れたりで、沿道にはタクシーをつかまえようと立っている方々の姿が目に付きました。同じ所に行くのが分っていれば乗せてあげたくなりました。けれど、車移動の方が増えたためか道路も渋滞で、いつもの倍近い時間をかけて、目的地に着きました。

そんな台風一過、学校の先生方も学校に行くことがままなりません。昨日朝方、「今日は、4時間目からの登校にします」の緊急連絡メールが入りました。いつもの時間に起きてきた娘たちと朝食を食べて、お寺の建物の中の掃除を手伝ってもらいました。
外掃除は主に私。建物の中の掃除は住職・坊守・若坊守、そして娘たち。天井から砂やホコリが落ちてきて、廊下やお座敷はザラザラ、暴風雨のため、漆喰の壁も水を吸っています。ホウキや掃除機で埃をはらって、ひたすら水拭き。人手があったため、娘たちが学校に登校する時間には、建物の中の掃除は一段落つきました。貴重な戦力でした^^
外掃除は、一日かけて70リットルのゴミ袋6袋分の落葉がたまりましたが、まだまだ落葉は残っています。

そんな台風の騒ぎの朝、学校から緊急メールを送信して下さった先生は何とかして学校まで行き、情報を仕入れ、学校の被害状況等々を確認し、他の先生方と連絡を取り、4時間目からの登校を決断してメールを送信してくださいました。
便利な世の中になっても、その中心には身を以て動いて下さる方がいます。この酷暑の中、停電からの復旧に汗水垂らしている人もいます。そういう方々のことを忘れずに。ありがとうございます

2019年9月 9日 (月)

南無阿弥陀仏 縦の糸は無量寿 横の糸は無量光(無量の縁)

あるご門徒から
「真宗大谷派は、『同朋新聞』を見ても反原発だ、死刑制度廃止などと書いてあるけれど、そういうことは宗教が触れることではないと思っています。政教分離の原則があるわけですから、政治に口を出すべきではありません。仕事をリタイヤして、宗教に、仏教に関心を持った人が、『同朋新聞』を手にしたとき、せっかく世間のことから離れられると思ったのに、また世間の話だと思われやしないでしょうか。」という声をいただきました。
このブログの昨日一昨日の投稿は、まさに政治に口出ししているから、そのご門徒が読んだら違和感だらけでしょうね。

宗教を突き詰めていったら、いや、突き詰めなくても、教えに少しでも触れたならば、人が生きるということを無視して宗教は有り得ません。ということは、必然政治や経済、ときの権力や社会環境のことにも触れることになります。
逆に考えれば、そういうことに触れずに語る宗教者は、もの凄く研鑚されて世間を離れた方か、門徒さんや檀家さんの反応を忖度される方でしょう。
リタイヤして、そういう話を聞こうと望まれているのかなぁ。人が生きるということに触れずに語られる宗教って、仏教って、どんな教えだろう。私は、聞きたくないなぁ。

それから、“政教分離”とは、政治が宗教に手を加えない、介入しない、権力で押さえつけないためにある原則です。宗教が政治に口を出さないための約束事としてある原則ではありません。

2019年9月 8日 (日)

許されないつもりで謝るのか、許されない覚悟で謝るのか

戦争が起きるということは、他者ひとを人と見なくなる環境に身を置くこと。

今、「人が他者ひとを傷つけることはよくない‼️」と叫ぶことができても、戦争の世になれば、言うことがガラッと変わるかも知れない。変わらざるを得なくなるかもしれない。

権力者は、戦地に身を置くことなく、言いたいことを言うのでしょうが、戦地に身を置く兵士は、空腹ゆえ、恐怖心ゆえ、性欲ゆえ、現実逃避行動ゆえ、現地にいる人々の大切なものを奪う行動に出ます。それは。人間ができていないからとか、辛抱できないひとだからとか、そんな話ではありません。
戦地となった所に生きている人々は、生活を、人生を追われてしまいます。

「戦後74年、日本は平和な時代を過ごしてきた」とか、「平成は平和な時代だった」とか言いますが、果たしてそうでしょうか。

「隣国との関係が悪化」などと、マスコミはそれが現実とばかりに報道しますが、かつて起きた戦争の後や、その前後に起きた(お越した出来事により、どんなに謝っても関係回復など望むこともできないことをしてしまったのです。にもかかわらず、お互いの国民は交流を重ね、サッカーワールドカップは共同開催し、現在(いま)でも、政治家同士は争っているけれど、そこに住む人と人とはいがみ合ってはいけないと、交流を、友好関係を築き続けている人と人とがいます。

謝罪は済んだ、補償はした、と誇った顔して為政者は言いますが、
許されるつもりで謝るのか、
許されない覚悟で謝るのか、

その姿勢の違いが顔つき口ぶりからハッキリと出ています。

2019年9月 7日 (土)

得るということは、失うということ

前の投稿で書いた文章

失うことの大きさは、与えられてきたものの大きさでもある。 
与えられてきたものがあるからこそ、失うということがある。

欲しいものを手に入れるということは、それと同時に失うものがある。
その道理を知っているだけで、生き方・思考の仕方は変わると思う。

「日本の領土を奪い返すため、戦争をすべき」
ということを平気で言えるということは、
仮に領土を戦争によって奪い返せたとしても、同等の失うものがあるということに目を向けていないということ。
政治を司る人が、臆面も無くそういうことを言うということは、実はとても危うい。

領土を取り返すために、民衆のいのちは犠牲になっても(失っても)いいと言っているようなもの。

「この政治屋さんはそういうこと言っているんだなぁ」ということを、その政治屋さんがいる国にいて、選挙権を持っている人々は知っていた方がいい。

2019年9月 3日 (火)

2019年9月のことば

2019年9月のことば

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もしかしたら、

失うということと、

与えられるということは、

となり同士なのかもしれません

              星野富弘

 

季節は移ろう

7月、恩ある住職が浄土に還られた。彼女の訃報が届いてから葬儀の日まで10日ほどの日があった。彼女の死を、心の中では受け入れているけれど、  横になっている彼女の顔を見ていると、今にも笑顔で起きそうで、死が現実のことなのか嘘なのか分らない気持ちになった。
その10日間は、梅雨寒から夏の暑さへと、気候の変化を感じさせる時期でもあった。
ひとりの恩ある人の死に接し、まるでひとり時間が止まったかのように、人の死について考えていた。けれど、その間も季節は移ろい、気候は変化し、着るものも変わっていった。
私を取り巻く時間が止まっているかのように過ごしていたけれど、すべての物事は変化し続けている。この私も含めて。

そんなことを ふと思ったとき、車を運転する私の耳に、King Gnuの「Don't Stop the Clocks」という曲の詩が飛び込んできた(掲示板8月のことば)。

 春の風 夏の匂い 木々の色めき
 そして今年もまた雪が舞う
 そんな日々を好きになれる
 あなたとなら季節が巡り始める

死は、時間が止まることではなく、 時の移ろい、季節の移ろい、いのちの移ろいの中の、ほんの瞬間に過ぎない。

時の経過の中に身を置いていることを意識的に感じつつ、厳しい暑さを全身に受けながら、8月を過ごしていた。
そんな8月末、お世話になっている お寺の前坊守も浄土に還られた。私が幼い頃から、文字通りお育てをいただいた。うちの娘ふたりも、そのお寺の子ども会でお世話になり、温かい眼差しで包みこんでいただきました。親子共々お世話になりました。ありがとうございます。

死別

人が亡くなることによる別れを「死別」という。“別”れるという字が入っているのだから、「死別」には「失う」という意味も含まれているのだろう。
身近な人、恩ある人との別れは、つらく、悲しく、悔しい思いが湧くこともある。喪失感が私を襲う。
この世に多くのいのちがある中で、そのすべての死についてつらさ悲しさを感じるわけではない。テレビ桟敷で、多くの人々のいのちが奪われたニュースを、食事をしながら他人事のように聞くことがあるかと思えば、一人の人の死に、まるで自分事のようにこころを揺さぶられることもある。
ひとりの人の死が、それほどまでに私のこころを揺さぶるのは、先に往く人から大切な何かをもらい続けていたから。ご恩をいただいてきたから。

 失うことの大きさは、与えられてきたものの大きさでもある。

 与えられてきたものがあるからこそ、失うということがある。

失うものと、与えられるものと、ふたつのものがあるわけではない。与えられたものはつまり失うものであり、失うということはつまり与えられていたということ。事柄はひとつ。いろいろな側面があるだけのこと。

星野富弘さん

星野富弘さんは、1946年、群馬県勢多郡東村(現みどり市東町)に生まれました。
群馬大学教育学部卒業後、夢だった中学校の体育教諭となります。しかし、クラブ活動の指導中、模範演技の際に頸髄を損傷し、首から下の自由を失います。
それから2年ほど経った入院中、 口に筆をくわえて文や絵を創作することを始められました。現在も詩画やエッセイの創作活動をされています。
1991年には、群馬県勢多郡東村(現みどり市東町)に富弘美術館が開館されました。

もしかしたら、

「死別」というと、喪失感の響きが強いけれど、死別とは、与えられていたものの大きさを感じることでもある。
そんなことを想っていた8月下旬、今月掲示している、星野富弘さんのことばに出会いました。

 もしかしたら、
 失うということと、
 
与えられるということは、
 
となり同士なのかもしれません

私は、「もしかしたら、」ということばに強く惹かれました。
「もしかしたら、」というと、予想・想像・推定、あるいは疑いなど、確信を持てないときに使います。けれど、「もしかしたら、」があることによって、星野さんの確信に満ちた感情を感じました。
もし私が病に直面して、不自由な状態に身を置いたとき、喪失感を感じることでしょう。おそらく、星野さんもそうだったのではないでしょうか。けれど星野さんは、創作活動を続けるなかで、失うことと、与えられてあるものが、となり同士であることを感じられた。ある面から見れば「失」かもしれないけれど、それは同時に「得(与)」でもある。首から下の自由は失ったかもしれないけれど、今に至るまでずっと私に与えられ続けているものがある。そういうことを感じた想いが、「もしかしたら、」ということばとして表われたのだと思います。ひとつの大きなものに包みこまれて、今、私がいる。その確信が、「もしかしたら、」ということばから伝わります。

人は、与えられているものによって育てられる。けれど、その与えられているものは、失うことと となり同士である。失うということによってもまた、人は育てられる。

この夏は、別れの夏でもあり、与えられてあるものの大きさを知った夏でもありました。

南無阿弥陀仏

~掲示板の人形~
8月のある日、吉祥寺へ買い物に行き、あるお店に立ち寄ったら、カピバラさんグッズが半額で売っていました!!(商品の入れ替えだったのでしょうか?)
パンダに抱きかかえられるカピバラさん、即買いました。
家に帰って、「9月の掲示板に飾るんだ♪」と子どもたちに見せたら、次女に即奪われました(^∀^)
夏休み中の妻の帰省の際、カピバラさんとパンダさんは、次女に抱かれて飛行機に乗って秋田へ行ってしまいました。
みんな無事に帰ってきて、カピバラさんとパンダさんは9月の掲示板の人形として飾られています。
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