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2019年4月 1日 (月)

2019年4月のことば

2019年4月1日
4月になりました。ぽかぽか陽気で、桜もきれいですね・・・なんて日和を想像していたけれど、寒いです。お風邪を召しませんように。
3月末、膝をつき合わせて話をしておきたい人、事柄が多々あったので、京都へ行ってきました。
思いがけずたくさんの人と、いろいろな話ができました。
メールでも電話でもなく、直接会って話をすることって とても大切だ!!
阿弥陀堂と御影堂で、阿弥陀さま 親鸞さまの前に座ると涙が出るくらいホッとするものです。
行ってよかった。 南無阿弥陀仏(-人-)
おかげで4月の寺報がギリギリになってしまいましたが、なんとかできました(ホッ)
4月、新しい出あいを大切に。もちろん、今までの出あいも含めて。

〔2019年4月のことば〕

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今を生きることで

熱いこころ燃える

だから君はいくんだ

ほほえんで

そうだ うれしいんだ

生きるよろこび

たとえ胸の傷がいたんでも

      やなせたかし (「アンパンマンのマーチ」より)

不安は私のいのち

このような話を聞いたことがあります。ウナギを長距離運ぶとき、全く傷を付けずに丁寧に運ぼうとすると、ウナギは目的地に着く前に死んでしまうそうです。ところが首に傷を付けると目的地まで生きたまま届くそうです。ウナギはキズの痛みに耐え、一生懸命生きようとするのでしょうか。

という文章を、かつて寺報で書いたことを思い出しました。

第7号 1999年3月発行の寺報です。もう20年も前の話になります。文章が未熟です(今もですが)。「ウナギの首ってどこだろう?」などと思いながら、古い寺報を読み返しました。

ちなみに、第7号の掲示板のことばは、

 不安は私のいのち

 苦悩は私の生きがい

 不安や苦悩のない人生はない

 不安や悩みとれたら

 生きがいもない

です。

不安や苦悩なんて無いほうがいいですよね。なにか不安や悩みがあるとき 私たちはその原因を自分の外に考えてしまいます。「あいつさえいなければ」「今の社会状況は最悪だ」等々。それでは仮に自分が考えた不安や悩みの原因が全部無くなったとして、そこに不安や苦悩の無い世界が開けるでしょうか。 おそらく新たな不安や苦悩が訪れるのではないでしょうか。

という文章もまた、当時書いたものです。

不安や苦悩にこころ覆われたとき、「あのとき、あんなことしなければ」と悔いたり、「あのとき、別の行動をとっていれば」と歎いたりしてしまいます。過去に戻れないのは分かっていることなのに。仮に、過去に戻ってやり直せたとしても、私はまた同じようなことを繰り返すことでしょう。

不安や苦悩のない人生はありません。それに、不安や苦悩があるからこそ夢や希望を抱けるのかもしれません。悲喜のすべてがあっての私です。

こころに刻む

「胸の傷」というと痛々しく聞こえる。 けれど、「こころに刻む」や「脳裏に焼き付ける」など、より痛みを伴う表現がある。意味としては「忘れない」「覚えておく」ということだけれど、「この出来事を忘れない」「目の前の光景を覚えておく」という表現では言い尽くせない経験が、「こころに刻む」「脳裏に焼き付ける」と表現させるのだろう。絶対に忘れない、忘れてはならないという覚悟と共に。

「こころに刻む」や「脳裏に焼き付ける」と表現するのは、嬉しい出来事よりも悲しい出来事の方が多いのではないだろうか。

「悲しい出来事はなかったことにしたい」「悲しい気持ちが早く薄らいでほしい」。そのようなセリフを耳にするけれど、絶対に忘れてはいけないことだという気持ちがはたらくのは、悲しい出来事。

いのちが生きよう生きようとするのは、傷がつかないように丁寧に守られた環境ではなく、こころに刻まれるような何かに出あったときなんだ。

あなたを傷つけた私

「胸の傷」のいたみについて考えるとき、自分の胸の傷のことばかり考えていた。

けれど、私があなたにつけた傷もありました。その傷の方がはるかに多くて、はるかに深い。

自分の胸の傷のいたみは感じることができる。傷と共に刻み込まれている悲しい出来事も思い返すことができる。それなのに、私があなたにつけた傷は、傷をつけたことすら分かっていない。ましてや、あなたが感じているいたみなど知る由もない。

「今を生きる」とは、傷と共に生きること。つけられた傷もあれば、あなたにつけた傷もある。自分の胸の傷のいたみだけを感じるのではなく、あなたを傷つけた私ですといういたみを、忘れてはならない。

受け継がれる意志

あなたを傷つけた私。そのことを想うとき、マンガ「ワンピース」の、あるシーンを思い出す(単行本16巻)。

雪の降りしきるドラム王国。国王ワポルは、国民を支配することで国政を担っていた。国内の医者を国の管理下に置き(「イッシー20」)、病気を患った国民は、 ワポルに頭を下げて治療を受けなければならなかった。その国政に抗い、ドクター ヒルルクは、患者の家を訪ねては無償で診察をしていた(しかし、ヤブ医者ゆえ国民からは迷惑がられている)。

ヒルルクの態度に業を煮やしたワポルは、ヒルルクを捕まえて処刑するため、「イッシー20」全員が病に倒れたとデマを流す。

「イッシー20」を治療するため、自身のいのちを顧みず、城に乗り込むヒルルク。

城で待ち受けていたのは、国王ワポルと守備隊、そして健康な「イッシー20」。

自分を捕まえるための罠だったと知ったヒルルクはつぶやいた。

「よかった・・・病人はいねェのか・・・」と。

「ズキッ!!」 ヒルルクのつぶやきを耳にし、胸にいたみをおぼえる守備隊隊長ドルトン。彼は、ワポルの国政に疑問を感じながらも、逆らえずにいた。

捕まって処刑される前に、自ら世を去ったドクター ヒルルク。その姿を脳裏に焼き付けたドルトンは、国王ワポルに立ち向かう・・・

〔掲示板の人形〕

今月は、やなせたかしさんのことばを掲示させていただいたので、アンパンマンとSLマンの人形を掲示しています。

京都で買ってきました(^▽^)

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