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2019年2月13日 (水)

人間には、いのちには、本来肩書きなんてない

池江璃花子さん あなたは あなたでしかない かけがえのない いのちを生きています。

水泳の第一人者とか 東京オリンピックの代表選手とか 金メダル候補とか そんな肩書きは本来いのちには付いていないものです。
また第一線でとか オリンピック目指してとか メダルを取れるようにとか それは本人の中でのモチベーションとしては大切だけど、他の人が言うことではない。そういう肩書きとか 目標が付かなくても、池江璃花子さんは池江璃花子さんです。

池江璃花子さんの笑顔から多くの力をもらっていました。 
快復を念じています。

人は、肩書きや功績がある他者(ひと)でないと愛せないのだろうか。「頑張って」と励ませないのだろうか。いや、そんなことはない。池江璃花子さんのことをこんなにも多くの人が心配している。それは、誰に向かっても心配する心の根っこがあるということ。
池江璃花子さんは、自分と同じ病気と向き合っている(「闘っている」は違うかな、と思いました)人たちのことも知って欲しくて、自分の病気を告白し、治療に入られました。彼女を応援するならば、彼女と同じ病気の方々、もっと視野を広げるならば、さまざまな困難を抱えながら生きている方々のことにも、想いを馳せることができるはず。そのことが、彼女が病気を告白したことに対する応え(応援すること)につながります。

人は、
一人ひとりのいのちを生きているのだけれど、
みんなつながっている。
だからこそ
喜びも伝わり、 悲しみも感じられる。

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コメント

はじめまして。
十日ほど前にご縁があってこちらのブログを見つけ、毎朝1~2時間ほど読ませていただいています。
過去ログはまだ全部は読めていませんが、ほっとできる内容が多く、副住職さんのお人柄がわかります。副住職さんはうちの息子と同じくらいの年齢なのに、とてもしっかりしたお考えをお持ちで、清々しいほど心のきれいな方だなと感心しています。
私は昨年の9月に乳癌が見つかり、余命宣告を受けて、この5か月間はずっと暗闇の中にいましたが、ここのブログを読むようになってから、闇の中に薄く細い光が差し込んでくるようになり、少しずつ気持ちを切り替えることができるようになりました。
そのことを感謝したいと思い、コメントを書くことにしました。ありがとうございます。

☆中村聖子さま
コメントをありがとうございます。何度も読み返させていただきました。
耳ざわりの良い言葉を並べることができたとしても、やはりそれは真実ではないと思っています。
生きていると、嬉しい楽しいこともあれば、悲しいつらいこともあるのが当然で、だからこそ生きるって複雑なんだけど、生きることに意味があるのだと思います。
病気になられ、余命宣告を受けられたとのこと。お一人で抱え込んでしまうことも多いこととお察しします。息子さんもいらっしゃるとのこと。自分の身体のこと以外にも、いろいろと考えられることがありますね。私も、子どもたちの姿を見ながら、それだけで嬉しさに満たされるときと、まだ子どもたちを残していけないと考えるときがあります。たいした病気ではないのですが、私もかつて肝臓を患ったことがあるので、時折体調が悪くなったときは、その時のことを思い出して、マイナスイメージな事を考えることがあります。
でも、人生は良いことと悪いことが交互に訪れるのではなくて、同時進行です。だから、重たい事実に潰されそうなときも、それだけがこころを支配しているのではなくて、こころのどこかに希望があるのだと思います。そんな希望、言い換えるならば光明って、実はすべての人にさしています。そのことに気付けるか否かで、人生って、私の想いって変わってきます。
折に触れて書き綴ってきた私の文章を、コメントで書いてくださったように受け止めてくださり、嬉しいです。不定期投稿ですが、これからも過去ログも含めてお読みください。私も中村さんの言葉を想い返しながら、これからも書かせていただきます。ありがとうございます。
白山勝久拝

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