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2019年1月 1日 (火)

2019年1月のことば

2019年1月1日 8時に修正会をお勤めし、新しい年をお迎えしました。
本年もよろしくお願い致します。
2019年1月の掲示板のことばは、昨年10月26日に還浄された近田昭夫先生からいただいたことばを掲示させていただきました。
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2019年1月のことば
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 ヒトノタメとも読めますが、
 ヒトノナスとも読めますね。
            近田昭夫

近田昭夫先生
昨年10月26日 真宗大谷派顕真寺前住職 近田昭夫先生が満86歳にて還浄されました。
法名 浄風院釋廣昭

西蓮寺永代経法要や聞法会でもご法話をいただきました。親鸞聖人の教えに真剣に向き合い、自分の言葉で飾らずにお話をされる先生でした。
近田先生には、この寺報「ことば こころのはな」をお送りしていました。先生はいつもお葉書をくださいました。
40歳近く年の離れた私の文章を丁寧に読んでくださり、ご自身の気づきを葉書にしたためてくださいました。そのお姿と手元に遺った葉書は、教えそのものです。親鸞聖人の教えが、先生を通して私に伝わりました。
近田先生、ありがとうございます
 
ヒトノタメ
かつて寺報の文章に書きました。

「人(ひと)の為(ため)と書いたら、偽(いつわり)という字になりました」

どのように受け止められますか?
子どもに注意しているとき、ふと思い出すことがあります。「これって自分が子どものときに言われてたなぁ」って。
「静かにしなさい」
「落ち着きなさい」
「キチンと挨拶しなさい」
あれはダメ! これはダメ! ああしなさい! こうしなさい!
親としては子どものためを思っているつもりでも、果たして本当に子どものためを思って言っているのだろうか。自分にとっての常識を子どもに押し付けてはいないか。周りの目を気にして、子どもの感情や動きを抑えてはいないか。
「あなたのため」という気持ちで発する言動は、本当に「あなたのため」なのだろうか。自分の価値観を中心に置いてはいないか。自分が満足感を得るためではないか。本心はどうあれ、「あなたのため」と思っているあいだは、自分自身を問うことがありません。
「人の為」という気持ちには、「偽」が潜んでいる。そんな気付きが大切だと思いながら書いた言葉でした。

ヒトノナス
そのとき、先生からの葉書には、

「偽という字は、
ヒトノタメとも読めますが、
ヒトノナスとも読めますね」

と書いてありました。葉書を読みながら、胸がチクリと痛みました。
私が為すことは、すべて自分で考え、決断し、行動していると思いがちです。けれど、ここまで生きてきて、私が為したことなど、なにひとつありません。
お釈迦さまは「縁起の道理」を説かれました。この世のいのちや物事、すべての事柄は縁によって成り立っている。あたかも自分で考えて行動しているかのように思い込んでいる行為も、すべて縁に催されてのことです。すべてのいのち さまざまな事柄が絡み合い、その縁によって、私が私となっています
私が縁をいただいているのではありません。縁によって私ができているのです。
自分のことは自分で為しているように思っている。けれど、それが為せるようなご縁があってのことです。そのようなことに想いを馳せることなく、自分の頑張りで生きてきたつもりでいる姿を「偽」と言われたのではないでしょうか。
先生は、そんな「偽」の生き方を否定するのではなく、「有為の奥山(道もなく、越すのも困難な奥山)を歩んでいるわたしです」と結ばれていました。

自分へのクエスチョンマーク
先生は「瞻仰(せんごう)」ということをとても大切にされていました。「瞻仰」とは仰ぎ見るということです。先生は仰っていました。

仏さまに合掌礼拝している方を見ていると、すぐに頭を下げます。礼拝するのに、すぐ頭を下げればいいというものではないと思うのです。せっかくご本尊を仰ぎ見、礼拝するのですから、目線を合わせて、仏さまのおすがたを拝見し、そして拝む。このことを「瞻仰」と言います。仰ぎ見るということは、仏さまの眼に私の目線を合わせるということです。仏さまと目線を合わせるお参りの仕方が身についてきますと、あるとき、ふっと気づくことがあるのです。 「私はこうやって向こうにいる仏さまを拝んでいるけれども、仏さまから見られると、私はいったいどうなっているのかな」ということに。 人間というものは、どんな人でも、 いつの世の人でも、自分の目線、自分の考え方にクエスチョンマークをつけたことがないのです。そのことを、本当に 目覚めさせて救おうというはたらきかけをしてくださっているのが、(阿弥陀)如来さまのはたらきなのです。 (『真宗のご本尊』真宗大谷派東京教務所発行より要出)

自分の目線や考え方にクエスチョン マークを付けたことがない私とは・・・。「あなたのため」と言いながら、自分の価値観に疑いを持たない私。ご縁をいただいてある私なのに、自分で物事を為していると勘違いしながら生きている私。「ヒトノタメ」「ヒトノナス」、まさに「偽」を生きる私でした。
ご本尊を仰ぎ見て、視線を合わせ、拝む。そのことは、自分自身の姿を照らし出していただくことでした。「真」なるものに照らされて、「偽」である私があぶり出されます。  南無阿弥陀仏

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掲示板の人形
毎年1月恒例の干支人形
2019年はイノシシ年 副住職 年男です。48歳になりますhappy01
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