« 自分を守ろうとするとき、すべてを傷つけてしまう | トップページ | 2019年1月のことば »

2018年12月14日 (金)

今年の漢字 2018年は「災」。

良寛さんのことばが思い起こされます。

 災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。
 死ぬ時節には死ぬがよく候。
 これはこれ災難をのがるる妙法にて候。
 

「災難に逢うときには、逢えばいいのです。死ぬときには、死ねばいいのです。これが災難を逃れる優れた方法です」
衝撃的なことばですが、「あう」を「逢う」と書いているところに大きな意味があります。
災難に「あう」という場合、たいてい「遭う」と書きます。好ましくない出来事に「あう」という意味です。しかし、愛しい人に「あう」という意味を持つ「逢う」を良寛さんは書かれています。
災難や死。私の身に起きて欲しくない出来事を「逢う」と表現する。まるで人生において大切な出来事のように。どうしてそのように表現できるのでしょう。
「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候」は、良寛さんのお手紙です。三条大地震(1828年11月12日)にあった友人に送ったお見舞いの手紙です。お見舞いの手紙ですが、良寛さん自身も同じ地震の被災者なのです。決して他人事としてのことばではありません。

ふたつの詩を紹介致します。

 雨の日には雨の中を
 風の日には風の中を
         相田 みつを
 
 くだり坂には
  またくだり坂の
   風光がある
         榎本 栄一
 
雨・風・くだり坂…これらは逆境を表わしていることばだと思います。
雨や風の中にいるときは晴れの日を夢見て、くだり坂を歩いているときは平坦な道を待ち望むものです。しかし、望みが叶ったときに雨や風やくだり坂の苦労を忘れてしまっては、たとえ晴れの中にいても、たとえ快適な道を歩いていても、出てくるのは愚痴ばかりです。そんな生き方をしているのが、私の現実ではないでしょうか。
ご紹介した詩は、逆境を生きている人の言葉です。逆境を生きている人のこころの奥底から生み出されてくるのだと思います。決して、逆境から何とか抜け出せて、ホッとしたときに書いたのではありません。逆境を自分の生きる場所として生き続けたのです。雨の中・風の中・くだり坂、そこに私が生きるべき場を見出されたのです。「逢う」ことが出来たのです。
嬉しくて楽しいことこそ記憶に残ってほしいけど、人生において眼に焼きつき、こころに刻まれることは、どうしようもなくつらい出来事ばかりです。不思議です。幸せや平穏無事な生活を望みながらも、生きている事実を実感できるのは、雨風の中を生きているときなのですから。
「あなたが生きるべきはいつの世でもない。あなたが向かうべきはどこでもない。今、あなたが立っている、ここですよ」
雨風の中を生きられた方々の声が、今、私にまで伝わっています。

« 自分を守ろうとするとき、すべてを傷つけてしまう | トップページ | 2019年1月のことば »

コメント

坂村真民さん 相田みつを氏にご縁のある私はとても感心して読ませていただいた 

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 自分を守ろうとするとき、すべてを傷つけてしまう | トップページ | 2019年1月のことば »

フォト
2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ