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2018年2月13日 (火)

落ち度がなければ安全と信じたい人が、被害者を責める構図がある

「東京新聞」 2018年2月12日(月)朝刊
コラム「本音のコラム」より

公正世界信念 宮子あずさ(看護師)

 患者さんは病状が悪くなると、なぜそれを医療者のせいにするのか。最近この疑問に答える心理学の論文を読んだ。
 キーワードは、公正世界信念という概念。分かりやすく言えば、「世の中は公正にできていて、悪いことをしなければひどい目に遭わない」と信じること。これを成立させるには、無理にでも原因を探さねばならない。
 これを病気にあてはめてみると、まず患者さん自身が不摂生を周囲から過剰に責められる。これは節制していれば病気にならない、との公正世界信念。そして、患者さん自身も、適正な治療がされていれば悪くならないと信じたい公正世界信念があり、病状が悪くなるとそれを医療者の落ち度として責められるのだ。
 また、本来なら同情されるはずの犯罪被害者や、独裁者に迫害される抵抗者も責められる。通り魔に襲われるのは人通りのない道を歩いたせい。偏った思想を持つから、罰せられて当然。落ち度がなければ安全と信じたい人が、被害者を責める構図がある。
 実際の社会は、温かい人柄の人が病に苦しんだり、時に通り魔に襲われる理不尽に満ちている。
 公正世界信念には無理がある。ほどほどに諦め、誰が悪くなくても悲しいことは起こると認められたら。不安と引き換えに、私たちはもっと互いに優しくなれるのではないだろうか。

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〈雑感〉
公正世界信念という概念。分かりやすく言えば、「世の中は公正にできていて、悪いことをしなければひどい目に遭わない」と信じること。これを成立させるには、無理にでも原因を探さねばならない。

本来なら同情されるはずの犯罪被害者や、独裁者に迫害される抵抗者も責められる。通り魔に襲われるのは人通りのない道を歩いたせい。偏った思想を持つから、罰せられて当然。落ち度がなければ安全と信じたい人が、被害者を責める構図がある。

2018年2月5日午後5時頃、佐賀県神埼市の住宅街に陸上自衛隊のヘリコプターが墜落しました。
ヘリコプターがが墜落した住宅の室内にいた11歳の女の子が怪我を負ったけれど、命に別状はなし。ヘリコプターの搭乗員1人が死亡し、1人は捜索中とのこと。
ヘリコプターが墜落した民家の、女の子のお父さんの「許せないですよね」のコメントが新聞に載ると、ツイッター上に父への非難が殺到したと聞きます。(非難のことばを書き出すのも嫌なので書きません)

命が助かったとはいえ、家にいた女の子は恐い想いをされたことと思います。ご家族の心配や驚きや怒りもあって当然です。ヘリコプターの搭乗員の方も、そのご家族にとっても気の毒なことが起こりました。
この世は理不尽に満ちている。というか、何が起こるか分からないのが世の中です。何が起こるか分からない世の中、何をしでかしてしまうか分からない私たち人間。何かが起きたときに支え合うのも人間。
自分の思想・理想(公正世界信念)を保つために、無理やり理由を構築したり、守られるべき人を傷つけて公正さのバランスを取ろうとする。そのことが、結局は公正さを欠いている。

ヘリコプターが墜落した家のお父さんがバッシングされるのと同様、被害に遭った方が責められたり、或いは何か善いことをしてマスコミ等に取り上げられた方が非難を浴びるということがある。
他者(ひと)をバッシングをする人や非難を浴びせる人は、自分がやっていることが他者(ひと)から認めてもらえない現状への不満が噴出。「自分はこれだけ頑張っているのに(誰からも褒められない。現状が良くならない)」。やっていることが認めてもらえない不満というより、「私(という存在)を認めて!」という叫びがいびつな形で出ているのかも知れない。だから、称賛される人へのやっかみだけでなく、つらい想いをした人への「お前だけがつらい思いをしているわけじゃない(俺の方がつらいんだ)」というクレームとして表出する。

と、夜な夜な書いていたら、林修先生が番組(2月11日放送のTBS系「林先生が驚く初耳学」)で語ったことばが起こされていました。

「小人閑居して不善を成す、つまり、つまらない人間は暇にしておくとロクなことをしないと。人間の関わりは3通りで、忙しい同士の人の関わり・暇な人同士の関わり・忙しい人と暇な人の関わり。トラブルが起きるのはここ(忙しい人と暇な人の関わり)だけですよ。こっちは忙しくて向こうは暇で、こっち(暇な人)は攻撃時間がたっぷりある。こんなもの絶対負けるんですよ」と持っている時間が全く違うため、正義感を持ってアホな人に応戦しても勝ち目はなく、不毛であると語った。

「暇」とまでは言いませんが、人間は時間を持て余すと、ろくなことを考えないものです。

「ろくなこと」の「ろく」は漢字で「碌」と書きますが、本来は「陸」だそうです。
「陸」とは平地を表わし、「平ら」ということを意味します。あ、公正・公平に通じますね!
つまり「碌でもない」・・・「陸でもない」とは、「平らでない」「公正・公平でない」ということ。
「公正世界信念」や「平等」ということばは、本来は人間の公正性・公平性を願ったことばだと思うのですが、自分が公正・公平の中にないという思いが、他者への刃となって向かう。ろくなことではありません。
(「ろくでなし」は、まっすぐでない人、性格がひねくれている人のことをいうのですね)

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