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2018年2月

2018年2月28日 (水)

私がもらっている給料を半分にすればいい

2018年 冬季オリンピック ピョンチャン大会が閉幕しました。
閉幕前夜、スピードスケート女子マススタートの決勝と、カーリング女子3位決定戦をドキドキしながら見てました。手元には、書かなければならない原稿を抱えながら^^  高木菜那選手 女子カーリングチームの皆さん、おめでとうございます。
オリンピックが閉幕し、次はパラリンピックですね。また楽しみです。

オリンピック中から、選手の方々や関係者のことばが、いくつか名言として書き表わされています。
さすが、人の何倍もの・努力・苦労をして、人生をかけて競技に臨んだ選手の言葉や選手を陰で支えてきた方々のことばは、ことばにいのちが吹き込まれています。
そんな中、私の胸に一番突き刺さったことばは、女子スピードスケート500メートルで金メダルを獲得した小平奈緒選手・・・を、無名の頃から支えてこられた 所属先の相沢病院 相沢孝夫理事長のことばです。
小平選手への支援金は年間約1000万円とのこと。支援金支出に関して、お金がかかるのであれば、「私がもらっている給料を半分にすればいい」と相沢理事長。なかなか言えることではありません。しびれました。

長野県出身の小平選手が、長野を拠点にして競技を続けたいと決心したとき、所属先が決まりませんでした。そんな中、縁があり、相沢病院の相沢理事長が手を挙げます。
「長野出身の人が、長野でやりたいと言っているのに、どうしてどこの企業も手を貸さないの? それなら、私がやります」と。
「一流になることを期待していたわけじゃない。一流になって、相沢病院の名前が世間に知れても、病院に患者さんが来るわけではない」と、小平奈緒選手の人柄、まっすぐさに惹かれての支援でした。

メダル獲得に及ばなくても、代表選出に達しなくても、選手たちはがんばっています。その選手やスタッフたちが、競技者生活を悔いなくできる環境が整えばいいなと、念ずるばかりです。

選手 スタッフの皆さん、ありがとうございます。
パラリンピックに出場される選手 スタッフの皆さんも、応援させていただきますsnow

2018年2月27日 (火)

掲示板のことばアーカイブズ(24)

2000年(平成12年)

1月〔275/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば」017〕
手を合わせ 今日も「いのち」をいただく

2月〔276/寺報018〕
親になることは易しいが 親であることは難しい
  金子大榮

3月〔277/寺報019〕
人間は偉いものではない 尊いものである

4月〔278/寺報020〕
笑顔でおはよう 感謝でおやすみ

5月〔279/寺報021〕
わたしのこの足は 毎日歩きたいのに 私が歩こうとしない

6月〔280/寺報022〕
人生長きがゆえに尊からず 人生深きがゆえに尊し

7月〔281/寺報023〕
念仏の道は「おかげさま」と生かされる道 「ありがとう」と生きぬく道

8月〔282/寺報024〕
正も固執すれば邪となり
善も誇れば悪となり
愛も変われば憎となる

9月〔283/寺報025〕
失敗をした日 よくできた日 この一日も無量寿のひとときです

10月〔284/寺報026〕
悩みや苦しみが救いの縁であったとわかるのが仏道である

11月〔285/寺報027〕
生かされて生きてきた
生かされて生きてゆこう
もったいない ありがたい 南無阿弥陀仏と

12月〔286/寺報028〕
ほほえみは 人一代の 身だしなみ

2018年2月26日 (月)

掲示板のことばアーカイブズ(23)

1999年(平成11年)

1月〔263/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば」005〕
人は同じところに居ても会えたとはいえない
同じ土壌に立つとき 本当に会える世界がある

2月〔264/寺報006〕
生きるとは 感謝感謝の 日々なりき わが灯の 消える時まで

3月〔265/寺報007〕
不安は私のいのち 苦悩は私の生きがい
不安や苦悩のない人生はない
不安や悩みとれたら 生きがいもない

4月〔266/寺報008〕
仏法と 萱屋の雨は 外へ出てきけ

5月〔267/寺報009〕
他人が自分を苦しめるのではない
自分の思いが自分を苦しめるのである

6月〔268/寺報010〕
亡き人に 迷うなと拝まれている この私

7月〔269/寺報011〕
そんでも そやけど あいつが こいつが

8月〔270/寺報012〕
何にもお役に立たぬ身にも まわりに御礼を言う仕事があった

9月〔271/寺報013〕
背を向けたい逆境に 人生の深い意味を見出せ

10月〔272/寺報014〕
つくべき縁あればともない はなるべき縁あれば、はなるる

11月〔273/寺報015〕
野に山に 報恩講の あかりかな

12月〔274/寺報016〕
だれを見ても なにを見ても 仏さまを思う そのときすべてのことがみな おかげさまとうけとれる

2018年2月25日 (日)

掲示板のことばアーカイブズ(22)

1998年(平成10年)

1月〔251〕
災難が来ぬように祈るのが信心ではない
どんなことが来ても引き受けてゆける力を得るのが信心である

2月〔252〕
転んでみて人の悲しみがわかり
転んでみて人の苦しみがわかり
転んでみて人のやさしさがわかった
私は転ぶことを恐れていたが
転ぶことによって私の人生は深まり
転ぶことによって私の人生は豊かになった

3月〔253〕
人の言うことを「なるほど そうか」とうなづけたら そこには花が咲くようである

4月〔254〕
こちらから頭を下げる
こちらから挨拶する
こちらから手を合わせる
こちらからすれば
争いもなく
なごやかにゆく

5月〔255〕
その日 その日は長かったろう つらかったろう
しかし振り返ってみれば 無駄にはなっていない

6月〔256〕
人間は泣きながら歩いているうちに 本当の自分を見つけるものなのです
人生に雨や嵐があってこそ 生活は深められていくのです

7月〔257〕
私が無駄に過ごした今日は 昨日死んだ人が 痛切に生きたいと思った一日である

8月〔258〕
やさしさにであったら よろこびを分けてあげよう
しあわせとおもったら ほほえみをかわしていこう
海をふく風のように さわやかなおもいそえて
くるしみにであったら ひたすらにたえていこう
合わす掌のぬくもりに ほのぼのとやすらぐこころ
かぎりない ひかりのなかに 生かされて生きてゆく日々

9月〔259/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば」発行001〕
あたりまえが いつのまにやら おかげさま

10月〔260/寺報002〕
水はつかめません すくうのです
心はつかめません 汲みとるのです

11月〔261/寺報003〕
自分さえよければいい この悲しさ

12月〔262/寺報004〕
愚かな 愚かな わたしです それさえしらぬ わたしです

2018年2月24日 (土)

掲示板のことばアーカイブズ(21)

1997年(平成9年)

1月〔239〕
しあわせは いつも自分のこころがきめる
  相田みつを

2月〔240〕
よそごと 人ごと わが身ぬき

3月〔241〕
人間は幸福ぐらいでは満足できない存在である
  和田稠

4月〔242〕
損か徳か人間のものさし 嘘か真か仏さまのものさし
  相田みつを

5月〔243〕
人多き 人の中にも 人ぞなき 人となれ人 人となせ人

6月〔244〕
自分の思いどおりにしようとしたら 孤独になる
  鈴木章子

7月〔245〕
我が身の籠をば 法の水につけて聞くべし
  蓮如上人

8月〔246〕
鏡の前に立てば自分の姿が見える
み仏の前に立つと自分の心が見えてくる

9月〔247〕
憎い人など一人もいない たゞ憎いと思う 私がいるだけである

10月〔248〕
地獄はどこかにあるのではない 自分がつくって 自分が堕ちるところ

11月〔249〕
一日一日がわたしの責任を果たす大事な場です
どんな小さなことも 生きる材料です

12月〔250〕
わたしがわたしになるために 人生の失敗も必要でした
むだな苦心も 骨折も 悲しみも すべて必要でした
わたしがわたしになれた今 みんなあなたのおかげです
恩人たちに手を合わせ ありがとうございますと ひとりごと
  をさ はるみ

2018年2月23日 (金)

出会いが人を育て 別れが人を深める

2018年2月20日(火)
金子兜太さん死去 98歳
現代俳句協会名誉会長
戦後、俳句に社会性や時代性、思想を取り込む革新をもたらし、俳誌「海程」を創刊するなど、戦後の俳句改革運動をリードされた。
さいたま市の女性が詠んだ俳句 「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」 が、さいたま市公民館の月報への掲載を拒否された。その際、金子兜太さんは、「俳句に詠んでいけないものはない。社会のことを詠むのはあたりまえ」と、女性を激励された。
このことがきっかけで、「東京新聞」において「平和の俳句」が募集、掲載される。その選者を、いとうせいこうさんと共に努められました。

戦争を知り、戦争は絶対ダメだ!と伝えてくださる方が、また一人逝った(浄土へ還った)。
選ばれた「平和の俳句」を読むだけで、金子兜太さんの俳句を読んだことはなかった。足跡を確かめたい。

金子さんの死をニュースで知り、でも、数日前に通信社の「金子兜太さん死去」の誤報を見ていたので、驚きよりも「あぁ、来るときが来てしまったか」という想いでいた。
その晩、子どもたちに「さぁ、寝ようか」と声をかけたときに、スマホにニュースが入った音がnote
見ると、「俳優 大杉漣さん死去」の報がsign01 いや、ビックリしました。
子どもたちを寝かしつけて、テレビをつける。ピョンチャンオリンピック スピードスケートパシュート女子決勝で、日本チームが金メダルを獲得したレースを、ちょうど放映していた。おめでとうございます。チャンネルを変えると、カーリング女子の試合を中継。あれだけの体力と精神を使う競技を9試合も。そして準決勝へ。
そして、チャンネルを変えると大杉漣さん出演のドラマ「バイプレイヤーズ」を放送中。ドラマを見て、床に就きました。
翌朝は、パシュートの金メダル以上に、大杉漣さんに関する報道が!! 大杉漣さんを知る誰もが、急な別れに驚きを隠せない様子(それはそうですよね)。とても気遣いの人で、趣味も多様だったそうですね。数多くのドラマやCMでお見かけし、舞台も出られて、ご家族や友だちとの時間を趣味も大切にされ、こういう方は、どのようなスケジュールでいらっしゃるのだろう?と、いつも想っています(私は時間を使い方がとても下手なので)。

大切な方との別れは、悲しいですね。
でも、先往く人との出会いのおかげで私の中に何かが残っているから、別れを悲しく想える。
別れは、私を深める。

2018年2月22日 (木)

掲示板のことばアーカイブズ(20)

1996年(平成8年)

1月〔227〕
御仏の み名となえつゝ あらたまの 今年も清く 日々を送らむ

2月〔228〕
人間一番いやなことは 自分が自分にうそを言う時だ

3月〔229〕
雨の日には雨の中を 風の日には風の中を
  相田みつを

4月〔230〕
無心
 一せいに咲き 一せいに散る 白木蓮の花 咲くも無心 散るも無心

5月〔231〕
いかにせば まことの道に いなわめと ひとえに思う 寝てもさめても
  良寛

6月〔232〕
どんな苦しみも 全て執着に縁って起こる
  釈尊

7月〔233〕
育てたように子は育つ
  相田みつを

8月〔234〕
始めを能(よ)くする人はあるが 終りを能(よ)くする人はすくない

9月〔235〕
たった一言に人は傷つき たった一言にこころ温まる

10月〔236〕
わがみのわろきことはおぼえざるものなり
  蓮如上人

11月〔237〕
この世はおもしろいところ 今 仏に会うところ 自分にあうところ
  小山貞子

12月〔238〕
釈尊の教え
 おかげさま もったいない 申し訳ない

2018年2月21日 (水)

人びとは残酷である。しかし、人は優しい。 タゴール(インドの詩人)

2018年2月19日(月)の「東京新聞」朝刊(12版)を、全体を通して読んでいて、現政府の危うさと稚拙さと脆(もろ)さを感じた。

 book

「本音のコラム」

差別的な妄想 宮子あずさ(看護師)

 政治学者の三浦瑠璃(るり)氏が、出演した番組で、北朝鮮のスパイが大阪に多く潜伏していると発言。批判を浴びている。
 訪問看護でうかがう先にも、類似する妄想を持つ人がいる。今回の件で、在日コリアンの人たちの怒りを聞くにつけ、自分の対応に疑問を持つようになった。
 私はこれまで差別的な妄想に対して「妄想だから仕方がない」と考えるようにしてきた。ある男性はいつも無音のテレビを見ていた。「放送の音は嘘。工作員へのメッセージが隠されているんです。だから、話している人の唇を読まなくちゃなりません」と話す。私はあえて反論せず、なるべく話をそらした。
 その後、彼はがんで亡くなったのだが、妄想におびえた暮らしを思うと、今も気の毒になる。妄想自体は病気。そこで彼の思想性を問うのは酷な話である。また、妄想を頭ごなしに否定しても、病状はよくならない。
 一方で、現実感が持てるよう関わるのは、看護の基本。「私は、工作員なんてここにいないと思う」と現実を伝えてもよかったように思う。この関わりは理にかなっているし、私自身の気持ちを守るために、言うべきだったと思うのだ。
 看護師にも大事にしたい価値観がある。私は差別のない世界に貢献したい。差別がとがめられぬ現状だからこそ、差別を肯定しない態度にこだわりたい。

 book

一面

「北の脅威」政府に矛盾
衆院選「危機的」→安保法訴訟では否定

「北朝鮮の脅威」を巡る政府の主張の矛盾が明らかになった。安倍晋三首相が昨年10月の衆院選で、北朝鮮情勢が「危機的な状況」だと強調した一方、同時期に行なわれた安全保障関連法に関する訴訟では、米国と北朝鮮が衝突する危機にあることを政府自身が否定し、主張を大きく変えているためだ。野党は政府の説明を「二枚舌」と批判。今後の国会審議で追求を強めることも予想される。(新開浩)

 衆院選を通じ、首相や小野寺五典(いつのり)防衛相は、核・ミサイル開発を進める北朝鮮と、武力行使を含む「全ての選択肢」を否定しない米国との間で、昨年末から今年初めにかけ、緊張が極度に高まる可能性を訴えた。
 首相は衆院選前日の演説で「北朝鮮の危機がある中で、安保法を廃止すると言う人は、あまりにも無責任だ」と強調した。
 一方、集団的自衛権の行使を容認する安保法が憲法九条に違反するとして、陸上自衛官の男性が、集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」での防衛出動命令に従う義務がないことの確認を、国に求める訴訟を起こした。
 一審の東京地裁は昨年三月の判決で「原告の部隊に出動命令が出る具体的な可能性があるとは言えない」などとして訴えを退け、男性は東京高裁に控訴した。
 衆院選から約一カ月後の11月末、法務省は高裁に提出した準備書面で、男性が主張した米国と北朝鮮との武力衝突の可能性を「抽象的な仮定」と指摘。存立危機事態が発生する可能性についても「現時点における国際情勢」を理由に想定できないとした。国は北朝鮮情勢の深刻な危機を認めなかったことになる。
 しかし、東京高裁は先月末の控訴審判決で、安保法の成立を理由に、存立危機事態の発生を想定できないとした国の主張を「採用できない」と判断。男性の訴えは「適法」として一審判決を取り消し、審理を東京地裁に差し戻した。
 衆院選と控訴審での政府の主張の食い違いに関し立憲民主党の枝野幸男代表は14日の衆院予算委員会で「一方で、すぐにもミサイルが飛んできそうな危険をあおりながら、一方では具体的な危険はないと堂々と主張している。二枚舌ではないか」と批判した。上川陽子法相は予算委で、訴訟での法務省の主張を説明しただけで政府内で主張が異なる状況は変わっていない。

 book

二面

拉致問題で教員に研修
今秋から 政府、若者へ啓発強化

 政府は北朝鮮による日本人拉致問題を巡り、小中高校の教員を対象とする研修を今秋から実施する方針を固めた。内閣府による昨年秋の世論調査で、拉致問題への若年層の関心が低い傾向が出たことを踏まえ、啓発活動を強化する。教員に拉致問題に対する理解を深めてもらい、授業内容に反映するよう促す。政府筋が18日、明らかにした。
 拉致問題を風化させないとの意思を北朝鮮に示す意味合いもある。政府関係者は「日本国民全体が拉致問題を解決するとの思いを持ち続けることが重要だ」と説明する。
 内閣府が昨年10~11月に実施した外交に関する世論調査で、北朝鮮への関心事項を複数回答で聞いたところ、拉致問題を挙げた人の割合は18~29歳が最も低く64・9%。最多は60~69歳の85・3%で、若い世代の拉致問題への関心が薄れつつある現状が浮き彫りになった。政府内では、2002年の拉致被害者五人の帰国から15年以上が経過し、拉致問題を知らない小中高校生が増えているのではないかとの懸念が広がっている。
 政府は4月以降、都道府県や政令指定都市の教育委員会事務局を通じ研修参加者を募集する予定。当初は数十人規模の参加を見込む。拉致現場視察や被害者との懇談のほか、実際に授業で拉致問題を取り上げている教員と指導法を意見交換する場も設ける。政府が毎年12月に開く拉致問題に関する国際シンポジウムへの参加も求める。

 pencil
(雑感)
拉致問題が風化しているから、小中高の教員を対象とする研修会を実施し、授業内容に反映するように促す。って、ひどくと思います。拉致問題が風化している、関心が薄れていると感じるのならば、それは、自分たち(政府)が何もしていないことの表われなのではないですか?(実際に動いている方はいることと思いますが)  政府が北朝鮮と交渉を続けている過程を示す、拉致被害者ご家族との連絡を密にする。そのような姿勢を見せていれば、決して風化はしないし、関心が薄れるということもありません。

風化させたくない。と、言いながら、自分たちがしてきたことは無かったことにしようとする。お金で解決を図ろうとする。
ひとたび戦争が起これば、目を覆いたくなるような現実が日常となってしまいます。自分が被害を被る身ともなるし、加害者ともなり得る。それが、戦争。「話の分かる相手ではない」「何をしてくるか分からない奴等だ」「昔やったことの反省がない」と言うけれど、そのまま同じことを言われているかもしれない。で、言われている内容も決して間違いではない。
戦争が起こらないために、戦争を起こさないために、政治家として交渉に尽力してほしいと思います。戦をするための法案を通すために、「北朝鮮の脅威」を声高に叫びながら、都合が悪くなると否定する。何か、妄想でも膨らましているかのような。
同じ2月19日の朝刊 スポーツ欄に、スピードスケート女子500メートルで金メダルを獲得した小平奈緒選手と、銀メダルに輝いたライバルであり親友である李相花選手(韓国)の、お互いを讃え合うことばが載っていました。

(李相花選手は)力を尽くしたレース後、小平からは「今もあなたを尊敬している」と言葉を掛けられたという。涙で抱き合った元女王は「私もあなたを誇りに思う」と応じた。

どの報道機関も大きく取り上げていました。最大のライバルであり、最大の親友。
お互いの国どうしの関係を見ると、決して良好な状況ではないけれど(誰がそうしてる?)、人と人との結びつきは、国境も、ライバルという関係も越えて、手を取り合うことが出来る。お互いを尊敬し、お互いを成長させる。国と国との関係になると難しいのでしょうか? 小平選手と李選手の関係を、ちょっといい話とか美談の体で報道するのではなく(受け止めるのではなく)、人と人とは、そういう関係が結べるんだと、受け止められたら。私の日常は、私と国との関係で生きているのではなく、私と目の前のあなたとの関係。人と人。そこから一歩一歩の、一日一日の歩みを大切にしたい。

新聞の読み応えのある朝でしたsun

2018年2月20日 (火)

掲示板のことばアーカイブズ(19)

1995年(平成7年)

1月〔215〕
世に いのちなきは 一つもない

2月〔216〕
死に対する恐怖と同じくらい 生に対して感動したことがあるだろうか

3月〔217〕
人を叱るよりも 我が子を叱るよりも まず自分を叱れ

4月〔218〕
お念仏の親をもらって何よりの財産や

5月〔219〕
うそはつかない 心にきめて うそをつく
  相田みつを

6月〔220〕
「おかげさま」が見える目に

7月〔221〕
聞法  東義方
私が死んだら
静かに ナムアミダ仏と称えて下さい

安らかに過ごせた生涯ではなかったけれど
念仏の声を聞く時が
いちばん楽しかった

人間の悲しみは 底知れず深いから
念仏の声は 限りなく優しい

私が死んだら
静かにナムアミダ仏と称えて下さい

8月〔222〕
み仏に 救われてありと 思いせば なげきはきえず きえずともよし
  伊藤左千夫

9月〔223〕
終わりを全うすることによって始めが生きる
立派に死ぬことによって 生まれがいがある

10月〔224〕
その時の出逢いが人生を根底から変えることがある よき出逢いを
  相田みつを

11月〔225〕
ありがとうと受けとるか これでは足りぬと受けとるか
幸福と不幸はそこからわかれてくる

12月〔226〕
肉体はおとろえるが 心の眼がひらく
人間の晩年というものは おもしろい
今日まで生きて いのちのふかさが 見えてきた
  榎本栄一

2018年2月19日 (月)

掲示板のことばアーカイブズ(18)

1994年(平成6年)

1月〔203〕
生まれることはわからない
死ぬことを苦しむ
そして 生きることをうっかり忘れている

2月〔204〕
子どもしかるな きた道だ
年寄り笑うな 行く道だ

3月〔205〕
“私一人でも”と立ち上がる人
“私一人ぐらいでは”と座りこむ人

4月〔206〕
親が子を念ずればこそ 子は親を思う

5月〔207〕
あんなにせわしてやったのに 「のに」がつくと ぐちが出る
  相田みつを

6月〔208〕
花びらは散っても花は散らない
人は散っても面影は去らない
  金子大榮

7月〔209〕
ご利益求めて歩く それを迷いという

8月〔210〕
まちがわぬ 旅路いけよと みほとけは ついてはなれず これからの道

9月〔211〕
人間はいつまでも生きられないことを知ったとき 今生きることの大切さがわかってくる

10月〔212〕
毎日掃いても落葉はたまる これがとりもなおさず人生である 人間である
  田山花袋  
(※「落葉」とは「煩悩」のこと)

11月〔213〕
人生は長いだけが能ではない
長さに加えて広さ 広さに加えて深さ
長くて広くて深い人生を送りたい

12月〔214〕
たった一つしかない命
たった一度しかない人生
人間に生まれてきた甲斐はあったか
忘れているものはないか

2018年2月18日 (日)

掲示板のことばアーカイブズ(17)

1993年(平成5年)

1月〔191〕
みほとけの 光あふれて いのち まいにち 新しい

2月〔192〕
学ぶひまがない という人は ひまがあっても学ばないだろう

3月〔193〕
朝目がさめた 目が見える 手が動く あゝ生きている 何よりのおどろき

4月〔194〕
仕事や遊びと相談すると参詣はできないが
無常や煩悩と相談すると参詣はしやすい

5月〔195〕
花にみとれる心 人を想う心 魂をみつめる心

6月〔196〕
―母を想いて―
   たわむれに 母を背負いて一歩二歩 軽きに泣きて 三歩も進まず
      石川啄木

7月〔197〕
道ばたに咲く小さな花をゆっくり見ることがありますか
月や星を見つめたことがありますか
雨の音に耳をかたむけたことがありますか
歩くことを楽しんでいますか
一杯の水を大切にしていますか
あき缶を捨てていませんか
一日一遍 念仏申してますか

8月〔198〕
太陽の光はありがたい 人工の光は便利だ
もうひとつ目に見えないが 仏の光は尊い

9月〔199〕
ひとの批判はかんたんだがな
  相田みつを

10月〔200〕
法をうくるに身をもってし 物をうくるに心をもってす

11月〔201〕
私共の生活は 恩をうくる生活であるとともに 恩に報ゆる生活である

12月〔202〕
自分かわいさに人を傷つけ 自分の都合で人を憎む

2018年2月17日 (土)

掲示板のことばアーカイブズ(16)

1992年(平成4年)

1月〔179〕
みひかりの うちに住む身の 嬉しさを 今年はたれに 先ずわかたまし
  甲斐和里子

2月〔180〕
ありがたい すみません もったいない

3月〔181〕
姿の化粧はしばしで出来る 心の化粧は一生かかっても まだ足らない

4月〔182〕
人生は 深い縁の 不思議な出会いだ
  坂村真民

5月〔183〕
見方を変えれば 心もはれる
法(おしえ)を聞けば 見方が変わって心がはれる

6月〔184〕
自分の声をテープにかけて聞くと 聞かれたものでないように
自分の心の姿を 自分から離してみると まことにはずかしい

7月〔185〕
箸を持ち茶碗をかかえるほどの面倒もないのに
両手を合わせて拝むことは なかなかむずかしい

8月〔186〕
あぐらをかいて字をかけば 字もまたあぐらをかく
⇒作家の阿川弘之さん(1920~2015)が友人の墓参で西蓮寺に来られたとき、このことばが掲示されていたそうです。寺の掲示板のことばなど説教くさくて嫌だと普段気にも留めない阿川さんも、このことばには足を止められました。阿川さんは、原稿を書くのは気にならないけれど、手紙などを書くときは、自分の字が嫌で筆が進まないそうです。で、どうしても書かなければいけなくなってから嫌々筆を執ります。パジャマを着たまま。掲示板のことばを見て、「パジャマを着て字を書けば、字もパジャマを着るということだなぁ」と感じられたそうです。と、ある雑誌のコラムに書かれていました。happy01

9月〔187〕
腹立ちの まださめやらぬもとよりも 涙ながらに 出ずる念仏

10月〔188〕
いいことはおかげさま
わるいことは身から出たさび
  相田みつを

11月〔189〕
一番わかっているようで
一番わからぬ自分自身
  相田みつを

12月〔190〕
外にいる敵よりも 内にある慾(よく)が自分を亡ぼす
一番おそろしい敵である

2018年2月16日 (金)

強みを手にすると、人は変わる

武力で平和が守れるなら
世界はとっくに平和です

アメリカで、また銃乱射事件がおきました。日本では、「たまに」、でも「またか!」という感じでアメリカでの銃乱射事件のニュースが流れるけれど、今年に入ってからアメリカでは18件の銃乱射事件が起きていると聞きます。つまり、日常茶飯事。
銃が手に入るということは、抑止のため、自己防衛のために手に入れても、凶器として使う者も手に取れるのだから、そのいたちごっこは止まらない。いたちごっこと書いたけれど、銃を凶器として使う者と、決して使うつもりはないけれど、抑止・防衛として必要とする者の二者がいるわけではない。銃が手にあれば、あらぬことを考え、あらぬことをしてしまうのが人。
これだけの人が銃の犠牲になっても、銃規制の話すら出ないというのは、議員レベルで言えば、銃関連の業者からいろいろとお世話になっているから(日本で原発推進の動きがなくならないのも、飲食店での禁煙の話が進まないのも、議員が関連会社からお世話になっているから。カジノを推進しようとしているのも同じ構図。そればかりとは言えないけれど)。市民レベルでも、未だに「それでも銃は必要だ」というのは、抑止・防衛のためという意識が働くから。結局、手元に銃は残る。悲劇は、これからも続く。
銃規制と同時に、秀吉の刀狩りではないけれど、今持っている銃をすべて没収しなければ、その意味も無いだろうし、お互いへの疑心暗鬼は続く。
銃の話ばかりだけれど、核も同じ。持っていたら、使いたくなる。使ってしまったら、たとえ正義の大義名分を掲げても、人殺し。使ってしまったら、国境を越えて、多くのいのちが犠牲になるのに。「自国を守るため」などというのは、ありえない話。

ジョンレノンが凶弾に倒れてから、105万人以上の人々が、銃によって亡くなっているという記録もあるという。
原爆投下のその年に亡くなった人は、広島で14万人(推計)、長崎で9万人(推計)。合わせて23万人(推計)。
国と国との争いは、一瞬で多くのいのちを奪う。
日常を生きる私たちは、日々の生活の中で、原爆の4倍以上の人(いのち)を殺めてきた。

2018年2月15日 (木)

人間・・・ともに生きていく人となる

昨日(2月14日)は西蓮寺聞法会
寒い中、聴聞にお出かけいただき、人生の先輩たちの姿に感謝。
チョコレートもいただき、ありがとうございます。美味しくいただきました。

本日(2月15日)涅槃会(お釈迦さまがお亡くなりになった日)
お釈迦さま、現代(いま)に続く仏法聴聞の歴史を開いてくださり、ありがとうございます。

昨日の聞法会のテーマは「ともに生きていく人となる」
昨年亡くなられた日野原重明先生のことばを元にお話。

20世紀の哲学者マルティン・ブーバーのことばを読み返し、医師としての生き方を問われた日野原先生は語ります。

ブーバーは、他者を「あなた」と呼ぶか、あるいは「もの」とみなすか、と問うていました。私はとっさに、医師にはこの2つが同時にその心に宿っていることを、自省しながら思ったのです。科学的探求心が高じたとき、医師はかけがえのない一人の人間である患者さんを見ずに、自らの研究の対象として、病んだその臓器を見ています。自分のもとに、一つでも多くのがん化した臓器や老化した血管がいまにも到着することを待ち望む気持ちにもとらわれます。厄介な病いであればあるほど、研究意欲に燃える医師の心は沸き立つのです。 そのような悪魔性をもつ自分を律して、患者さんを「あなた」と呼ぶ、人間本来の関係性に医師は立ち返らなくてはいけません。(中略) 他者を「あなた」と呼ぶ関係は、何も医師に限らず、人間がつねに問われている態度でもあるはずです。人間が「人」と「間」の二文字で書き表されるのは、私たちは人とのかかわりなくして存在しえないということの証でもあります。かかわりを通して、人は学び、育ち、傷つけ、そして慰め合うのです。「私とあなた」「私とそれ」という二つのかかわりのなかに生かされています。もし、同時代に生きるすべての人たちを「あなた」と呼べたならば、世界を覆っている紛争や飢饉や貧困に、何らかの救いの糸口が見出せはしないでしょうか。それを、より日本人的な感覚に引き寄せて言うならば、「あなた」ではなく、「私たち」と呼んでもいいかもしれません。

「あなた」と「それ」。目の前の人を、同じ人間として受け止めるか、私ではない他の誰かとして捉えるか。目の前の人を「あなた」と呼べたならば、「世界を覆っている紛争や飢饉や貧困に、何らかの救いの糸口が見出せはしないでしょうか。
私の文章を読んでくださっている方はお気づきと思いますが、「他者」と書いたときに、「ひと」とルビをふっています。「たしゃ」と読んでしまうと、他人事、自分を含めない誰かのこと、と思いこんでしまうからです。
親鸞聖人も、野山で狩りをし、海で漁をし、生き物のいのちをいただいて生きている人々、「いし・かわら・つぶて」と見下されている人びとの姿を受け止めて、「いし・かわら・つぶてのごとくなるわれら」と、「われら」と表明されています。日野原先生の文章を読んで、目の前の人を「私たち」と受けとめ、他者も「ひと」として交わられた親鸞聖人のことを思いました。

日野原先生の文章
「人間が「人」と「間」の二文字で書き表されるのは、私たちは人とのかかわりなくして存在しえないということの証でもあります。かかわりを通して、人は学び、育ち、傷つけ、そして慰め合うのです。「私とあなた」「私とそれ」という二つのかかわりのなかに生かされています。もし、同時代に生きるすべての人たちを「あなた」と呼べたならば、世界を覆っている紛争や飢饉や貧困に、何らかの救いの糸口が見出せはしないでしょうか。」
を読んで、先日2月13日に投稿した宮子あずささんの文章
実際の社会は、温かい人柄の人が病に苦しんだり、時に通り魔に襲われる理不尽に満ちている。
公正世界信念には無理がある。ほどほどに諦め、誰が悪くなくても悲しいことは起こると認められたら。不安と引き換えに、私たちはもっと互いに優しくなれるのではないだろうか。

が重なって聞こえてきました。

2018年2月14日 (水)

服や食によってお育ていただいている私です

公立校の制服(標準服)をアルマーニに決めたというニュースで、論争が起きています。
そのことの是非については書きませんが、校長先生の説明の中で「服育」ということばが出て来て、そこに違和感がありました。
「服育」という表現を初めて耳にしたのですが、ことばとしては既にあるようですね。
「服育とは、主に衣服に関連する事項を通して、TPO・マナーなどの社会性、環境問題、健康・安全、国際性・文化等に対する理解を深めさせ、子どもの生きる力を育てようという取り組み」とのこと。
かつて「食育」ということが言われましたが(今でも言われていますが)、上記「服育」に照らすならば、「食育とは、主に食に関連する事項を通して云々」ということでしょうか。
確かに大切なことですが、服や食を通して、子どもたちに教育するという姿勢がとても高圧的です。
TPOを気にしない服装をし、着る物や食べ物の他文化をひやかしてみたりバカにしてみたり、値段が手頃だからといって着る物をサッサと捨てたり「恵方巻」だとか騒いで大量の巻物を廃棄処分したり・・・そんな生活をしている私たちが、どの口で「服育だ」「食育だ」と言えるのでしょうか?
TPOに合わせた服を身に着ける。「いただきます」「ごちそうさま」の姿を見せる。私たちが身に着ける衣服や口にする食料の背景には、貧しい国に生きる方たちが安い賃金で働かされている現実を伝え。想いを馳せる。
常日頃の姿勢で、子どもたちに伝えることができます。子どもたちは、大人の姿を見ています。私自身が衣服や食物、その背景について想いを巡らす。その姿は、周りの人に、次の世代に伝わっていくことでしょう。そのことが「服育」や「食育」の姿勢ではないでしょうか。

「子育て」という言い方をしますが、そういう ことば はなく、本来は「子育ち」だったと聞きます。
子どもたちは、親や周りの人の愛情を受けて育ち、目にするもの耳にするもの感じるものを身心に受けて、自然に成長していきます。子は育っていくもの、子育ちするものなのです。
それが、いつの頃からか、親の要望(こうそだって欲しいと習い事や幼児期からの教育に熱心になる)、親の都合(忙しいから大人しくしていて欲しい、これで遊んでいてとずっとテレビを見せたり、スマホに子守をさせる)最優先で子どもを育てる「子育て」をするようになりました。子ども中心から大人中心になったということでしょうか。
「服育」も「食育」も悪いことだとは思いませんが、大人の事情の押し付けなのか、先ずは私自身が想いを馳せ、そのうち共に考えてゆけるようになるのか。

2018年2月13日 (火)

落ち度がなければ安全と信じたい人が、被害者を責める構図がある

「東京新聞」 2018年2月12日(月)朝刊
コラム「本音のコラム」より

公正世界信念 宮子あずさ(看護師)

 患者さんは病状が悪くなると、なぜそれを医療者のせいにするのか。最近この疑問に答える心理学の論文を読んだ。
 キーワードは、公正世界信念という概念。分かりやすく言えば、「世の中は公正にできていて、悪いことをしなければひどい目に遭わない」と信じること。これを成立させるには、無理にでも原因を探さねばならない。
 これを病気にあてはめてみると、まず患者さん自身が不摂生を周囲から過剰に責められる。これは節制していれば病気にならない、との公正世界信念。そして、患者さん自身も、適正な治療がされていれば悪くならないと信じたい公正世界信念があり、病状が悪くなるとそれを医療者の落ち度として責められるのだ。
 また、本来なら同情されるはずの犯罪被害者や、独裁者に迫害される抵抗者も責められる。通り魔に襲われるのは人通りのない道を歩いたせい。偏った思想を持つから、罰せられて当然。落ち度がなければ安全と信じたい人が、被害者を責める構図がある。
 実際の社会は、温かい人柄の人が病に苦しんだり、時に通り魔に襲われる理不尽に満ちている。
 公正世界信念には無理がある。ほどほどに諦め、誰が悪くなくても悲しいことは起こると認められたら。不安と引き換えに、私たちはもっと互いに優しくなれるのではないだろうか。

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〈雑感〉
公正世界信念という概念。分かりやすく言えば、「世の中は公正にできていて、悪いことをしなければひどい目に遭わない」と信じること。これを成立させるには、無理にでも原因を探さねばならない。

本来なら同情されるはずの犯罪被害者や、独裁者に迫害される抵抗者も責められる。通り魔に襲われるのは人通りのない道を歩いたせい。偏った思想を持つから、罰せられて当然。落ち度がなければ安全と信じたい人が、被害者を責める構図がある。

2018年2月5日午後5時頃、佐賀県神埼市の住宅街に陸上自衛隊のヘリコプターが墜落しました。
ヘリコプターがが墜落した住宅の室内にいた11歳の女の子が怪我を負ったけれど、命に別状はなし。ヘリコプターの搭乗員1人が死亡し、1人は捜索中とのこと。
ヘリコプターが墜落した民家の、女の子のお父さんの「許せないですよね」のコメントが新聞に載ると、ツイッター上に父への非難が殺到したと聞きます。(非難のことばを書き出すのも嫌なので書きません)

命が助かったとはいえ、家にいた女の子は恐い想いをされたことと思います。ご家族の心配や驚きや怒りもあって当然です。ヘリコプターの搭乗員の方も、そのご家族にとっても気の毒なことが起こりました。
この世は理不尽に満ちている。というか、何が起こるか分からないのが世の中です。何が起こるか分からない世の中、何をしでかしてしまうか分からない私たち人間。何かが起きたときに支え合うのも人間。
自分の思想・理想(公正世界信念)を保つために、無理やり理由を構築したり、守られるべき人を傷つけて公正さのバランスを取ろうとする。そのことが、結局は公正さを欠いている。

ヘリコプターが墜落した家のお父さんがバッシングされるのと同様、被害に遭った方が責められたり、或いは何か善いことをしてマスコミ等に取り上げられた方が非難を浴びるということがある。
他者(ひと)をバッシングをする人や非難を浴びせる人は、自分がやっていることが他者(ひと)から認めてもらえない現状への不満が噴出。「自分はこれだけ頑張っているのに(誰からも褒められない。現状が良くならない)」。やっていることが認めてもらえない不満というより、「私(という存在)を認めて!」という叫びがいびつな形で出ているのかも知れない。だから、称賛される人へのやっかみだけでなく、つらい想いをした人への「お前だけがつらい思いをしているわけじゃない(俺の方がつらいんだ)」というクレームとして表出する。

と、夜な夜な書いていたら、林修先生が番組(2月11日放送のTBS系「林先生が驚く初耳学」)で語ったことばが起こされていました。

「小人閑居して不善を成す、つまり、つまらない人間は暇にしておくとロクなことをしないと。人間の関わりは3通りで、忙しい同士の人の関わり・暇な人同士の関わり・忙しい人と暇な人の関わり。トラブルが起きるのはここ(忙しい人と暇な人の関わり)だけですよ。こっちは忙しくて向こうは暇で、こっち(暇な人)は攻撃時間がたっぷりある。こんなもの絶対負けるんですよ」と持っている時間が全く違うため、正義感を持ってアホな人に応戦しても勝ち目はなく、不毛であると語った。

「暇」とまでは言いませんが、人間は時間を持て余すと、ろくなことを考えないものです。

「ろくなこと」の「ろく」は漢字で「碌」と書きますが、本来は「陸」だそうです。
「陸」とは平地を表わし、「平ら」ということを意味します。あ、公正・公平に通じますね!
つまり「碌でもない」・・・「陸でもない」とは、「平らでない」「公正・公平でない」ということ。
「公正世界信念」や「平等」ということばは、本来は人間の公正性・公平性を願ったことばだと思うのですが、自分が公正・公平の中にないという思いが、他者への刃となって向かう。ろくなことではありません。
(「ろくでなし」は、まっすぐでない人、性格がひねくれている人のことをいうのですね)

2018年2月12日 (月)

掲示板のことばアーカイブズ(15)

1991年(平成3年)

1月〔167〕
生まれた意味が分からなかったら 生まれなかったのと同じことである

2月〔168〕
病気することも仕事です 生きることも仕事です

3月〔169〕
全てのものはうつりゆく おこたらずつとめよ
  釈尊

4月〔170〕
人の欠点に気がつくのは 同じものが我が心にあるからだ

5月〔171〕
思うようにならなくて よし

6月〔172〕
何ひとつ 成しえぬ身にて いたずらに 世にあることの はづかしさかな

7月〔173〕
施しは仏の心 施したという心は外道の心なり

8月〔174〕
はだかにて 生まれてきたに 何不足

9月〔175〕
外に迷うているのではない 自分に迷うているのだ

10月〔176〕
今聞いて すぐに忘れる 身なれども 胸に六字の 残るうれしさ
⇒六字・・・南無阿弥陀仏

11月〔177〕
働くので疲れるのでない
不満をもって働くから疲れるのだ

12月〔178〕
人のわろき事は、よくよくみゆるなり。
わがみのわろき事は、おぼえざるものなり。
  蓮如上人(『蓮如上人御一代記聞書』)

2018年2月11日 (日)

掲示板のことばアーカイブズ(14)

1990年(平成2年)

1月〔155〕
またひとつしくじった しくじるたびに目があいて 世の中すこし広くなる

2月〔156〕
人が私を苦しめるのではない 自らの思いが苦しむのだ

3月〔157〕
人の為と横に書いたら 偽(いつわり)という字になりました
⇒当時、掲示板を見たおじいさんが、「人の為にすることが、どうして偽りなのですか? 掲示板のことばの意味を教えてください」と訪ねて(尋ねて)来られました。ことばを掲示するだけでは「?」で終わってしまうこともあるのではないか。掲示する側に、どういう意図・どんな受け止めがあったのかを伝えなければいけないのではないか。と、思いました。おじいさんの来訪が、今書いている寺報「ことば こころのはな」発行につながっています。

4月〔158〕
迷惑をかけたくないと思っても
迷惑をかけずには生きて行けない私

5月〔159〕
自分の内にその心があるから 他人の欠点がよくわかる

6月〔160〕
「私だけが我慢すればこそ・・・」と そこに慢心がひそむ

7月〔161〕
知ってする罪はしれている
知らずにしている罪の重さを知れ

8月〔162〕
教えに遇わねば 酒・カラオケでも また長生きしても むなしさだけが残る

9月〔163〕
やれなかった やらなかった どっちかな

10月〔164〕
わが人生に 代理人は いない

11月〔165〕
伸びる子に「ありがとう」の芽を育て

12月〔166〕
いつもだれかに おせわになっている めいわくかけている

2018年2月10日 (土)

石牟礼道子さん

2018年2月10日(土) 石牟礼道子さん還浄

「毎日新聞」2018年2月10日(土)より

人間の極限的惨苦を描破した「苦海浄土(くがいじょうど)」で水俣病を告発し、豊穣(ほうじょう)な前近代に取って代わった近代社会の矛盾を問い、自然と共生する人間のあり方を小説や詩歌の主題にすえた作家の石牟礼道子(いしむれ・みちこ)さんが10日午前3時14分、パーキンソン病による急性増悪のため熊本市の介護施設で死去した。90歳。葬儀は近親者のみで営む。喪主は長男道生(みちお)さん。

公害告発の端緒
石牟礼道子さんは1927年、熊本県宮野河内村(現・天草市)に生まれた。家業は石工。生後まもなく水俣町(現・水俣市)に移り、水俣実務学校(現・水俣高)卒。代用教員を経て、58年、谷川雁らの「サークル村」に参加。詩歌中心に文学活動を始めた。

 59年には、当時まだ「奇病」と言われた水俣病患者の姿に衝撃を受け、「これを直視し、記録しなければならぬ」と決心。69年、水俣病患者の姿を伝える「苦海浄土」第1部を刊行。70年、第1回大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれたが、辞退した。同書は日本の公害告発運動の端緒となるなど戦後を代表する名著として知られる。74年に第3部「天の魚」を出し、2004年の第2部「神々の村」で「苦海浄土」(全3部)が完結した。

 水俣病第1次訴訟を支援する「水俣病市民会議」の発足に尽力する一方で、水俣病の原因企業チッソとの直接対話を求めた故・川本輝夫さんらの自主交渉の運動を支えるなど、徹底的に患者に寄り添う姿勢とカリスマ性のあるリーダーシップから「水俣のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる。患者らの怒りを作品で代弁して「巫女(みこ)」に例えられるなど、水俣病患者・支援者の精神的支柱となった。

 73年、「苦海浄土」などの作品で「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞。93年、「十六夜橋」で紫式部文学賞。03年、詩集「はにかみの国」で芸術選奨文部科学大臣賞。04~14年、「石牟礼道子全集・不知火」(全17巻・別巻1)が刊行された。

 03年ごろから、パーキンソン病を患い、人前に出る機会は減ったが、口述筆記などで執筆活動を継続した。句集を出版するなど書く意欲は衰えなかった。

早朝の訃報に驚いています。
2月7日(水)「読売新聞」の文化欄 読売文学賞の人びと③ にて
『評伝 石牟礼道子 渚に立つひと』で評伝・伝記賞を受賞された米本浩二さんの記事を読み、久しぶりに『苦海浄土(くがいじょうど)』を読み返そうと、本棚から本を出してきたばかりだったからです。

米本浩二さんは、3年にわたり石牟礼道子さんを取材されます。

「渚」とは、近代と前近代、生と死、見えるものと見えないものの狭間で生きる、要するに「世の中とそりが合わない」作家の立ち位置を例えたものだ。
「彼女自身は当たり前に世の中を生きたいんですよ。でもそうできなかった。『苦海浄土』は彼女が自分と同じ孤独を患者さんの中に見いだして、彼女自身が救済されるために書いたものだと思います」
(「読売新聞」記事より)

米本さんが受賞の知らせを自分の石牟礼道子さんに報告すると、まるで自分のことのように喜んでくださったとのこと。
米本さんは、受賞そのものよりも、石牟礼道子さんが喜んでくださったこと、そのことが嬉しい。書いてよかったと述懐されています。取材後も熊本に通い続けられた米本さん。「青少年向けの石牟礼道子伝に挑戦したい」と生涯の仕事に出会われたと、記事は結ばれています。

石牟礼道子さんが為されたお仕事。その姿に感動、共感し、石牟礼道子さんの姿を通して、若い世代に伝えるべきことを伝えなければと、筆をとられた米本浩二さん。

想いや教えやことばは、人を通して伝わっていくものです。そこに体温が生まれます。
『苦海浄土』を読み返させていただきます。

2018年2月 9日 (金)

掲示板のことばアーカイブズ(13)

1989年(昭和64年・平成元年)

1月〔143〕
幸福(しあわせ)だから感謝するのではない
感謝しているから幸福なのだ

2月〔144〕
うれしい時でも かなしい時でも 自分の人生はそこにしかない

3月〔145〕
自分の座を忘れて人の座につこうとするから むづかしくなる

4月〔146〕
人の生を受くるは難く いま命あるはありがたし

5月〔147〕
背を向けたい逆境に 人生の深い意味を見出せ

6月〔148〕
錆は鉄より出でて鉄をくさらせ
愚痴は人より出でて人をほろぼす

7月〔149〕
母一億 わが母 一人

8月〔150〕
ひとは親を亡くして親を知る

9月〔151〕
自分を立てないと 一切が立つ

10月〔152〕
生きている実感をとりもどそう

11月〔153〕
いたずらに過ごす月日は多けれど 道を求むる時ぞ少なき

12月〔154〕
お念仏のある人生のみが 真実の人生である

2018年2月 8日 (木)

掲示板のことばアーカイブズ(12)

1988年(昭和63年)

1月〔131〕
なにもかも われ一人の ためなりき 今日一日の いのち尊し

2月〔132〕
この世は自分を探しにきたところ
この世は自分を見にきたところ

3月〔133〕
美しく散るは貴い
いつまでも椅子にしがみついて離れないのは見苦しい

4月〔134〕
如来は一切のためにつねに慈父母となる
まさに知るべし 私達は皆 これ如来の子なり
  釈尊

5月〔135〕
愚かさを覚らぬ者には 仏の御声が聞こえぬ

6月〔136〕
苦から逃げれば苦は追うてくる
楽を追えば楽は逃げて行く

7月〔137〕
明日があるからと思う心が 今日を無意味にすごさせている

8月〔138〕
まことの喜びは人にわかちあって かえって深まる

9月〔139〕
いじけるな あるがままに おのれの道を 素直に 一途に 歩け
  坂村真民

10月〔140〕
折々に 心にふれし 言の葉や しつけに父母は 我に生きます

11月〔141〕
明日ありと 思うこころの あだざくら 夜半に嵐の ふかぬものかわ
  親鸞聖人

12月〔142〕
念仏の声にかくれて 年の暮れ
  句仏上人

2018年2月 7日 (水)

掲示板のことばアーカイブズ(11)

1987年(昭和62年)

1月〔119〕
お念仏の心を 私達は「ありがとうございました」といただいております

2月〔120〕
忙しさに追われ 不平不満に明け暮れ 「おかげさまで」という思いを忘れていませんか

3月〔121〕
他人のことはいろいろ言うが、さて自分のことは・・・

4月〔122〕
真宗門徒の生活は ひたすらお念仏を喜ぶことに尽きます

5月〔123〕
よき人に遇うて教えられ 悪しき人に会って 反省すれば 善悪ともにありがたい

6月〔124〕
わたしは傷をもっている でも その傷のところから あなたのやさしさが しみてくる
  星野富弘

7月〔125〕
私の頭が自然に下がってゆく
そこにお陰さまといえるものが生まれてくる

8月〔126〕
私たちの称えるお念仏は そのまま阿弥陀さまが私たちを案じ はげまし つつんでくださる声であります

9月〔127〕
ひとつのことばで けんかして
ひとつのことばで なかなおり
ひとつのことばに おじぎして
ひとつのことばに ないている
ひとつのことばは それぞれに
ちいさないのちをもっている
みんなでいおうよ ありがとう

10月〔128〕
長さだけが人生ではない
心豊かな人には幅がある
感動する人には深さがある
信仰は感動の人生
念仏は感動の声
  金子大榮

11月〔129〕
当然だと思う気持ちには 決して感謝の念は湧かない
  丹羽文雄

12月〔130〕
人生はこの海を渡るようにむずかしい
 たゞ念仏して生きるほか さらに道なし

2018年2月 6日 (火)

おにたのぼうし

昨日投稿した「2018年2月の掲示板のことば」の文章を書きおえて、娘の国語の教科書をパラパラめくっていたら、あまんきみこさんの「おにたのぼうし」というお話に出会いました。
読んでいて、切なくなってきました。
こころやさしい おにた が、節分の豆まきに こころ悩ます内容です(これ以上内容には触れません。絵本をお読みいただければ幸いです)。

「鬼」というと、こわい者、自分を傷付ける者というイメージができてしまっていますが、鬼も、こころがある生き物。こわくって、私を傷つけて・・・なんて、理由もなくするはずはありません。

娘の習い事の時間中、雪がちらつく中、車の中で教科書を手にしたのですが、読み終えて涙ぐんでしまいましたweep

その晩、出来上がっていた寺報を書き直しました
おにもやさしいんだよと思いながらpencil

2018年2月 5日 (月)

2018年2月のことば

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この一枚の紙のなかに
雲が浮かんでいる
  ティック・ナット・ハン

他者を鬼と見るのはたやすい

鬼は外 福は内
 自分の身勝手が豆をまく

福願う 心の裏に 鬼の顔

折れてみて 初めて見えた 鬼の角
  浅田正作

私のあたまに つのがあった
つきあたって 折れて わかった
  榎本栄一

相手を鬼と見る人は
自分もまた鬼である
  曽我量深

鬼はおらん
鬼をつくる心が こっちにある
  仲野良俊

2月は節分があるためか、鬼にまつわる法語(教えのことば)をよく目にします。
「鬼は外 福は内」のかけ声は、除災招福を願ってのことでしょう。果たして、外へ追い出したい「鬼」とは何でしょう? 我が身・我が家に災いをもたらすものや、「鬼」にたとえられるような誰かさん。いずれにしても、私の周りにあるもの、周りにいる人を「鬼」と見ているのではないでしょうか。
「鬼」を他者(ひと)の中に見る人は多いけれど、自分の中に「鬼」を見る人は少ない。自分の中に「鬼」を見たのならば、「鬼は外 福は内」のかけ声と同時に、自分自身が外へ飛び出しているはずだから。
私は、他者にばかり鬼性を見ていました。けれど、その私自身が鬼でした。仏さまの教えは、私を映し出す鏡。法語に映し出された私を見て、私の頭に角が生えていることがわかりました!

教えのことばから、私の中の鬼性を知らされます。けれど、「あぁ、そんな私だったなぁ」「そんな私ではいけないなぁ」で留まってしまっては、反省で終わってしまいます。

さるべき業縁のもよおせば
親鸞聖人のことばです。「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」。そうあるべき縁に出会えば、私は、いかなるふるまいもする身である、と。
現在(いま)、「戦争反対」と叫んでいても、ひとたび戦争が起きてしまったならば、私は人を殺すかもしれません。殺さないまでも、敵国の人間を許せなくなり、意見を異にする周りの人間をののしるかもしれません。人間を認めないという意味では、実際に手を赤く染めた者も、頭の中で他者を非難した者も、罪は同じです。
人は縁によって人に出会い、ことばに出会い、出来事に出会いながら生きいくもの。教えのことばは、私の中にある鬼性を問い、反省を促しているのではなく、縁によってある私を明らかにしてくださっています。

ティック・ナット・ハン氏
ティック・ナット・ハン氏は、ヴェトナム出身の禅僧です。
「行動する仏教」「社会参加する仏教」などと訳される「エンゲイジド・ブッディズム」を主張されました。
ヴェトナム戦争の際、多くの人々が死にゆく姿を目の当たりにし、自分だけの悟りを求めて修行をすることに疑問を持ち、僧院を出ました。そして、戦争の犠牲となり、苦しむ人々を救うため、支援活動に従事します。

この一枚の紙のなかに
ティック・ナット・ハン氏のことば「この一枚の紙のなかに雲が浮かんでいる」は、縁起の道理を説いています。
一枚の紙が生まれるために、雲が必要です。雲がなければ雨は降りません。雨が降らなければ植物は育ちません。植物(森林)が育たなければ、紙はできません。それだけでなく、木を伐採する人、運ぶ人、加工する人、流通する人、販売する人も必要です。雲が生じるため、木や人を育てるためには、  海も太陽も必要です。
そのようなことを考えてゆくと、この世のあらゆるいのち・物事は、すべて 一枚の紙のなかにあります。私も、 「この一枚の紙のなかに」います。ということは、「私と無関係ないのち・物事など、なにひとつない」ということでもあります。
一枚の紙のなかに、この世のすべてがありました。

つくべき縁あればともない
私が私であるために、いのちの縁がありました。父と母の縁、そのまた父と母の縁、さらにまたその父と母の縁・・・。縦糸のいのちの歴史の中に、私はいます。
私が私であるために、つながりの縁がありました。同じ時代(とき)を生きるすべての人がいて、私の生活が、人生が成り立っています。横糸のいのちのつながりの中に、私はいます。
縦糸と横糸が織り成す人生模様。私の思いを超えたはたらきの中を、私は生きています。
けれど、「ご縁に感謝です」「ありがたいご縁をいただいて」で留まってしまっては、感謝で終わってしまいます。

親鸞聖人のことばです。「つくべき縁あればともない、はなるべき縁あれば、はなるる」。共になる縁が整えば一緒にいるし、離れるべき縁が整えば、離れることもある、と。
自分中心の出来事としてみれば、「ある人と出会い、仲良くなることもあれば、別れることもある」だけの話。 しかし、ご縁をいただいてあることを思えば、「私がある人と出会ったとき、その人と別れている誰かがいる」という道理も見えてきます。目の前のいのちを守るために、他のいのちに目が向かない、という現実があります。愛が生じるとき、同時に憎しみも生じています。
私の中の鬼性は、私の中の福性(優しさ)と共にあります。鬼にも優しさはあります。慈愛に満ちた人は、こころの中に悲しみを納めているものです。

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掲示板の人形
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2018年2月 4日 (日)

掲示板のことばアーカイブズ(10)

1986年〈昭和61年)

1月〔107〕
我を見る者 我を見ず
法を見る者 我を見る
  釈尊

2月〔108〕
わかきとき 仏法はたしなめ
  蓮如上人

3月〔109〕
仏にあうは難し 教えに聞いて 道を求めよ

4月〔110〕
人間に生まれさせていただいたよろこび
このよろこびは
毎日よろこべるよろこび
ありがたいよろこび

5月〔111〕
私が笑うと 鏡も笑う
怒った顔すりゃ 鏡も怒る
この世はすべて 私の心の鏡だ

6月〔112〕
教えをきけばきくほど 自分がはずかしくなる
けれども その中に うれしさが宿っている

7月〔113〕
いくつになるぞ 念仏申さるべし
  蓮如上人

8月〔114〕
親が育つと子も育ちます 楽なものです

9月〔115〕
生かされて生きているにもかかわらず
自分の力で生きていると思いこんでいませんか

10月〔116〕
    「二人だよ」 坂村真民
いつも二人だよ
なぐさめ合って 流れてゆこう
うきよという川を

いつも二人だよ
はげまし合って 登ってゆこう
人生という山を

さびしがるなよ
いつもわたしと二人だよ
そうおっしゃる
み仏のことばのありがたさよ

11月〔117〕
勿体なや 祖師は紙衣の 九十年
  句仏上人

12月〔118〕
自分を不幸にするものは 外ならぬ 自分である

2018年2月 3日 (土)

掲示板のことばアーカイブズ(09)

1985年(昭和60年)

1月〔095〕
みほとけの めぐみあおぎて 明けの春

2月〔096〕
今を大切に生きる 一日を大切に生きる 一生を大切に生きる

3月〔097〕
念仏して 蒲団の中に 合掌す
  句仏上人

4月〔098〕
愚痴を言っているうちは 進歩しない

5月〔099〕
尊いのは 頭でなく 手でなく 足の裏である

6月〔100〕
しとしとふる つゆの雨 しみじみ味おう 法のよさ

7月〔101〕
人間の眼が 頭の上と おへそにあったらなぁ

8月〔102〕
泣いて 笑って 愛して 憎んで 最後は別れてゆく

9月〔103〕
にちにち出会う なんでもない あたりまえの人を ひそかに拝めるような 私になりたい

10月〔104〕
自分のわがままは あたりまえと思い
他人のわがままは 許せないと思う

11月〔105〕
ご開山(親鸞聖人)を念じ 私達の先祖に 報謝の心を
それは美しい心 素直な心を いただくのです
  暁烏 敏

12月〔106〕
如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨をくだきても謝すべし
  親鸞聖人

2018年2月 2日 (金)

本をいただいた御礼

「東京新聞」2018年2月2日(金) 暮らし欄 「手紙 書き方味わい方 文豪の古風な表現 中川越」

森鴎外は、本の贈呈を受け、次のように感謝した。 「小生をして灯下炉辺臥遊の楽を縦にせしめ候」 (しょうせいをして とうか ろばた がゆう の らくを ほしいまま に せしめそうろう」 いただいた本は、私を明るい光のもと、暖炉のそばで寝転んで読書する愉しみを、好きなだけ得させてくれた、という意味だ。
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(雑感)
本をいただいたとき、御礼の手紙を書くのだけど、文面が固くて、感謝の気持ちを表わすのが難しいなぁといつも思います。森鴎外氏のように表現出来たらいいなぁと思いながら朝刊をめくりました。
御礼の手紙のみならず、想いを表現するのは難しい。

2018年2月 1日 (木)

掲示板のことばアーカイブズ(08)

1984年(昭和59年)

1月〔083〕
念仏とは 人を尊敬することから始まる

2月〔084〕
心のきたない人は 良い言葉を聞いても わからないだろう

3月〔085〕
自己の分限を知れ 背のびすると かならず疲れる

4月〔086〕
自分の都合だけで物事を考えると 不平不満が絶えない

5月〔087〕
  かなしい
じいじいがしんだら
パパのほうが なきたいのに
お母さんのほうが
いつまでも ないちゃ おかしい
なきおわったら
新しい生活をしようね
ぼくも
ほんとうは かなしい
 (「読売新聞」 昭和59年4月19日 「夫人とくらし」より)

6月〔088〕
み仏と いつも二人の よいくらし

7月〔089〕
生も死も そのいづれも 共に自分のものである

8月〔090〕
自分だけ浮こうとすれば沈む

9月〔091〕
独り生まれ 独り死す されば友こそ宝なり

10月〔092〕
困った時の神頼みより 困らないうちから仏法に聞こう

11月〔093〕
親鸞さま わたしも 生きます み言葉を ひかりとして
  廣瀬杲

12月〔094〕
往きづまりを打開する道は 自分の中にこそある

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