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2018年1月 2日 (火)

「雑」

 『万葉集』は、何と「雑」の分類から出発する。(中西進)    ◇

 年の初めといえばお雑煮。ここにも「雑」が使われている。古代中国の辞書によれば、「雑」は「五采(ごさい)相(あ)い合うなり」(五色の彩りがひとつになる)とか「最なり」(第一のもの)を意味すると、随想「美しきカオス」(「潮」昨年12月号)で国文学者は教える。雑伎も華々しい技芸のこと。歌集の「雑」も華やかな開始を示すと思われ、「その他」ではないと。ごっちゃ(多様)こそ「万物の礎」?

以上、「朝日新聞」に連載中の鷲田清一先生の「折々のことば」 2018年1月1日のことば

「雑」という漢字が含む“美しきカオス(混沌)”について学ばせていただきました。2018年一発目のsign01でした。

「雑」というと、文章中にもあるように「その他」とか、「別の」「メインではないけれど」といった意味合いを込めて受け止めてしまうけれど、そうではありませんでした。雑の中にこそ、融和の醍醐味が、共有の美しさが込められていました。

「仏説阿弥陀経」に「池中蓮華 大如車輪 青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」
(阿弥陀さまの浄土にある池には、車輪のような大きな蓮が咲いていて、青い色の蓮の花には青色の輝きが、黄色には黄色の、赤には赤の、白には白の輝きがある)
と、出てきますが、サンスクリット原典には「雑色雑光」があります。なにゆえ訳者の鳩摩羅什さんが原典を訳す際に外されたのか定かではありませんが、「青 黄 赤 白」を語ればすべて言い表していると考えたのかな?と、私は考えていました。つまり、「雑」を雑に扱っていました。
鷲田先生の文章を読んで、雑に扱って(受け止めて)いいものじゃないじゃん!と、正月早々反省したしだいです。

「雑色雑光」・・・多種多様なものが混ざり合った場合も、混沌のままに美しく輝いている
個々(青・黄・赤・白)の個性の尊重も大事だけれど、さまざまな人種・いろいろな考え方を持った人・あらゆる境遇を生きる人々が共に生きているこの地球。そこにこそ、それぞれが、それぞれの姿で輝ける(生き合える)世界がある!! 

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