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2018年1月 5日 (金)

行動しているときも止まっているときも、座っているときも寝ているときも、いついかなるときもお念仏を

1月5日 お朝事にて
御文 第一帖 第五通(雪の中の御文)拝読

そもそも、当年より、ことのほか、 加州・能登・越中、両三か国のあいだより、 道俗男女、群集をなして、 この吉崎の山中に参詣せらるる面々の心中のとおり、 いかがとこころもとなくそうろう。 そのゆえは、まず当流のおもむきは、 このたび極楽に往生すべきことわりは、 他力の信心をえたるがゆえなり。 しかれども、この一流のうちにおいて、 しかしかとその信心のすがたをも、 えたるひとこれなし。 かくのごとくのやからは、いかでか報土の往生をばたやすくとぐべきや。 一大事というはこれなり。 さいわいに五里・十里の遠路をしのぎ、 この雪のうちに参詣のこころざしは、いかようにこころえられたる心中ぞや。 千万こころもとなき次第なり。 所詮已前はいかようの心中にてありというとも、 これよりのちは心中にこころえおかるべき次第を、 くわしくもうすべし。 よくよく耳をそばだてて聴聞あるべし。 そのゆえは、他力の信心ということを、 しかと心中にたくわえられ候いて、 そのうえには、仏恩報謝のためには、 行住坐臥に念仏を申さるべきばかりなり。 このこころえにてあるならば、 このたびの往生は一定なり。 このうれしさのあまりには、 師匠坊主の在所へもあゆみをはこび、 こころざしをもいたすべきものなり。 これすなはち、当流の義をよくこころえたる、信心のひととはもうすべきものなり。 あなかしこ、あなかしこ。

拝読しながら、相田みつをさんの詩を思い出していました。

 『おさい銭』
  百円玉一ツ
  ぽんと投げて
  手を合わす
  おねがいごとの
  多いこと
     みつを

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