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2017年12月 1日 (金)

2017年12月のことば

12月になりました。2017年も暮れてゆきますね。
身の回りの雰囲気もバタバタしてきました。年の瀬だからといって、忙しく振る舞わなくてもいいのですが、年内にやっておきたいこと、やっておかねば気が済まないことがあるのでしょうね。
忙しく過ごしつつも、ゆったりした時間も大切にしたいです。
楽しい年末をお過ごしください

   

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 過去は消えず
 未来は読めず
 不安が付きまとう
 だけど明日を変えていくんなら今
 今だけがここにある
   Mr.Children 「ヒカリノアトリエ」

日々刻々
師走を迎えました。今年も西蓮寺寺報「ことば こころのはな」をお読みいただき、ありがとうございます。
毎月寺報を作っていると、月末になるほど時間の経過が早くなるような気がします。必然、一年という時の経過も、加速度がついて過ぎ去っていくかのようです。1分、1秒という時の経つスピードに変化があるはずもないのに、不思議なものです。

年の瀬に、人間の醜さが露わになって
師走を迎える前、不快な出来事が巷を騒がせました。横綱日馬富士関の暴力事件に端を発し、横綱自身の引退へと発展しました。
「不快な」と言ったのは、日馬富士関や相撲協会に対してということではありません。酒席における横綱の暴力が明るみに出て以降、ニュースやワイドショーは、その事件ばかりでした。それまで、神奈川県座間市で起きた9人殺害事件に関心を寄せていたのに、いとも簡単に横綱の事件へとシフトしました。
事件に関わった人間がまだ多くを語らぬうちから、憶測や個人の感情で物を言い、何も分からぬ中、何も知らぬ第三者が、事件の中心人物への裁きを行なう。
横綱や暴力を擁護しているわけではありません。ただ、報道のされ方や、耳に入ってくる世間の声を聞いていると、どうしてこの私が、他者(ひと)のことをののしったり、裁いたりすることができるだろうか? そんなことを、悶々としながら思っています。

ヒカリノアトリエ
今月のことばは、今年放送されたNHKの朝ドラ「べっぴんさん」の主題歌です。オープニングで流れる部分では、

 たとえば100万回のうち
 たった1度ある奇跡
 下を向いてばかりいたら
 見逃してしまうだろう

が印象的でした。掲示した部分の歌詞は、普段のオープニングでは聞くことはありませんでした。初めて「ヒカリノアトリエ」のフルコーラスを聞いたとき、

 過去は消えず
 未来は読めず
 不安が付きまとう
 だけど明日を変えていくんなら今
 今だけがここにある

という歌詞が耳の底に残りました。フルコーラスを聞いて、「ヒカリノアトリエ」の全景が開かれた気がしました。

過去は消えず 未来は読めず
時は、過去から現在、現在から未来へと流れているのでしょうか?
もし、その流れの中に身を置いているのならば、「今」は、未来のためにあることになってしまわないだろうか。
悪い未来を夢見る人は、恐らくいないでしょう。「よりよい未来、明るい将来のために、今、がんばるんだ!」と、ある程度の成功を収めた年長者は、 分かった風に物を言う。
しかし、多くの若者が思っています。努力が実を結ぶ明るい未来など、ほとんど望むべくも無いと。「希望」が、いとも簡単に絶望へと転ずることを、世の大人たちが身をもって示してくれました。
未来が読めず、見えず、そして、今が見えなくなっている。今に安心して立っていられません。

時は、過去から現在、現在から未来へと流れているのでしょうか?
もし、その流れの中に身を置いているのならば、過去、今のために生きてきたのでしょうか。
年を重ねて、若い頃のように体が動かなくなった。頭が働かなくなった。すると、「あの頃はよかった」と、過去を懐かしむ。たくさんの装飾をつけて。「今の自分の姿は、本当の自分ではない」と、自分を、今を、受け入れられない。
過去を消すことは出来ず、不安がつきまとう。不安を消そうと、装飾を施して美化した過去にとらわれる。
過去が今を解体させる。過去の上っ面だけ塗り替えて、今の見栄えを良くしようとしている。過去という土台がぐらつき、今が不安定になっている。

「今」を生きていない私。


今だけがここにある
時は、「今」しかない。
「今」と口にしたときには、その「今」は既に過去。
私は、常に「今」を生きている。今、今、今・・・。「今」の積み重ねを生きている。先に未来があるわけではない。
「100万回のうち たった1度ある奇跡」とは、100万分の1という意味ではないのではないか! 今、今、今・・・今を生きているその瞬間瞬間が、たった1度ある奇跡。私は、奇跡を生きている。
「今」、つまり「私」が明らかになると、過去が見えてくる。消えるはずのない過去なのだから、光に当たったとき、 今まで見えなかったものが見えてくる。
その光は、ずっと「私」を照らし続けてくれていた。安心して立っていられない今、足元がぐらつく今だったから、 その光に気付かずに生きてきた。
「今」が明らかになり、過去が見え、今の積み重ねが未来へと続く道であると気が付いた。
不安という心の闇が、私の眼を曇らせ、不安という恐怖心が、他者に対する刃となって向かい、不安という焦りが、他者を裁いていた。
不安は、「今」を、「私」を知らないところから生ずる。今を、私を知らしめるために、私を照らし続けている光がある。きっと、虹はもうここにある。

   

掲示板の人形
「12月の人形、何を飾ろうかな・・・」と、頭を抱えていたら、下の娘がお人形箱の中から、彼女にとってクリスマスぽいイメージの人形を見つくろってくれました。12月は娘チョイスの人形です。
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