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2017年8月 1日 (火)

2017年8月のことば

8月に入りました。全国的に不安定な天気で、いろいろな地域で豪雨の被害が出ています。
被害に遭われた皆様の生活が、一刻も早く回復されますことを念じます。
とともに、猛暑・酷暑ゆえ、いつどこで天候被害が起こるか分かりません(どこでも起こり得ます)。共に、気をつけましょう。
こういうときこそ、助け合い・支え合いの気持ちでshine

今日のブログ「2017年8月のことば」をアップする前にテレビをつけたら、ちょうどNHK「クローズアップ +(プラス)」の始まるところでした。
タイトルは「“死”をどう生きたか 日野原重明 ラストメッセージ」
掲示板8月のことばは、日野原先生のことばからいただきました。
日野原先生の活動や考え方をお慕い申しておりましたが、テレビを見ていて、「あぁ、テレビやネットや本で先生のお人柄のほんのちょっとでも触れていた気でいたけれど、全然だったなぁ」と、恥ずかしい気持ちになりました。

周りの人々への感謝の気持ちを最期まで持ち続け、
いのちは若いときにピークを迎えたら後は下がっていくだけ・・・ではなくて、精神的にはどんどん成熟していくという観点を与えてくださり、
自身の最期を堂々と引き受けられるのではなく、やはり逡巡・葛藤する姿を見せてくださり、死も含めての生を生きるということを体現された日野原先生。
ありがとうございます

 bud bud bud

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 鳥は飛び方を変えることはできない
 しかし人間はいつからでも生き方を変えられる
                       日野原重明

人間は生き方を変えられる
2017年7月18日、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんが亡くなられました。105歳でした。
子どもたちに平和と命の大切さを伝えるために、全国の小学校で「いのちの授業」を行ないました。
また、日本は75歳以上を「後期高齢者」と呼び、身も心も老いに追いやられてしまうような環境にありますが、「75歳からは第3の人生です」と提唱し、日野原先生が88歳の2000年に「新老人の会」を結成しました。「新老人の会」結成の根幹には、「老いてこそ、創造的に生きられる。新しいことにチャレンジする勇気を持ちたい」という想いが込められています。
2年ほど前、その「新老人の会」の大会で「人間は生き方を変えられる。自分に与えられた時間を他人のために使ってほしい」と講演をされました。

今月のことば「鳥は飛び方を変えることはできない しかし人間はいつからでも生き方を変えられる」は、日野原先生のフェイスブックのカバー写真に掲載されています。
インターネット上の交流サイト「フェイスブック」を、日野原先生は100歳になってから始められたそうです。まさに、「老いてこそ新しいことにチャレンジ」を体現されていました。
「人間は生き方を変えられる」とは、日野原先生の全生涯が発する強いメッセージであると感じます。

日野原先生は、1970年3月31日、58歳の時に「よど号」ハイジャック事件に遭遇します。ハイジャック機に監禁され、死をも覚悟します。無事に解放され、そのときのことを述懐されています。
「あの事件で人生観が変わった。これからは与えられた寿命なのだ。与えられた命を、人のために捧げようと思う。新たな人生をどう生きるかと考えたとき、誰かに恩を受けてその人に恩返しをするのは当たり前だが、むしろ関わりなき人にも私が受けた恵みを返すべきではないかと気付いた」と。

「生き方を変えられる」とは?
「生き方を変えられる」・・・どのようなときに、生き方を変えたいと考えますか?
 物事が上手くいっていないとき? 
 困難な出来事に遭遇したとき?   
 自分自身が嫌いになったとき?
いずれにしても、マイナスの状況をプラスに転じたいときに、生き方を変えたいと考えることが多いのではないでしょうか。でも、そんなときって、マイナスの要因を外に求めてしまうものです。つまり、他者(ひと)のせい。
そうすると、生き方を変えたいとは思っても、私自身を変えようとは思わないわけです。私自身が変わらずに、というか、私自身のことを見つめることなしに生き方を変えたいと願うことは、結局、飛び方を変えられない鳥と同じことではないでしょうか。

淋しいけど楽しい
過日、奥様のご法事をお勤めになられた旦那さんが、お気持ちをお話しくださいました。
「妻に先立たれて淋しいです。淋しいんですけど、とても楽しいんです。周りのみんなに助けられて、ありがたいなぁって感じます。子どもたちをはじめ、いい人たちに巡り会えたなぁって、感謝の気持ちでいっぱいです」
と、手を合わせながら語られました。
「淋しいけど楽しい」・・・一般的感覚では、「淋しい気持ちが強すぎて、楽しい気持ちになんてなれない」かもしれません。けれど、「淋しいけど楽しい」という矛盾して聞こえる感覚が、人間には起こり得ます。「悲しいけど嬉しい」とか、「憎いけど愛おしい」とか。
矛盾した感覚を同時に味わったり、いろいろな感情が入り交じった感覚に襲われたり。そのような感覚にこころが揉まれることを通して、「あぁ、自分で思い描く事柄って、ちっぽけだなぁ。自分で想定している感覚って、たいしたことないなぁ。自分の想いや力を超えた、もっと大きなものに、私は包まれていたんだなぁ」なんて感じることがあるはずです。そんなとき、人生観が変わったり、人生の奥深さを感じたりします。
「生き方を変えられる」とは、そういうことではないかなぁと想います。

よく考えると、「生き方を変えられる」といっても、電車が線路を変更して走るように、人間が人生という線路を変更して生きることなどできません。幾つも選択肢があって、そのつど選びながら生きてきたような気でいますが、そもそも私が生きる道は一本道です。私の人生で、出会う人々、経験する出来事、身に降りかかる困難に変わりはありません。しかし、目の前にいる人に何も感じず通り過ぎるのか、何かを感じながら生きるのかで、同じ道を歩みながらも、内容は大きく変わります。
私が生きてきた道を振り返ると、多くの人々の支えのおかげで生きてきた。その気付きが、周りへの感謝や大きなはたらきへの感動を生み、手が合わさる生活が始まります。そのような変化が、「生き方を変えられる」姿だと、先の旦那さんの話を聞いて思いました。
日野原先生は、ハイジャック事件を契機に「人のために生きる」と誓われました。行動として「人のために生きる」という側面も当然ありますが、それ以前に、「この人のおかげで私がいる」「この出来事のおかげで私が私となった」という感動が、先生の中に湧き起こったのだと思います。

昨年10月4日に出版された著書『僕は頑固な子どもだった』(株式会社ハルメク発行)に先生は語られています。
「最期の時には、ただ、感謝の思いだけを伝えたい」と。

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掲示板の人形
「金魚すくいをしているクマ を、見ているクジラ」という構図ですhappy01
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