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2017年5月 1日 (月)

2017年5月のことば

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人間の脳の中には、
絶対に祈りの回路があると思うんです。
                   柳澤 桂子

SWITCHインタビュー
4月22日(土)NHK「SWITCHインタビュー達人達(たち)」を視聴。
福島智さんと柳澤桂子さんの対談でした。
 
NHK HP〈番組内容〉より
障害者を取り巻く問題を当事者として研究する東大教授の福島智。
難病と闘い、思索と執筆を続ける生命科学者の柳澤桂子。
自らの体験を交え「生きるとは何か」を語り合う。

9歳で視力を、18歳で聴力を失った福島。指点字という方法で周りとコミュニケーションをとりながら勉強を続け、バリアフリー研究者となった。一方、柳澤は女性の大学進学がまだ珍しかった時代に米国留学、最先端の遺伝子研究に取り組むが31歳で突然、原因不明の難病に襲われた。以来、 病と闘いながら生命科学について思索をめぐらせている。番組では福島が2日間にわたって柳澤の自宅を訪ね、命と存在をめぐる対話を重ねる。
(以上)

心の真ん中に置いておくべきこと
昨年7月の相模原障害者施設殺傷事件。事件の容疑者は、「障害者は、周りの人間を不幸にする」「施設に入っている障害者のせいで税金が使われる」「障害者がいなくなれば世界は平和になる」などと語っていたと報道されています。この言い分に対し、当時ネット上では「犯人(容疑者)がやったことは許せることではないが、理由は理解できる」旨のコメントが多数見られました。
いつの頃からでしょう、頭の良い人間・仕事の出来る人間・経済生産性のある人間に価値があると、人間を価値の有無で見るようになってしまいました。そのような社会では、障害のある方・年老いて体が動かなくなった方を、生きる意味の無い者という目で見てしまいます。
福島智さんは、そんな社会状況を見つめ、語られます。「この事件は、容疑者の人格だけの問題ではなく、社会全体の価値観の問題です。人間は、すべて同じく生きる意味がある。大切ないのちをいただいている。そのことを子どもたちに伝えなければいけない。社会全体が、最強度の努力で生きることを守らねばならない」と。

いわゆる健常者と言われる者は、障害を持って生きる方を、憐れみの眼で見てしまいます。私にも、そういう想いがありました。しかし、福島さんは言います。
「障害を持って生まれてきてよかったと言う人は、けっこういるんですよ。当人よりも、親がショックを受け、心配します。それは、障害を持っていてもいきいきと生きる者が多くいて、施設も制度もある。その情報量がかなり少ないことに問題があります。本当は幸せに生きられるのに、それを知らない。幸せに生きられるんだよということを、障害を持った方が子どもの時に伝えてあげたい」と。
その話を聞いて、柳澤さんは「頭の片隅に置いておいておかなければいけませんね」と頷き、福島さんは「心の真ん中に置いておくべきことです」と応えます。そのやりとりが印象的でした。

当事者として生きる
福島さんは視力と聴力を失い、そのような身になったからこそ、自分にしか伝えられないことがあると語られます。「障害について、健常者が著わしたものは多々ありますが、障害を持った人(当事者)が書いたものがない。当事者でないと書けないことがある。だから、私も研究をし、発表をしているのです」
柳澤さんも、31歳のときに発病し、やがて寝たきりになります。50年に亘る闘病生活の中で、50冊以上の本を著わされました。「文章を書くことが苦手だった私が、何冊も本を書いてきたのは、好きだったから」と語られています。
おふたりとも、自分だからこそ伝えられることがある、と語られます。当事者として。

自然と手が合わさる
当事者として、身を粉にして思索研究に努め、世の中に伝えていくなかで、人間の力を超えた大いなるもの・自然に対する畏敬の念を感じると語られます。
(福島さん)「私は、目も見えないし、耳も聞こえない。でも、太陽は、その日射しを受けて熱を感じることができます。」
(柳澤さん)「科学で証明できないものは、無いのではなくて、有るのかもしれないし無いのかもしれない。否定してしまってはいけない。私は神を信じていないけれど、いないとは思っていません。
人間の脳の中には、絶対に祈りの回路があると思うんです。
DNAの中に、本能として書き込まれているんです。」

共感し合い、敬い合う
柳澤さんの体調から察するに、あまり時間をかけたインタビューや対談は行なわないのではないでしょうか。でも、窓の外の日の動きを見ていると、かなりの時間を費やしているようでした。 にもかかわらず、柳澤さんも福島さんも、笑顔があふれています。柳澤さんは、血色が良くなっているようにも見えました。
話をしているうちに興味・感心が深まり、共感し合い、敬い合っているかのようでした。
自分を包む大いなる世界・自然に対する畏敬の念と、自分の内側に流れるいのちの歴史への感謝。それら二人の奥底にあるものが通じ合っているように感じられました。
いつ再放送されるか分かりませんが、その節はぜひご試聴(「視聴」の誤りです。申し訳ありません)ください!(番組の宣伝みたいですね

   

掲示板の人形
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