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2017年4月10日 (月)

「みんなちがって、みんないい」  それはみんなが同じ場所にいて、一緒に過ごしている中で、違いを認め合うこと。

〔「東京新聞」 2017年4月9日(日)〕

伊是名 夏子さんエッセイ「障害者は四つ葉のクローバー」より

新しい出会いの4月。あなたの学校や職場に特徴のある人たち、いわゆる障害者はいますか? 私の子どもが通う保育園には、ぱっと見たところいないし、街なかでもあまり見かけません。障害者はみんなどこに行っているのでしょう。
私は小・中学校の9年間、養護学校(現・特別支援学校)に通いました。高校は普通高校に進学しましたが、校舎は階段しかない5階建て。古い車椅子をかき集め、私がよく使う階に3台常備しました。初めての移動教室。緊張しながら、まだよく知らないクラスメートに手伝いをお願いし、別の階の車椅子まで抱っこしてもらいました。
日に日に、私に声をかける人は増え、移動の時は近くの人が手を貸すのが普通になりました。おかげで私の友だちは、車椅子のサポートが自然にできるようになり、その後出会った障害者へも、気軽に声をかけられるそうです。
私にとって、常に人の手を借りる移動は大変なこともありましたが、みんなが一緒に過ごしたからこそ、お互いに助け合うことを学べたのです。障害のある人だけが通える学校や学級があり、障害がない人と分けられがちです。「みんなちがって、みんないい」とよくいわれますが、それはみんなが同じ場所にいて、一緒に過ごしている中で、違いを認め合うこと。過ごす場所が違うことではないのです。
障害の違いではなく、一人一人の違いを大切にすることで、みんなが自分らしく生きることを学べるのです。新学期だからこそ、学校では分けることが当たり前にならないよう、疑問を持ち、分ける時間と場所を減らしてほしい。貴重な学びの場を、たくさんの子どもたちに、つくっていきたいですね。「一緒にいないのが、おかしいよね」。それを合言葉にしませんか。

伊是名 夏子(いぜな・なつこ)さん
骨の折れやすい障害で電動車椅子を使いながら、神奈川県内で子育てに奮闘中


引用 以上

「お手伝いしましょうか」「困っていることはありませんか」・・・そんな声がけをしましょうというポスターを駅で見かけるようになりました。大切なことだと思います。でも、ポスター等でそのような呼びかけをしなければならないのは、なかなか声がかけられない現実があるから。つまり、障害を持った方に接する機会がなかったから。普段から接する機会がある方と、そうでない方との違いは大きい。障害を持った方との接点に限らず、歩くのもおぼつかないお年寄りであったり、小さなお子さん連れの親であったり、妊婦さんであったり、そういう方々との接点がないと、どう声をかけていいのか躊躇してしまう。みんな、棲み分けられたところで生きているのだなぁと感じる。反面、同じ境遇にある者、意見の合う仲間内での会話ははずむ。けれど、その外にいる者に対する関心は薄い。

金子みすゞさんの「みんなちがってみんないい」。
真宗大谷派では蓮如上人の500回忌法要の際に「バラバラでいっしょ」というテーマを発信。
個々の個性を認めつつも、みんなつながっているというメッセージだと思います。けれど、伊是名さんが仰るように、「みんなが同じ場所にいて、一緒に過ごしている中で、違いを認め合うこと」ができて「みんなちがってみんないい」のだと思う。みんな個性を生きているのだから、誰にも干渉されずに、我が道を行けば良い・・・ということではない。それでは「バラバラでバラバラ」になってしまいます。

みんな 一人一人が、それぞれの花を咲かせながら、実をつけながら生きているのですから

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