« 月夜に いい風に吹かれて | トップページ | 何を選択するか 正解はありません ただ、それぞれの人が、それぞれの場で、一生懸命に考えたうえで生きています »

2017年4月 5日 (水)

読めよ読めよ 聞けよ聞けよと 弥陀の声

坊守(母)が、門徒さん用の陶器の湯呑みを購入し、宅配便で届きました。割れ物ですから、丁寧に梱包してあります。緩衝材も入っています。
緩衝材って いろいろあります。空気の入ったビニール、シュレッダーで裁断された紙が入ったもの、新聞紙をクシャクシャに丸めたもの等々。
今回の主な緩衝材は、クシャクシャにした新聞紙でした。そのまま可燃ゴミの日に出せば、何の手間もありませんが、それができなくて・・・いつも、きれいにシワを伸ばして、畳んで、資源回収の日に出しています。
なんて作業をしていると、自然と新聞の内容に目が行きます。うちで購読していない新聞だったり、地方の新聞だったりすると、つい読みふけったりして。
今回は、広げながら「2017年3月11日」という日付が目に入りました。「あ、東日本大震災の日付だ!」と思いながら作業を続けました。震災に関する記事が脳裏を揺さぶります。すると、ふと「あれ! 今の佐々木隆道さんの写真じゃない?」と思い、手を止めました。記事は、佐々木さん(真宗大谷派僧侶)を取材したものでした。

 

〔「朝日新聞」 夕刊 関西発(2017年3月11日)より〕

我慢せずに悲しめばいい
家族3人失った住職の祈り

岩手県陸前高田市の本稱寺(ほんしょうじ)。仮設のプレハブ本堂で、住職の佐々木隆道さん(53)は父の広道さん(当時76)、母の隆子さん(同75)、妻の宣子さん(同43)の遺影に手を合わせた。
「6年経ちました。子どもたちは元気にやってるよ」
檀家の約130人が震災の犠牲になった。津波にのまれた隆道さんは畳につかまって助かったが、寺も自宅も流された。避難した貸家で、高校生だった長女(23)と長男(21)と川の字になって寝た。3人で手をつないで寝ると、長女は毎晩のように声を殺して泣いた。
このまま気持ちを抑え込むと長女の心が壊れてしまう。深夜、ドライブに誘い、寺の跡地が見える所に車を止めて、一緒に声を上げて泣いた。1週間ほど続けると、長女は少し元気を取り戻した。「お父さんだけでも生きていてくれてよかった」と口にした。
震災前、隆道さんは「悲しみは時とともに薄らいでいく」と思い、葬儀の場で遺族らに語りかけたこともあった。自らも大切な人を失い、間違いだったとの思いが身にしみた。
ある日、車を運転していた時、スピードの出し過ぎを妻の宣子さんに注意された場所にさしかかった。思い出があふれ出し、そのまま車を止め、ハンドルを握りしめた。悲しみは何年たっても突然ぶり返してくるものだと知った。
だから、震災から1年ほど経った葬儀では、「うれしい時も悲しい時も、亡くなった人はそばにいてくれるから、我慢しないで楽しみ、悲しめばいい」と自らに言い聞かせるように伝えるようになった。
檀家とは昨年ごろから、ようやく当時のことを語り合えるようになった。カラオケが好きだった父の広道さんは、よくお酒を飲みながら、檀家たちと歌った。
「あっちでも大騒ぎしてるのかな」と笑い合う。
七回忌を迎えたが、「海を見るのが嫌だ」「悲しくて眠れない日がある」と打ち明ける檀家もいる。遺族の一人として整理のつかない気持ちはよく分かるから、こう伝えるつもりだ。
「生身の体はなくても、思い出すことでよみがえる。悲しみを抱きしめて生きていきましょう」

 

あぁ、人間って こんなに泣けるんだ! 涙って 尽きないんだ! 不思議だなぁ
悲しい時は 思い切り悲しめばいい
嬉しいときは 思い切り笑えばいい
一緒に悲しみ 一緒に笑ってくれる人がいるから、悲しめるし、笑うことができる

このような形で佐々木さんの記事に、被災されたうえ大切な方を亡くした人びとの声に出会えるなんて!
出遇わせていただいたのですね
南無阿弥陀仏

« 月夜に いい風に吹かれて | トップページ | 何を選択するか 正解はありません ただ、それぞれの人が、それぞれの場で、一生懸命に考えたうえで生きています »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 月夜に いい風に吹かれて | トップページ | 何を選択するか 正解はありません ただ、それぞれの人が、それぞれの場で、一生懸命に考えたうえで生きています »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ