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2017年4月 6日 (木)

何を選択するか 正解はありません ただ、それぞれの人が、それぞれの場で、一生懸命に考えたうえで生きています

今村雅弘復興大臣の姿勢・発言が酷くて・・・
「(福島に)帰れない人はどうするんですか?」という問いに「どうするって、それは本人の責任でしょうが、本人の判断でしょうが。」
「自己責任ですか? 自己責任だとお考えですか?」という問いに「それはそうだと思いますよ。」。
国はできるだけのことはやっているのだから、と。

チェルノブイリの原発事故に際し、ウクライナ・ロシア・ベラルーシは、「チェルノブイリ法」を作り、原発事故の責任主体が国家であることを明記し、健康被害を受けた人・避難や移住をした人の補償に努めている。
そこまでやって、「国はできるだけのことをしています」と言えるのであって、日本の現状で そうは言い切れない。
「自己責任」というけれど、原発を稼働し、何か事があったら国や各自治体が責任を負うのではなかったか?
ここで「自己責任」を持ち出すということは、今後起きるかもしれない原発事故も、カジノで負けて家庭や生活が崩壊しても、今後結ばれるかもしれない貿易協定で日本の農業や医療や保険が崩壊して国民の生活をボロボロにしても、政府批判の話で盛り上がって捕まっても、すべて「自己責任」で済ますつもりなのだろう。恐ろしい未来が待っている。
復興大臣なら、いえ、議員なら、もっと聞くべき声が、見るべき姿が、感じるべきいのちがあるはずです。

〔『月刊 同朋』(真宗大谷派宗務所発行)2017年3月号より〕

福島を離れたひと
福島に残ったひと
それぞれの心のいま
 ふくしま子ども支援センター 県外避難者支援コーディネーター 三浦恵美里さんに聞く

東京電力福島第一原発事故の影響などで福島県外に避難している人の数は、2016年1月の時点で約4万人(福島県避難者支援課調べ)。ピーク時の6万人超(2012年)と比べれば減少しているとはいえ、全国にはまだまだ故郷の福島から避難されている方々が大勢います。
(中略)
震災から6年が経った今も、「当時の気持ちを思い出させる場所に行くと、つらかったときのことがフラッシュバックのようによみがえり涙が出ます。他のお母さん方も同じで、あのときの風、あのときの匂いを思い出してしまうと涙が出るという方がたくさんいる。どの方の中にも癒えない傷が残っています」と三浦さんは話します。
加えて、避難者ならではの心配や悩みもあります。その内容も、時間が経過する中で多様化してきているとのこと。親の高齢化で介護が必要になってきている、福島に残っている夫がうつ病になった、子どももママも学校や地域になじめない、子どもがいじめられている、住宅支援の打ち切りが差し迫っている―。福島に帰ってきてほしい父親と、子どものことを考えて戻る決心がつかない母親との間で心の溝が生まれた結果、離婚を選択するご家族もいるといいます。
(中略)
何を選択するのか、自分たちはどうするのかに正解はありません。正解はない以上、どの選択もその人にとって必要だったこと。いろいろな選択の結果、いろいろな5年間を過ごしてきて今があります。震災を乗り越えた人もいれば、そうでない人もいます。避難している人たちにしても、今年度で福島に戻る人、避難先に移住して根を下ろそうという人、先はまだわからない人などさまざまです。
「でも、どの人もそれぞれがんばって、自分なりに一歩一歩進んでいます。震災直後にいろいろな選択をせざるを得なかったのと同様、福島のママたちはこの先もまだいろいろなむずかしい選択をしていかなければなりません。そこに正解はないのですから、そのそれぞれの選択を大切にしてほしいと思います」(三浦さん)

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