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2017年4月 1日 (土)

2017年4月のことば

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勇気と 愛情と 信頼と 希望と、
ちょっとの悲しみがあれば、☆(ほし)ができるよ

「べっぴんさん」
NHK朝の連続テレビ小説「べっぴんさん」の放送が4月1日で終了しました。
主人公すみれは、幼い時に母を亡くします。優しかった母は、四つ葉のクローバーを手に取り、「四つの葉にはそれぞれ意味があるのよ。勇気、愛情、信頼、希望。それがそろったとき、幸せになれるのよ。忘れないでね」と、娘に語ります。
戦後の混乱期、刺繍が好きだったすみれは、子どもたちのために子供服の店(キアリス)を立ち上げます。3人の仲間と共に。お店のシンボルマークは、「四つ葉のクローバー」。4人で仕事を頑張っていこうね、という願いが込められています(子ども用品店「キアリス」のモデル「ファミリア」も、実際に4人の女性によって立ち上げられました)。

ほんこ(報恩講)さん
昨年11月、ご本山 東本願寺の報恩講(宗祖 親鸞聖人のご法要)に参拝したときの話。
子どもたちが楽しめるように、報恩講期間中、東本願寺には子どもテントが設営されています。缶バッチを作ったり、お絵かきや折り紙をしたり、風船やシールや子ども念珠をくれたり、紙芝居を見せてもらったり・・・。娘たちも、子どもテントで過ごす時間を楽しみにしています。「報恩講」とは、この子どもテントのことだと思っているようです(笑)。
子どもテントのスタッフは、真宗大谷派寺院の若人が全国から集まり、子どもたちを大切に受けとめてくれています。
うちの娘たちが子どもテントを訪ねた際、Hさんが相手をしてくれました。
折り紙でキティちゃんやサンタさんを折ってくれたり、缶バッチを作る手伝いをしてくれたりしました。そして、「星を作ってあげるね」と言って黄色い紙テープを取り出しました。紙テープで五角形を形作ります。

五角形の全部の辺を凹ませたら、星の形になるのは想像できますか?
Hさんは、ひとつの辺を凹ませる度に、「勇気と」「愛情と」「信頼と」「希望と」とつぶやきながら四辺を凹ませました。そして、最後の一辺を凹ませるときに、娘の目を見て言いました。「それと、 ちょっとの悲しみがあれば、☆(ほし)ができるよ」と
星を見て、娘は喜んでいました。横でその様子を見ていた私は、Hさんに胸がキュンとしてしまいました。

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悲しみというスパイス
「☆(ほし)」は、「四つ葉のクローバー」の話と重ね合わせると、「幸せ」を象徴しているのかもしれません。
勇気と愛情と信頼と希望と、それだけで「幸せ」の条件が揃っているように感じますが、そこに「ちょっとの悲しみ」というスパイスを・・・。
ドラマでは、「キアリス」を経営していく上で4人が直面する困難な問題が、それほど大きくは描かれなかったように感じました。しかし、4人の前には大きな壁が立ちはだかったことでしょう。その困難や悲しみを共有し、乗り越えたからこそ、4人の関係はいつまでも続いたのだと想像することが出来ます。

悲しみなんていらない?
悲しみをもたらす事柄はつらくて、起きてほしくなんてありません。けれど、人間は喜怒哀楽という感情を持って生きています。人生におけるあらゆる事柄にこころ動かされ、あるときは喜び、あるときは怒り、あるときは哀しみ(悲しみ)、あるときは楽しむ(満足する)。
こころが動くおかげで、私が嬉しいときに、一緒に喜んでくれる人がいることの喜びをも感じられます。私が喜べる背景には、悲しんでいる誰かがいるかもしれないということを気遣うことができます。悲しみの気持ちを持っているからこそ、他者(ひと)の悲しみも感じることが出来ます。
喜怒哀楽という感情は、生きていることの証。悲しみが感じられない私に、他者(ひと)の悲しみを感じることができるでしょうか?
悲しみを感じることなく生きるということは、孤独を生きるということ。悲しみをもたらす事柄はつらいことだけれど、悲しみを感じられる私は、となりに誰かがいてくれることを感じることもできる。だからこそ、勇気も、愛情も、信頼も、希望も感じられる。悲しみが、すべてを結びつけてくれました! 

大悲(だいひ)
こころにポッカリと穴が空いたとき、こころがフラフラして、ひとりでは立てないとき。穴を埋めてくれる何かが、支えとなってくれる何かが、本当に無いのであれば、私のこころは悲しみに押しつぶされてしまうことでしょう。けれど、目に見えない何かが、こころの穴を埋めてくれています。感触はないけれど、 フラフラな私を支えてくれているはたらきがあります。そのはたらきを、阿弥陀といいます。
阿弥陀は、生きている者の悲しみを、我がこととして受けとめ、共に呻(うめ)き、共に悲しんでいます。だからこそ、私のことを救いたいと願いを起こされました。悲しみのこころで私を包んでいます。

   

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親鸞さんとみんなでお花見
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