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2017年3月30日 (木)

記録・資料を残しておけば、こんなにも混沌としなかったのでは・・・(記録・資料はあるのだろうけれど)

木村草太さん(首都大学東京 教授)〔2017年3月24日(金)放送「報道ステーション」より〕

「この事案(森友学園の土地取引問題)の解明が進まないのは政府側が記録は全て無いと言ってるからですよね。だから篭池氏側の証言を崩す為に『嘘ばっかり言う人だ』と人格攻撃をせざるを得なくて歯止めが掛からなくなってる状況があります。仮に篭池氏が清廉潔白な人でないとしても、やはり国家権力が総出で一市民の人格攻撃を行うのは常軌を逸している。問い正すべきは売却価格を決めたり、小学校の認可を出した官僚、政治の側だと思います」

 

山口二郎さん(法政大学 教授)〔2017年3月26日(日)『東京新聞』朝刊「本音のコラム」より〕

無責任の王国
森友学園の籠池理事長の証人喚問は真相解明に結び付くものではなかったが、政治、行政の腐敗を明らかにするものではあった。国有地の払い下げや小学校の設立認可をめぐって、贈収賄などの犯罪があったとは思えない。しかし、見方を変えれば、だからこそ今の腐敗は質が悪いということもできるのである。
安倍首相の妻昭恵氏が籠池氏の求めに応じて口利きをしたことはないのかもしれない。しかし、首相や夫人と親密な間柄にあることを誇示すれば、幼稚園長の頼みであっても首相夫人付きの官僚が財務省の高級官僚に事情を問い合わせ、予算措置についても情報を提供してくれる。それだけでも不公平と言える。
財務省は国有地の値引きについて適正な手続きに沿ったと言い張るが、価格算定の課程に関する資料は廃棄したと、以後の説明を拒否する。政治家からの働きかけはなかったのかもしれないが、森友学園に対する売却が前例のない厚遇であったことは明白である。政治家は明示的な指示を出しておらず、官僚は有力政治家の意向をおもんぱかって優遇を与える。そして、意志決定はすべてやぶの中。
法治国家における責任追及は、文書に基づく意志決定を前提としている。以心伝心と資料の廃棄は、法の支配を崩壊させ、誰も責任を取らない専制国家をもたらす。

 

行政とのやりとりを行なう際、資料の保存にうるさいのは、行政の方だと感じるのだけれど。
にもかかわらず、土地売却に関する資料がない、廃棄したというのは、勘ぐられても仕方がないのでは。
木村草太さんが言うように、先ず問いただすべきは、記録をなくしてしまったことと、その責任。
記録がないならば、「申し訳ございません」としか言いようがないはずなのに、籠池氏に対する人格攻撃を行なう。あれだけ「一般人の証人喚問には慎重でなければ」と言っていたのに。
法の支配を崩壊させ、誰も責任を取らない国において、「安保法(戦争法)」や「テロ等準備罪(共謀罪)」がまかり通ってしまえば、徒に戦争に突っ込み、一般市民を人格攻撃して、政府に逆らう市民を拘束することでしょう。
法にも問題はあるし、だからこそ反対運動が起きているわけだけれど、自分たちに都合の良い法を稚拙に成立させ、その法と権力で好き勝手するヒトこそが恐ろしい。

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