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2017年3月 5日 (日)

聞こえてくる声

昨日の東京五組同朋会。報土寺の朝倉俊住職からお話をいただきました。
五組の教化テーマ「いのちの声を聞く」を講題として。

「生老病死」の「生」を「見」と置き換えて、「見老病死」のお話でした。
「見」とは、「体験する」ということ「感じる」ということ。
自身の老病死を見つめ、感じることを通して、「いのちの声に耳を傾ける」ということを、間もなく80歳になる生涯を振り返られました。そのことはつまり、次代 次次代を生きるいのちへの声なんだ、という想いで拝聴しました。

東京五組同朋会が立ち上がった頃からの歴史に身を添わせて生きてこられた住職。
近頃、五組の先輩たちの訃報や体調不良の話が立て続けにあり、無常なるいのちについて、強く感じておられました。
昨日、報土寺門前に掲示してあった法語をアップしました。
 
 道に出会い
 師に出会い
 友に出会う
 それがいのちに
 出会う人生である

まさにそのような人生であり、人生とは出会いであると、語られました。

お話の終盤に、大好きな詩、良寛さんの五言絶句を紹介してくださいました。

 担薪下翠岑
 翠岑道不平
 時息長松下
 静聞春禽聲

薪(たきぎ)を担いて翠岑(すいしん)を下る
翠岑(すいしん)の道 平かならず
時に息(いこう)う 長松(ちょうしょう)の下
静かに聞く 春禽(しゅんきん)の聲(こえ)

「春禽の聲」とはウグイスの声という意味です。山道を歩いていると、決して平坦な道ではありません。ときに大きな松の根元に座して、一呼吸おいて、また山道を歩む。その道中、ウグイスの声に励まされて、家へ帰ってゆく。「あぁ、今日も一日の仕事が終わった。ありがたいことだなぁ」という詩です。

時間を惜しみつつも、ご生涯のお話をしてくださいました。
生老病死の人生を経験され、見つめなおされ、こころに響いた漢詩。
 平坦ではない道。
 時にはひと休みすることの意義。
 休んだときに聞こえてくるウグイスの声。
それぞれ、人生における大切なことの譬喩なのでしょう。
平坦でない道(人生)で、ちょっと立ち止まったとき、聞こえてくる声は何でしょう? なんと呼びかけてくださっっていることでしょう?

朝倉住職ありがとうございます。南無阿弥陀仏

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