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2017年3月 3日 (金)

公人と私人

森友学園の問題で、安倍首相の答弁がしどろもどろですが、妻の昭恵さんに関する答弁の中で、「私は公人ですが、妻は私人です。妻をまるで犯罪者扱いするのは極めて不愉快だ」というようなものがあった。

森友学園関係の事実関係や、昭恵さんが公人か私人か、といったところの問題は、今は国会に任せておいて、安倍首相の「私は公人ですが、妻は私人です」云々の発言を聞いたときに憤りに近い違和感を覚えました。
「私人」をかばう気持ちがあるのであれば、どうして世間の人々に対する思いやりがないのだろうと・・・。

かつて自民党のある議員が、母親が生活保護の不正受給を疑われる漫才師を、名前を上げて国会で責め立てたことがありました。世間的に名前が知られているタレントさんといえど、私人でしょう。その私人・個人の名前をあげて、不正受給の疑いがある!って。 その後、その漫才師さんは、しばらく仕事を干されませんでしたっけ? 最近、たまにテレビで見られるようになって良かったと思っていました。
制度の不備を問うことなく、私人の名前を上げて、私人を攻撃して、あたかも自分は議員としての仕事をしている風にしている。

安倍首相が、私人への攻撃を許さないと仰るのなら、某議員さんが私人の名を上げたときに、「ちょっと、名前を上げるのはよくないよ」と、制止してくださらなかったのか。その場にいたかいなかったかは分かりませんが、「あの報告の仕方はよくないと思います」ということを言うこともできたはず。

つまり、私人(「日本国民」というと、また別の意味で恐ろしいことだし、「庶民」も違う気がするので「私人」のままで)を守る気持ちが全くなく、自分の妻・・・のことのようだけど、自分自身が追求されていることにイライラして発したのだろうな、と。

「私は公人ですが、妻は私人です。妻をまるで犯罪者扱いするのは極めて不愉快だ」というセリフを聞いて、ちょっと待ってよ!と感じました。
あ、靖国神社を参拝するときに「私人として玉串料を納めた」というように、公人と私人のことばの使い分けをされるのも、いかがなものかと思います。

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