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2017年2月 7日 (火)

「私は嘘をついたことがありません」という嘘。「私は差別をしたことがありません」という差別。

真宗大谷派発行「月刊 同朋」2016年12月号を、今更ながら読んでいます(積ん読状態なもので・・・)。
対談は玉木幸則さんと難波教行さん。テーマは「差別を悲しむ」です。

(難波 教行さん) 今回のテーマは「差別を悲しむ」ということですが、それは誰が悲しんでいるのか。もちろん私自身が悲しむということもありますが、逆に私自身が悲しまれているということもあると思うんですね。私もまた人を差別しておきながら、それに気が付かないことがあります。そのことを、仏さまに悲しまれている。「差別を悲しむ」というテーマはそういう意味だと思っています。 (玉木さん) 「障害者差別解消法」についての講演などで、会場の人に訊くと、「私は差別したことがありません」という人がたまにおられますが、それは自分が差別していることに気づいていないだけだと思います。ですから講演でよくお話するのは、“僕らが意識していようがいまいが、差別という事象は常に起きている可能性がある”ということですね。自分では差別していないと思っていても、肝心なことは相手がどう感じているか、ということですから。だから、「差別はあかん」ということを重々認識しておくと同時に、そう思っていても僕らは結果的に差別してしまうこともあるということを、忘れてはいけないと思うんです。その意識がないと、差別のことは他人ごとになってしまうんです。

難波さんは7歳で難病ジストニアを発症されました。20歳のときに、全身性ジストニア患者として日本で初となる脳深部刺激療法(脳に電極を埋め込み、症状を軽減する治療法)の手術を受けられました。大谷大学大学院博士後期課程満期退学。現在、真宗大谷派教学研究所助手。大谷大学非常勤講師。真宗大谷派大阪教区淨圓寺衆徒。著書『たとえば、人は空を飛びたいと思うー難病ジストニア、奇跡の克服』
難波さんがかつて取材を受けられていた「同朋新聞」の記事を今でも覚えています。手術によって、日常生活に支障のないぐらいまで回復した喜びと、いつまた発症してしまうかもしれないという恐さについてお話し下さっていました。
玉木幸則さんに関しては、当ブログで玉木さんのことばを取り上げているんですよね(2017年1月18日)。にもかかわらず、『月刊 同朋』で対談をされている玉木さんと、ブログで取り上げた玉木さんが、私の頭の中でリンクしていませんでした。恥ずかしい話です。ことばばかりを見て、「人」を見ていなかったことになります。申し訳ありません。
難波さんも、玉木さんも、障害を持っておられるゆえの差別を受けてこられた方々だと思います。にもかかわらず、自身の中にある差別性について語られています。そのことは大変な告白だといただいています。差別の感情を他人ごととせず、自分の中にあるものだという認識・・・悲しみを持つことによって、「仏さまに悲しまれている」ことを感知できるのだと思います。

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