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2017年1月23日 (月)

余は今迄禅宗の所謂悟りといふ事を誤解して居た。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。(正岡子規『病床六尺』)

青木新門さんからのメッセージ
〔2017年1月22日(日)「読売新聞」朝刊内「安心の設計 生と死を問う」より〕

 健康で若々しい高齢者は増えました。しかし、いつまでも若い頃と同じように飛び続けられるわけがないから、着陸(=死)の準備は、50歳ぐらいで始めなければいけないと感じます。今後、亡くなる高齢者が激増する。私もその1人として、これから10年間、「どう死ぬか」に真剣に取り組むつもりです。  ある中学生が、祖父の死の直前3日間を振り返ってこう書いています。「ドラマで人が死ぬときは大げさだと感じていましたが、亡くなっていくおじいさんのそばにいて涙が止まらず、いのちの本当の大切さがわかりました」  私も、この祖父のような死に姿でありたい。若い人の死生観、人生観を揺さぶるような姿を見せ、子や孫の心を育てることが、われわれ高齢者の大事な役目であり、仕事なのではないでしょうか。  それが超高齢社会の良いところであり、われわれができる、若い世代への贈り物だと思うのです。

青木新門さんは、親鸞聖人のお話をされるとき、とても嬉しそうに語られます。聞いてる私の方も、嬉しい気持ちが湧いてきます。教えに出遇えた喜びを体現されている方だと思います。
高齢者の役割、死に往く者の役割を語ってくださっています。
新門さんのお話を聞きに行きたくなりました。また、聞いた者の責任として、後を生きる方々にお話を説き続けたいと思います。

新門さんのメッセージを読んでいて、ある坊守のメッセージを思い出しました。
30年ほど前に、癌のため41歳で還浄された平野恵子さんです。39歳で癌の告知を受けた平野恵子さんは、3人のお子さんにメッセージを送りつづけられました。

「人生には、無駄なことは、何一つありません。お母さんの病気も、死も、あなた達にとって、何一つ無駄なこと、損なこととはならないはずです。大きな悲しみ、苦しみの中には、必ずそれと同じくらいの、いや、それ以上に大きな喜びと幸福が、隠されているものなのです。 (略) たとえ、その時は、抱えきれないほどの悲しみであっても、いつか、それが人生の喜びに変わる時が、きっと訪れます。深い悲しみ、苦しみを通してのみ、見えてくる世界があることを忘れないでください。そして、悲しむ自分を、苦しむ自分を、そっくりそのまま支えていてくださる大地のあることに気付いてください。それが、お母さんの心からの願いなのですから。」 〔『子どもたちよ ありがとう』(法蔵館)より〕

死に向かって生きる姿とは、「死にざま」ではなく、「生きざま」のことでした。

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