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2017年1月16日 (月)

分析は分かりやすいかもしれない。けれど、おおいなるものを見失ってしまう

ある雑誌で、「いまの日本人に宗教は必要なのか」という特集で、5人の専門家(?)へのインタビューが載っていた。読んでいると、それぞれに「なるほどなぁ」と思うところはあったけれど、でも、そんなもんかなぁ?とも思った。
専門家らしく、現代日本を捉え、分析しているのだけれど・・・。
「宗教は必要なのか」という問いの立て方が、「宗教なんて必要ない」という、いまの日本人の多くの人の感覚を表わしているように想う。宗教は、人々が必要として生み出されたものでも、必要を感じて選ばれたものでもなく、生きることにおいて必然的に生じたものではないだろうか。だから、人間の側が宗教を必要か否かを考えることに違和感を感じたのだろう。
この世の苦しみに悩み、嬉しいことがあってもまた悩み、いのちの尊さを訴えながらいのちを疎かにする現実に不信感をもち、やがて訪れる死について憂い・・・そのような人生、宗教というバックボーンが既にしてなければ、人間は問いを抱えて生きることはできないだろう。
問いをもって生きることの尊さを言われるが、(答えなき)問いを持って生きることができるのは、人知を超えたはたらきに包まれているからである。つまり、いつの時代を生きる人間も、宗教を生きている。

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