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2016年10月

2016年10月26日 (水)

季感

2016年10月26日(水)
昨日の寒さとは一転、暑い一日を迎えました。9月の陽気だとか。
昨日の寒さを感じた身体にとって、今日の陽光のなんと温かいことか!

しかし、これからは冬に向け、日に日に寒くなってきます。
小学生の子どもたちが着ているものも、先週まではみんなカーディガンていどだったけれど、今週はジャンパーを着ています。「寒いね」と言いながら、子どもたちを学校に送っています。
お朝事(朝のお勤め)も、本堂の寒いこと。急に寒さに耐えながらのお朝事になりました。

今日のテレビは、富士山の初冠雪のニュースを流していました。
初冠雪の富士山を見て、「あぁ、灯油を買ったり、冬支度をしなくちゃ^^」とインタビューに応えている方がいました。

子どもたちの服装、本堂で感じる凛とした寒さ、富士山の初冠雪、冬の訪れが近づいています。

みなさんもそれぞれに、秋を、冬を感じる出来事があるのではないでしょうか。
季節を感じる。実体はないものなのに、感じる心を持っている幸せ

2016年10月20日 (木)

ことばに夢をのせて

NHKの新しい朝ドラ「べっぴんさん」が始まって3週間経つのに今更ながら、前の投稿は前作「とと姉ちゃん」について書き、今回は前々作「あさが来た」をふまえて書かせていただきます。

波瑠さん演じた白岡あさのモデルは、広岡浅子さんでした。広岡さんは、銀行・生命保険会社を起業した実業家であり、日本最初の女子大学を作った教育者でした。
もうドラマの内容も頭の中で薄まってしまいましたが、ドラマ終盤、女性が学べる学校の設立に苦労される姿が描かれました。
女性が学校に行って学ぶことに何の不思議もない現代日本の視線でドラマを見ていると、幕末から明治・大正時代の頃、こんなにも女性が外で働くこと・学ぶことが非難の目で見られる時代だったのだなと、あらためて感じました。それは、戦中戦後を描いていた「とと姉ちゃん」でも同じで、現代もまだなお女性が働くこと・学ぶことに充分な理解があるとはいえない状況があります。
ドラマを見ていて、ひどい時代・無理解な時代だなぁと思いつつ、自分はどうなのか?と問わずにいられないわけで、「自分は理解がある」なんて思い込んでいる方が危ういのです。

そんなことを感じながら、ドラマを見ている頃、雑誌『AERA』の「表紙の人」という頁が目に留まりました。
その号の表紙は、マララ・ユスフザイさん。2014年10月 ノーベル平和賞を受賞されたパキスタン生まれの女性です。

女子の教育を全面禁止した武装集団パキスタン・タリバン運動の支配下で「女の子も勉強したい」と声を上げたことで、銃撃された。(中略)

世界ではまだ、6600万人以上の女の子が学校に通えずにいる。開発途上国では無数の女の子たちが、ただ女子だというだけで男子と同じ食べ物を与えられず、親の借金のカタに売りとばされ、家事や農作業を押し付けられている。

「同い年の親友に大胆で自信にあふれた子がいました。医者になりたいという夢を抱いていましたが、夢のままで終わりました。12歳で結婚させられ、彼女自信がまだ子どもの14歳なのに、息子を出産しました」
(ノーベル賞受賞演説から)

銃撃のフラッシュバックもある。でも、こう繰り返す。

「私は教育を受けられない女の子の代表。私の究極の夢は、すべての子どもが学校に行くこと」

『AERA』2015年12月14日号の「表紙の人」より

ドラマを見ている頃に、上記の頁が目に留まり、女性が学ぶことも許されない現実は、過去の話ではなくて、現在只今も続いている話なんだと、ドラマと記事が重なりました。
マララさんのいのちがけの訴えにも、「彼女は恵まれた環境にいるのだから、何でも声に出すことができる」などという批判を目にしたこともあります。いのちがけで、勉強をしたい、学校で学びたいという声を上げたことに変わりはありません。けっしてよその国の出来事ではなくて、日本にも通じている話です。

彼女が究極の夢だと訴える「学校に行くこと」。日本では、ほとんどの子どもが学校に通えるのに、せっかく行けた学校で、学ぶ場で、どうしていじめがなくならないのでしょう。
人と人とが同じ場に身を置くわけですから、気が合う者もいれば、気が合わない者もいます。それは避けられないことです。それならば、気が合わないその当事者どうしが距離を置けばいいだけの話なのに、仲間を見つけてグループを作り、気の合わない相手を排除する。どうしてそこまでするのでしょう。グループに引き込まれた者も、「あなたは気が合わないかもしれないけれど、私はそうは思ってないから」と言えば良いのに、グループ化して、相手をいじめる行動に出てしまう。誰だって始めから いじめること、いじめられることが目的で学校に行く人はいませんよね。
マララさんが夢描いている学校という場は、そんな場ではありません。
6600万人以上の女性が学びたくても学べない、日本は学べる環境にあることを感謝しなければいけませんね・・・なんて話ではなくて、学びたくても学べない子どもたちにとって、学校は夢の場所なんです。そこ(学校)に身を置いている者は夢見る場としての学校を形作る一員(一因)です。私がいる場所は、かつて夢を描いていた人たちがいてくれたおかげで、現実の場となっている。その場を、今も夢見て必死に生きている子どもたちがいる。そのことを忘れてはいけない。

マララさんのことばです。
「一人の子ども、一人の教師、一冊の本、そして一本のペンが、世界を変えるのです!」
ペンは武器ではありません。ペンで平和を描いて生きましょう

2016年10月16日 (日)

ことばを 君に

NHK朝ドラ「とと姉ちゃん」の最終週に、
花山編集長が、常子さんに感謝の意を伝えるために、
「常子さん、君に感謝を伝えるのに、原稿用紙が何枚必要だろう」ということばを手紙に遺されました。
そのセリフを聞いただけで、涙がボロボロ出てしまったのですが、
「とと姉ちゃん」の主題歌を歌っていた宇多田ヒカルさんの最新CDで、あらためて主題歌の「花束を君に」をフルコーラスで聞いていたら、
「どんな言葉ならべても
君を讃えるには足りないから」
とあって、そこでもまたドラマのシーンと重なり涙ぐんでしまいました。

曲は、当然朝ドラの放送が始まる前にできてますよね。
脚本は、ドラマの進行と共に書き進められます(それもまたすごいなと)。
で、最終週に
「君に感謝を伝えるのに、原稿用紙が何枚必要だろう」
というセリフが。
脚本の西田征史さんも、「花束を君に」を聞いて、このセリフを温めていたのかなぁと、想像しています(直接伺えるわけもないですが)。

どんなに言葉を並べても、
どれだけ原稿用紙があっても、
感謝の想いを伝えきることができない。
そんな“君”はいますか?
私には、います。

2016年10月11日 (火)

ことば こころのはな

「ことばが通じる相手ではない」
「ことばで分かり合えれば苦労はない」
などと言われてしまうけれど、それが武器を手に取る理由になるのでしょうか?

「国民を守る義務がある」と言いながら、武器禁輸を解禁し、武器関連企業の株式を取得している為政者が、権力者がいる。
いのちとお金が天秤にかけられて、お金の方が重たい日本

作家の井上ひさしさんは、十年前に出された『子どもにつたえる日本国憲法』で、九条のこころを、こう書き表した▼<どんなもめごとも/筋道をたどってよく考えて/ことばの力をつくせば/かならずしずまると信じる…/よく考えぬかれたことばこそ/私たちのほんとうの力なのだ>。果たして、井上さんのこの言葉は、どれほど現実の世界に響くものだろうか▼そんなことを考えさせられるのは、コロンビアの内戦だ。半世紀に及ぶ戦いで二十二万もの命が奪われ、憎悪が世代を超えて増幅した。言葉より、暴力がものを言う世界だ▼コロンビア革命軍のロンドニョ最高司令官と和平交渉を進めたサントス大統領はその困難さを、こう語った。「三世代にわたる内戦が、我々から他の人に共感する力を奪った。そういう人々に、許すことを説かねばならない。平和をつくることの方が、戦争を始めるよりずっと困難なのだ」▼その困難さを裏付けるように、国民投票で和平は拒否された。しかし、ロンドニョ最高司令官のひと言に、救われる思いがした。「我々は平和を求め続ける。武器ではなく言葉だけを使う」と誓ったのだ▼ノーベル平和賞が、サントス大統領に贈られることになった。国民投票の結果からすれば、驚きの授賞だが、そこには、<ことばこそ/私たちのほんとうの力>との思いが込められているのだろう。 (「東京新聞」 2016年10月8日 朝刊 コラム欄「筆洗」より)

2016年10月 6日 (木)

株に手を出すのに、特に危険な月

10月。これは株に手を出すには特に危険な月だ。
そのほか危険な月は、
7月と1月と9月と4月と11月と5月と3月と6月と2月と8月、
それになんといっても12月だ。
(マーク・トウェイン)

公的年金の株式運用を拡大してきた安倍内閣。
5兆円を超える損益が出ていることが明らかになっています。
今日(2016年10月6日)の国会委員会中継を見ていたら、「この株式運用の拡大は失敗だったんじゃないですか?」と尋ねる(問いただす)共産党 小池晃議員に対し、「短期で判断しないでください。長期で判断するのが常識のことであります」とはぐらかす安倍首相。
長期で判断すべき事かもしれないけれど、もはや失敗ではなかろうか。
引き際の見極めも、力量の見せ所ですよ。

2016年10月 1日 (土)

2016年10月のことば

10月に入りました。
2016年も残り3ヵ月。まだ3ヵ月もあるのに、世間は年末への流れが加速していくように感じます(おせち料理の予約開始・年賀状の印刷受付・ハロウィン→クリスマス)。
「もう今年も終わりだね」モードは、まだ早いし、もったいない。2016年をしっかりと生きたい!!
「報恩講」(親鸞さままつり)もこれからだし(西蓮寺の報恩講は11月5日です

   

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  もしある朝目を覚ますと、
  全ての人間が同じ人種、同じ宗教、同じ肌の色になっているとしたら、
  我々は正午までに
  別の偏見のタネを捜し出すことだろう
            ジョージ・エイケン(アメリカの劇作家)

「みんな一緒」は許せない
民進党の代表に決まった蓮舫氏に対して浴びせられた「二重国籍問題」。日本での生活を続け、既に国会議員としての活動を長く続けている人に対し、今更問われる問題なのでしょうか。それならば、国会議員の選挙に立候補した時点で、「確認しておきたいことがあります」と、確認作業があってしかるべきです。日本で国会議員になるためには、日本国籍を有することが条件ですが、「二重国籍は認められない」とは明記されていません。
しかし、本当は「二重国籍」が問題なのではないのでしょう。目立った活動をする者・地位や名声を手に入れそうな者に対するやっかみやバッシングのように感じます。自分に関わる歓迎し得ない事柄に対する嫌悪感・拒否感の表われが、暴力的になっているように感じます。
卓球の福原愛選手が、台湾の江宏傑選手との結婚を発表したときには「おめでとう」と祝福し、台湾との二重国籍を有する者が政党の代表選に立候補すれば、罵声を浴びせる。並べて考え合わせる内容でないことは承知していますが、表現し得ない気持ち悪さを感じます。
オリンピック・パラリンピックについても思うところがあります。報道では、メダルの色やその獲得数についてクローズアップします。しかし、「オリンピック憲章」では、国別のメダル数を競うことが目的ではないと定めています。クローズアップすべきは、メダルの色や数ではないのです。

〇金メダルを獲得する選手もいれば、テレビにも映らず、名前を知られることなく敗退する選手もいます。

〇競技中に転倒した選手を助け、共にゴールした選手達がいます。

〇突出した記録を持つ選手に追いつき追い越せとレベルアップに努め、その選手を脅かした選手・破った選手もいます。

〇今夏のリオ大会では、史上初めて、国という枠を越えて、 難民選手団として参加を果たした選手達がいます。

人種・宗教・肌の色・文化・国籍を越えて、スポーツを通して人間(いのち)の尊厳を見出し、平和な世界の確立を目指すことが、オリンピック・パラリンピックの目的です。メダルが目的になってしまうと、日本以外の国や地域の選手が、敵としてしか見えなくなります。差別の眼、日本選手の敵として見つめる眼で、2020年の大会を開催するのでしょうか。

差別について論じるということ
と、蓮舫氏の「二重国籍問題」で表出した差別意識が気になり、思うことを書きました。しかし、差別について論じる場合、何よりも気をつけなければいけないことは、書いている私自身が差別者に陥りやすいということです。
ジョージ・オーウェル(イギリスの作家・ジャーナリスト)のことばです。

ユダヤ人差別を論じたものの殆ど全てが駄目なのは、その筆者が「自分だけは」そんなものとは無縁だと心の中で決めてかかるからである。

「差別はよくない」「差別をする者は最低である」と言うそのときには、既に差別意識が私の中にあります。
私(西蓮寺副住職 白山勝久)は「反原発」「反安保法」の意見を持ち、デモに参加しています。しかし、私は原発のある生活を享受してきました。ひとたび戦争が起こり、私の愛する人が殺されれば、その相手を殺したいと思うことでしょう。平和を望みながら、争いを起こす我が身です。それに、私、あるいは私に近い人間が原子力発電所に勤めていたならば、訴える内容も変わることでしょう。人間は、立場・環境・時代が変われば、考え方も主張も変わります。意見を異にする者に我が身を置き換えたならば、私は今とは違う意見を言うに違いありません。
みんなで仲良く手をつなぐことができればいいけれど、簡単なことではありません。なぜならば、ひとり一人が、それぞれの人生を生きているのですから。しかし、だからこそ、仲良くありたいという想いも湧いてくるのでしょう。
同じ人種・同じ宗教・同じ肌の色になることによって価値観を共有できるのではありません。違う人種・違う宗教・違う肌の色、違う国籍・違う文化を生きているからこそ、目の前にいる人と、尊い人間(いのち)として出遇うことができるのです。

   

掲示板の人形
Dsc_0451
陶器製のピエロとウサギの人形です。

今月のことばは、文章が長かったですね。
ことばは私が選び、文字は住職が書いてくれています。長い文章なのに、掲示板の空間にきれいに収めてくれて感謝です

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