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2016年9月24日 (土)

むのたけじさんを偲ぶ会

2016年9月24日(土)
今晩は、「むのたけじさんを偲ぶ会」に出席させていただくつもりです。

(行ってきました)
「ジャーナリスト・むのたけじの魂を継承する~むのたけじさんを偲ぶ~」
雨が降っていましたが、お彼岸終盤で体もボロボロでしたが、参加させていただいて、良かったです。嬉しかったです。

むのさんとご縁のあった方々からのメッセージを拝聴
どなたも口を揃えていらっしゃったのが、「熱くて」「骨太で」「メッセージに響きがある」ということ。
むのたけじさんは、ことばが生きていました。

「主語を持って話している人だった(今は、主語を持たずに、客観的にメッセージを発する人が多くなってしまった)」

「責任を持って語られていた(主語を持たずに話しているのですから、ことばに責任を持ち合わせていません)」

「対立ではなく、対話を」

「対立を越えて、一対となるんだ」

「私のことを“反骨のジャーナリスト”と表する人がいるが、そんなの矛盾だ!! ジャーナリストは、そもそも“反骨”の精神を持っているのだから!!」

「ジャーナルは日記。あったことを書き記すだけ。あったことと、現状どうなっているか、これからどうなっていくのかを記してこそ、ジャーナリスト」

「自分が死んでも、偲ぶ会など開いてくれるな」と仰っていたそうですが、
(「葬儀する時間があるなら、みんなで私の書いたものでも読んでほしい」と仰っていたそうです)
息子さんの大策さんが、実際に「偲ぶ会」に身を置いて、
「父は、“俺を眠らすなよ”と言いたかったのかな、と想いました」と語られていました。
身は滅んでも、まだまだ闘う!という意志を感じられたのかもしれません。私も感じました。

閉会のことばより
「むのたけじの魂を継承する」ということですが、
「むのたけじ」のことば・書物を引っ張り出してきて、「あぁ言ってた」「こう言ってた」ということを語り継ぐのではなく、
むのさんのことばを読み、自分で考え、自分のことばで語ってください。そのことが、「魂を継承する」ということです。

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