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2016年9月16日 (金)

巡り合い

「縁をいただいている」というと、「縁をいただいている」私のことしか思いが至らない。

さまざまな縁が積み重なって、私を私として生かしてくださっている。

縁が積み重なるということは、そこに数えられないほどの(無量の)人が、いのちが、物事が関わっているということ。

「良いご縁をいただいて」というように、“縁”というと“良縁”ばかり想像しがちだけれど、自分にとって都合良いことも、悪いことも、すべてひっくるめて“縁”。

数えられないほどの(無量の)人が、いのちが、物事が関わっているのだから、

物事は巡り巡っていく

良いことも、ときには辛いことも巡ってくる

人は人と出遇っていく

この人に出逢えてよかったという出遇いも、なんで出会ってしまったのだろうという出遇いもある

“縁”とは、個人の身に起こることではなくて、
無量の人・いのち・事柄を巡り巡っていること。
ときに、私を通過する。
巡り巡って私に届き、
私を通してまた巡っていく。

人は、いのちはつながっている。


電話ごしに
父の声にふれた瞬間
僕は自分の
浅はかさを
思い知った

父の声は
ほんとに心配してくれてた
声だった

ぼくは
バカだ

ぐるぐる
ぐるぐる
考えて

―でも
結局
自分のことばっかだ

自分のひとりぼっちに
気をとられ

誰かのひとりぼっちに
気づけないでいた
『3月のライオン』 羽海野チカ


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