« ジジジジッ | トップページ | 2016年8月15日記 »

2016年8月14日 (日)

解散報道に想う

私たちは、報道がされてから情報を知るわけだけど、
当然当事者はそれ以前から、悩み、苦しみ、話し合い、意見言い合い、喧嘩し、冷静になり、現状把握に努めていた…。

解散が公になり、「解散しないで」とファンは、好きな人たちは懇願する。

反響・影響の大きさに驚いたのは、誰よりも本人たちだっただろう。

それからまた悩み、苦しみ、話し合い等々あったことだろう。

「これからも前を向いてがんばります」と、不自然な会見にさらされた。一旦は解散が回避され、ファンは、事務所はホッとしたことだろう。

でも、解散報道が出てから、あなたたちの姿を見ていられなかった。
経緯はどうあれ一旦は自分たちで選んだ道を、周りの声を受け止めて、歩むことができなかったのだから。

25年の軌跡が生んだ「周りの声」だから、無責任な声だとは思わない。それに、その声(縁)も含めて、彼らの歩む道だから、一旦は解散を回避した道も、彼らが歩むべき道であることに違いはない。

しかし、解散を回避した後の彼らは、道なき道を歩かされているように見えた。出口も分からず、彷徨っているような。
もはや、他者(ひと)を喜ばせるなどという状態には身をおけない。
仲が良かった、みんなでひとつのものを作り上げてきたからこそ、確執はより大きくなるだろう。
大きなモチベーションがあったからこそグループを名乗り、活動できただろう。その分、モチベーションの下がり方も衝撃も大きい。どれだけの負のエネルギーが彼を襲ったことだろう。

直線酒を酌み交わして愚痴や本音を聞いているわけではないから、私が感じているだけの話だけど、そんなふうに見えた。

2016年12月31日をもって解散
ひとつの道筋が見えて、彼ら自身の顔に笑みが戻ればいいなと想う。

誰にとっても、
どの道が最善かなんて、
答はない。
けれど、
歩むことができる道は、ひとつ。
結果歩んだ道こそが、
歩むべき道。

あ、5本(6本)あるはずの道を、
無理矢理1本にしようとしてしまって、
彼ら自身も、周りの声自身も、
苦しくなっていたのかもしれない。

5本の道が、5本バラバラになることもあれば、
時折何本かの道がひとつになることもあるだろう。

« ジジジジッ | トップページ | 2016年8月15日記 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ジジジジッ | トップページ | 2016年8月15日記 »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ