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2016年8月29日 (月)

バッターボックスに立つのは私

2016年8月28日(日)放送「サンデーモーニング」内「風をよむ」のコーナーより
テーマ “たいまつとSEALDs”
本年8月15日に解散されたSEALDs(シールズ)の奥田愛基さんがインタビューに応えて仰っていました。(録画をしてなかったので、私の覚え書きであることをお断りしておきます。)

「民主主義に“観客席”はありません。誰もが“バッターボックス”に立つべきだし、そうでないと民主主義っていうのは成り立たないと思うんです。
(「サンデーモーニング」の内容は以上です。以下は、私の雑感です)

奥田さんのたちの活動に賛同する人もいれば、反論・非難・拒絶する人もいる。
どちらの意見があることも当然のことですが、奥田さん始めSEALDsのメンバーは、自分が想ったこと・感じたことをことばにして伝えるということを大切にしています。自分の名前や顔を隠すことなく。そのような方々に対し、匿名で罵詈雑言を浴びせ、ありもしないことをでっち上げて批判したりすることは、許されることではありません。

中島みゆきさんの「ファイト」(作詞・作曲 中島みゆき)の一節を思い出しました。
「ファイト!闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう」

でも、SEALDsの皆さんの頑張りに期待や夢を抱き、実際何もしていないのは私自身です。
むのたけじさんのことばが突き刺さります。

やらねばならないことだとわかっていて、だれかがやるだろうと待っているのは二重の悪意です。
(詞集「たいまつⅠ」 むのたけじ 評論社 67)

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