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2016年8月27日 (土)

子どもを守る者はすべてを守る。

子どもを守る者はすべてを守る。
子どもを守らない者は何ものをも守らない。

(『詞集 たいまつⅠ』 むのたけじ 評論社 318)

自分はボロを着ても、タクアンのしっぽでめしを食っても、子どもは上の学校にやろう、参考書も文房具も十分に買って与えよう、という気持ちは美しく見える。
けれども人間の幸福とか不幸とかいわれるものは、しょせん社会とのつながりできまるものではありませんか。
本気でわが子をしあわせにしたいなら、この子らに私たち親はどんな社会をひきつごうとしているかを、一番熱心に考えて努力しないといけないのではありませんか。
この子らの将来は大丈夫しあわせだ、と言い切れる現状でしょうか。
自分はがまんしても子どものために精一杯の努力をしているから、私は良い親だと自認して、もし社会の問題に背中をむけるとしたら、一番大切なことについて一番卑怯な責任のがれをしていることになりはしませんか。
良い親のつもりで、実は子どもの未来をこわす役まわりをしてはいないかどうか、ここで私たち親はめいめいの生活内容を十分に点検してみようではありませんか。

(『詞集 たいまつⅠ』 むのたけじ 評論社 326)

家庭の中で、つとめて社会の問題を語り合うことだ、すると必ず子どもが賢くなる。
それだけ親も賢くなる。

(『詞集 たいまつⅠ』 むのたけじ 評論社 329)

遺言状に子どものための訓言をくどくど書く親は、心臓のとまるより前に死んでいたのである。
真に子どもに教えたいなら、生きているうちに自分の生き方で教えておくはずだ。

(『詞集 たいまつⅠ』 むのたけじ 評論社 333)


むのたけじさんが還浄されて、あらためて著作物を読み返しています。
「お前さんはどんな生き方をしていますか!!??」と、獅子吼されているように聞こえてきます。
お目にかかったときは、98才でしたでしょうか。私より元気で、優しいおじいちゃんでした。伝えたいことがある! 伝えなかればならないことがある! という想いが響いてくる方でした。「こんなにも熱意のある方がいました」という思い出話ではなく、その方の生き方に出遇った者の責任として、熱意を、想いを伝えていかなければいけません。卑怯な責任逃れはしたくありません。
(『たいまつⅠ』の詞、ピックアップ・改行は私です)

(追記)
2016年8月27日(土)
NHKドキュメンタリー ETV特集 アンコール「むのたけじ100歳の不屈」が放送されます。
午後11時より Eテレにて

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