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2016年6月22日 (水)

死もまた我等なり

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おはようございます
「身内だけの葬儀」「家族葬」「直葬」など、死がますます日常から遠のいています。
とはいえ、「身内だけの葬儀」「家族葬」は、会葬される人数が大体分かっていて、始めから終わりまでいてくださる利点があります。
従来の葬儀では、会葬におみえになる方がたくさんいらっしゃるのはいいけれど、お焼香だけしてさっさと食事の場に行ってしまう。喪主は、遺族は、会葬された方に「ありがとうございます」と頭を下げている。お経(教えのことば)は耳に入らない。葬儀の場って、なんだろう? という忸怩たる想いがずっとあります(もちろん、そのままにせず、いろいろなことを提案・実行してきましたけれど)。

「身内だけの葬儀」「家族葬」では、喪主・遺族・少数の会葬者が始めから終わりまで着座してくださっているので、通夜・葬儀の途中で、「お話をさせていただきます」と、皆さんの方を向いて、じっくりお話させていただいています。慌ただしい中、誰も聞いてない中での読経・法話にはならず、相手の目を見て話すことができます。

が、過日・・・
「死は穢れですか?
亡くなった人は穢れですか?
この場は穢れですか?
そうではありません。だから、塩をまく行為も必要ないんですよ」
ということをお話しした、のだけれど・・・

お帰りになる遺族・会葬者に、
「清め塩は、こちらにございます」と声をかける葬儀屋さん。

あ~ぁ・・・
あなた、葬儀の場にいましたよね! お話、一緒に聞いていましたよね?
話を伝えることの難しさを感じながら、帰路につきました。

若かりし時は、「なにやってんの!」「やめなさい!」なんて、よく葬儀屋さんと大声で言い合いをしましたが、最近は「そんなに亡くなった人を穢れの対象にしたいならどうぞ。でも、会葬後にまくのではなくて、会葬前にまいた方がいいんじゃないですか?」と、つぶやくように言って帰ります。それもいけないのかな。

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