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2016年3月

2016年3月26日 (土)

出遇い

お彼岸のお参り、皆様ありがとうございます。
気候不順の折、道路が混む折、バスが混む折、お参りされる姿に頭が下がります。

さて、お彼岸も終わり、寺報を書きつつ、週明けには東京教区の得度研修会が開催されます。
その研修会の声明(お経の先生)を担当しています。

きっかけは、ある先生のピンチヒッターで担当させていただいたのですが、それからそのまま声明担当となり、3年目を迎えます。

私より声明が上手な人、教えるのが上手な方はたくさんいるので、毎年「私が先生でゴメンね」という気持ちがこころの片隅にあります。
しかし、親鸞聖人の教えをいただいて得度(「出家」)される決心をされるということは、この世に生を受け、生きていく中で、大切な出来事、幸せなことだと思います。
その決心をされた方々にお会いすることもまた、私の喜びでもあります。とても嬉しく想います。
ですから、私が伝えられることは、限られた時間ではあるけれど、すべて伝えるつもりで研修に臨んでいます。
週明け、得度を志した方々とお会いできることを楽しみにしています。よろしくお願い致します。

 

研修会前に寺報を書き終えたかったけど(入稿したかったけど)、無理そうな気がする・・・。

2016年3月18日 (金)

国谷キャスターありがとうございます

NHK「クローズアップ現代」が3月17日(木)、最終回を迎えました。
番組は1993年4月に始まったそうです。
番組の開始から番組を支えてきた国谷裕子キャスター、お疲れ様です。

あらゆるジャンルのテーマに取り組み、それぞれの専門家やコメンテーターに問いを投げかけてくださった国谷キャスター。頭脳明晰で視野が広くなければ仕切れないお役目だと思いますが、何かのインタビューで、体力作りが欠かせないと仰っているのをお聞きしました。お身体に不安がある中で、あの立ち居振る舞いはできません。
菅官房長官が「クローズアップ現代」のスタジオに来たとき、国谷キャスターは、「集団的自衛権」に対する国民の疑問を、官房長官に何度も尋ねてくださいました。感激・感動して涙ぐみながら見ていました。ありがとうございます。
しかし、官房長官は激怒、官邸はNHKにクレームを入れるという事態に発展しました。国谷キャスターは謝られたそうですが、そのような内容では決してありませんでした。また、クレームを入れる方もどうかしています。キチンと応えれば済む話なのに(それが出来なかったというわけでしょう)。

国谷キャスターのコメントです。
「長い間続けることができたのは多くのゲストや視聴者のおかげ」
「時代が大きく変化し続ける中で、物事を伝えることが次第に難しくなってきたが、今日という日を迎えて、自分の人生に大きな区切りをつけることができた」

「物事を伝えることが難しくなってきた」ということばに、現代日本の、いえ、世界の抱える問題・危機が込められているように感じます。
ものを言えば、ことばの槍が飛んできて、
もの言わなければ、一部の権力者が決めたことによって、戦地に行かされ、人を殺し殺されする時代になってしまいました。

国谷キャスター ありがとうございます。

4月4日から「クローズアップ現代+(プラス)」という名前で番組は続くそうです(毎週月~木曜 午後10時)。
新しいキャスターの皆さんも、体力付けて、番組を自分色で仕切ってください。

2016年3月16日 (水)

わたし何様なのさ

2016年3月13日(金)
パソコンカチャカチャいじりながら、松本清張スペシャル第2夜を見終わり、チャンネルそのままで次の番組「「関ジャム 完全燃SHOW」(テレビ朝日系)が始まる。
見るともなく(聞くともなく)聞いていたら、出演者「いきものがかり」が4人組ロックバンド「RADWIMPS(ラッドウィンプス)」を紹介。「彼らの詩は書けない。彼らには勝てない。違う畑で大成するに違いないと話してました」と絶賛されていました。
「RADWIMPS(ラッドウィンプス)」・・・初めて聞くバンド名でした。番組中に紹介された曲が「おしゃかしゃま」。

おしゃかしゃま

 カラスが増えたから殺します

 さらに猿が増えたから減らします

 でもパンダは減ったから増やします

 けど人類は増えても増やします

たしかに、「いきものがかり」が歌う曲っぽくはないですね。
でも、この詩(曲の始まり)は私の胸を突き抜けました。
曲はこのように続きます。

 僕らはいつでも神様に

 願って拝んでても いつしか

 そうさ 僕ら人類が神様に

 気付いたらなってたの 何様なのさ

パソコンカチャカチャやりながら(文章書きながら)、Amazonチェック。あっ、「おしゃかしゃま」の入ったアルバム(アルトコロニーの定理)があった。即購入!!(衝動買いなんて、ほとんどしないんですけど、この曲も他の曲も聞いてみたくなって、買ってしまいました)

翌日届く。車で法務周りながら音楽鑑賞。「あっ、このバンド好きだ・・・」。
アルバムを聴いているうちに、最近耳馴染みのフレーズが。12曲目「叫べ」

今日が これからの人生の 始まりの一日目なんだよ

そう、今月(2016年3月)掲示している言葉です。
今日という日は、あなたの人生の残りの、最初の一日
彼(作詞者)は、チャールズ・ディードリッヒのことばを知っていたのか!?(有名なことばではあるけれど)
しかも、曲はこのように続きます。

昨日が 今までの人生の 一番最後の日だったんだよ

チャールズ・ディードリッヒは、このことばは言っていなかったと思う。
(ちなみに、掲示することばは、そのことばだけでなく、出典があったら読んで、前後の文章等をちゃんと調べています。さすがにチャールズ・ディードリッヒの本を読んだわけではありませんが)。
「今日が これからの人生の 始まりの一日目なんだよ」
ということばを受けて、
「昨日が 今までの人生の 一番最後の日だったんだよ」
ということばを生み出したのか!?
あぁ、今月の文章を書いてるときに、そこまで(そういうことに)想いが至ってなかった。
不意を突かれたというか、「落とし物ですよ」と声をかけられた感じ・・・。

あの日叫んだ僕の声だって 忘れてなんかいやしないよ

あの日誓った再会もいつか 果たせるまで繋いでいくよ

何万年と受け継がれてきて 僕が生まれてきたように

必ず僕も未来の自分に 今までの僕 繋いでいくよ

より近づいて見る視線と、俯瞰する視線。両方を持ち合わせた眼だなぁと感動しました。
あぁ、このことばは紡げない・・・

2016年3月13日 (日)

勿忘の鐘2016

勿忘の鐘(わすれなのかね)2016」賛同
2016年3月11日(木) 西蓮寺聞法会・東日本大震災追悼法要をお勤め致します。
西蓮寺に鐘楼はありませんが、喚鐘を鳴らした後、お集まりの皆様とお勤めを致します。
 午後1時30分~ 聞法会
 午後2時46分~ 喚鐘
             正信偈

【報告】
2016年3月11日(金)
西蓮寺聞法会・東日本大震災追悼法要お勤め致しました。
9名の方が一緒にお参りくださいました。

何を話そうか、ギリギリまで悩んでいました。
聞法会を前にした3月9日
「高浜原発に停止命令 大津地裁「新基準で安全といえず」 稼働中で初」
のニュースが。

資料を読みあさり、8ページのレジュメ作りました。1時間の法話なのに。

法話と原発の話を関連づけることに非難されることもありますが、でも、無視は出来ません。

無から有を生み出そうと欲する人間の姿について、みんなで考えました。

2016年3月 1日 (火)

2016年3月のことば

3月に入りました。だんだんと暖かくなるのは嬉しいですが、花粉症の季節ですね。
つらいつらい

   

2016年3月のことば
今日という日は、あなたの人生の残りの、最初の一日
チャールズ・ディードリッヒ

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朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて
今月のことばに出遇い、室町の頃、蓮如上人(本願寺第8世)が説いてくださったことばを思い起こしました。
「朝には紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり」
朝には夢と希望に満ち溢れていても、夕方には白骨となることもあるいのちを生きています。
いのち有るものは、やがていのちを終えるもの。そんなことは、誰もが分かっている。しかし、高をくくって生きている。まだ先のこと、今は考えたくない、そんなことを考えるなんて縁起でもない・・・。有限ないのちを生きていることを、こころのどこかで自覚しながら、いのちを浪費しているわたし。
有限なるいのちを生きている。その自覚を促すならば、「最後の一日」と表現したくなるけれど、今月のことばは、「最後の一日」ではなく、「最初の一日」と語りかける。

今日という日は、最初の一日
チャールズ・ディードリッヒ(Charles Dederich)という方は、アメリカの薬物中毒患者の救済機関・施設であるシナノン(Synanon)の設立者です。
薬物に依存してしまうと、高い確立で再犯を犯します。依存者が精神的に弱いからだという方もいますが、私はそうは思いません。初めて薬に手を出すときは、興味であったり、すぐに止められると高をくくったり、いろいろな理由があります。しかし、再び手を出してしまうのは、突き詰めれば、孤独な現状から逃げたいという衝動に駈られるからです。
非難されるべき行いをしてしまった者に対し、世間の目は冷たい。あれだけ持ち上げておいて、見限るときはあっさりしたものです。今、わたしに手をさしのべてくれる人はいないという孤独感と恐怖心。「精神的な弱さ」というと、特定の誰か、私ではない誰かを想定して言っている気がしますが、孤独感や恐怖心は、誰もが感じうるものです。「自分は薬なんかに頼らないよ」なんて、高見に構えて言えることではありません。
「ダルク」という、薬物依存症からの回復を目的とした民間施設があります。「ダルク」では、依存症の方々が毎日ミーティングを行うそうです。同じ経験をした者・同じ想いをした者どうしが語り合い、孤独ではないことを知る。自分は、目の前の人のためにも生きなければいけないんだという想いを抱いて、薬物依存からの脱却を目指します。
薬物中毒患者の救済機関・施設の設立者であるチャールズ・ディードリッヒが発したことば、「最初の一日」には重さと輝きがあります。薬物依存者に対し、今までのことを背負い込んで回復を目指すのではなく、「新しい1日を迎えて、今日を生きよう!」という想いが込められているように感じます。

いつもはだか
人間は、経験や自信を積み重ねて人生を歩みます。洋服を着飾るように、肩書きや役職や役目で自分の見栄えを良くしようと努めます。
今まで積みかさねてきたものを無かったことにすること、自分が身につけたものを脱ぐことは、とても恐いことです。しかし、「最初の一日」ということばの響きは、「何も持たずに」と聞こえてきます。「はだか」という詩を思い出しました。

 はだか    武部勝之進
  いつもはだか
  いつもはだか
  はだかで出発する
  尊いことだ

経験を積むと、物事に取り掛かる前に「無駄なことだ」「やめておこう」「意味がない」と判断してしまう。
肩書きに身を包むと、目の前の人を、自分より上か下か、役に立つか立たないか、価値判断をしてしまう。
人間は、経験や肩書きに身を包むと、ものを見る目が冷めてしまい、いつの頃からか感動することを忘れてしまいます。
「はだか」だと、見るもの聞くもの触るもの、経験すること、すべてが初めてのこと。そこには感動や驚きや疑問が生まれます。日々感動、刻々感動。生きている実感が生まれます。はだかで出発する 尊いことだ!

一期一会(いちごいちえ)
茶道で大切にされていることば「一期一会」。
おもてなしをする際、「目の前の方と会うのは、今生においてこれが最後かもしれない。そのような気持ちでおもてなしをしなさい、目の前の人に接しなさい」という教え。私も、「今生で最後」ということを意識していました。
しかし、「最初の一日」ということばに出遇い、想いました。「目の前の方にお会いするのは、これが初めて。人生において出会うことのない人がはるかに大勢いる中で、この人にお会いできた!」ということだと。
たとえ毎日顔を合わす人であっても、会う度に初めての出会い。「この人は、どういう人なんだろう?」。出会う度にはじめましてが「一期一会」。
有限なるいのちを生きている。「いのちを大切に」ということは、いのちを傷つけないということだけでなく、はだかで出発すること。感動を持って生きること。

   

掲示板の人形
3月3日までは、おひなさま(上記掲示板の写真)を飾って、
3月4日からはウサギさん。坊守が、京都駅前にあるお店で買ってきました。
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